2017年03月21日

『テーマパーク【春の陣】!』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 今日のガイアは2つのテーマパークについて
  • 日本初上陸のレゴランド・ジャパンに密着していました
  • ハウステンボスの新たなアトラクションの舞台裏を紹介していました


名古屋区港区のレゴランド・ジャパン

3/1プレオープンを迎えた新しいテーマパークレゴランド・ジャパン

プレオープンには開園を待ち望む長蛇の列がありました。

入り口では巨大なレゴの恐竜がお出迎え。あちこちにレゴのオブジェクトが。
レゴブロックの作品が1万点あるそうです。
乗物などのアトラクションは40種類以上あります。

お客様の反応は。
「本当にカラフルレゴらしさが出ていて凄く良い」

見たり乗ったりだけじゃ無く組み立てて遊ぶことも出来ます。

それも学びながら。

「車が動くために三つの力は何でしょう」「摩擦力!」などなど。

ブロックを組み立てながら物の仕組みを学ぶことが出来るという体験型。

運営責任者の夏山さん。オペレーションディレクターです。

「自分で何か物を作って楽しさを味わって貰う。そういう所が他のパークと違う」

日本初上陸のテーマパークである、レゴランド・ジャパン。世界を跨いだオープンまでの舞台裏に迫るのが今日のガイアでした。


世界にある有名テーマパーク

一番最初に思いつくのはディズニーランド沢山あるようなイメージがありますが、世界6つの都市にしか無いそうです。
USJは、4つの都市に展開しています。

レゴをテーマにした施設レゴランドも世界各地にある
デンマーク、イギリス、ドイツ、UAE、マレーシア、アメリカには、カルフォルニアとフロリダ。
世界7つの都市に展開していました。
そして、日本には、西のUSJ,東のディズニーの間にある名古屋にレゴランドとなります。


デンマークの本社へ

デンマーク・ビルン。人口6000人の田舎町にLEGO本社があります。

受付にある看板もレゴで出来ていて、オフィスにもそこかしこにレゴの模型

ロア・トランバックさんにお話を伺うとレゴで出来た名刺を渡されました。

レゴの人形が名刺という洒落た感じ。

「顔と髪型が似てると思うけどどうかな?」と、似た人形を使っているようです。

本社の工場では、金型からブロックが次から次に出てきます。

レゴグループは世界140ヶ国以上で販売されて売上高6200億円。世界最大級のおもちゃメーカーです。
1932年に創業したレゴ。
最初は木のおもちゃのメーカーから始まりました。
そこからプラスチックのブロックを手がけて世界的にヒット。

1968年レゴでこんな物も作れると、レゴランド・ビルンを開業しました。

そこから世界7つの都市に作るほどになりました。

レゴの代表
「レゴは長年日本でも人気なので、次のレゴランドを日本に作る事は当然の選択。このパークは日本の皆様にこれまでに無い楽しさを届ける」


レゴランド・ジャパンの舞台裏

2016年10月下旬レゴランド・ジャパン。
工事は急ピッチで進みます。ツタンカーメンのモチーフのレゴのオブジェクトの配置などが行われています。

設置の様子を見守るのが、夏山氏(59)
「シンボルとしてレゴで作っている物があり、中に入ってみたいなと思う。ワクワク感を作る1つの手段」

広大な施設の管理、スタッフの教育まで手がける夏山氏ですが、USJの元幹部です。
テーマパーク運営のプロでした。

「年齢的にも60だし、もう一回頑張れるんじゃ無いかと。人生の中でテーマパークが大好き。自分思っている物をぶつけてみようと」

世界のテーマパークで唯一日本に上陸していなかったのがレゴランドでした。

目玉アトラクション

パークの目玉がは不思議な空間でした。
レゴで出来た宝物やら、壷やら、武器や器、宝箱、海の神様ネプチューンなど。

海底帝国の入り口がレゴランドにあったというストーリーだそうです。
海のそこにある帝国を表現していました。

レゴが入った場所に注水が行われました。


レゴランド・ジャパンを支える新入社員

11月上旬名古屋市。
レゴランド・ジャパンの内定式。
120人が社員一期生として入社します。そこから更に10人ほどが集められます。

そして英会話開始。
この英語が出来る人たちにある任務を託す事になりました。

オープン前研修として海外レゴランドへ送り込むのです。

その中の独り小林さん(23)に密着していました。

「レゴランドがどんな物か体感して全部日本に持ってきたい。日本だけじゃ無く海外から来た子供達も楽しめるの日本のレゴランドを」

カルフォルニアにあるカールスバッド。そこにレゴランド・カルフォルニアがあります。

スタッフの新人研修が行われていまして、日本勢の姿も。

「レゴランドでは普通の挨拶じゃダメ。スキンシップには3つの方法がある。グーでタッチ、握手、ハイタッチ。これでお客様とグッと近づける」

などと、客とのふれあい方を学びます。
更に現場での研修。

コースターの操作に挑戦の小林さん。
レゴランドではサムズアップ(親指を立てる)動作が、安全確認の印らしいです。
英語と覚える事で頭がパンクしそうになりながらもしっかりこなしていました。

これらを身をもって体験していき、更には夜遅くまで勉強します

「来たかったけど来られなかった人もいる。同期の人にも伝えなければならない。私しか学べないからプレッシャー」

そして研修を受けるドラゴンというアトラクション。レゴランド・ジャパンにも導入されるアトラクションでこれを学びたかったようです。

出発前のマイクパフォーマンスなどもしっかり学び実践。
3週間の研修をしっかり受けていました。

そして責任者の夏山さんもカルフォルニアに。

カルフォルニアには工場があります。世界のレゴランドに展示する作品を組み立てる工房です。

ビルダーと呼ばれるプロの職人がそれらを作ります。

ブロック75色で1万5000種類あります。
顔のパーツだけで、腐る程。

レゴ好きには天国ですね。私もあそこに行ってみたい…レゴ大好きです。
子供の頃は凄く遊んでました。


そしてその工房では、清水寺も作られていました。
13万個のブロックを使用しているそうです。

名古屋のレゴランドに日本の街並みを再現しようと頼んでいたそうです。

夏山さん
「日本の建築物は難しい?」とビルダーに質問します。
「屋根が難しい反りがあるから」

と言うように、屋根の反りを忠実に再現しています。鬼瓦もしっかり再現。

「レゴランドはレゴでこういう物を展示したい言う所からことからスタートした。これが全てレゴで出来ている。そのクオリティー感を客に見て欲しい」


レゴランド・ジャパンのプレオープン

1月のレゴランド・ジャパン
トラックがやってきます。
積まれていたのは熱帯魚。オーストラリアから30時間掛けて運ばれてきたそうです。
さらに4人がかりで運んだのはサメ…水族館みたいな事になってました。

そして3/1のプレオープン。

ドラゴンには、小林さんが張り付いてました。カルフォルニアでの研修成果が試されます。

「お待たせいたしましたドラゴンとの冒険の始まりです。スリルある空の旅へ行ってらっしゃい」

堂々のマイクパフォーマンスでした。
ドラゴンって、ジェットコースターだったのか…

「皆楽しそうに出て来てくれたので嬉しかった。レゴランドで働くプロフェッショナルとして頑張っていきたい」

と、喜びを噛みしめていました。

家族連れが向かうのはミニランド。レゴブロックの日本の街並みを再現していました。
東京の風景では、レゴのトラックが雷門を横切ったり、スカイツリー東京タワー、109など色々。
使用したブロック1000万個以上だそうです。
清水寺も勿論ありました。

パークの一角には行列

目玉アトラクション サブマリン

潜水艦に次々と乗り込んでいきます。
これに乗ってレゴブロックの海底帝国を観察します。

レゴのある水族館みたいな雰囲気となっていました。魚たちがレゴの世界を彩ります。
思わず身を乗り出す子供も。

「この日を迎えるために頑張ってきた。客の笑顔が自分にとって糧。客が喜んでくれて良かった」と、語る夏山さんの目には涙が光っていました。

オープンは4/1です


ハウステンボスの戦い

オランダの風景を再現した、ハウステンボス。
1992年にオープンし、オープン当初は注目されたが18年連続で赤字。
HISが2010年経営権取得してそれ以降黒字になりました。

何が変わったかと言えば、お花はチューリップだけだったが、薔薇や百合が加わったり。
光の王国という1300万個のLED電球のイルミネーションを作り、若い層やカップルが増やしたり。
ロボットが働く変なホテルをオープンしたり、更に全部ロボット従業員の変なレストランも作ったり。

この辺はファミリー層に人気だそうです。

他には無い施設やイベントを生み出すことで好調をキープしています。
一度は破綻したオランダの街に客が戻ってきているのでした。

お客様も。
「来るときは月に3回から4回」
「通常では見られない初めて見られる物がある」

などとHISが経営するようになりリピーターが訪れるようになりました。

立役者が…仮面舞踏会の衣装を着た…ハウステンボス社長の澤田氏66歳でした


絶好調の秘密

例えば節分。

筋肉ムキムキの鬼が出て来てそれに豆をぶつけるという豆まきベントを行ったり。

オランダの街並みに、ロボットとうじょう。って、パトレイバーでした。
子供が乗り込める対戦型のロボットを用意したり。

新イベントやアトラクション年間200種類。

常に新しい物を生み出し、また行きたいと思える場所にしていました。

「ディズニー、USJの真似してもしょうが無い。チャレンジしなかったりアトラクションを産まなければ間違いなく落ちる」

夜には新たなイベントであるドローンレース。

全国からの選手が操縦の腕を競います。ドローンの早さは150km/hにもなるそうです。


このイベントの責任者が入社14年目の中平さん
数々の人気アトラクションを生み出した、ヒット請負人です。

ドローンレースから数日後重要会議が開かれた。
満足度発表会。

「トータルで4.59の満足度」

ハウステンボスでは客へのアンケートを採っています。
5点中4点を下回るとイベント廃止の可能性も。

4点を切ることは絶対にあってはならないわけです。
こうやって客の厳しい評価を乗り越えてヒット作を生み出していました。

中平さんは長崎出身、東大工学部卒業大学院へ。
ハウステンボスの危機を知って東大大学院を中退しハウステンボスへ入社したという方。

ハウステンボスが地元に与える影響

長崎県民の1人当たりGDPは全国で下から2番目だった。売り上げが10倍になれば長崎のGDPが10%上がる。

街の未来も背負ってました。そんな地元への熱い思いが原動力となり次々とアトラクションを生み出していました。


新アトラクション

1月18日東京渋谷区の病院。神主がお祓いをして開始されたのは、VRお化け屋敷の撮影でした。
映像を駆使したお化け屋敷です。

撮影するのには特殊カメラを使いました。
上下左右あらゆる方向を撮影でき、視線を動かすとその方向の映像が見れます。

ゴーグルで見ると、360度視線を向けた先の映像が見えるそうです。
バーチャルリアリティ(VR)

これを使ったVRの館を作ろうとしていました。

これを含めて25種類の映像を準備しようとしていました。

3/4のオープンを目指します。

しかし社長チェック…

「レベルが低い。田舎のお化け屋敷みたい。今のレベルではまだまだ」と酷評されてしまいます。

撮影シーン見てても怖くはなさそうでしたし。
少し策を考えたようでその案で動かし始めます。


薄暗い部屋にお客様を通してVRをつけて貰います。

しかし反応が無いお客さん。アトラクションは10分。

途中、おもむろにスタッフが入ってきて風を送ったり壁を叩いたりと脅かします。

「怖かった」
「目が開けられなかった」というお客様の声。

初日が終了500人が訪れたそうです。

そしてアンケート結果が発表されます。
勿論総合評価アンケート。

総合評価4.00ギリギリでした。なんとか踏みとどまりました。

風を送ったりなどのリアルな体験を入れ込む事で成功したようです。
他のVR系アトラクションも多くの客を集めてました。

壁際に女性がずらり並んでいて何をしているかと見れば「壁ドンシミュレータ」でした。

イケメンの顔が目の前にせまります。
壁ドン経験…とか何だこれ・・・

宇宙に行ける逆バンジーは面白そうでした。

ここでしか出来ない体験で来たくなるのを演出します。ハウステンボスの戦いは続くようでした。

それにしてもVRは端から見ると怖すぎますね。

「ハウステンボスやるな他と違うなと感じて欲しい。オンリーワンでナンバーワン。ここにしか無いという物であり続けなければならない」と語っていました


まとめ

物を買うより体験に金と時間を使う。消費者の意識は急速に変わりつつある。国内では様々なテーマパークがブームになり消えていく。一時のブームで終わるのか続けてきてくれるリピーターを作れるのか。そこにテーマパークの存亡がかかっていると、締めくくられていました。

レゴランドは場所と価格がネックですよねぇ。かなり強気の価格設定だったので。


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年03月14日

『激戦!地域スーパーの乱!』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 地域のスーパーの取り組み付いて紹介していました
  • フレスコでは健康をテーマに商品開発をして伸ばしていました
  • 新鮮市場きむらでは鮮魚を目玉に業績を伸ばしていました


福岡県うきは市「サンピットバリュー」

福岡県うきは市3万人が暮らす街です。
人口減少が止まらない街でですが、マックスバリュとか大手スーパーが進出してきました。
その結果、地元スーパーは閉店するなど苦しい状況に追い込まれています。

サンピットバリューも数年前まで赤字に苦しんでいました。

しかし今は店内を覗くと大勢の客で賑わっています。

サンピット塾

何があったのかと言えば、鍵を握る従業員「浅野さん」
夕方6時過ぎ売り場を離れます。

店舗の2階へ向かうと、学習塾がありました

サンピットバリューでは受験生向けの学習塾(中学生)を開講しています。
塾講師、家庭教師をしていた浅野さんが勉強を教えています。

通っている生徒は
「友達が通っていてここが良いよと。トランプの話とか時事ネタを織り交ぜて。そっちの方が長くなるけど」

と楽しそう。

サンピット塾が生まれたきっかけ

従業員が子供の学力をどうするかで困っていました。
勉強しない子に悩んでいて相談を受けたそうです。

うきは市は、全国学力テスト(2013)で福岡県の平均を大幅に下回っていました。

うきは市の問題は人口減だけではなく学力低下もありました。

学力低い街では子育てをしたくないと人口減少を招く

その危機感から、この塾を2014年に開講したそうです。
6人だった生徒も18人まで増えました。

そして全生徒が志望校に合格しているそうです。

生徒の母親は子供を送りがてら店内で買い物してくれます。

そして客からこんな意見も。
「地元のために頑張ってくれてるから応援」
「地元愛、みんなそうだと思う。来ている人たちは」

地元の人たちからも愛されるスーパーになりました。

地域に貢献することで、地元の人たちにサンピットで買い物をという機運が広がりました。

塾を開講後、黒字へ回復

「全国的に小さな店は地域と繋がらないとやっていけない」

大手総合スーパーすら業績不振となりましたが、独自の戦略で快進撃を続けるスーパーが全国各地に登場しています。
多くの客を惹きつけるその秘策とは


広島「フレスタ」

120万都市の広島。

そこにある地場のスーパーフレスタ
64店舗展開していて売上高701億円の地場スーパー

大勢の客で賑わう理由は?

・商品が新鮮で健康に気をつけている
・健康に良いことを意識しての品揃え

青汁ひとつとっても様々用意していました。
女性に人気のスーパーフードも充実。栄養価の高いチアシードやらキヌアやら。

フレスタは2014年から健康スーパーというスローガンを掲げています。

これを考えたのは宗兼社長。

「広島県は女性の健康寿命が短い県」

そこから健康に注目したそうです。
健康寿命とは、健康な状態で日常生活を送れる期間の事
広島県はワースト2位。男性も全国平均を下回ります。

「自分の健康は代えがたい何よりも大事な物」

と、健康に拘った商品は高くてもニーズがあるはずと考え健康特化のPB(プライベートブランド)BimiSmileを設定しました。

お宝トマトというミネラル豊富な土壌で低農薬のトマトが4個498円。
目に良いルテインが4倍入った卵は138円(4個)とお高め。

総菜も自分たちで手がけます。ビタミンBやタウリン豊富な鰹は、販売当日の朝に焼くことで新鮮な鰹のたたきを作っていました。
197g198円。

フレスタに行けば健康になれると認知して貰うことで業績を順調に伸ばしてきました。

フレスタの取り組み

取り組み1

朝礼でオリジナル体操

従業員の健康的な姿こそが、健康スーパーに説得力を持たせるとやっているそうです。

取り組み2

名札には「体重5kg減」や「魚も野菜も食べる」などが書かれています。
全従業員4500人に健康目標を持たせるという取り組みです。


更に提携病院で、社員の健康をしっかり管理していて、メタボと判断されるとダイエットを促します。
69kgの男性は2年で-7kg
販売部の男性83kgは8ヶ月で-10kg

湯谷さんとう精肉責任者はかなりのぶよぶよで体重は110kgでしたが
ここ1年で劇的に痩せ74kgと36kgの減量に成功しました。

「お肉が大好きで肉屋になった。そういう経緯。ここで働いているのは」
子供の頃から肥満体型だったそうです。

110kgからどうやって痩せた?

まずは車通勤を見直して7kmの道のりを歩くように。

更にスポーツジムに通い筋トレをします。

ダイエット指導受ける従業員のためにフレスタが契約して、スポーツジムなど無料で使えるそうです。

夕食は、豆腐ともずく、もやしなどと病院保健師と相談した低カロリーメニュー。
そうした食生活を1年続けました。

「トレーナーに指導を受ける経験も無かったし保健師に食の指導を受けることも無かった。良いきっかけになった」


新商品開発

そんな健康意識の品揃えで好調だったBimiSmileも異変が起きていました。

「値段が高い」
「値段はそれなり安いという感じはしない」

少し高い値段に敏感となり、売り上げが伸び悩んでいたのです。
その為新商品開発が大きな課題となっていました。

「野菜が沢山入っていて安くて手に取りやすい」

目指すは健康的かつ財布にも優しい総菜の開発でした。

プロジェクト任されたのは総菜部バイヤーの島元さん。

「栄養価を高めたり手間暇がかかればコストが上がる。価格をある程度抑えた商品開発をしなくちゃいけない。そこの部分は難しい」

頭を抱えていました。

そこで目をつけたのは広島県東広島市の白ネギ
拘りの土で栽培され、栄養価が高く味の方も甘いそうです。

一番の特徴は白い部分のアリシンが多いこと。抗菌・抗酸化作用があると言われている成分です。
それが通常の2倍。
1本200円で売られる高級品です。低価格の総菜には使えません。

しかし狙っていたのは曲がったり短かったりそういったB級品。
それを総菜で使おうという訳でした。
正規品の半値で仕入れる事に成功し、試作を開始します。

広島らしい文化ということで新しい総菜はお好み焼

広島風と言えば、焼きそばがあって生地と野菜、豚肉を重ねて、ソースをたっぷり塗ります。
そのカロリー1000kcal

健康的ではありません。
そんな広島県民が好きなお好み焼きを変身させます。

白ネギ、ニラ、青梗菜など4種類の野菜を混ぜる鉄板に記事を広げて卵、豚肉を加えて焼いた試作品第一号。
野菜たっぷりのお好み焼きですが麺がありませんでした。

焼きそばを入れないことで500kcalに落とすことには成功しました。
ただ見た感じあまり美味そうではありません。

そして宗兼社長チェック。

「美しくないね。ボリュームが足りない」

うん。それは私も思いました。

見た目ボリュームをどう解決するか…そこで思いついたのは、「しらす」「いか」を使う事でした。

ねぎに含まれるアリシンは、しらすに含まれるビタミンB系の吸収を助ける相乗効果がありました。
しらすを加えて野菜に混ぜ、さらに豚肉の代わりにいかを使う事でカロリーを抑えました。
さらにいかでボリュ−ムもアップします。
しらすはトッピングにも使い見栄え改善させました。

卵は半熟にして別容器としてつける感じにして367kcalまで落とします。

これは社長もOKを出します。

新商品お好み焼きの発売日。値段は298円。

客が低カロリーにも惹かれ次々と手に取っていき、用意したお好み焼きは完売。
これからもこういう取り組みを続けて行く砲身のようです。

「健康と言うことに関しては客の手応えを感じている。より健康的な商品を作ることで、他社には真似できない差別化が出来る」

と、語っていました


香川県の「新鮮市場きむら」

香川県に長蛇の列が出来るスーパーがあります。

新鮮市場きむら

香川県高松市は大手スーパーと地方スーパーがひしめき合う激戦区でした。

そんな中。新鮮市場きむらがあります。

特徴は市場のような鮮魚売り場。
ここの魚を目当てに客が訪れます。新鮮な魚がこれでもかと並び値段も激安。

小アジは1箱580円。メイタガレイは、ざる1盛り330円。
生きた真ダコ、穴子、スーパーでは見かけない魚もあります。

売り場にはいけすもあり、ふぐやコブダイ、こうした活きの良い魚に釣られ鮨屋や、フランス料理店などプロもやってくるそうです。

更に店の構造にも特徴があり、鮮魚売り場を抜けると、普通のスーパー。

そこにも鮮魚売り場がある切り身や刺身が並んでいました。

何故安いの?

高松市中央卸売市場午前5:30
瀬戸内海から上がった新鮮な魚が競りに掛けられます。

そんな競り場で目立つのは赤いジャンパーの男たち。
きむらの仕入れ担当者でした。

通常スーパーは仲卸に纏めて注文して配送していますが、きむらは各店舗の鮮魚担当が競りに参加して買い付けているそうです。
その為各店舗の担当者が新鮮で目新しい魚を仕入れることになり、仲卸を通さないから激安価格になります。

鮮魚を売りにして成長を導いているのは木村社長69歳

元々妻の実家の小さなスーパーに婿養子で入社。
周辺に大型スーパーがオープンし経営悪化したのを機に、鮮魚に特化したスーパーに転換しました。

「一番魚は難しい。鮮度落ちも早く、その日にどんな物が取れるか分からない。そこを極めていくと行けるんじゃ無いか」

扱わないような地魚、高級魚を積極的に仕入れて市場のような売り場を作りました。
それで客を集めてついで買いを誘う作戦でした。

今では18店舗。売上高182億円の規模になりました。


新鮮市場きむらの新店舗

葛西店が新設されようとしていました。

きむらにとってこの出店は重要です。
近年高松には大手が続々と進出。全国有数のスーパー激戦区です。

そんな場所の新規出店ですから今後の成長戦略の試金石になります。

そこの鮮魚売り場に抜擢されたのが大畑さん40歳。

「彼は某有名なスーパーで長く鮮魚をやっていた十分にその職責は果たして貰える」

10年前中途採用できむらへ来た社員でした。

「きむらを見たとき、客と話しながらこういう調理方法や食べ方あるよと言う売り方をしていた。自分がまさにやりたい魚屋の理想型」

そんな理想の魚屋を目指してやってきた大畑さん。その熱意を買って、鮮魚責任者にしたそうです。

大畑さんに課せられたハードルは鮮魚売り場だけで初日150万円の売り上げを達成。

近年この数字をクリアした店舗は無いそうです・

店舗オープン2週間前。
徳島市中央卸売市場にやってきました
普段仕入れるのは瀬戸内だが、徳島の市場で太平洋側の魚を仕入れるそうです。

「同じ商品ばかり売るのでは売り上げの伸びしろが無いので、新しい目玉になる魚を見つけたい」

と、太い太刀魚を見つけたりしていました。

店舗作りにも独自色を出そうと、従来の陳列は床の上に直接魚の箱を置いていたが下に台を設置することにしました。

しかし社長がやってきて

「これをしたら綺麗すぎるお洒落すぎる」

とあえて箱を床に山積みにしろという指示がでました。

あくまで市場の鮮魚売り場じゃなければならないのです。

そして社長から更に高いハードルを突きつけられました。

見せられたのはオープン初日チラシ案

1.2kgの鯛1尾780円

普段1280円程度の魚で原価よりも安いという設定でした。
それを仕入れろという難題。

向かったのは、養殖鯛の卸業者です。
業者にとっても厳しい設定価格ということで…渋っていました。

オープン当日朝6時仕入れた大量の魚を店舗へ運び込みます。

目玉の鯛は780円で大量に200尾以上仕入れられました。
赤字覚悟で口説き落としたそうです。
徳島県太刀魚980円やマグロの兜というインパクトを出す商品も。3500円です。

オープン20分前に全て並び終えてオープンを迎えます。
新鮮な魚が1匹買いできるコーナーは品揃え豊富。
スーパーでは珍しい地魚も沢山です。

オープン直前は大行列で400人以上が開店待ち。
オープンすると鮮魚売り場は盛況となりました。

やはり客が飛びついたのは「鯛」
次々手に取ります。
徳島からの太刀魚もあっという間に完売。

目玉の鯛に引き寄せられた客が大量に店内でもお買い物していきます。

昼過ぎには鯛200尾以上が完売。夕方には魚の殆どが売り切れました。

鮮魚コーナーの初日売り上げは…?

1,783,432円

目標150万を大幅に上回りました

店全体初日の売り上げ1500万円と、大成功に終わりました。

「こういう売り場をしているスーパーは魅力的。誰が来ても楽しい魚屋スーパー。それが実現出来て非常に満足」
と大畑さんが語っていました


まとめ

今日見てきた地域スーパー。それぞれに勢いがあった。
これらに共通していたのはスーパーとはこういう物という固定観念では無く独自アイデアを徹底していること。
地域に密着した取り組みもあった。大手と比べ規模が小さい分、アイデアを実現出来る。その機動力こそが地域スーパー生き残りのカギと締めくくられていました。

独自色で大手に勝つ。そういう棲み分けも重要かも知れませんね


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年03月07日

『立ちあがる!若き担い手達(シリーズ復興への道第20章)』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 震災から6年。農林水産業の新たな担い手育成について
  • 牡鹿半島では余所から来た新人を独立させるプロジェクトが
  • 山元町ではブランド苺育成の最新システムで担い手を育成していました


東京都中野区の宮城漁師酒場「魚谷屋」

駅前に去年6月異色の店がオープンしました。

三陸の海から産直の水産物が来る居酒屋です。
刺身盛り合わせ1180円。仕入れによって魚の種類が変わります。
一押しは、牡蛎の酒蒸し6個1900円です。

何が異色かと言えば、牡蛎を育てた本人が出勤するのです。

牡蛎漁師の鈴木さんが牡蛎を取り分けていました。

「実際獲った人と一緒に食べられるのはなかなか無い」とお客さんも生産者とのふれあいに喜んでいました。

経営しているのは、フィッシャーマン・ジャパン
2014年宮城県石巻市で漁師さんが中心となり設立しました。

壊滅的被害を受けた三陸の水産業復活が旗印。

「自分が引っ張るでは無いが、若い者が頑張らないと行けない」
と、鈴木さん。設立者の1人です。

宮城県石巻市を支援しているのはYahooJapanでした。

ヤフー石巻ベースという場所を、震災の翌年から事務所を構えています。
中心人物が長谷川氏39歳です。

元々石巻は美味しい物を作る街でした。
産業の復活を一緒にやって下さいと依頼されフィッシャーマンジャパンの事務局長を兼任する事になりました。

2016年3月丸の内で開かれた漁業就業支援フェア

そこに長谷川さんの姿。フィッシャーマン・ジャパンの新たな挑戦は担い手造りでした。

その為支援フェアで人材募集です。

「浜の雰囲気とか漁師に会って貰うのが良い。本当に見学に来ませんか?一泊二日でも二泊三日でも」と勧誘していました。

「牡蛎の生産量は震災前の半分にも行かない。ニーズはあるのに生産者がいない。今やらないでいいつやるんだ」という気持ちがあるそうです。

石巻市の漁業就業者は震災前から37%減だそうです。

被災地の未来を支える担い手をどう育てていくかという様々な挑戦を追ったのが今日のガイアです


企業の農林水産業支援

震災から6年、被災地では農業、漁業への支援が続けられている。
岩手遠野市はホップで有名です。それを使っているのはキリンです。

そのキリンが遠野市で新たな野菜を育てはじめました。
パドロンというスペイン原産のビールのおつまみの定番で甘みがあるそうです。

キリンが運営する飲食店などに卸して販路拡大。
生産量が増え、新しく農業を始める人が集まっているそうです。

宮城県東松島市では海苔の養殖。
津波で壊滅したが2012年再開したそうです。

そこで役に立っているのがNTTドコモの技術。
海面に浮かんでいる装置でした。

海苔の養殖に大切な海水の温度や塩分の計測をする機会で、それを陸地に送信して管理が出来るようになっています
ヤフーは三陸の漁業の若き担い手を育てる事業を支援していました。


フィッシャーマン・ジャパンの担い手育成

宮城県牡鹿半島。去年4月漁師の研修生用シェアハウスが完成しました。
古い民家を改修して、最大4人で共同生活ができます。
家賃は月3万円。

仕掛け人は、フィッシャーマンジャパンの事務局長の長谷川さん。
石巻市、宮城県漁協も協力しています。

「漁師になるのに必要なのは漁業と、家、コミュニティー。楽しく生活する暮らしが必要。その3つをこの家で実現する拠点に出来れば」

シェアハウスからは30分以内で行ける浜が点在。
それぞれの浜で研修を受けて、漁師と合意すれば従業員として勤務できる仕組みです。

そこにやってきた、滋賀県出身の大野さん28歳
2日前滋賀県からやってきたばかりだそうで、研修初日から密着していました。

最初は、牧浜で、フィッシャーマン・ジャパンの牡蛎漁師鈴木さんの元で2週間の研修です。
大野さん漁業は未経験です。

港を出て10分牡蛎の養殖場が見えてきます。

出荷する牡蛎を引き上げたり、牡蛎の選別をしたりと初めての経験だらけ。
牡蛎漁師が最もよく使うロープの結び方があるそうですが、それがほどけず質問したりとか。
色々と初々しい感じ。

それらに文句も言わず黙々と作業する大野さん。
選別作業は5時間にも及びました。

それを見ていた鈴木さん
「細かい仕事が養殖業は多い。タイプ的には合うと思った」


大野さんが漁師になろうと思ったきっかけ

夕方のシェアハウス。

大野さんと共同生活するのは青森出身の松田さん22歳。
既に別の浜の牡蛎漁師の元で研修中です。

大野さんが鈴木さんに貰った牡蛎が夕食となり、料理を手慣れた感じで始めました。

大野さんは、調理師専門学校を卒業後料理人となっていたそうで、そこで食材に興味を持ったそうです。

「漁師自体は高校生の時から興味があった。動ける内にやりたいと思っていたことを全部やりたい」

と、漁師になろうと思ったそうです。

元コックが腕を振るう料理は、青森出身の町田さんもグレートと言うぐらい美味しかったようです。

「牡蛎ペペロンチーノアヒージョ汁」という名の料理でした。

大野さんはそれ以降も積極的に動きます。

ヤフー石巻ベースにいる長谷川さんを訪ねて色々と漁業の未来について聞いていました。

「皆で最高の物を作り最高の販路を作ろうと考えている。最初は苦労も手間もあるが成果が出るし上手く行くと売り上げ儲けも増える」

フィッシャーマンジャパンの通販サイトがヤフーにはあります。水産物を直販しています。
これが好調で、通販サイトでも人気だそうです。

長谷川さんと話しやる気になった大野さん。彼にとっても人生がかかっていました。

「自分で手を掛けたら手を掛けただけ良くなる仕事が好き。牡蛎だと養殖で自分で工夫して手を加えられる。将来的には独立できたらという気持ちで行きたい」


独立に立ちはだかる壁:漁協

6月下旬。大野さんは二人目の漁師の元で研修を受けていました。
牡蛎がシーズンオフに入ったので刺し網漁で狙うのはシャコでした。
大野さんは良い手つきで網からシャコを外していました。


漁師の仕事も慣れた?

いろいろとわかってきた

何が分かった?

今言いづらいようなことも…

と、口ごもります。仕事が終わるのを待って聴いて見ると。

「独立したいと言っていたけど漁業権という面倒くさい物がある」
「相当厳しくて、地元人ですら漁業権は取れないと聞いた」

独立したい人立ちはだかる漁業権とは?

宮城県漁協を訪ねて聴いて見ました。牡鹿半島エリア担当の三浦さん
漁業権に関する漁業図の資料を見せてくれます。

海が区画に分けられていてその中で養殖が行われるそうです。

独立して牡蛎養殖を行うためには。

区画漁業権が必要とのこと。

これは漁協の正組合員になることが前提

組合員になるには浜の漁師の全員の合意が必要

組合員の資格を得るには血縁関係以外では厳しいそうです。
地元に住んでいた人が漁業をすることは可能だったが、新規となると今まで前例が無いという。

排他的なシステムが出来上がっていました。

「この地域でよそから来た人が組合員になった前例が無い」と漁協の人。

思わぬ事態に、フィッシャーマンジャパンも動きます。
長谷川さんが三浦さん(漁協の人)と打開策を話し合いますが…

新た区画漁業権はかなりハードルが高いようです。
地域の問題と言われてもどうにもならないようです。

そこで、受け入れ先を探してくれるという妥協案で話が進みました。

従業員では無く独立したい大野さんの夢は叶うのか


受け入れ先決定

2ヶ月ぶりに訪れると蛤浜に大野さんがいました。

夏は牡蛎の種付けシーズンで、その大切な仕掛けを作っていました。
貝殻に穴を開けて針金を刺すとできあがりです。

海に沈めると牡蛎の幼生が大量に漂っていて、それが仕掛けについて種になるそうです。
牡蛎養殖の第一段階です。

大野さんに仕掛け作りを命じたのは、蛤浜の牡蛎漁師亀山さん69歳。
漁協から依頼を受け後継者として受け入れることにしたそうです。

仕掛けを沈めて1週間後、亀山さんが仕掛けを引き上げ種がどんな風に付くか教えたりとびっちり指導。
収穫は種が付いてから1年3ヶ月後だそうです。

そして、大野さんは独立前提に、養殖場の一角を任せられていました。

「従業員だと出来ない仕事。一から勉強させて貰ってありがたい」

亀山さん何故大野さんを後継者に?

妻と二人で養殖業をしている亀山さん。
子供は娘が2人嫁いで跡継ぎがいないそうです。

蛤浜で18歳から40歳以上仲間と牡蛎養殖をしていましたが。

震災前蛤浜では2人の牡蛎漁師がいましたが1人が奥さんを震災で失いました
それで止めてしまい、亀山さん1人に。

1人なっても牡蛎養殖を守ろうとした亀山さんでしたが、蛤浜では未だに消波ブロックが海底に沈んでいて船が着けられない状態です。

その為隣の折浜に船を置いて養殖場へ向かう状態でした

「仕事をしていても蛤浜見ると昔の事を思い出す。帰りたいなと思うけどなかなか。悲しくなる」

現在蛤浜の牡蛎漁師は亀山さんだけになっているため、亀山さんが認めれば大野さんが組合員になるのは難しくありません。

蛤浜が復活したら大野さんが後継者となるそうです。

「ちゃんと独立するのが恩返し頑張らないと」と、大野さんは独立に向けて、船の免許も取りました。

よそからやってきた新人漁師が独立する。新たな試みが石巻で少しずつ進んでいました


震災を機にブランド化した農林水産物

銀王

女川町で育てられた銀鮭です。震災前は知名度が低かったそうですが、いけすを復活させ、銀王と名付けてブランド化。
刺身品質をアピールしたところ全国から注文が増え続けているそうです。

仙台白菜

大正時代から作られていた伝統野菜でしたが生産量は減っていました。
しかし仙台白菜は、津波による塩害地域でも栽培できるからと注目されます。

柔らかくて甘みが強く復興を目指すシンボルとして復活して注文が相次いでいるそうです。

そして、宮城県山元町ではミガキイチゴというのが生産されていました


高級ブランド苺:ミガキイチゴ

東京都新宿の百貨店の果物コーナーで一番広いスペースを取っているのが苺。今が旬です。

全国から集まったブランドが並んでいました。その中で目を惹いたのは1つぶ1080円のミガキイチゴ
被災地で誕生した苺です。

1月宮城県山元町。

この町に人々が集まる人気の施設があります。
子供連れが入っていったのは、明るく広々とした空間。苺が鈴なりでした。
苺狩りハウス。30分食べ放題です。

子供の手より大きい苺もありまして、味も最高。

「今までの苺狩りは甘い物を探して歩くけど、ここはどこでも甘い」とお客さんが言うほど。

完全予約制ですがキャンセル待ちが出るほど人気が高いそうです。

運営してるのは、農業生産法人GRAの岩佐さん

山元町出身。24歳でITコンサルタント会社を立ち上げた方です。

山元町は東北代表する苺の産地でした。
しかし震災により130軒の苺農家の殆どが壊滅しました。

岩佐さんは2011年ボランティアとして訪れましたがそのとき「もっとふるさとに貢献できないか」と考えました。

「苺は経済的に市場規模が大きくて産業になり得る。苺作りで街の中心的な産業にして世界でNo1の施設園芸の最先端の集積基地を作ろう」

大きな希望を持ち農業生産法人GRAを2012年設立しました。
ITを駆使して新しい苺の作り方に取り組む事になりました。

ハイテク農園は色々とシステム化されています。

温かいお湯が流れていて、そのお湯が苺の後の株を温めることで寒い冬の中でも温かい環境を作ることが出来るシステムがあったり。
生育に大切な湿度を保つためミストも定期的に出ます。
天上には保温のため夜になると自動的にカーテンが閉まる仕組みが。
設定温度より低くなると、温風が流れ出します。

こうしたシステムの全てをコントロールルームでやっていました。

温度はどうなっているか二酸化炭素がどうなっているのか。光合成に必要な物は二酸化炭素。
午前中の一番言い時間帯に二酸化炭素を最大化させる。リアルタイムに100%いちごにとって最高な環境が出来るシステムでした。

GRAは従業員60人で、ほぼ山元町の人だそうです。
苺は15個入り4320円とかで販売されています。

生産量の2割は輸出されていて年商10億円です。


GRAの苺農家担い手育成

岩佐さんは苺の産地復活に向けて担い手を育てようとしていました。

新規就農プログラムとして1期生7人を受け入れます。20代〜50代まで様々。

新規就農者が技術が全く無い状態で出来るのか?

と言う部分は、熟練の人が経験でやっていたのをある程度までは自動化したそうです。
1人につき1棟ハウスを任して実習させていました。

その中の研修一期生高橋さん40歳に密着していました。


高橋さんの苺栽培

栽培を始めてから3ヶ月。色づく前の青苺がありました。

本格的な苺は第一号だそうです。

横から出てくる小さい芽を摘み取っていき、余分な芽を摘むことで栄養分が実に集まるようにする作業をしていました。
高橋さんは福島県相馬市から通っていました。
ハウスから車で30分の場所。実家で両親との3人暮らしです。

家に帰ると真っ先にPCの前に座ります。

夜温度が急変していないかどうかとか、自宅に居ながらにして、任されたハウスの状況がチェックできるようになっていました。

高橋さんは宮城の自動車部品工場に勤務していましたが震災4年後退職。

「震災があり、今後どうなるか分からないと思うと、自分のやってみたいと思っている事をやってみる事が大切だと気づかされた」

震災で働き方の考え方が変わったようです。


そう簡単にはいかない苺栽培

苺に異変が発生しました。全体的にまだらが出てしまっていました。
緑の葉っぱに黒斑点が出ています。更に葉っぱに光沢がありません。

そこへやってきたのはGRAスタッフ。橋元さん69歳 苺作り40年のベテランです。

震災前の橋元さんの苺ハウスは広大な敷地に沢山ありましたが津波で全て流されました。
経験を買われ、栽培責任者を任される事になりました。

さて、苺の黒斑点。
「じゃのめ」
と呼ばれる蛇の目病…細菌性の病気でした。

どうやら肥料不足が影響しているようです。

こういう部分でベテランの知恵と経験は、欠かせません。

橋元さんのアドバイスを受けて肥料濃度を変えてみたところ上手く行きました。を
データを見て液体肥料を500倍に薄めていたのが良くなかったようです。


苺の生育と肥料の関係も経験では無くデータ化しなくてはならないと、その為に考え出したのは、

「葉っぱの画像と土の状態を成長段階ごとに調べるシステム」

色や形つやがどのようになっているか成長段階ごとに撮影。
そのときに地中の成分がどういう状況になっているかを同時に調べます。
葉っぱの画像と照らし合わせてデータ化するそうです。

ベテラン経験もITコントロール出来るように研究していました。

そうして研修1期生の高橋さんの苺も無事収穫時期へ。
葉っぱもアドバイスのおかげではの光沢が蘇っていました。

味が問題ですが…見事に甘い苺が出来ました。

かなりの大きさで果形も良いようです。
苺栽培の第一歩が始まりました。

今は、山元町に土地を探し独立することを考えているそうです。

「自分がしっかり苺を作り規模も大きくして。働く仲間を増やせて行けたら良いなと思う」と高橋さんが語っていました。

「農業で山元町を復興させることに少しでも力になれたら良いな」

夢は広がっていきます。


纏め

東北の被災地で農業や水産業の新たな担い手達が生まれている。
震災のため一からやり直さなければ行けない状態になることで技術などが発展し、新たな担い手達を育てる事になった。
後継者がいないのは地方の課題。
被災地で生まれた新たな方法は他の地域でも取り入れられるかも知れないと締めくくられていました



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年02月28日

『外食の【新勢力】が現る「急成長の裏に秘策あり」』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 外食の新勢力について
  • バルニバービはバッドロケーション戦略でガッチリ!
  • 昭和食堂は無料送迎でガッチリ!


ガッチリを使った意味は最後で


超効率化の「未来食堂」

東京千代田区のオフィス街のビル。
地下の飲食街に未来食堂があります。

一風変わったサービスで客を呼び込んでいました。

客がやってくると、注文もしていないのに、小鉢のお盆がやってきます。
そしてすぐにメインのおかずが出てくる。

この日は「里芋揚げ饅頭定食(900円)」

おひたしなどの付け合わせ3品と、里芋潰して上げた揚げた饅頭には明太子が付いています。
食べ応えがありヘルシーという良いおかず。

そして、他の客にも同じ物が出されています
食べているのは、全員里芋の揚げ饅頭定食。

それもそのはず。
メニューは1日1種類だけ。注文をする必要が無いのです。

店主は小林せかいさん

メニューを1種類にするのは理由

座ってメニューを見る時間、注文する時間、そこから調理の時間、それらを全て省いている
未来食堂は注文からの時間が全部がゼロになる。
徹底した効率化を目指しています

おいてあるおひつにも訳があり、ご飯は好きなだけ客がよそえます。

店員がよそってだと10秒以上かかるそれが勿体ない
カウンターは一歩行けばどこにも行けるコの字型です。

お客さんも。
「座ったらすぐ出て来て食べてすぐサヨナラ。急いでる人には効率が良い」

ランチタイムは3〜5回転するそうです。

効率化は他にもあり、お客が食事を終えるとエプロン姿になり三角巾をかぶり、厨房で皿洗いを始めました。

お手伝いをすれば1食無料になる

まかないシステム

50分間店の手伝いをすると食事代が無料になる

凄いシステムだ…
朝は出勤前の会社員。ランチタイムは学生が手伝いに来るそうです。
予定表を見ると、仕込みをする朝、ランチタイムなどの忙しい時間帯にまかないを募集していました。
客にとってお得なシステムは、店側が人件費を掛けずに運営する物でもありました。


「未来食堂のやり方はトリッキー・他の人が真似できるかというと難しい」
「色々な勝ち方があると思うので」

と、店主は語っていました。


バルニバービの「バッドロケーション戦略」

斬新なアイデアで不振の外食業界に殴り込む新たな勢力として紹介されている「バルニバービ」という物件。

どこかで見たことあるなと思ったんですが、これがっちりマンデー!!で見たんだ。
「僕たち上場しました2016」【がっちりマンデー感想】(2016/06/19):http://r-ryuga.sblo.jp/article/175746872.html
うん。残してた。


周りに店舗など無く印刷工場だらけ。そんな一角にお店がありました。

青いナポリ(AOI NAPORI)

元々印刷工場だった場所に2Fをレストランにしてイタリアから直送した薪窯をいれてお洒落なイタリアンの店を造りました。

「お金を掛けたら新しい物が出来るが、ある物を生かしながら、何かを感じてやろうと決めていた。その感覚を出来るだけ残してあげたい」
テラスも工場時代は何も無かったが良いオープンスペースになりました。

人通りは少ない、トラックが多い、駅も遠い。

佐藤社長
「初めてこの物件を見たとき面白いやろうと。スタッフはこんなところで何をするのかと言っていた。人が歩いていないじゃないかと。」
「普通これはバッドロケーションと呼ぶ。悪いロケーションみたいだが、発想を変えると興味深い、逆にレアな場所。グッドロケーションは誰が見ても良い場所だが、バッドロケーションは意外性とか面白い可能性が残されている」
「意外性は感動に繋がる。前例が無い。こういう所でこの規模のレストランをやるのは」

と、語っていました。

9年前に店を開いて口コミで広がり今では人気店になりました。
駅から離れているのに客で溢れかえるのです。

皆本格イタリアンを楽しみながら時間を過ごしていました。

「住宅街にポンってあったのが魅力的」
「こういう所にあるのは意外」

と、9年間続いているのですからしっかりしてますね


バルニバービの新店舗

東京台東区バルニバービ東京本部。

佐藤社長が新たな出店候補地を選んでいました。

バルニバービに持ち込まれるのは年間1000件程。そこから出店は1%にも満たないそうです。

佐藤社長はアパレル会社を経営していたそうです。
しかしフランスでカフェの魅力に出会い、日本にも憩いの場が欲しいと飲食業に乗り出しました。

「1号店はお金が無いので、歩いて15分以内で、それでいて人に忘れ去られていて僕らがやれば面白いと思った場所だった」
「ずっと原点今やっている事は全く一緒」

と、1号店の大阪市南船場は、倉庫街の物件(材木倉庫)をカフェに改装して人気店にしました。

そこから飲食店に不向きな場所に個性的な店をオープン。
店舗数は74で売り上げは85億円です。

大阪豊中市に新たな店舗を作ることになりました。
大阪の中心部から15km離れた場所にオープンします。

交通量が多い道路に面し好立地っぽい物件

バッドロケーション戦略とは違うような好立地っぽい物件。
いつもとは違うパターンかと思ったら飲食店には曰く付きの場所でした。

飲食店が入る度に潰れるそうで何年かに1度は潰れるという場所でした。

店の前の道は、大阪市と郊外を結ぶ通勤路で交通量は多いけど通り過ぎるだけの車が多いそうです。
更に道路の両側に建物が密集車からの見通しが悪く店があっても気づかれないという場所。
どの店も集客に苦戦し店を出しても撤退するのが繰り返されるそうです。


そんな実は飲食店に向かない場所での出店。バッドロケーションです。

バルニバービが目をつけたのは道路側では無く店の裏側の住宅街でした。

地域の人たちを呼び込む

その為店に大胆な仕掛けを施しました。入り口があって駐車場があった場所を潰してガーデンテラスに。
レストランだけじゃ無く、パンを作る工房と売り場を作ります。
それだけでは無く、飲食店の常識とは逆の発想をします。

あえて座席数を減らしくつろぎの空間を作る

回転率を度外視したのです。

まさしくこれがバッドロケーション勢略です。

「坪家賃が一般的な中心部よりもかなり安い。坪あたりの効率を気にせずゆったり過ごして貰える時間に直結させる」

天命も「ゆったりとくつろげるという意味の」LOAFとしました。

更にオープン前には住宅街を挨拶回り。
地域に根付いて行きたいと考える故の作戦です。

地域の人とコミュニケーションをとりどのような店にするかを考えます。

どんな店が欲しいか? どんなパンが欲しいか? などを訪ねて回りました。

すると
「食パン」のニーズが高いことが解りました。

毎日食べる物だからあれば買いに行くと。

早速パン作りの責任者に相談し、毎日使って貰えるような毎朝食べて貰えるパンを開発することに。

新たな豊中名物となる食パンを目指します。

飽きが来ない味にしようと蜂蜜を混ぜそれをミキサーに入れて、何度も練り込み特製のパン生地を作成。
オレンジ色の粒…蜂蜜キューブをパン生地に満遍なくまいていました。
上品な甘さが楽しめるそうです。

オープン間近のピンチ

店に大きな問題が持ち上がります。ガーデンテラスが仕上がってませんでした。

駐車場を潰してまで作る目玉が出来ていないという展開。
まさかの工事が大幅に遅れている展開。
オープンの日は告知済みだし遅らせるわけにはいかないと焦る店長でした。

それでも前日の夜までかかり何とか完成させてました。

周囲に溶け込む緑がポイントの大きなテラスが完成。
カフェレストランは奥行きのある広々空間です。

地域のコミュニティの場所になって欲しいと座席数を減らし卓球台まで作りました。

1階は焼きたてパンが食べられるベーカリーコーナー。
カウンター席に座ると、食事をしながらパン工房が見れる遊び心も。

新たな豊中名物のパンは、丸い形の食パンとなりました。

Open1時間前には人だかりができました。

飲食店の撤退が続いた場所に大行列です。

午前9時オープン。店内は大混雑し、パンを買う人たちが大勢訪れました。
丸い食パンも次々に売れて売り切れに。

2階のレストランも満席となりました。

テラス席に行く客も相次ぎ、終日テラスを利用する人が耐えなかったそうです。

「せっかくなのでテラス席で食べたかった。開放感のある中で食べられるので楽しく食事が出来る」
お客さんも満足していました。

あえて悪い立地に店を出すバッドロケーション戦略。
これからも積極的に出店を続けて行くそうです。

社長
「オリジナルの道、この世に無いものをやる。誰かがやって流行っているとか、そういう世間の基準では無く我々の基準で取り組んでいきたい」

と、語っていました


急成長する個性的な外食店

大阪名物串カツの串カツ田中
2008年1号店ができて現在140店舗。

衣や、揚げ油、ソースなど独自で作っていて1本100円からの低価格。
客が自分好みに作れるポテトサラダや、サイコロを振って数が揃うと、ハイボールが無料になるサービスも特徴です。

磯丸水産

2009年1号店ができ148店舗まで拡大。24時間営業が売りです。
早朝は夜勤終わりの人。昼はシニア主婦と幅広い客層を取り込んでいました。

更に魚介類を客が焼く浜焼きスタイルでレジャー気分が味わえると人気です。

他にも個性的な昭和食堂というお店が紹介されていました。


昭和食堂:送迎を武器に戦う

名古屋市郊外の居酒屋。中心部から離れた立地だが賑わっていました。

入り口はレトロなポスターや看板。昔懐かしい昭和の雰囲気です。

町外れなのに店内は満席で客を満足させる仕掛けが色々あります。

刺身盛り合わせは、階段になっている刺身皿に新鮮な刺身が沢山。
その日仕入れた魚が8種類盛られて1680円です。

見た目が凄くインパクトあります。

壁一面に一升瓶が並んでいて、自分で注ぎます。
そんな飲み放題コース2時間980円からです。

「楽しいですよ。好きな物好きなだけ飲める」

子連れ団体客も来ていました。親たちはビール。子供達はキッズルームで遊んでいました。
子供達が遊んでいる間親は酒が飲めるそうです。

店を出た後にもサービスがあります。

客を待っていたのはバス。無料送迎バスです。

昭和食堂の売りは、無料送迎で、30分圏内、8人以上の利用で前日まで予約をすれば無料送迎してくれます。

これを武器に郊外へ人を呼び込んでいました


昭和食堂運営の海帆

…なんかこれも見たことあるんだよなと思ったんですが。

やはりがっちりマンデー!!で紹介されていました。

今回はがっちりマンデー!!特集でしょうか^^;
僕たち上場しました2015【がっちりマンデー感想】(2015/07/26):http://r-ryuga.sblo.jp/article/156689210.html

儲かりの秘密は送迎以外にもあるよというのがさらっと書いてあるので是非。


さて、海帆は名古屋市の中心部柳橋中央市場にあります。
中央市場の一角でマグロをさばくのが、昭和食堂を運営する海帆社長の久田さん。

元々飲食店向けに魚を販売していまして、仕入れの強みを生かそうと飲食業に乗り出しました。
仕込みが終わると出勤します。本社は市場の中の雑居ビル。

海帆グループ全体で217人の社員がいます。

昭和食堂18業態108店舗。売り上げは60億円です。

居酒屋に不向きな郊外を選んだ理由

競合他社が少なかったというのが一番大きい出店しようと思った動機

郊外に客を呼び込むのに必要なのが送迎バスでした。

社長自ら大型免許を持っています。

「ずっと毎週金曜土曜は送迎をやっていた」

総務人事部長も29人までのれる中型免許。
課長以上は、大型・中型の免許を保有しているそうです。

送迎シフトは各店舗の予約を纏めて割り振ってドライバーとバスを効率的に配置していました。

金曜土曜だと40〜50件。忘年会シーズンだと80〜100件という送迎件数があるそうです。

送迎バス駐車場には15時にドライバーがやってきます。
中型小型合わせて36台のバスを保有していました。

週末はフル稼働します。

居酒屋では唯一という大規模送迎システムを完備していて、これが郊外へ呼び込む大きな武器でした。


岐阜県大垣市への出店

1月下旬 岐阜県大垣市に久田さんの姿が。

魚民さん、鳥貴族など居酒屋が軒を連ねる場所に新たな店舗が出来ます。
それも大垣駅前の好立地。
競争相手の多い駅前で勝負です。

「送迎バスがある事により攻めの営業が出来るというのが大きい。ビジネスチャンスはある」

ある秘策を考えていました。

駅前の店舗で送迎バスを生かすには?

大垣はビジネスホテルが多い立地でした。
出張の人も多くご飯を食べるところが無いと言うことで送迎があればビジネスホテルとしても案内しやすい。
と、大垣駅から5km圏内のホテルや企業を取り込もうとしていました。

そしてとあるスーパーへ…このスーパーに提案を持ちかけました。

ユニー系列のスーパーのようでその本部を訪れ福利厚生を担当する部署を口説きます。

「当社の場合は送迎バスもあるので店舗にお迎えも出来ます」
「帰りも駅にお送りできますので特別コースを作成したり福利厚生の一環としてお手伝い出来ないかと」

送迎という武器を売り込みました。

勝負を書けた大垣駅前店のオープン当日。しっかり昭和食堂が出来ていました。
レトロ感満載です。

19時になると幹線道路で送迎バスが走り始めます。

向かったのは、営業をかけていたスーパー。団体客の取り込みに成功していました。
仕事終わりに昭和食堂で懇親会が開かれるそうで総勢15名。
車出勤で飲む機会が少ない方ばかりです。

送迎システムは駅前の店でも武器となりました。

2時間飲み放題コースは刺身、熱々の鍋などがあります。

思わず酒も進むが
「駅も近いので電車で帰れるし安心して飲める」と好評でした。

他の団体も続々入店し、新たなメニュー「マグロづくし」を頼んでいました。

新メニューで階段盛りのマグロ版でした。
マグロ好きには堪らないそうです。

厳しさを増す外食業界ですが久田さんは成長の余地があると考えていました。

「日々危機感を持ってやっているのでしっかりと新しい物に目を向けて、今までに無いパイを増やして取っていきたい」


まとめ

あえて不便なところに店を出して人を呼ぶ
個人客を重視する店が増える中、団体客に目を向ける

急成長する店は不利な条件を力にしていた。

常識の逆を行くことで客を見つけ出す。
外食不況の壁を突破するにはそういう挑戦が必要と締めくくられていました。

というか、どちらも既にがっちりマンデー!!で紹介されているという珍しい展開でした。


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年02月21日

『その【便利】必要ですか?〜追跡「サービス激化」の裏側〜』今日の「ガイアの夜明け」感想

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 便利の犠牲者のお話
  • 宅配便業界の地獄な実情が取り上げられていました
  • 24時間を縮小する中拡大するウエルシアが紹介されていました


スピードを求める時代

神奈川県座間市の倉庫。
1フロアだけで東京ドーム半分の広さがあり洋服が並んでいます。
一角では、ずらりと並んだブースの中でモデルの撮影会。

撮った写真はすぐさまパソコンでチェックし、店頭に並びます。
店頭と言っても、MAGASEEK。ファッション通販サイト。業界2位で会員200万人。
マガシークの商品を撮影していました
送料無料。最短当日発送されるスピードが人気です。

東京都千代田区のマガシーク本社。

配達スピードに拘るのは井上社長。
「ネットビジネスに占めるコストの中で物流は切っても切れないので、物流を制する物はネットビジネスを制する」
そこまで配達スピードに拘り理由は?

「先ほど注文したのですが、いつ出荷されますか?」
「まだ出荷の連絡が来ていません。ちゃんと今日出荷されますか?」

と、客からの要望が多数。少しでも早く手にしたい客の要望があります。

楽天は、「楽びん!」」最短20分で配達します。(都内の一部地域)
アマゾンジャパンも「プライムナウ」最短1時間以内で配達します(首都圏、関西一部地域)

「アマゾンプライムとか出てくると翌日配達が当然。そこのスピードをどうコントロールするか…」

少しでも早く。当日は駄目でも次の日の朝とかとハッパを掛ける社長。

物流拠点の物流担当者。

スピードアップの策はこれと見せてくれたのはワンタッチで箱が出来上がる段ボール。
1個で5秒の短縮。

更に、画像ピッキングシステム。

腕につける端末で注文品を探す出す時間が2割短縮できました。

「客もスピードを求めている。1分でも1秒でも削り客の求めている物に応えたい」

客の要望に応える形でネット通販配達スピードは競争が激しく。

運ぶ現場では地獄が待ち受けていました。

便利はどこまで必要なのか


便利の裏に潜む犠牲

深夜なのにコンビニで買い物が出来る。
インターネットで24時間手に入る。
送料無料で再配達は当然。

便利なサービスを支える人たちの過酷な現実がありました。


運送会社「トランプ」の例

運送会社「トランプ」1994年創業宅配便の小規模運送会社。

大きな問題を抱えていました。

「圧倒的に荷物が多いのが現状。1人1人が限られた時間の中で配達している。100%要望に応えなくてはいけないが、それが物理的に出来ていない」

トランプは大手運送会社から配達を請け負っています。
それを契約している個人ドライバー100人に依託して配って貰っているという業態です。

ドライバーの中島さんの1日

午前8時。トランプ依託の個人ドライバー中島さんが最初に向かったのは大手運送会社の集配センター。
効率良くするため配達順に積み込みます。60個で荷台がいっぱいになります。

午前9時30分配達開始。荷台はアマゾンだらけです。
荷物の9割はネット通販の商品でほぼアマゾンです。

たくさんの荷物を少しでも早く届けるにはあるハードルがああります

午前中に上手く行かないと1日引っ張る

配達時間指定サービスの8-12時が山場となります。

午前10時を過ぎると早くも問題が発生します。

10時を過ぎると留守の家が多くなる

「しょうがないですよね付き合っていくしかない「不在」と」

1個につき150円受け取れる歩合制です。
不在の場合、何度足を運んでも配達したことにならないから死活問題です。

「やればやっただけ稼げる。やらなければゼロ」

運送業界で大問題になっている再配達。宅配便の20%に上ります。

再配達の問題点は、突然時間変更してくれとか言われること。

「さっきはこの後ずっといると言っているといったけど、これから出かけなくちゃいけないので時間を変更してくれないか」

そんなのが多いようです。

再配達には大きなハードル

マンションにやってきましたが宅配ボックスがいっぱいで持ち帰ります。
不在でも預けておける宅配ボックスは数が少ないからドライバー同士で奪い合いです。

去年12月インターネットに投稿された動画は有名ですよね。

某佐川の社員が荷物に八つ当たり。
配達先が不在だったから荷物を持ち帰るときにイライラしてぶん投げていたやつです。

「あり得ないとは思うけど、やってしまう気持ちは分からなくも無い」と中島さん。
「皆ストレスはありますよね…」とぼそっと。

午後2時午前中の配達が一段落します。
60個の荷物は半分になりましたがまだ半分です。

配達の合間にコンビニへ。トイレを借りて買って来たのは、パンとお菓子。

昼は簡単に済ませることが多いそうです。

「昼飯にそこまで時間取れない」

18時になると昼間に不在票を入れた人が帰ってきて連絡をくれるので、ここからが本当の戦いです。

ひっきりなしに再配達以来。

20時過ぎ…夜に届ける荷物を新たに積み込んだので40個の荷物がありました。
仕事を終えたのは22時過ぎとなりましたが荷物は15個残りました。
再配達依頼が来なかったのです。

それも殆どアマゾンです。

「いらっしゃらない人は明日に回す」

毎日150個届けるそうで23時に家に帰宅です。

妻が出迎えてくれました。
帰宅は大抵この時間だそうで子供達は寝床です。
遊べるのは出かける前のひとときだけだそうです。

奥さんは。
「仕事は無くならないけど、身体が持たなさそう。肘が痛いってよく言ってるから。頑張って。」

「頑張ります」と中島さん。

こんな過酷な日々を過ごすドライバーの人があって我々の便利が支えられている訳ですからねぇ。

私はなるべく自分がいる時間に届けて貰うようにして届けて貰ったら「ありがとう」としっかりお礼を言うようにしてますよ。

まぁ、どうしても発売日とかに欲しいときは宅配ボックスにお願いしますけどね。


過酷なヤマト運輸の状況

横浜市中区にある神奈川労連。
さまざまな業種から個人でも加入できる労働組合です。

そこに男性2人が相談にやってきました。

彼らは、大手運送会社ヤマト運輸の元社員です。

関口さんは神奈川県内の支店で16年ドライバーをしていましたが去年退職しました。

タイムカードのコピーと勤怠確認のリスト一覧を持ってきました。

ほぼ毎日1時間半のサビ残をしていて16年間それが続きました。
労働時間も長く8時入り終わりが23時過ぎという日が続き、過労死ラインと呼ばれる残業80時間の月が連続して5ヶ月以上ありました。

アマゾンが入ってきてから年々物量が増えて休憩が取れないし時間が延びる。サビ残が日常的に起きていました。

宅配の取り扱い個数は、アマゾンが佐川からヤマトに変わってから3億個増えました

3億個…って…3億個って…?

関口さんが退職を決意したときの上司とのやりとりが録音されていました。

「明日から来たくない今すぐ辞めたい」
「そこまで追い詰められているの?」
「追い詰められています」
「確かに世の中の荷物の増え方に追いついていないとは思う。だけど何もしていないわけじゃ無い」
「アマゾンが増えて佐川が手を切ってヤマトに降りかかってきてそこら辺からだよね。これだけ忙しくなったの。解っている」
「解っているんですか? 解っていてこの状況を放置しているのは尚更悪ですよ」

ただこれは経営側の気持ちも分かるんですよね。
だってドライバーのなり手っていないじゃ無いですか。
増やしたくても増やせないという状況があるわけですしねぇ…。

アマゾンから手を引くという事も出来ないでしょうし。
3億個増えたと言うことは売り上げが少なからず数百億単位で増えているわけですし。

ただ残業代不払いはあり得ませんね。

元ヤマト社員は残業代不払いと長時間労働の改善で活動をしているそうです。
ヤマト運輸もアマゾン取り扱い開始後2500人増員したが、追いついていないそうです。

ヤマト運輸への取材をしようとしたそうですが、元社員の方とは係争中のため取材は控えさせて頂きたいと回答が着ていました。
この辺は流石丁寧に対応するなと。

2月7日横浜地裁に関口さんがやってきて弁護士を立てて話し合いをする事になりました。
解決しない場合は裁判となります。

「ここまで動いてきたのは仲間を助けたいから。少しでも救われれば働きやすい環境になれば良いと思う」

便利なサービスの裏側で労働環境の悪化が問題となり広がっていました。


解決策になるか? 戸建て宅配ボックス

こうした中、再配達を減らそうと業界全体で取り組みが始まっていた。

不在にしていても受け取れる戸建て用宅配ボックスを、日本郵政やナスタなどが開発していました。

「再配達が無くなれば時間を有効に使える。住んでる人も配達する人も」

と、埼玉越谷の住宅で導入されました。再配達と減らす一歩として広がるかどうかです。

ただこれは新たなビジネスチャンスだよなと。再配達を減らすビジネス。何か良い方法無いものか…。


24時間を撤廃せよ

24時間営業のファミレス…ガスト。

深夜店内を覗くとガラガラでした。かつての賑わいが嘘のようです。

店長も「24時間開けている意味があるのかな」と嘆くほど。

昔は若者のたまり場みたいな感じがあり売り上げも取れていたけど、最近はさっぱりだそうです。

そこで打った手は、24時間営業の撤廃

7時〜26時までとなりました

ランチタイムは盛況です。そこには陣頭指揮を執る店長。
営業時間を短縮することで忙しい時間にスタッフを集中的に配置。
客へのサービスに力を入れて売り上げアップを狙います。

「24時間を見直す事でランチやディナーでお客が来る時間帯に力を入れて営業が出来る。そこの売り上げを取っていきたい」

と語っていました。

営業時間の拡大を目指してきたが人手不足客の減少で短縮営業が各種業態で進んでいます。

百貨店では
三越伊勢丹初売りが1/3からになりました。
高島屋は一部店舗で営業時間を短縮しました。

外食産業では。
ロイホが24時間廃止
ガスト、ジョナサンも7割の店で26時閉店(すかいらーくグループ)
マクドナルドも24時間営業の店が4割になりました。

スーパーも
イオンでは一部店舗で営業時間を短縮
東武ストアも26店舗で24時間営業を取りやめました

営業時間の拡大や24時間の流れはどんどん縮小しているようです。


24時間を拡大するウエルシア

この流れに逆行するように24時間営業を拡大しようとする企業がありました。

ウエルシア薬局です。

店内はスーパーのような品揃えでトイレットペーパーなどの日用品やたまご野菜、生鮮食品も取りそろえています。
薬コーナーには、処方箋受付の文字もあり薬剤師が対応する調剤併設型です。

薬局業界大手の売り上げは横並びです。
マツモトキヨシを筆頭に、ウエルシア、ツルハ、サンドラッグ、コスモス薬品とほぼ横並び。

そこから抜け出すためウエルシアの大胆な策が24時間の拡大でした。

池野会長
「夜中に病気したときに役に立たないのが薬局と言えるのか。今までやってきた延長線上に大きなマーケットは無い」

2年前から始めていた24時間営業への転換は、処方箋、第一類医薬品を24時間取り扱うようになったそうです。
未開拓だった夜間ニーズを狙っています。

24時間営業で重要なのは薬剤師の確保で、シフトを見せて貰うと…1日当たり3〜6人配置していますが完全シフト制で夜は1人で対応しているそうです。

東京都練馬区の幹線道路沿いのウエルシア豊玉目白通り店・
20時を過ぎた頃仕事帰りの客が吸い込まれていきます。

処方箋受付に行く人が多く調剤エリアは昼間以上に混雑していました。

「薬剤師しか売れない薬もある緊急時に助かる」

この賑わいは近くの薬局が軒並み閉まってしまうからでした。

しかし終電も終わった頃になると激減。
2人ぐらいしか来なかったり、全く来ない日もあるそうです。

深夜の調剤の売り上げが足りない状態でした。

「処方箋が零枚の時がある。10枚取れ無いと人件費がペイできない。赤字になる。」

調剤の客が少なくて、赤字になっていました。

それを改善するべくやってきたのは、在宅リーダーの増田さん。

在宅医療の医師が病院に通えない患者の自宅や施設を訪ねて診療するようになりましたが。
増田さんは、東京都内で在宅患者を開拓する営業責任者でした。

「夜の処方箋を待つより今まで出来なかったことを勧めていければ売り上げも上がる」

と、夜間の売り上げを伸ばすため地域の在宅現場を周り伸ばそうと飛び込み営業をします。

在宅医療の支援施設などを訪れますが、反応はいまいちでした。
既に他の業者と取引があり上手く行かないようでした。

次なる一手として、在宅クリニックを訪れて医師に話を聞きます。
狙ったのは、在宅患者の訪問診療に力を入れる病院でした。

「医療はどんどん24時間化していて内科医だと薬が無いと無力なの所もある」
「24時間やってる薬局があると助かる」と良い感触でしたが雲行きが怪しくなります。

「夜行けます?」
「届けると言うことですか? 薬剤師が抜けると薬局なので閉めなくてはいけなくなる」

医師の要望は薬の配達でした。
急患が出たときに薬を届けなければなりませんが、薬は薬剤師が届けなければなりません。
それには店を閉めなければならないのです。

「我々の患者はそもそも店舗に行けない。そんなに使えないですね」とぴしゃり。

医師厳しいなぁ。

医師が求めるのは夜間の配達。それに応えたくても薬剤師が足りません。

「そこが必要なんだと。開いているだけじゃ駄目その先があることが解った」

3日後ウエルシア本社。
入ってきたのは24時間営業を統括している営業本部長でした。

「医師からは24時間365日薬剤師が届けて欲しいと言う要望がかなり多い」

と、夜間の配達にどう対処するか判断を仰ぎにきたのでした。

営業本部長
「2人いてもいいが、それは採算合うか合わないかだ」

そこで編み出した手法。

目白通り店だけは2人にして、周りの店には目白通り店から出動させる。
エリア単位で薬剤師を2人配置するというものでした。

1人が動く事で急患に薬を届けられ夜間に配達が出来るという物。

「医師とか利用者の最終的な満足はそこだと思う」と熱弁しました。

「どうやったら薬剤師2人体制で上手くできるか詰めて考えて」と夜間配達を具体化することになりました。

2月上旬に薬の配達プロジェクトが開始となりました。
昼間も届けることになりました。

早速緊急出動の依頼がでて走って届ける薬剤師。

これ薬剤師の負担大きすぎないか? 大丈夫か??

付いたのはマンションの一室。
70代夫婦が住んでいて血圧の薬が無かったそうです。

「家にいて貰えれば先生も来るし薬局も来るので安心して飲んで下さい」

と、薬の説明がてらお話ししていました。

「良いよな。持ってきてくれるんだもん」と老夫婦も喜んでいました。
配達は無事完了となりました。

昼間だったが夜間に出来るようになれば地域のためになります。
また便利の犠牲者が出るんですけどね…

「在宅医療が進み24時間駆けつけてくれる薬局はウエルシアしかない。長く続けて行き地域の皆様に喜んで貰えるシステムが出来ると思う」

負担が増加して薬剤師が辞めないことを願うばかりですね。


まとめ

私たちの日々の暮らしに関わるサービスは安くて便利になった。
しかしそのサービスを支える裏側では負担が大きくなっているのも事実。
豊かさを追い求める時代から、働き方へも意識を向ける時代へ。その転換期に来ていると締めくくられていました。

ブラックブラックと話題になるご時世ですから便利にするだけが良いとは思いませんけどね。
なるべく通販を使わないように。無駄な物は買わないように…。気をつけています。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年02月14日

『暮らしに潜む【危機】を救う』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 今日のガイアはインフラを守る技術について
  • 特殊高所技術は忍者のように高所へ上がり点検をするスペシャリストを育成していました
  • 積水化学工業は下水道を長持ちさせる画期的技術を開発していました

高速道路を守る

2016年12月大阪。
大きな工事が始まろうとしていました。
作られて50年経った橋脚の上半分を取り替える工事です。まずは橋脚の腕の部分が切り離されます。
切り離されたコンクリートの塊は30トン。

そこにあったのはひび割れ。0.3mmあると通常補修対象だがそれを超えているのが多数。
阪神高速道路技術部の人が調べてました。

高速道路ではある深刻な課題を抱えています。

「老朽化がどこまで進んでいるのか、外面だけでは無く中身の老朽化を知る必要がある。」
と、コンクリの内部劣化が簡単に解る方法を探していました。

1ヶ月後

高速道路の真下の足場で、その中に技術部の人の姿がありました。
足場の真上のコンクリは高速道路。
そこである実験が始まりました。

銀色センサーを取り付け、全てのセンサーを下の機械に繋げていました。

上を車が通過する度に機械のグラフに反応がありました。

「車が通ることにより力がかかる。力がかかったときに中にひび割れがあると音がする」

振動がコンクリへ。中のひび割れが擦れて音がするのでそれをキャッチしていました。
感知することによりひび割れ欠陥がどこにあるか推測するそうです。

コンクリのどの部分に損傷があるか解る

数日後、高速道路の路面を切り出した物が置かれていました。
取り出したのはセンサーで得た結果を3Dにしたもの。
ひび割れの多い場所が推測されていました。

解析通りの場所に損傷があるかを調べる事になりました。
その結果センサーでの推測と同じ情報の所にひび割れが見つかりました

実用化されれば老朽化対策の武器となる技術のテストが成功しました。

作った物を長く守っていく。インフラの時代がいよいよ変わろうとしていました。


インフラの老朽化問題

2012年中央道の笹子トンネルで天上版が崩落し9人が死亡した事故は記憶に新しいところですが。
高度経済成長から半世紀、インフラには重大なほころびが出ています。

特に橋は日本に70万箇所あります。
2割が造ってから50年以上を越えていて、10年経つと半数以上が50年を越えるそうです。

それらを点検する会社あります。

特殊高所技術

高い橋の橋脚をロープ一本で登り、コンクリに浮きが無いかをハンマーで叩き音を聞き分けたり。
写真を撮ったりして点検していました。

上るときは尺取り虫のように。10mぐらいだったら走れると言うぐらいさくっと上ります。

特殊高所技術の社員は60名いるそうですが全く人が足りない状況だそうです。
課題は人材の確保と育成。
今後最も必要とされる仕事となります。維持管理が凄く大切な時期だからです。


特殊高所技術の作業

大阪にある千歳橋。港に架かるアーチ橋です。
全長1kmで14年前に開通しました。

そこにやってきたのは、特殊高所技術の面々。海を跨ぐ橋の裏側を点検するそうです。
海面から30メートル。作業車も入れないので、ぶら下がることになります。
橋の裏は鉄骨が交差しているだけ。歩ける足場はありません。
クランプと呼ばれる道具に全体重を預ける事になります。

忍者さながらの動き。気になる場所はカメラで記録。近づくからこそ見落としが無いそうです。

特殊高所技術が点検するのは全国で650箇所に及ぶそうで3年前の5倍となりました。

きっかけは、国交省の点検基準の変更

笹子トンネル事故後、5年に1度近接点検を義務化しました。

それにより点検箇所が増えたそうです。


特殊高所技術の海外進出

話は変わりアフリカのモロッコ。
そこに特殊高所技術の社長がいました。

立派に整備された高速道路は25年前から本格的整備が進められてきたそうです。

「高速道路ネットワークは完成されていて、維持管理の時代になっている」
と語る、阪神高速の人。

首都ラバトにあるモロッコ高速道路会社。
「モロッコの中でも特に高い橋には特殊高所技術が無いと近寄れない」と語るモロッコの人。

橋などの点検のために、阪神高速、特殊高所技術、JICAに支援依頼してきたのでした。
そして特殊高所技術も技術移転の話題を引き受けることにしました。

「海外で技術を広げれば海外の人材で国内の人手不足を補えると思った。外国の人を受け入れるのは難しいかもしれないが、育てた何代も先の人たちが日本の維持管理を助けてくれるのは理想」

かなり長期のスパンで日本のことを考えているとか凄い人だなと思います。

そして去年8月モロッコから研修生3人がやってきました。
100人以上から選ばれた精鋭だそうです。

京都にある特殊高所技術の本社で2ヶ月の研修が始まりました。

教えるのは、山口さんという技術部長40歳。

基本の動作ロープの登り方を教えてました。

素早い動きに見入る研究生。
5時間の講習のあと用意されたのは、天上に吊された滑車と100メートルのロープ。

新人が必ずやる100メートルのロープ登りだそうです。

一番若いヤシーニさん30歳がハイペースで上ります。
二番手はエルムクニさん31歳。
三番手エディーニさん50歳はきつそうで…途中で辞めました。「むーりー」と。

「今日できないと明日も出来ないし1ヶ月経っても出来ない」と山口さんは教えますが…
「疲れたから明日やるよ」

まぁそんなもんですよね。

結局100メートルを登り切ったのはヤシーニさんだけでした。二番手も駄目だったようです。

次の日高さ12メートル訓練塔での訓練で、既に差が出ていました。

ヤシーニさんはロープを的確に操り動けますが
途中で諦めた2人はロープを上ろうとしても、なかなか上に進めない状態でした。
5メートル上れないうちにバランスを崩し動けなくなっています。

そこで全員を集めます。

「6割7割で出来るのは駄目。100%できないと安全が確保出来ない」
「これくらいでいいだろうという気持ちが安全性を損なう」

今まで特殊高所技術は落下事故が0件。安全であることが技術の要です。

初めての日本で肉体的にも厳しい訓練です。前途多難となりました。

モロッコ3人組の訓練は進みます。

そんな3人を激励しようとキッチンに山口部長。
イスラム教徒用に鶏肉を置く店が近くにあるらしく、前の晩から仕込んだ洋風肉じゃがを振る舞いました。

イスラム教の戒律があるため食べられる物が限られるので心遣いです。

喜ぶ3人。すっかり打ち解けてました。

「日本人にやらせてもヒイヒイやるトレーニングを、外国から来て、自炊、洗濯、掃除もやりながらは驚嘆する」
と、山口さん。

そんな日本訓練も大詰めとなりました。
25メートルの実際の高速道路を舞台とした訓練。

そこにはロープを自由自在に扱う研修生達がいました。1ヶ月前とは表情も変わっています。

「みな最初は軽く見ていた。全力を出すと言うことを学んだ」と50歳の一番出来なかった人。
いつの間にか立派になりました


モロッコでの実践

訓練の舞台がモロッコに移りました。
向かったのは北部の巨大な橋。

「日本で使えるのは解っているのでモロッコが維持管理している構造物に適用できるか。成果が得られるか確認したい」

安全に上り下りするだけでは無く点検もするという訓練でした。
早速研修生達は0.35mmのひび割れを見つけます。日本だと補修対象です。

更にひび割れの多い場所を叩くとコンクリが剥がれて、さびた鉄筋が出て来ます。
コンクリの厚みが不十分だったのです。

同じ問題が至るところで発見されました。
明らかな不具合…工事手抜きだったか。

深刻な事態になる前に発見できたようです。

しかし訓練7日目思わぬ事が起きます。

前日訓練が終わった後吊しておいたロープが何者かに切られたようです。

「建設当時から反対派と賛成派があり、住民の一部が非協力的でもめてるらしい。それも含めて全部受け入れていくしか無い」

お国が違えば色々ありますね…。
それでも2週間で4箇所を周り点検作業が出来たようで特殊高所技術のモロッコでの大きな一歩が刻まれました。

「スタートは成功しました。これからもっと一緒に技術を磨きたい」と研修生。

「自分の技術が世界中に浸透してそれが受け入れられて当然のように特殊高所技術が日本に入ってくる。最終的な目標はそこになる」と山口さん

日本の技術が世界に広まっていく一歩になったようです。


下水管を交換せよ

下水管は50年使うとボロボロになります。
現在東京23区で50年を超えた下水管は1800km。
稚内から鹿児島まで直線距離で結んだ距離となるそうで、途方も無い費用がかかります。

そこで長持ちさせる画期的技術に注目が集まっているそうです。

江東区にある東京都下水道事務所。
昭和26年に敷設し65年経過した下水管の内部映像が会議で発表されていました。

それを撮影した特殊カメラは、モグラみたい感じで、走りながら撮影するだけで内部の映像を詳細に伝えてくれます。

やはり老朽化は著しいのが解りました。
東京では老朽化による道路陥没が年間500件以上。対策が緊急課題です。

老朽化が深刻な地域は優先整備されているが、4割程度しか出来ていないそうです。

そこである技術が注目されていました。

SPR工法

帯状の材料がマンホールへ送り込み、最前線では1人が機械を操作します。
マンホールからプラスチックの帯を送り込み、らせん状に管を作るS技術です。
古い下水管の内側に新しい管を作るという形で、最後にモルタルを注入し一体化することで更に50年使えるようになるそうです。

従来の工事は掘り返し取り出して交換する作業でしたが、SPR後方は掘り返さなくて済みコスト半分、工期1/3という良いことだらけです。

東京都渋谷区では、交通量の多い道路を跨いだ170mの工事区間。
もし掘り起こすとしたら厄介でした。

マンホールから中に入ると縦横3mの大きな下水道でした。

そこでもプラスチックが送られるSPR工法が行われていました。
広い下水管でも大丈夫のようです。

「SPRで一気にやるので住民や車で通る人への影響はかなり少ない」と下水道事務所の人。

地下では大型機械で新しい下水道が作られていました。
先端につけられた小型ロボットが古い下水管の内側に帯状に材料を自動で巻いていきます。
特殊樹脂材料と補強材のスチールも埋め込まれていて丈夫です。

こうして老朽化した下水道が驚くほど速く再生されていました。

この技術を開発したのは積水化学工業でした。

しかしまだ面倒な部分があるそうで、酷いひび割れは先に手で補修してからSPRをする必要があるそうです。
それが無くなれば…という要望がありました


新しい材料を開発せよ

大きな下水道の再生にはより強度を求められていました。

「今後開発する物はそれだけで長い期間下水道を支える工法が必要となる」と積水化学工業の担当者。津田さん。

積水化学工業京都研究所に、津田さんはより強い材料の開発を依頼していました。

「必要な剛性を確保するにはこの形状が最適」と強度を上げるために補強材のスチールを大きくした
震度7にも耐えられる設計が提示されます。

しかし

高さは?

45mm

幅は?

58mm

補強材の大きさが気になります。

滋賀県栗東市の積水化学工業栗東工場で試作品を造ってみました。
新たに開発された材料は、従来より補強材のスチールの大きさが際立っています。

いつものように引っ張り出そうとするがびくともしません。

材料は2mのドラムに巻き付けられていてそれを直径1m30cmの下水管に小さく巻こうとしているがスチールが硬すぎて小さくならないのです。
あまりの堅さにお手上げ。

スチールに切れ目を入れる曲がりやすくすることで小さな縁に誘導して見ると割れました。ぶっ壊れました。
巻出しが出来ないという大きな問題に直面しました。

津田さんはロボット工学を専攻していましたが、積水化学工業で配属されたのは下水道再生部署でした。

「下水の部署は最初は抵抗あった。しかし自分が造った機械で古くなった下水管が綺麗に直るのは面白い」
と、今や下水道再生のプロとなりまいた。

そんな津田さん不思議な機械を造りました

ドラムに撒かれている材料を引き出して後ろのローラーで曲げるという機械でした。
以前は3人がかりだった材料がスムーズに引き出され、同時に一回り小さな巻き癖もついていました。

更に小さな直系1m30cmの下水管にれるので機械に巻き付ける作業が必要だが…それもすんなり出来ました。
前回はぶっ壊れましたが。

「このやり方であれば現場でも通用する」と完成となりました。

普段は目立たない下水道というライフラインを支える陰の立て役者達の姿がそこにありました。

「日常何事もなく使っている物がなくなると不便。それが使い続けられるように直していけるというのは大きい。そこに仕事のやりがいを感じている」と津田さん。

インフラを守る男は格好いいですね


まとめ

私たちの生活に欠かせない道路、水道管などのインフラ。当たり前のように使っている裏には支え守っている人たちがいます。
インフラの多くは高度経済成長に造られた物。老朽化は同じタイミングで始まり全国で身近な課題。
次の50年100年使い続けるため点検補修の技術の進化に注目したいと締めくくられていました。

これはネットワークインフラにも言えるわけで…ネットワーク技術者って凄く重要なんですよと。


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年02月07日

『消えゆく【伝統工芸】の逆襲』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 伝統工芸と海外とのコラボのお話
  • 清水焼は新たな色味の花瓶を作っていました
  • 仏具店は装飾用タイルを生み出し高い評価を得ていました

京都とフランスのコラボ

2016年5月京都のある場所に、伝統工芸企業10社が集まっていました。
色鮮やかな清水焼の窯元や、550年の歴史を誇る西陣織。金箔の技を得意とする職人も。

そこへ外国人の一団が入ってきました。
皆フランスのデザイナー。

フランス人デザイナーと京都の伝統工芸のコラボプロジェクトが始まったのです。

フランス側は100組以上の応募から選ばれた精鋭10組。
その人達に自慢の技を懸命にアピールする京都の伝統工芸を持つ企業。

意外に人気があったのは、お寺で使われている材料を作る仏壇仏具の販売店創業240年の京仏具小堀。

フランスのデザイナーからいきなり質問

「コストダウンできますか?」
「価格を下げるのですか?…検討します」

いきなり価格から入るところがシビアですね。

話し合いを終えるとフランスのデザイナー達は京都の職人と何を作りたいか商品案を書き始めました。

染色の会社と防水パンツを開発したいというデザイナー。

ターゲットは中間層から高所得者。
販売数は300着。
価格帯100ユーロ(1万2000円)と、かなり具体的な提案書です。

それらの提案書を元に、どの企業とデザイナーを組み合わせるかを決めていくのが3人の発案者。

フランス側は、デザイン雑誌の元編集者とコンサルタント。

コンサルタントは
「商品開発だ市場のニーズと合わせないといけない」

そして日本は、西堀さん。
「値段無しでデザインだけすると、きれいだけど販売できない価格帯になる」

この西堀さんが凄い人でした。


和傘の日吉屋5代目西堀さん

京都市上京区の和傘「日吉屋」
西堀さんはそこの5代目です。

ある製品で海外進出に成功していました。

傘のように開閉できる照明器具。
筒型に広がるそうです。

そのデザイン性の高さから、世界15ヶ国のホテルレストランなどに販売する程になりました。

西堀さんが家業を継いだのは13年前。2004年です。
その頃の日吉屋1年の売り上げは160万円だった。年商160万…私の年収よりも低いです。
それが現在年商2億円になりました。

その西堀さん。
「プロジェクトの目的は作品集を造るのではなくちゃんと売ろうと本気で考えている」

そうして始まった日仏共同開発プロジェクト

10組が目指すのは8ヶ月後の2017年1月の世界最大級の見本市に出品することでした。

パリと京都の共同戦線の取り組み


既に海外進出している職人達

150年の日吉屋5代目は、和傘を照明器具の傘などに応用し、欧州などをはじめとする海外進出成功しました。

京人形のみやけ

甲冑を作る技術で5月人形などを作っています。

その技術を使いバッグが出来ました。
5月人形の甲冑デザインが使われています。金属プレートを組紐で縫い付けていました。
これが海外で売れているそうです

京友禅を染める型紙を作っている職人

和紙に柿渋を塗って鳥の模様を彫っているという感じで型紙を作っています。
型紙を生地にあてがい色を染めていくことで京友禅が出来ます。
300パターンの型紙が使われることも。

その繊細な彫りの技術を応用して、タブレットケースやキャンドルカバーを作りました。
掘ったところが光で浮かび上がるそうです。


伝統工芸の技術を生かすためにはどうしたら良いか

京都市清水焼団地。
清水焼関連企業70社が集まります。

その中の丈夫窯(漢字が無いのでこれで。丈夫の丈に点が付いてます)
家族経営の小さな窯元です。

当主の加藤さんはこの道30年。母も現役。妻も絵付けをしています。
長女は跡取りとなる予定の大学生です。

作品の特徴は、独特な赤とグラデーションの技法でした。

その丈夫窯に手を組むことになったデザイナーがやってきた。

フランス人のデザイナー夫婦。
エルメスで経験を積んだ実力の持ち主です。

「色使いと色の混じり合う感じに惹かれた。機能性を取り入れたい」

1つで2つの顔を持つ花瓶

対照的な2色で塗り分けることで向きを変えると全く知が言う趣を楽しめる花瓶を作りたいそうです。

加藤さんも
「色合いは自分の発想には無いので作ってみたい」

フランス人デザイナーは
目標は良い製品を作り適正な価格で販売すること

と、いきなり値段の設定を始めます。
そこら辺のスピード感に圧倒される加藤さん。

欧州市場を調べ、3万円〜5万円を目指すことにしました。

そして試作品作りが開始となります。

実力派の加藤さんあっという間にデザイナーの伝えるとおり形を作ります。
フランスの2人は身振り手振りで希望を伝えそれに応えました。

花瓶のサンプルはすぐに出来ました。
形が決まったので色をどうするかです。

しかし加藤さん以前フランスで苦い経験が。

自信作の1つ赤い花瓶。
パリのアトリエで試験販売したが、1つも売れなかったのです。

そこにやってきた、アドバイザーのグザビエさんと仕掛け人の西堀さん。

加藤さんは胸につかえていた疑問をぶつけます。

(売れなかった赤い花瓶を見せて)
「皆さん良いと入ってくれたが、買うところまでは行かなかったがどうしてか?」

「フランスではこの赤色は、肉の血の色を連想させるかも知れない」

色味が日本の好みとは合いませんでした。
そこの感性はお国によって違いますからねぇ。

今回はフランス人デザイナーを選んだ色を取り入れます。

清水焼は、京都代表の陶器ですが、関連企業は1980年代の1/3に減少。
新たな市場の開拓が差し迫った課題でした。


仏具の製造販売小堀は何を作る?

東本願寺の前にある会社が、仏具の製造販売の小堀
1775年創業(安永4年)
寺が使う仏具の修復も携わりに、仏具に関わる職人200人以上抱えています。

しかし仏具業界は今後10年で半分になると言われています。

「職人が廃業したという話が毎月のように入ってくる」

という程厳しい状態。

「何とか新しいマーケットに京都の職人が携われるように」という想いがありました。

伝統工芸品の仏壇には職人の技術が様々詰まっています。

まずは、木材で形を作ることから始まります。これを「木地」と言います
釘は使わずに組み立てられるそうです。そうだったのか…釘さびるから。
彫刻も職人が作ります。

それに、漆を塗ります。塗って乾かし研磨してまた塗る。それを繰り返し24層。

下地を塗り、漆を塗っては、それを乾かして特殊な炭で研磨し、表面の凹凸を削る
この工程を繰り返し、何層にも塗り重ねるそうです。
仕上げ特別な研磨の粉をつけて手で磨き、鏡のような映り込みになります。
美しいよなぁ…漆塗り。

そして彫刻などに金箔を貼ります。これも糊の代わりに漆を使います。
職人技が必要です。

更に扉に描かれている蒔絵には漆で模様を描き金や銀の粉を撒いて貝殻を埋め込む技法もあります。

仏壇を作るため、木地、彫刻、漆塗り、金箔、蒔絵など、20人の職人が携わるそうな。

しかし現在住宅様式も変わり、仏壇を置く家が減っています。職人も厳しい状況になっています。

そこに楔を打ち込めるのか


伝統の技の凝縮で何を作るか

仏具の小堀のパートナーは、セリーヌとジェロー。
インテリアデザイナーです。

目をとめたのは、寺の欄間でした。

何かに驚いています。

「この部分はとても荒々しく掘られていて金箔を引き立てている。お互いに魅力を高め合っている」

とその技術に驚いていました。

そして仏具の技術を室内装飾用タイルに生かしたい

欄間の彫りを再現して欲しいと頼んできました。

そしてこの道38年漆職人の前田さんには、とんでもない要求が突きつけられた

刷毛で塗っている途中みたい…

要するに漆塗りを完成させず作っている途中感を出してくれという依頼でした。
制作途中という手作り感を出さないといけないそうです。

漆塗りを仕上げなくて良いという要求に納得のいかない職人さん。

「本当に仕上がりが想像できひん」
「真っ平らにして綺麗に塗るのが漆塗りと思っていたけど、180度違う事を要求してきた」

無効の感性では
「きれいすぎて天然の物に見えない。工業製品やプラスチックみたいな印象がある」

それだけ美しいという事なんですがそれを伝えるには方法があるという事のようです。

取りあえずはデザイナーの指示通りやってみることになりました。


清水焼の丈夫窯の苦心

当主の加藤さんは色造りに追われていました

調合しているのは釉薬で、陶器の表面に色とガラスの層を作るものです。
様々な調合を試し24時間かけ800度で焼成。
色のパターンを試します
更にデザイナーとネット電話で連絡を取り、色見本を見せたりと必死の制作が続きます。

「テストしようと思っているのが160パターン。いけるところまで行こう」

こういう所が職人ですよね。

そして色で苦い経験のある加藤さんですから、新たな色でリベンジを掛けると言う熟知たる想いが。


更に現地打ち合わせも重ねて。

このプロジェクト仕掛け人の西堀さんも試作品を持ちフランスへ飛び現地のデザイナーと打ち合わせをします。

加藤さんが作った100枚以上の色見本。

微妙な色合いの変化は手に取って見ることで伝わる物があります。

丈夫窯とのタッグを組むデザイナーは日本に特別な想いがありました。

「これまで色々な国の人と仕事をしてきたがその中でも日本の工芸品の質の高さは別格」
「私たちに様々な刺激を与えてくれる。日本の職人の卓越した技術には見習う点が沢山ある」

仏具の小堀のタッグを組むデザイナーもやってきます。
試作品を確かめると

「凄く良い。欧州受けすると思う」と太鼓判

日本の職人の心配をよそに好評でした。

「漆を完全に塗ってしまうと、原材料が解らなくなる。木で出来ていると解れば商品の価値が上がる」

そして漆を重ね塗りしないのでコストもカットできるという話でした。

10月上旬京都帰国した西堀さんが小堀を訪ねて、試作品が好評だったことを伝えてまいた。

更に「教会のモザイクタイルみたいな物が流行ってきている」とどういう風に使われるかイメージ出来る物を持ってきていました。
パリで見つけた室内装飾用タイルの写真です。

今作っている物がどんな風に使われるかイメージを伝えます。

職人さんもやっと
「こういうふうに仕上がるのかとイメージが出来てきた。こういうのもありかなと」

理解を示してくれました。


丈夫窯のピンチ

11月清水焼の丈夫窯。
フランスから花瓶の色が決まったと知らせが来まして12の組み合わせが選ばれました。

「私らの感性には無い色を合わせてくる」と、面白い組み合わせが提案されたようですが心配なことがありました

「釉薬の厚み濃さが難しい。何回かテストしないと」

丈夫窯の色の組み合わせは試行錯誤で数年掛けて出来た物です。
釉薬の特質を見極めるには時間がかかるそうです。

見本市までは2ヶ月しか無い状態…

そしてその不安が的中します。

花瓶の試作品全滅。
新しい釉薬を使ったことが影響して弱い溝の部分に亀裂が入ってしまいました。

商品として出せる物は?

1つも無い

グラデーションの花瓶は色が混じり合ってもいないものとなりまいsた。

時間の無い中やり直しとなります。

しかし職人。しっかりアイデアを出してそれを形にしました。
これまでと違う釉薬の塗り方をしてみたのです。

前回は斜めに直線的に塗ってみたが、縦に不規則に分厚く塗ることで釉薬が溶けて混ざりやすくしたそうです。

失敗を取り戻すため夜遅くまで作業が続きました。


仏具の小堀もラストスパート

仏具の小堀では作品の仕上げに取りかかってました。
金箔は、漆を接着剤にして貼ると金箔が何十年も剥がれないそうで丁寧に貼り付けていきます。
木工職人は欄間堀を再現。漆職人の前田さんもしっかり仕事をして装飾用タイルが出来上がります。

テーマが仏具が出来るまでの職人技を表現

要するに完璧に仕上げるまでどれだけ手を掛けているかを表現していたのでした。
なので途中経過が必要だったそうです。


見本市出展

1/20〜24に140の国と地域から3000社が参加する見本市が開かれました。

京都の職人集団のブースもありました。
KyotoContemporary

風呂敷のバッグ、絞り染めスカーフ、屏風式テーブルなど伝統工芸が大胆アレンジされています。

清水焼の丈夫窯の完成した花瓶も並びます。
2つの対照的な表情が組み合わさっていました。
グラデーションも色が溶け合っています。

向きによって印象が変わる花瓶は、4万〜5万円です。

しかし、売り込むのは加藤さんでして…海外の方に声を掛けることが出来ません。

「何を言ってるか全然わからへん」

そらそうです。
その後も花瓶が気になる客を見つけながらも声を掛けられませんでした。

対照的に多くの人が足を止めたのは仏具小堀の装飾用タイルでした。
漆や金箔を塗ったタイルが美しく組み合わされていまして販売価格は7万円〜。

巴里に来られなかった小堀さんに変わり売り込む西堀さん。

こちらは英語がペラペラ。

「凄いねこんなの見たことない」
「職人が作った物は高級品だと分かる。ホテルなどに会うのではないでしょうか」と高評価でした。

丈夫窯の花瓶は客が通り過ぎていく状態に…

花瓶は、様々な会社が出展するライバルが多い商材なので更に厳しい状態でした。

何とか売ろうと親子で相談しながら花を購入して、花瓶に生け注意を引こうと努力。
さらに仕掛け人の西堀さんに接客のコツを教えて貰います。

まず最初の二言三言は自分の言葉で。
ハローでも何でも良いから話しかけるという事を教わります。

そして、何とか最初の人に声を掛けて度胸がつき次々接客していました。
何事もきっかけですね。

そして名刺交換まで行く相手も見つけました。

注文してから何ヶ月で出来る?

4〜5ヶ月

なんて、新たな仕事の可能性が出て来ました。

終了から3日後

嬉しい知らせが小堀に届きます。
モロッコのカサブランカの木製品の会社から問い合わせ

「資料や金額を教えて欲しい」

装飾用タイルをホテルのインテリアに使いたいと見積もり依頼が来たのでした。

職人さん達も嬉しそうな表情をしていました。

「モロッコ連れて行ってくれる?」なんて。

清水焼の丈夫窯

こちらにも花瓶が売れたという知らせがきました。
前は1個も売れなかったので大きな進歩です。

友人への結婚祝いに買ってくれたそうです。

使って貰ってこそ価値が出る伝統工芸

可能性を感じていました。

「物を作る上で誰にどう使って欲しいかという思いで作る事が大事。これから先色々な事があるだろうけど続けて行く宝物のような物が出来た」

と加藤さんが語っていました。


まとめ

日本の伝統工芸の技術で作られた新しい製品が海外で認められ始めている。
伝統工芸産業は縮小しているが、製品が売れなくなったからといって技術まで失うのは惜しい、
優れた技術があれば時代を超えて通用できる商品が作れる。
京都の伝統工芸の挑戦がそれを示してくれると締めくくられていました

海外の感性で日本の伝統工芸を生かす…新たなアプローチで大きな可能性がありそうだなと思いました。


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年01月31日

『家電で究極の味を作る【新たな炊飯器・コーヒーメーカー】』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 今日のガイアは新たな調理家電について
  • バルミューダは新たな蒸す炊飯器を作りました
  • 無印良品は本格的なミルで豆を挽くコーヒーメーカーを作りました


バルミューダの独創的な家電

東京二子玉川のショッピングモールにある蔦屋家電。
デザインなどを選りすぐった商品だけを扱っています。

クローゼットに見える家電は、ハンガーが振動して数十分吊しておくだけで、埃と匂いが取れ、水を入れると皺も取れるという物。

デザイン的に優れている物も多いので
「新しい物の博物館のような感じ」
「見ているだけで楽しい」
「おしゃれな感じだねと良いながらきた」とお洒落さで入ってくるお客さんもいます。

社内の厳しい審査に合格した物だけが並ぶ家電ショップですが。

最近大ヒットしたのはバルミューダのトースターでした。
水を入れ水蒸気を発生させて焼くトースターで、ふっくら焼けるそうです。
これが20万台売れました。

バルミューダは数々なユニークなヒット商品を生み出してきた会社です。

「逆転の発想で作られるので面白い。スタッフは皆楽しみにしているバルミューダの商品を」
と、店員さんも太鼓判です。

そんなバルミューダが次に手がけるのは?


バルミューダでの新しい開発

東京武蔵野市に家電メーカーバルミューダがここにあります。
社長は寺尾さん。

バルミューダと言えば扇風機ですよね。
グリーンファン。二重構造のはね内側からゆっくり、外側強いので自然な風が出ます。

更にはツボのような加湿器。
壷に水を入れるように水を入れるそうです。

デザインに拘っているそうです。モノトーン調で統一されていますしね。

「派手ではいけない、必要以上に格好良くてはいけない。目立ってもいけないあくまでも使う道具」

は2015年にトースターを出しましたが

「パンと言えばご飯」

ということで開発を始めたのは炊飯器でした。

デザインは昔のお釜みたい。懐かしさを意識したデザインです。

そして今までに無い炊飯器ができました。


バルミューダの新しい炊飯器開発

今回、寺尾社長から開発を任されたのは、唐澤さん(37)
ソフト開発のエンジニアで、家電を1から作るのは初めてという人です。

「今まで確立されていた炊飯が良いのか疑って始めた」

どんな方法で炊けば美味しいのかというのを装置を色々作り試します。

上からヒーターで焼くタイプ
米と水が下にあり上から凄い熱を加えたらどうなるか?

⇒全然駄目。炊けないどころか臭かった

ポットの中に入れてみる
炊飯器の一番売りにしているのが大火力
大火力が本当に必要なら、ケトルで炊くのが美味いと思った

⇒下は真っ黒に焦げて上は炊けてない。泡が吹き出した

ここで笑いました

と言う感じで、経験もノウハウも無いのでとんでもない失敗の連続だったそうです。


今の主流は?

炊飯器売り場には百種類近く並ぶくらい炊飯器の開発競争は熾烈。
消費者の目をつく特徴がある

ふっくらおいしい、もちもち

強い火力で米を踊らせて炊くのが流行。10万円を超える品もあります。
更に保温は24時間。40時間出来る炊飯器もあります。


2016年7月バルミューダ本社

唐澤さんは実験を繰り返しある方法にたどり着きました。

圧力鍋でお湯を沸かすと蒸気だけが凄い勢いで出る。その蒸気で米と水を温める

「水蒸気で蒸す」炊飯方式

仕組み

内釜と外釜の二重構造で、外釜を本体にセットし水を入れます。
そして次に米と水を入れた内釜をセット。

外釜を加熱すると同時に内釜を加熱します。
内釜の熱に加え、上からの蒸気により炊きあがるという物。

普通は水を沸騰させて米を炊くが、それでは米の成分が溶け出し泡になります。
新しい方法だと水が沸騰せず泡が出ません。

さらに水が沸騰すると米が動き米同士がぶつかり米の表面が削れ中の成分が溶け出しますが、水蒸気で炊飯すると米が動かないので削られません。

電子顕微鏡で比べてみると、蒸したご飯は形が崩れないという物でした。
この粒に旨味が閉じ込められ食感も新しくなるそうです。
形状を保って崩れる感じはあるが、中までストレス無く噛めるそうです

丁度良い堅さがありそういう食感が新しい

しかし今までの常識とは違う方法で炊きあげたご飯はどう評価されるのか?


新しい炊き方のご飯は?

早速社内での試食会です。
比べるのは、売れている他社製品のふっくらもちもちの炊飯器。

「良い感じの差が付いている」とまずまずの評価ですが。
「ここを基準にして、これから何をするのですかという話」と社長。

新たな課題を突きつけられました。

大事なプロジェクトに何故、家電作成初めての唐沢さんを?

新しい価値を作ろうとするとき、どれくらい常識に縛られないで発想するかが大事
モーターの動きを伝えるギアに問題があるとき普通の人はギアを変えようとする
唐澤はギアをなくすことが出来ないかを考えられる人間


柔軟な発想が出来る人だから抜擢したそうです。

唐澤さんの経歴

大卒後、派遣プログラマーとして様々な企業に勤務。
契約が終わると海外に出かけ、また派遣として働くという生活をしていたそうです。

しかし1から商品を作りたいと5年前バルミューダ入社。

「できるかどうか最初は解らないので、危ない橋を渡る感じではあるが社長がチャレンジする人なのでそこは恐れずにやる」

と、開発スタッフと共に、味の追求を始めていました。

開発の鍵は温度。釜に熱を伝えるヒーターの出力を制御することでご飯の味が決まります。
釜や内側に温度センサーをつけて最適温度を探ります。

温度の設定を変えながら炊いてみるしか無く、小さく温度を上げ下げしてデータを取ります。
そしてデータを取るごとに食べるという生活。
1ヶ月で300回炊飯とかもあるようです。

流石にご飯に嫌気が差しているそうですが頑張っていました。

「嫌になると何を炊いても美味しくなくなる」解ります。

「それでも食べ続けるられるくらい美味くないと。」

いや…根性ありますね。

ご飯を食べ続けてついに理想の温度設定にたどり着きます。

一般的には20分頃から急激に温度上昇させて100℃突破させて炊きますが、バルミューダは30分頃から一気に上昇するが、100℃は超さない温度にします。

そして、普通の炊飯器では当たり前の機能をつけません。

保温機能の撤廃

「美味しいご飯を炊いてそのときに食べて貰うと割り切る」

なるほどなぁと。確かに保温ってあまり使わないんです。私も。
羽釜デザインのシンプルな物にしました。

機能もシンプルで炊飯だけで勝負です。


米農家のお墨付き

10月下旬熊本県南阿蘇村。新米がこの時期に獲れるのは九州だったようです。

試作機を持って米農家へ。40年米農家の古澤さん。

早速新米を炊きます

「一粒一粒が元気ね!」と米農家のお母さん

味は?

噛めば噛むほど味が出てくる。

冷えても良いって事ね?

冷えたときの方が差が出る!

と、太鼓判でした。


トラブル発生

ところが、唐澤さん表情がさえません。

「ぱらぱらした感じが理想としてあるが、安定して出せてない」

試作機を作る度に味にばらつきが出るそうです。

そこで製造している台湾の台中市へ。
台湾の中堅電器メーカーで炊飯器を量産する計画でした。

生産体制をチェックすると多くの部品に精度の問題がありました
試作機によってばらつきが出た理由がこれでした。

「出来て当たり前の事が上手く行かないことがよくある」

修正の指示を出して12月中旬。

修正された試作機が届き最終チェックが行われます。
クリアできなければやり直し

評価は?

「うまいよ!」と社長も笑顔でした。

味のばらつきも無くなっていました。

1月12日に100人以上のマスコミ関係者が集まり新作発表会。

価格は44820円(税込)となるそうです。

開発担当者に指名されて1年半今思う事は?

「世の中の炊飯器を変えると言うよりは、新しい方法があるというクリエイティブな部分を示せたのが嬉しいというか意味があると考えている」

なるほどなぁ…こういう方法もあると示せたことが重要と言うことのようです。
これは一回食べてみたいですねぇ。バルミューダで炊いた米


無印良品はコーヒーメーカー

無印良品といえば生活雑貨インテリアなど7000点揃える雑貨屋さん…ですかね。ですが。
最近力を入れているのは家電だそうです。

特に統一感のあるキッチン家電にはファンが多くグッドデザイン賞も受賞しています。

家電開発責任者の池内さんは新たな物を産みだそうとしていました。

コーヒーメーカー

ミカフェートという会社の社長川島さんのコーヒーを目指すそうです。

川島さんって?

大手コーヒーメーカーなどに勤務。
コーヒー豆のの栽培技術を指導する人で、日本航空の機内コーヒーも監修。
コーヒーのスペシャリストだそうです。

「コーヒー豆はフルーツだから、フルーツは何を楽しむかと言えば甘みと酸味。それを楽しんで欲しいし再現できる機械があれば最高」と応援していました。

一流の味を機械で

11月上旬東京池袋良品計画本社。
試作機の第一号が届きます。

開発を手がけているのは、ツインバード工業です。

有名ですよね。新潟県の家電メーカーです。

いったいどうやってプロの味を再現しようというのか

まず豆を挽きます。プロと同じように豆が均一に挽けるように設定。
お湯の温度は87℃です。
抽出方法は、川島さん直伝。
まずお湯で豆を湿らせたら一旦止めて30秒蒸らします。
そして再びお湯を真ん中付近に円を描くように投入します。

これを再現したのは斜めシャワー方式と呼ばれる、注ぎ口を内側に向けたもの。
これで真ん中付近に集まるそうです。

こうしてプロを入れる一連の動作を忠実に再現しようとしていました。

8分で抽出完了となりました。

味は?

若干キレが甘いような気がする
あっさりした感じ

と芳しくありません。

分解チェックをして見ると、豆を挽く「ミル」の刃に角が無く豆がしっかり切れていないようです。

ミルには2つのタイプがあるそうです。

ブレードグラインダー(一般的なコーヒーメーカーが使っている)
豆を刃で砕く…ミキサーみたいな感じです。
ただ豆の大きさにばらつきが出るのが欠点です。

フラットカッター

専門店で使われているミルと同じで円盤状の刃で豆を挽きます。
ばらつきが少ないそうです。

この違いが珈琲の味を左右します。


ミルを改良せよ

新潟県小千谷市にある日研シェルモールド

社長は品田さん。昭和48年創業。従業員18人。
鉄を溶かして固める鋳造品を製造しています。

ここでは砂を焼き固めるやり方で砂型を作りその中に鉄を流し込んで作っています。
一度もたくさんの部品を作れるのが特徴です。
少ない工程で出来るのでコストダウンには向いていますが、砂型では鋭利な刃が出ません。

一応対応策を考えられ1個1個目で見ながら削るという作業をする事にしたそうです。

しかし、無印の池内さんは渋い表情。

「職人の体調で精度が変わるし、生産性も…」

コストと生産性を考えると手作業を避けたいそうです。
どう改善するのか?


新たな治具を作る

カッターの改良を求められた日研シェルモールド。

「コーヒーの豆を引くにあたりそこまで精度がいるとは思っていなかった。コーヒーのひき方の拘りが感じられた」

と、日研シェルモールドの社長。
拘りにどう答えるのか?

カッターの刃を鋭くするためある方法が形になりました。

ツインバード工業の担当者との共同開発です。

この表面を研磨して平らにするために治具を作った。
研磨するために作られた器具に切削前のカッターをセット。すると刃物が降りてきて削ってくれます。
1回に研磨できるのは5枚。生産性も向上し刃が鋭利になっていました。

厚みの精度も1/100mmの精度になり改善しました。

早速そのミルを使い作られた試作機をミカフェート社長にお披露目します。
社長はコーヒー業界の仲間を集めていました。

豆から挽けるコーヒーメーカー32000円(税込)


拘り機能として、平日の朝に飲んで貰いたいとタイマー機能をつけたそうです。
夜にセットすると朝コーヒーが出来るという優れもの。

ミル部分も見て貰い高評価。

そして味も、ミカフェートの社長が太鼓判。

「おいしい。クリーンに出て味がしっかりしている」

集まったカフェオーナーやバリスタは

「甘みがあってフルーティー。最後甘みがきて綺麗に消える」
「僕たち珈琲屋がやっていることを機械がやっている」
「バリスタ殺し」

などと好評でした。

「ほっとしました」と池内さん。

2月発売を控えて大きな自信となりました。

「美味しい珈琲を飲みたい客に本当のおいしさを伝える道具として非常な重要な機械になった」


まとめ

今回見てきた2つの調理家電は、消費者自身にもない新たなニーズにこたえようとするもの。
これまで考えもしなかった、食感、機能。あれば良いのにと言う性能や味わいなど消費者の欲求が広がっている。
常識にとらわれる事なく消費者の声を聴くところにヒット家電のヒントがある

と締めくくられていました。

私はバルミューダの炊飯器がとても気になりました

コーヒーに3万円は出せないですけど炊飯器になら…



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年01月24日

『知らない町で再出発 シリーズ「地方からの挑戦(3)」』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 移住者による活性化の取り組みについて
  • 岩手県遠野市ではプロジェクト参加者を募集し活性化を図ります
  • 浜田モデルは落伍者が出る自体にはなっていますが改善はしているようです


岩手県遠野市の挑戦

岩手県遠野市。列車は1時間に1本。人口2万8000人の過疎の町です。

遠野市は民話のふるさととのことでカッパ渕という観光スポットがあります。
カッパが人々を驚かせという伝説があるそうで、それがシンボルです。

カッパを釣るための釣り竿を貸しだしているそうです。
しかし自慢のカッパ淵も夏を過ぎると観光客はいないそうです。

駅前商店街もシャッター街となっていて人口の減少に歯止めがかからないそうです。

副市長
「市町村も生き残りの時代。色々な手を打ってやっていかなきゃ行けない」

その遠野市でとある募集が行われていました。
活性化に取り組む人材を募集する物。

それも、具体的なプロジェクトが9つ提示されていてそれにまつわる人材を集めていました。
・地ビール生産
・地域の活性化
・里山活性化
・カフェのオープンなど

具体的に募集するのは珍しいとのことで、10人募集に400件の募集があったそうです。

それを受けて9月中旬に採用の1人が移住してきた

藤田さん(36)女性です。

早速慣れない土地で迷子になっていましたが、商店街にある一軒の店にたどり着きました。
まだ工事中のお店。

遠野市の食材を使ったカフェを開くプロジェクト

により、時計店だったが、閉店したお店を改装していました。
空き店舗を活用し改修費用は遠野市が負担。テナント代も一定補助してくれます(3年)
移住して起業することを条件に手厚い支援をしてくれます。

月額17万円の報酬と、年間30万円の活動資金が出ます。

支援期間は3年

勿論市民の中には
「賛成出来ない。だって地元に長年いる人が仕事無いんだから続かない」
「3年間頂いてハイサヨナラという人もいるかも知れない」

と、反対する人もいました。


よそ者に託すというやり方

2016年10月岩手県遠野市。
商店街にカフェを開く準備をしている藤田さんは食材探しをしていました。

87歳のおばあちゃんのりんご畑にも立ち寄り、丹精込めて1個1個作っているりんごを仕入れたり。
農家さんでもいろいろと食材を仕入れます。

しかし遠野市では1〜5月まで収穫が無くなる時期があります。
冬はマイナス20℃になる遠野市。露地栽培は半年近くできません。

思った以上に厳しい状況でした。
しかし冬の間は、倉庫に保管している野菜を分けてくれる事になったりと順調でした。

「若い連中頑張れよと、そういうつもりでね」
「3年くらいで目処が立たないと、助成金もストップすると聞いているから」
分けてくれる農家の方も応援したいという気持ちがあるようです。


住宅も補助がある

移り住んできた一軒家は家賃月2万5000円。

高知県出身の藤田さんは、大学卒業後大手食品販売会社に就職。
営業、海外への買い付けを経験した後料理人の道へ。
ミシュランの星を持つ日本料理店で修行しました。

そして今回遠野市のプロジェクトを知って応募しました。

「嬉しい気持ち半分と決まっちゃったなと言う気持ちが半分」
「両親も年だし、自分自身の年齢的に全然知らないところに行くことに対する不安もあった」
「自分お店が持てるチャンスと考えて、遠野市に来る決心を固めた」

と語っていました。

そして少しでも経費を抑えるため、新たな移住メンバーと家をシェアすることにしたようです。

八重樫さんという30歳の男性。

東京のIT企業に勤めていたそうですが、マニュアル通りを求められる仕事に疑問を感じたそうです。

「自分だから出来る事をしたいと言うことがあるが、大きい組織の中だと難しい。こっちにきて自分にしか残せない物を残したい」と八重樫さん。

特産品であるどぶろくを全国に発信するプロジェクトを行うそうです。


カフェオープンに向けて

カフェの工事は着々と進みます。
カフェの向かいにある140年続く和菓子屋さん。

その中でもカフェに期待を寄せる声が聞こえてきていました。

「カフェが出来るのは、いいことですよ。特にここは人通りが無いから。寂れて寂れて。遠野市を救って下さい」

移住者が起ち上げるプロジェクトに期待が寄せられていました。
「観光客を遠野市で誘客出来ればまだまだやれる可能性がある」

藤田さんは福泉寺というお寺で檀家の人たちが集まり法要が行われている所にも参加し何とか地元の人と交流しようと必死に。
しかしなかなか輪に入れません。

それでも黙々と皿洗いなど作業を頑張っていたら声を掛けてくれる展開となり少しずつ距離が縮まってました。
努力というのは誰かが見てくれているもんなんですね。

11月中旬にはカフェ改修工事が終わり店が引き渡されます。

店内は木の温もりがある落ち着いた空間に。
観光客だけじゃなく地元の人の憩いの場にしたいという考えもありました。

藤田さんがあつめた遠野市の食材も揃い、オープンまで2週間。メニュー造りを急ぎました。


他のプロジェクトは?

元ユニクロ店長の袴田さん。
地ビール責任者に選ばれていました。

「ビールを飲みたいために遠野市に行く。そうやって人を呼び込み街を面白く出来たら」
という考えがあるようです。
町を見渡せばホップ畑があちこちに…どうやら遠野産のホップは大手ビールメーカーも使っている程有名なようです。
今年中に醸造所を作るらしいです

ホップ生産者を訪ね、年間を通して観光客にアピールするためのアイデアを発表したり。
と都会からの移住者と地元が組むことで寂れた街が変わろうとしていました。


カフェのオープンと現実

12月1日コモンズカフェがオープンします。

客が来るか緊張していましたが、他のプロジェクトのメンバーが手伝いに来てくれ笑顔。
更に、地元の人がエールまで。カフェが出来る事は街の一大ニュースでした。

開店すると客が続々とやってきます。多くの人がオープンを心待ちにしていたようです。

夜に開いている店が少ないため営業時間は午前11時半〜21時までに設定。
遠野市の食材を使った料理をお披露目しました。

週替わりプレートランチ 1200円(税抜)
サラダ、かぼちゃの煮物など素材の味を引き立てている

単品メニューも充実。

オススメは、薬膳カレー。
6種類の野菜を5時間以上煮込んだもので、1000円(税抜)


「遠野市で美味しいカレーが食べられるとは思ってなかった」
「遠野市では食べられない。リピーターになる。地元産を使っているのが嬉しい」

更には中学生もやってきたりと。賑わっていました。
街に若者の姿があるだけで活気が生まれます。

初日の来店客は40人以上。ホッとした様子でした。
ただこの人気が続くかどうかが…

2週間後

カフェを訪ねると異変が起きていました。

営業前に訪ねてみると元気が無い藤田さん。
どうやら休みが全然無くきついようです。

客が少なくて大変では無く休みが無くて大変という部分はまだ良かったのかな。
21時の閉店後も仕込みがあり、店に泊まり込みで睡眠もままならないそうです。

「店を続けるためにも正式にアルバイトを雇うつもり」との事ですが…。

それでもカフェに商店街の人を招待し大勢の人が集めてパーティを開いたりと頑張っていました。
客の笑顔を見れば苦労も忘れるそうです。

市からの支援は3年で終わるのでそれを気に掛けてくれる街の人も。

知らない町で暮らし始めたが、彼女を必要とする人がいるというのが解りました。
一緒に移住した人たちもねぎらってくれます。

そして店を続ける覚悟が生まれました。


浜田モデルの今

地方活性化のため新たな取り組みが行われていて。
ガイアの夜明けでも以前、島根県浜田市の「シングルマザーの移住支援」を取り上げていました。
引っ越し代30万、家賃補助月2万円(1年分)給与15万円以上の職場を紹介してくれ養育費月3万円。
中古車無償提供で、1年間住むと奨励金100万円という合計400万円支援してくれる物です。

応募者殺到し浜田モデルとして全国に広がりました。
北海道でも幌加内町もやってるそうです。

取り組みから1年半。現在の浜田市は?

1期生として10人のシングルマザーが移住してきました。
4人は仕事を辞めて2人が引っ越してしまいました。

制度スタート1年半後何があったのか?


以前の取材(2015年9月 島根県浜田市)から何があったか

シングルマザーの移住一期生の大阪からきた谷和さん
一人息子の中学2年生の男の子がいました
仕事を掛け持ちし息子と向き合う時間が無かったのを変えたくて移住。

2016年9月…1年経って取材したところ谷和さんは元気に働いていました。

浜田市の一人親移住支援は介護施設で働くのが条件。
谷和さんも有料老人ホームで働いています。

介護は未経験だったが、食事移動介助の技術を身につけて仕事を任されるようになっていました。

谷和さんのならであの取り組みとしてアロマテラピー技術を他のスタッフにも教えまして。
多くのスタッフがハンドケアが出来るようになりました。

仕事場には息子も遊びに来たりするように。
フットサルスクールに入り練習に励んでいるようで身体がでかくなりたくましくなってました。
そしてお年寄りに優しく付き添うことも出来るようになっていました。

2年目に入り余裕が出て来た谷和さんは、娯楽が少ないということで落語をやるように。
落語はインターネットの映像を見て練習し、それを披露していました。
介護の仕事にやりがいを感じているようです。

「ここに来て良かった。ここでの体験が凄く良かったから。1年通して私が感じてる思い」

と、浜田での生活は順調でした。


追い詰められる人もいる

その一方で追い詰められている人もいました。

浜田市が2ヶ月おきに開く移住したシングルマザーの集まりでのこと。

幼い子供を抱え特別養護老人ホームで働いている女性

夜勤が大変。金銭的な問題も負担がかかる

そして2ヶ月後仕事を辞めてしまいました。
子育てしながらの夜勤の負担が大きすぎたのです。

そこら辺は街が面倒見ないと絶対駄目な部分だと思うんですが放置したのでしょうか。
子育てしながら夜勤って地獄じゃ無いですか。

谷和さんも去年の5月から夜勤担当をしています。
16時間の勤務を月に3〜4回。

夜勤の時はスタッフ2人で48人を見る事になります。
部屋にいる年寄りから呼び出しも多数ありますし徘徊もあります。
定期的に部屋を回り下の世話もしなければなりません。

そして子供は一人で家にいるわけです。

谷和さんの子供は大きいので問題は無いですが、小さな子供を持つ親には難しいでしょう。

「呼び込むときには行政ももっと力を入れて上げれば良かった」と谷和さん。

行政側も最近は少し改善しているようです。

今も年2回募集が行われているようで、見学ツアーも開かれています。

途中が辞める人がいないようツアーの最後の面談では以前より細かい情報を伝えるようになりました。

「夜勤の勤務とか心配は?」という質問も

「夜預けるところは?」という質問にファミリーサポートセンターを使う場合半分を市が補助するとの回答。

夜勤の時、ファミリーサポートセンターに登録している一般家庭に預ける事が出来ます。
しかし一晩1万円。市が半分補助しますが5000円です。

なんで夜勤して金取られるんですかね。そりゃ金銭的な問題と苦悶の声が出ますよ。

今後は夜勤の無い事業所(デイサービス)も含めるようになったそうですが…

「折角浜田市に来たいというそういう人の初志が達成出来るように支援する必要がある」
と、市の担当者は言っていますがまだまだ欠点は多いようです。


最後には少し幸せな話

移住一期生の女性立松さん25歳のお話。

名古屋では保育園に空きが無くて預けられずパートでしか働けず生活厳しかったので移住。
今では自宅から行ける保育園で預かって貰っています。
特別養護老人ホームに勤めていて10人の部屋を担当して欠かせない戦力となっていました。

「この施設では小学校に入るまでは夜勤免除。他の所だったらどうだったか。まだ続いていたという自信は無い」
と、語っていました。

ただ娘が小学校に入ればどうなるのかと将来への不安消えませんでした。
しかし転機が。
地元のスーパーに勤める男性と知り合い結婚。
幸せを掴んだようです。

介護の仕事が嫌という訳では無くむしろ好きという立松さん。
浜田市でこれからも新しい家族と暮らしていくつもりだそうです。


まとめ

若い世代の中に都会から地方に移住したい人が増えている
人口の減少に悩む地方自治体にはチャンス。
これを一時のブームに終わらせず継続させることが出来るか地方の未来に繋がるかも知れないと締めくくられていました

結局、理想と現実がありまして。地方に行けば行くほど排他的になる事が多くて。
よそ者は受け入れないという雰囲気があるのも事実。
そこに飛び込むのは相当努力しなければならないので甘い物じゃないんですよ。

情報は筒抜け。あること無いこと噂を立てられる。相当肝が強くないと無理です。

と、一応田舎の厳しさもほんのり知っているので…



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年01月17日

『【世にない商品】生み出す新手法 シリーズ「地方からの挑戦(2)」』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 中小企業と大手企業金融機関を結びつける新たな取り組みについて
  • リンカーズは中小中堅企業と大手を結びつけるサービスを
  • マクアケはクラウドファンディングで結びつけるサービスを


ポテトチップス用スライサーを作れ(カルビー)


東京駅地下街は美味しそうなお菓子の激戦区。
そこでひときわ行列が出来る店は、カルビーのアンテナショップCalbee+

「できたてを食べる事が出来るのが良い」

と、揚げたてできたての厚切りポテトチップスが大人気。
色々な味が楽しめるので飛ぶように売れます。

しかし、ジャガイモスライスは人の手で行っていました。

慣れないと上手に擦れないので、へとへとになりながら担当するベテラン。

「手首が痛くなるし、腕が痛くなるし、全身を使うので1日やっていると肩がぱんぱん」

人の手だと効率が悪くなるのですが人の手でしか出来ないそうです。

その為「列が長いと客が帰ってしまうこともあるので、客に残念な思いをさせてしまう」という問題も。
行列が出来る人気店の悩みでした。

東京駅の隣にカルビーの本社があります。アンテナショップ担当は関口さん。

何とかスライスするのに手頃な機械が出来ないかを考えていました。

そこで呼んだのがリンカーズ社長の前田さん。

薄切りの機械のメーカーに打診したことはあるが、現状の物では難しいとの回答で、カルビーでも手を加えたことがあったけど綺麗なポテトチップスが作れなかったようです。

そこでリンカーズの前田さんが動き始めました。


中小中堅企業と大手企業を結びつけるリンカーズ

これまでに無いやり方で地方と大手を結びつける動きをする企業です。

2016年5月上旬。
カルビーからジャガイモスライサーを作ってくれる企業を探して欲しいと頼まれたリンカーズ前田さん。

カルビーのアンテナショップでは9店舗全てで手作業でジャガイモスライスをしていました。

「繁忙期だと、客がどんどん来るのでスピードを上げる気持ちになるので余計力が入る」と店員さん。

そんな現場の様子をくまなくチェック。写真を撮り、書き留めて、一番の問題を探します。

「場所が思っていた以上に狭い。スペースが小さい」
「機械の大きさもサイズが小さくないと難しい」

など現場でしか分からない事も洗い出します。

カルビーは工場の大きな機械を専門業者と開発してきましたが、小さなスライサーの生産は価格などの折り合いが付かず開発できていませんでした。


リンカーズについて

東京霞ヶ関にあるリンカーズ。
2012年創業で従業員40人。300を超える新商品開発を手助けしてきました。

・調査用無人リモコンボート

走行するだけで水中地形が全て把握できる。河川工事に使っている

・建物劣化検査機械

かざすだけで劣化が解るというもの。高い技術力の愛知県の業者を見つけたそうでうs。

今回は
「小型のぎざぎざタイプのポテチを作るジャガイモスライサーを作れる企業を探す」という以来。

大きさは60cm×60cmの卓上タイプ。コンパクト。

と、仕様を伝えたのはコーディネーターと呼ばれる人たち。

リンカーズでは、大手企業から製品作りの依頼が入るとコーディネーターに伝えます。
地域の中小企業に詳しいコーディネーターが全国に2000人いるそうです。

そこから情報を吸い上げることで、高い確率で中小企業を結びつけます。

「日本の産業力の原点は、中小企業と中堅企業の技術力。その技術をほしがる大手企業に繋げる役割を持っていない所が多い。それを補うのが役割」

カルビーから依頼の1ヶ月後には全国のコーディネーターから30の候補企業が上がってきました。


カルビーの選定条件

  • 食品機械設計製造経験
  • ぎざぎざタイプのポテチのスライスを自動化できる可能性
  • スライサーの具体的イメージはあるか?


そして候補企業を絞り込み3つになりました。

フラスコ、舟橋フードテック、ドリマックス

広島県尾道市の舟橋フードテック
創業1960年。魚介類の加工機械を製造しています。

いかのげそをスライスする機械のテスト機を改良しジャガイモスライサーを作りました。
既存機械を改良でコストもかかりません。

愛媛県西条市のフラスコ
創業1973年。機械部品や半導体製造装置を生産している企業。

ここはジャガイモスライサーを1から作る事を提案してきました。

試作品はどれくらいで出来る?

切れるぞと言うこと頃まで1ヶ月製品作るまで1ヶ月…2ヶ月。

2ヶ月はもう少し縮まる?

これまで手がけたことの無い分野だが自身があるようですが…。

埼玉県川口市ドリマックス
創業1960年。食料品を削るスライサーメーカー。
家庭用から業務用まで肉や野菜などのスライサーを手がけています。

ここは既にある技術を生かし試作品を既に作っていました。
まだ試作段階で厚みにムラがありますが形は出来ていました。

「難しい問題ではあるが、うちが出来る範囲の仕事をやらせて貰えば結果が付いてくる」
と、ドリマックスの担当社さん。

10日後。ドリマックスにカルビーが進捗状況を見に来ました。
僅かな期間で進化していた。ムラがかなり無くなっています。

カルビー水準には?

少し暑いかな。微調整で何とか出来そう

しかし大問題。削り残し(ロス)が多い

個数を沢山やるので1個1個のロスが多いと大変な事になります。
1つ課題をクリアしても別の課題が出てくる状態でしたが、ドリマックスがカルビー案件を受注する事になりました。

技術、納期、コストの条件を満たしたためです。

早速スライサーの刃の改良に臨み、馴染みの町工場へ。
自分の設計した刃を作って貰いました。

ステンレス合金の硬くて丈夫な刃が完成します。

残念ながら不採用だった企業にはお祈りメール…じゃない。リンカーズから断りメールが送付されていました。
別の案件が北場合、新たにコンタクトをして貰う為、丁寧かつどのような理由だったかを添えてです。

そこら辺もしっかりしてました。


スライサーの完成

小型ジャガイモスライサーに改良が加えられ、ロスがかなり減りました。
改良した刃によってジャガイモの表面とフィットするようになり最後まで均一にスライスできるようになりました。

それにより残りカスが大幅削減となりました。
9月23日ジャガイモスライサーが店舗導入されます。
依頼を受けてから5ヶ月で開発されたスライサーです。

現場の使い勝手は?

簡単で楽

と、店の人も喜んでいました。

地方の技術と大手を結びつけるマッチングサービス。
それを行うリンカーズの前田さん
「地方の中小企業を更に活性化し、より多く掘り起こして更にその企業から二次発注、三次発注が起こり地方の多くの企業が潤って行く状態を作っていきたい」と意気込んでいました。


マクアケ(クラウドファンディングの大手)

東京銀座の東急プラザ銀座7Fに新しい仕組みを作って生まれた地方の商品があるそうです。

マクアケのクラウドファンディングを使って作られた商品です。

杉の木のリングノート。木を圧縮する技術を使い作られました。
名古屋木材 1万2960円

イルカが泳いでいるイメージになるティーバッグや、京都のベンチャーが作っている7万5348円の4K液晶の映像を表示する機械など。

それらが一般の方々から金を集めて作られた商品でした。

「消費者向けの商品を作ってなかった会社が新しいチャレンジをするとき、資金面や一般へのアピール方法をサポートしている」
「そしてその後の資金調達やステップアップのサポートを整えている」
と語るのが、マクアケの担当者。

地方の物づくりの新たな仕組みが出来てきていました。


刃物の街の挑戦

岐阜県関市。日本一の刃物の街として有名です。

関の刃物は、折れず曲がらず良く切れると有名で、刀から実用的な刃物まで世界的に評価されています。

関にあるツカダという会社。
分業制の関の中でプレス加工をしている企業です。
創業1970年従業員20人

原型を金属板から打ち抜く技術に定評があります。
4年前家業を継いだ2代目塚田さんが社長です。

「プレス加工という物が、完全に下請けの業態になっていて、どれだけ頑張っても発注元の製品が売れなければ注文の数が減る。自社製品を作りたいと何年も前から思っていた」

経営環境が厳しくなる中、自社製品の開発に取り組み始めていました。

そこにやってきたのが、マクアケ取締役坊垣さん。

起死回生を狙った新製品「キークエスト」を売りだそうとしていました。

6つの機能を持つ鍵型の便利ツールです。

  • マイナスドライバー
  • ナット回し
  • プルタブ起こし
  • 栓抜き
  • カートンオープナー
  • 糸切り
という機能があります。

金属の細かいか硬質感、強度を高めるため関市の刃物作りの技が生かされています。

しかし下請けメーカーのツカダには販売ノウハウがありません。
量産化設備投資の資金も足りません。そこでマクアケを頼りました。

マクアケは、クラウドファンディングの大手です。
「この世界の片隅に(映画)」もここですね。

マクアケの特徴は、集める資金が達しなくても、製品が受け取れるということ。

買い物感覚で参加出来ます。
その為テストマーケティングにも利用されています。

ツカダもキークエストをテスト販売することにしました。

ツカダにマクアケを進めたのが、岐阜信用金庫

岐阜信金はツカダから融資を求められていましたが。
その判断にマクアケでのテスト販売を利用しようと考えていたようです。

マクアケ自身金融機関との連携を進めていて、20の地域金融機関と連携しています。

「地方には非常に可能性を持っている事業者が多い。これから新しい事にチャレンジする為に金融機関との融資の架け橋になりたい」とマクアケの担当者。

さて融資の条件。

ツカダの製品がクラウドファンディングでどれだけ金を集めれば融資可能?

500〜600万くらいになれば融資の提案をさせて貰えれば。

厳しい条件です


キークエストは数社で担当

塚田さんは仲間の町工場を訪ねます。コバヤシヒーティングという刃物焼き入れ専門の町工場。

ここに工程の一部を依頼していました。

「焼き入れ」という刃物に高熱を加えた後に急速に冷却し硬度を高める工程です。

焼き入れ前、焼き入れ後で堅さが5倍違うそうです。

こう言ったようにツカダの他に関市の3つの刃物工場が関わっていました。
関の刃物のチームプレイの賜です。

コバヤシヒーティングの方も。
「今までと同じ事をしていても乗り切れない。良い刺激になり自分も何かやろうという仲間が増えてきたと思う」
と語っていました。

7月19日クラウドファンディング開始。

関の刃物業者も1980年は900社ありましたが今は100社という状態。

これが反転攻勢の起爆剤として期待されていました。

「関市の技術があるので、そういった所が繋がり新しい物を生み出すことで、活性化できるのでは無いかと期待している」

キークエストは、2400円〜という設定。
500万円以上集めれば信金の融資に繋がります。

しかし3日目までは好調で100万を超えましたがそこから伸び悩みます。
興味を持ちそうな男性は取り切ってしまいました。
その為伸び悩んだのです。

「男性のキャンプとかアウトドア派に支援頂いているケースが多い」

という結果も。
しかし融資の目安は500〜600万。残り300万円以上集めなければなりません。

マクアケの女性担当者。
「実際に送って貰ったサンプルを使ってみたが利用シーンは多い」と。

女性にも活用シーンがあるんじゃ無いかという事になりまして女性へのアピールをすることになりました。

更に塚田さんもこれまで仕事で付き合いのあった企業へDMを送る。その数1100社。


結果発表

クラウドファンディング最終日。
結果は760万3500円2366人から支援をい受けました。

760万円を超える数字になるとは思ってなかったと大喜び。

増産体制に入ります。

岐阜信金も早速融資の相談に来ました。

「予想以上に集まりよかった。今後増産体制を取らなければいけないくらい集まってきた。融資を提案させて頂きたい」

大きなビジネスに繋げる足がかりになりました。
マクアケで支援した3000個の製造から取りかかっていました。

キークエスト…私も欲しいなと思いました。


マクアケは更に広がる

12月26日。マクアケでも大きな動きがありました。

みずほ銀行とマッチングサービスで連携する事になるようです。
メガバンクとクラウドファンディングの連携は初めてとなります。

大きな金融機関と連携することで全国的にノウハウが出来る。
それにより事業の成功事例が出来て業者が発展し、地方の活性化、地方創生にも繋がる

と、マクアケ担当の方が語っていました。


まとめ

地方に埋もれる優れた物づくりを支える仕組みを紹介した。
接点を持てなかった企業と結びつくこれまでに無い取り組み。
大手と地方、町工場と金融機関。新たな手を組める機会が出来る事が物づくりを支える鍵となると締めくくられていました。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年01月10日

『異色の企業が名産品を作る シリーズ「地方からの挑戦(1)」』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 畑違いの企業が名産品を作るというのを追っていました
  • ヤンマーは牡蛎養殖に乗り出しました
  • 井上石灰工業はブドウを作りそれからワインを製造し始めました


最近生牡蠣が人気?

東京銀座の人気店オストレア。

ここでは生牡蠣を提供していました。
苦手という人も多かった生牡蠣ですが、新たなファンが増えているそうです。

初めて生牡蠣を食べる人もいるようで美味しいと評判。

私は牡蛎嫌いじゃないですけどノロが怖いから生牡蠣なんて食べられません。

最近は様々な牡蛎があります。

兵庫県産 坂越カキ
福岡県産 みるくがき

などなど、養殖技術の進歩で個性的な牡蛎が出来ていてそれぞれの味を楽しむ人が増えているそうです。


大分県国東市で牡蛎

大分県国東市。瀬戸内海に面した人口3万人の港町。

漁業が主産業だが、大きな問題を抱えていました。

「漁獲量が激減」
「後継者もいない、させられない」

海の環境が変化して、漁獲量が20年で半分以下になりました。

そんな国東を何とかしたいと考えている男性がいました
加藤元一さん(56)

大阪市に本社があるヤンマーにやってきました。有名な農機具メーカー。
ここの社員です。

国東市にあるヤンマーの研究施設で研究されていたのは…

フレッシュな風味で、海水も程よく含んでいる。「くにさきオイスター」

牡蛎でした。
牡蛎作りをヤンマーが手がけるそうです。

今まで国東では牡蛎を養殖してはいませんでした。
そんな無名の地で牡蛎をブランド化する挑戦するようです。

12月がレストランのピークとうことで出荷は12月に決定しました。


ヤンマーが牡蛎の養殖?

何故ヤンマーが牡蛎の養殖?

「牡蛎を養殖するには船もいるし、持ち上げたりする機械も必要。そういう相乗効果は出てくる」

ヤンマーは漁船やボートも製造していました。
しかし漁業の衰退で生産量は、ピーク時の1/20。
衰退する漁業を活性化して、船やエンジンの販売にも結びつけるのが狙いでした。

「我々の作り方じゃ無いとなしえないような美味しい柿を作る」

強い意気込みで開発が始まりました


牡蛎の養殖方法

今や養殖牡蛎がスタンダードになりました。

養殖方法

ホタテの貝殻に牡蛎の幼生がくっつきます。
それを吊したりして育てる形となります。

牡蛎の幼生はホタテの貝殻や岩などにくっついて2,3年かけて成長します。

牡蛎というのは室町時代には養殖が始まっていたそうです。
干潟に小石を並べて牡蛎の幼生を付着させ成長したら収穫していたそうです。

今主流の養殖方法は、牡蛎の幼生が付いた貝殻を筏に吊して成長させる物で戦後の方法です。

ずっと変わらなかった養殖方法ですが、新たな技術で名産品にするそうです。


大分県国東市の養殖

大分県国東市のヤンマーマリンファーム(ヤンマーの研究施設)

ヤンマーでは二枚貝種苗生産もやっているそうで。
一番コアな技術が使われていました。省スペースで少ない水の量で、大量に幼生を飼育できる設備がありました。

農機具メーカーの異分野の牡蛎の養殖ですが12年間研究を重ねてきたそうです。

幼生が付いたホタテの貝殻などを産みに吊して育てる方法は収穫まで2,3年

ヤンマーでは独自の方法で牡蛎の養殖に取り組んでいて。
10ヶ月に満たないくらいのタイミングで食べられる牡蛎に仕上げるそうです。

生産期間を半分以下に短縮できて収穫量が倍になる

普通だと10ヶ月だと味が水っぽくなるそうですが、しっかり仕上げれば、牡蛎本来のおいしさも味わう事が出来る。そして牡蛎なんだけどしゃきしゃき感があるものになるそうです。

2016年5月中旬

12月の出荷に向けて牡蛎作りの開始。
用意したのは、牡蛎の稚貝。生まれて3ヶ月の大きさでした。

普通は貝殻につけて吊すわけですが、ここではバラバラのまま育てます。

稚貝を50こずつ小分けにして黒い籠に入れ、その牡蛎を入れた籠を入れたの持ってきたのは、干潟でした。
潮が引くと底が見える浅瀬です。

そこに張られたロープに籠をぶら下げていきます。
潮が満ちてくると、籠はロープを軸として浮き上がりますが、ここに狙いがありました。

ゆらゆらしていると、殻に深さが出るそうです。

吊して育てると、ごつごつしていて平らになりますが、潮の満ち引きで揺すられる事により牡蛎同士がぶつかり殻が擦れ合い殻は丸くて深いお椀型になります。
底の深い殻が出来ると、中の身が分厚くなります。狙いはそこでした。

因みに研究所の所長高橋さんは北海道厚岸町の職員として牡蛎養殖を研究しており、厚岸ブランドの牡蛎を開発成功させた牡蛎作りのプロです。

この牡蛎生産は、国東市役所を始め地元も期待しています。
衰退する漁業を救う鍵になるからです。

「産業が無いと食べていけない。牡蛎の話が出て来て大いに期待している産業」

町とも協力し牡蛎のうまさを知って貰って魅力をどう発信していくかを話し合っていました。
国東の未来は牡蛎に託されたようです。


ついに牡蛎が完成?

加藤さんは単身赴任12年です。

そこまでして何故牡蛎養殖を?

「国東の漁業を何とかしたい。漁師は日々の漁で稼いでいるので、何とかそれを安定化させ、牡蛎養殖を国東に根付かせたい」

10月中旬。
牡蛎を養殖している干潟へやってきて、籠をロープから外し牡蛎を取り出します。

2cmだった牡蛎が6cmぐらいになっていました。
殻の膨らみも良い感じ。狙い通りの形が出来上がります。

養殖はここからが本番となります。

1ヶ月から2ヶ月短期間だけど身を太らせる作業となります。

ここに独自の技があります。

港から500mの沖合。水温を測ると23度
徐々にですけど下がってました。
このタイミングを待っていたそうです。

牡蛎はプランクトンを食べた栄養分で殻を大きくする。これを干潟でやりました。
そして水温が20度切るとその栄養分を身を大きくするのに使うそうです。

その為水温が下がるタイミングで沖合に牡蛎を移すことで一気に実を生長させようとしていました。

干潟と沖合を組み合わせた養殖法。
国東で編み出したそうです。これが

10ヶ月で収穫出来る秘密です。

11月16日(牡蛎の出荷まで1ヶ月)

沖合に向かい、身が丸丸と太っているかをチェックしますが…殻は十分な大きさでしたが
試食は…水っぽい。味が無い。と散々。

予想外の厳しい状態に。
身を見て見ると殻の半分ほどしか入っていません。

沖合の水温が、予想に反して11月中旬まで20℃以下にならなかったのが原因で想定よりも成長が遅れていました。

緊急事態

大阪市ヤンマー本社では会議が行われます。
ヤンマーにとっても牡蛎の養殖は大切な新規事業。

販売担当から
「大自然相手だと解らないでも無いが。客をフォローしている中で責任を持たなければならない」

と釘を刺されます。

出荷まで2週間

遅れを取り戻す秘策を打つことになりました。稚貝を育てた干潟に成長した牡蛎を持ってきて籠に移しロープにぶら下げました。

牡蛎は満ち潮で水中に沈むと殻を開けるます。
引き潮で空気にさらされると殻を閉じます。

それを繰り返させることで牡蛎の身を引き締めて味を濃くするそうです。

12月20日(デッドライン)

出荷前の最終チェックとなりました。
お椀型の深い殻の中にしっかりと身が入っていました。

味も上々。もともとあっさりした牡蛎を目指していたので薄いくらいが丁度良いのかもしれませんが。
しゃきしゃき感がしっかりあるこれまでに無い食感の牡蛎が完成しました。

そして全国へ出荷されました。

担当者は。
「漁村の活性化はヤンマーにとっても凄く重要。これがビジネスのベースなので美味しい牡蛎作りを皆と一緒にやっていく」と強い決意を語っていました。


出荷された牡蛎の評判

12月28日渋谷フランス料理店 アニス。
くにさきOYSTERが届きます。オーナーシェフの清水さんは冬メニューの目玉にしたいと取り寄せていました。

「凝縮したうまさもあるし、切れが良い。今まで食べていた牡蛎とは別物」

と、張りのある食感を強調したりょうりを作っていました。

客の声も上々
「身は詰まっている感じはした何個でも行ける。」

くにさきOYSTERは上々の滑り出しとなりました

レストランのシェフ
「皆が食べたことの無いものを売ることで客を呼ぶ説得が出来る。拘って作っている物なのでブランドにしたい」

異色の企業が名産品を作る第一歩となりました


高知でワイン

高知県南国市。名産品は、シシトウで出荷量全国の1割の農業の町。

しかしそれ以外にも南国市には意外な名産品があります。

山肌の白い岩。
それが小さく削られて高温で焼かれて出来上がったのは石灰でした。

塗り壁の材料や、こんにゃくの凝固剤(食用)、工業用、医療向けにも使われる純度の高い石灰です。
それを武器に名産品作りが始まりました。


井上石灰工業

井上石灰工業は130年の歴史を誇る老舗です。

会社を率いるのは、井上さん(49)

「これはどこにも負けない日本一、世界一の石灰」

戦後間もない南国市の山肌には石灰工場が建ち並んでいました。
日本有数の石灰の街でした。

しかし石灰の需要が減少して工場は20年で半減。
南国市の石灰産業は苦境に喘いでいました。

そこで井上さんが打って出たのは、自社の強みを生かした名産品作りでした。


地元ブドウでワイン

井上石灰工業は4年前からワイン用のブドウ作りをスタートしていました。

何故高知でワイン?

南国市には石灰の山があります。石灰の埋まった台地です。
フランスのブルゴーニュも石灰の台地がありそこでブドウを作っています。
ワインの名産地ブルゴーニュと同じ石灰質の土壌に目をつけたようです。

その為ブドウ栽培を始めたようです。

ブドウ栽培担当は、大畑氏(38)
元々は農業法人で働いていましたが、4年前井上石灰に招かれブドウ作り担当になったそうです。

その人が倉庫から取り出したのは、ICボルドーという殺菌剤。
石灰を使った自社開発の殺菌剤です。

ブドウは雨に弱い作物です。菌が発生しやすいからです。
その為ICボルドーを使用して病気などの菌を殺菌するそうです。

ICボルドーは自社開発の殺菌剤で、天然素材の石灰由来なので安心です。

しかし6月高知に大雨が来ました。
雨が多いと菌が発生する可能性が高いですが、何とか持ちこたえました。

無事8月23日収穫となりました。

ブドウの出来は?

「量は少ないと思う。環境の問題もある」

それでも何とかワイン1000本分のブドウを収穫しました。

そのブドウを持ってやってきたのが山梨県笛吹市

スズラン酒造の葡萄酒醸造場。
そこに志村ブドウ研究所所長志村氏がいました。

ブドウ栽培から、ワインの醸造まで指導するワインの達人です。

高知にはワインの醸造所が無いため、志村さんに醸造して貰う事にしていたそうです。

早速ブドウの味見…
「糖と酸ののバランスも非常に味が濃く出来ているから上々」

糖度計を確認。20度を超すと良質なワインが出来るそうですが「22〜23度」と素晴らしい結果。

「栽培でもっと上手く出来たのではと思う部分も多かったのでホッとしている」と生産担当者。

そのブドウを渡し醸造を託しました。


TOSA(ワイン名)完成

高知産のワインをアピールするためTOSAと名付けられたワイン。

お披露目会には招待客飲食店関係者など200人が訪れました

味に厳しいプロはどういう評価を?

東京都内のレストラン経営者

「雨も多いし水っぽくなることも多いでしょうけど、熟成させると面白い」

イタリアンの店の経営者

「若い、まだまだだけれど可能性を凄く感じるワイン」

上々とまでは行きませんでした。
まだまだのようです。

2017年1月

会議室に井上石灰幹部が集まり高知のワインをどう広めるか戦略会議をしていました。

「高知のことを外に発信していこう。買ってくれた人が広告塔になって動いてくれるような」

という事でTOSAワイン同盟を作りました。

ワインを買って宣伝してくれる人を増やそうとしているようです。

そしてブドウの今年の目標は収穫を倍にすることとなりました。
近い将来ワイン醸造所も作るそうです。

「130年営んできた強みを元に新しい物を作っていくことが大事」
「地方が若い人たちが、元気になれるようにやっている」と、社長が語っていました


まとめ

得意な技術を生かして異分野の企業が特産品を生み出す
ここにある牡蛎、ワインも本場の商品との競争に勝ち残れば広がる可能性もある
企業のそうしたチャレンジが隠れた地方に魅力を引き出してくれそう

と、締めくくられていました

どちらもまだまだのようですが、これから伸びる可能性は十分にありそうです。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2016年12月20日

『密着築地7ヶ月 移転問題…新たな挑戦』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 築地移転問題について拡大版
  • 山治という最大の仲卸に密着してました
  • いなせりというECサービスの開始などの挑戦も追ってました


築地の今

東京中央区築地市場。
水産仲卸売り場はとても活気があります。

仲卸「山治」の社長さん。
「レストラン、鮨屋の板前、ホテルの調理長、客に会い、合った魚を出し続けるのが役目」
と胸を張っています。

北海道のウニとかデカイ三陸アワビ、ミシュランとかの調理場の人が来るほどです。

常時320種類ぐらいを取り扱っていて客は400〜500軒来ている大きな仲卸です。

移転問題があるが…?

「移転に対しては、豊洲に行かなきゃ行けないんだと自問自答しながら腹をくくった。問題があって、どうしたもんだと今でも葛藤がある。」

豊洲移転で良い部分はある?

「時代の流れ綺麗でクリーンな市場と言っていた。世界に対して輸出するには良いのかなと納得していた」
「この中の魚河岸で働いている人たちは皆プロ。皆美味い物を売りたいだけ。裏切られた感が凄い」

様々な問題が起きている移転問題。どんな取り組みをしているのか。


5月時点はまだ移転だった

2016年5月築地市場に向かう人の波。
「築地市場祭り(ありがとう築地)」と銘打った大がかりな祭りが開かれていました。

目利きのプロが選んだ食材に来場者が舌鼓。
名物のターレーにも乗れます。

豊洲市場へ移転する事になっていた半年前で来場者は15万人

群馬、長野から来るお客様もいました。
「ディズニーランドじゃなくてこちらに来た。子供達に最後だから見せたかった」

人気店は、仲卸「山治」国産アサリを出血大サービスしていました。

社長の山崎さん。
「筑地の名前は凄い。豊洲と築地は違う。豊洲ブランドを作る野が俺らだもんね」
と、移転に向けた覚悟を語っていました。


築地の「山治」

築地市場深夜2時。1日辺りの水産物取扱量は約1600トンという日本最大の市場。

その中から一瞬にして質の善し悪しを見極めるのが仲卸の腕の見せ所です。
その道25年の山崎さん。

「良いのと悪いのが並ぶのでそれを選ぶのが仲卸の仕事」

八丈島の金目鯛は通常の仲卸だと1,2ケースしか買わないところ30ケースどんと仕入れたり。
それを売り切るそうです。

築地市場は、市場部分で取引できるのは営業権利を持つ仲卸。
仲卸が水産仲卸売り場で販売するのを、鮮魚店、小売店や飲食店の仕入担当が買い入れます。

そんな600社の仲卸が軒を連ねるのは、水産仲卸売り場です。

山治は築地最大の仲卸です。従業員106人。マグロを除く鮮魚全般を扱います。

客との掛け合いも上手い物です。丁々発止のやりとり。

筑地は好き?

「大好き、生まれたからずっと築地」

豊洲でどう変わる?

「悩む。今の時代に合った商売をしている仲卸が残るか。頑固一徹、仲買としての仕事をきちんとやったところが残るのか。それが解らない。市場なんで、人が来て貰える市場を作らなきゃ行けない。難しい」

と悩んでいました。

山治は、1958年山崎さんの父治夫さん貝の専門店として創業。
そこから扱う魚種が増え大所帯になった山治。今は二人の弟と話し合いながら経営を決めています。


山治は市場の移転をチャンスと考えていた

豊洲の山治の場所は今より拡大し、豊洲での新たな出発に気持ちを切り替えていた。

2016年8月31日移転準備が最終段階だったころ、小池都知事の緊急記者会見が始まります

「11/7に予定されている築地市場の豊洲への移転は延期」

「皆集めて考えないと。全部が狂う。」

12年掛けて準備を進めてきた山治。
呆然とする従業員。

「12年だよ。もっとかな準備に。移転は反対だったけど行くと決めたら負けないつもりで準備してきた。全然違う方向に出たのは確か。何だったの?」

12年の準備が一瞬にしてパーになる。
東京都のクソッぷりがよく分かりますねぇ。

豊洲新市場はどんどん悪い方向へ進みます。

土壌汚染対策の盛り土が主要施設で行われていない。そして水が噴き出していた。
施設は予定通り完成も、移転時期、豊洲に移るのかすら解らない状況に。
築地市場の移転問題は暗礁に乗り上げました。


豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議には、山治の山崎さんも出ました。

「何なんですか? 盛り土をやるやる言って、やってない。安心は消費者が決める。安心安全な場所で魚を売りたいだけなんです」

あ、これニュースで見たな…山治の社長さんだったのか。

山治は豊洲移転に向けて、水槽、冷蔵庫、億単位の投資をしていました。12年も掛けるくらいですから。

各部門の責任者集めて緊急会議。

「経費が半端じゃ無い。売り上げの利益率1%上げるの至難の業だが経費を1%削減は簡単」
「築地じゃ無く、豊洲でも維持費がかかる、コスト削減を訴える」

更に頭の痛い案件として、築地市場の目と鼻の先にある築地魚河岸

東側に隣接する場所です。
中央区の所有地で、築地市場が移転した後に地元の賑わいを維持しようと作った施設でした。

豊洲に行かなければ変えない魚。築地でプロが選んだ魚が孵るのが売りとなる予定で山治を始め60社が入居を決めていました。
開業は11月19日。

それの意味が無くなってしまったのです。

「今いる客はみな本場に来るし、色分けは全然していない。凄く悩んでいる」

施設が出来たから、早くオープンしたい
仲卸にしては、築地市場の家賃およびここでも家賃が…

同じ仲卸も悩んでいました。足並みを揃えるのが微妙…と。

「本当にやるのか、やらないというのか。やらないというわけにはいかない。商売のスタイルを考えないと」

今ある築地市場内の店とどう差別化するかそこで大いに悩んでいました。


廃業か継続か…悩む仲卸

悩みを抱える仲卸がいました。
男たちに混じって競りをする、紅一点の徳永さん。本来なら9月で廃業する予定でした。

しかし移転延期で揺れていました。

徳永さんは、徳永水産というえび専門の仲卸。

生食用のえびの王様、ボタンえび。北海道産!
オニエビ。甘みが強い。
シマエビ。食感の良いえびなどなど。えびの目利きには絶対の自信を持ちます。

えびの見極めは頭の透明感とのこと。

徳永水産の社長は父文夫さん。母、知子さんが経理という零細企業です。
徳永水産は豊洲移転と共に閉店するはずでした。

「随分家族で話し合ったが、これからのこの業界は厳しい」
「そんな中で豊洲に移転しても経費もかかる。引退して子供達に店を残しても、これから先上手く行くとは限らない」

移転のために費用が1000万円かかると見積もり。それが負担でした。
移転が決まってから、資金力の乏しい仲卸を中心に160社暗いが閉店しました。

徳永水産も従業員を10人から6人に減らして廃業準備をしていました。
深夜3時に築地に来て13時に帰る日常も終わろうとしていました。

娘さんは子供の頃から、築地に来ていて16年前、文夫さんが独立してからは手伝ってきていた。
そして10年前に入社。

「やりたいようにやらせてもらったので恵まれていたとは思う」
「楽しいですよ。競りが一番楽しい。あれをやらせて貰えたのが一番良かった」と娘さん。

父も
「娘と仕事は幸せでした」と。

しかし移転延期となり閉店の予定が狂います。

客からは
「本当に良い物置いているので出来れば続けて欲しい」

父も
「移転が決まるまでやってくれって言われたから、やめるにやめられなくなった」

いつまで店を続けて良いか途方に暮れることになりまいsた。

市場移転早くても1年先。場合によっては数年後になります。

12月中旬。娘さんが築地で働く先輩に相談をしてました。

「本音は店をやって欲しい。とことん応援する」
「苦労するだろうけど、やるっていうと、お父さんお母さんは「馬鹿野郎無理だよ」と言いながらも嬉しいはず」

と、言われて決心したのか
「私ががむしゃらに頑張れば応援はしてくれるだろう。嬉しいと思ってくれるだろうし」

と、移転の時期が解らなくても築地にいる間は店を続けたいという思いが強くなり、その思いを両親へ伝えました。


「移転まで頑張れる。頑張るしか無い」

と、家族の中でも意見がまとまり続ける事になりました。

「娘が本気でやりたいというのだったらやって欲しいとも思う。本人次第」

娘さんは豊洲移転後も店を続けたいという思いも持ち始めていました。
豊洲移転で大きく人生が狂いましたが、それがきっかけで辛いけどもやりたいことがやれる可能性が出た瞬間でした。


プレコの挑戦

場内の一角に、そろいのジャンパーの人が集まっていました。
これまでの築地に無い雰囲気

築地午前2時に経営理念の唱和から始まります。

嘉徳という仲卸で、PRECOGROUPという会社が運営本隊のようです。

積極的に売り込みをかけて売り上げを25%アップさせたという注目仲卸です。
今まで仲卸は常連客を待つだけだったが、客を呼び込んでいきました。

更にケース単位で売る商品も単品販売するように。

徹底した顧客目線が人気の秘密です。

東京江東区築地から20分ほどの施設には加工場が。
深夜1時に注文のファックスが届きます。

お寿司屋さんからの注文。「おろして」など細かい注文もあります。

1日に200件ぐらいくるそうで加工センターで魚をさばき配送されます。

個人の飲食店では丸ごと仕入れても使い切れない。
さばく手間を省きたいという要望も多くこれまでの築地には無いサービスだそうです。

これを始めたのがプレコ

元々は肉の加工配送で成長してきた企業で、肉では1万8500店と契約しています。
そのノウハウをもち鮮魚へ参入しました。

肉の契約してくれている店に魚を売り込みに回ります。

しかし魚は
「違うところから買っているしバレルからだめ」と。

繋がりが深いのが理由で新規参入は難しいようでした。

しかし豊洲への移転が追い風になっているそうです。

築地から遠くなるため、変えようという部分もあるそうです。

捨てる神あれば拾う神ありですね。

築地から豊洲は2km離れていて、豊洲は周りを海に囲まれていて交通の便が悪いのがネック。

プレコは物流に強みがあるのでチャンスとなる予定でした。

豊洲の水産仲卸売り場の隣に加工パッケージ棟があり3倍スペースを確保していました。

しかし移転延期。

プレコHD社員総会
街の小さな鶏肉店から、急成長させた社長の高波氏。

「豊洲市場本来であれば移転していたはず。残念ながら延期。少し苦慮している」と語っていました。

12月7日 東京品川区のプレコの本社

鮮魚部門責任者を呼び緊急会議
豊洲に変わる新たな加工センターをどうするかとう問題が持ち上がります。

業務拡大には加工センターも拡大しなければなりません。
豊洲移転が1年先、2年3年解らなくなり、別の加工センターを起ち上げなければなりませんでした。

「売り上げ拡大を止めたら、社員のモチベーションに関わる」

プレコ(嘉徳)も豊洲の準備を終えていました。
スタートダッシュを掛けるため5000万円を投資していました。

加工パッケージ棟すら使えなくなる悲劇です。

そこで、新たな加工場探しに奔走していました。
移転の時期が見えないまま物件探しが続くことになりました


山治は海外へ販路を求める

山治の山崎さん。豊洲移転日だった11/7にアメリカの西海岸へ。
アメリカのシーフードショーに出店するためでした。

アメリカでの寿司人気の高まりを受けて、自慢の魚を売り込みに来ていました。

築地で買い付けた魚を空輸。鮮魚セットして売りだしていました。

山治は20年前から海外向けに販売。12ヶ国に販売しているそうです。
選別して良い物だけを海外に送っています。

アメリカのシーフードショーは主にアメリカで鮨屋和食店を経営するアジア系の人が多いです。

ロサンゼルスの日本人シェフなどもやってきて、プロが見ても凄く良い品だと解るものだそうです。
しかし話題は築地移転に。
みな気にしていました。

山治はロスで人気のカフェにも魚を卸していました。

数年前から山治の魚を購入しているシェフ。

「山崎の鰯が一番」と太鼓判。

「品質が良いので、日本から魚を沢山仕入れるようになりました」
「築地はむしろ「人」山埼さんのような信頼できる人の関係が大切」

と語っていました。

そして11月19築地市場の隣にある商業施設築地魚河岸オープンとなりました。
ここでの商売のやり方に悩んでいた山崎さん

良い品を仕入れて並べて値段をつけましたが…築地市場に買い出しに来た人がついでに覗くていどで人影まばら、素通りする人ばかりで閑古鳥でした。


「いなせり」仲卸組合が始めた飲食事業者向けECサービス

移転延期3ヶ月前。仲卸組合が記者会見しました。

「仲卸組合はネットを通じた新規事業を始める」

いなせり
いなせ+せりを組み合わせた造語です。

組合所属の仲卸による飲食事業者向けのECサービスです。

いなせりを押し進めてきた仲卸組合の理事長

「魚のマーケットが減っている中で何もしなければ縮小するだけ」
「仲卸が持っている経験や優れた物が生かせないまま、ジリ貧になるのは残念」
「スマホというツールを使い、もっとチャレンジできる。凄く可能性を秘めている」

築地市場の取扱量は年々減少最盛期は65万トンから40万トン近くになっていました。

そこで、渋谷区にある日本エンタープライズというスマホのアプリ開発を手がけている会社と組んでサービスを始めることにしました。

仕組み

仲卸が商品をいなせりに出品
飲食店が商品を購入すると即日発送。
2時までの注文されれば、16時までには届くというものでした。

「よくある魚のネット販売とは別物。仲卸組合の公式の事業」
「各店舗が独立して出すのでは無く組合としてやるので信用力が高い」

今まで商品の発送は、仲卸が個別にしていたが「いなせり」は、纏めて発送することにしました。

サービスの開始は豊洲移転に合わせて11月中旬でした。

この新たな取り組みに注目する仲卸
ノジ喜代

鰤と鰹専門で従業員10人

威勢よく売るのは4代目の山崎さん。山崎さん多いなぁ。
得意の対面販売で売るのが魅力的でした。

ノジ喜代がいなせりに期待した理由

「築地の中で元気よく売るだけでは無く、+αで引っかかりがある範囲が広がるのは楽しみ」
「新たなチャレンジしない生き残れない」

3代目はどう見ている?

「我々の時代は売ることは苦労しなかった。良い客だけ選んでも客が付いてきた時代だった」
「そんなことを言ってられない時代になった」

この仕組みは築地80年の歴史で初めてです。

各仲卸への説明会が開かれます。

「iPhone専用アプリで出品して貰う」
「iPhone持ってない人は?」

結構な数手を上げます。

多くは昔ながらのやり方でやってきた仲卸。
アナログからデジタルへ変わるのは容易ではありません。

「iPhoneタブレットだけだと途中で面倒になり辞めちゃう」
「200出品したければ全部手で入力しないとだめ?」

と不安を口にする

ただ一番心配なのは。

「顔が見えない。我々は価格だけでは無い。画面の商品写真と値段だけだと、仲卸の良さが伝わるの?」

根本的な問題でした。

いなせりの参加は仲卸600社の内100社となりました。

冷凍マグロ専門仲卸高徳の小川さんは出品決定の一人。

従業員4人で冷凍マグロ専門です。

「うちは個人経営で、営業活動も時間の制約もあって、期待している」

写真ひとつ撮影するのも試行錯誤。
個人点向けとして柵売りもすることにしました。

いなせりのターゲットは築地に足を運ばない飲食事業者ということで、近県の飲食業者をメインとしていました。

専属スタッフは、近県に営業を掛けます。
6店舗経営の寿司店。

「東京にいれば築地に行けるが…」

ということで、地元の市場から仕入れていました。

実際の手順を説明すると
「面白いやってみたい」となりました

ただ「頼んだ物とイメージが違うと、あーとなる」と、ちくり。

不安はあるようです。

さらにいなせり
10月下旬大きな問題が出てきました。

豊洲では集荷配送場所を確保出来ていましたが、築地では準備できなかったのです。
元々手狭な築地ですから当然なのですが。

仲卸組合は、規模縮小を訴えます。
最初は23区から始めようと。
ただそれだと当初のコンセプトとずれるため、いなせり側は反発。

物別れに。

「2年がかりで詰めてきたが最後の2ヶ月で不測の事態が起きると思わなかった」と恨み節。

ただ

「こうなった以上は解を見つけてやるしか無い」

本来は11/7でしたが12/5をオープン日に据えて準備が行われました。
そして何とかいなせりオープン

出品した仲卸26社で、商品数280点でした。

早速注文も

「明日時間道理に来てくれるか」という部分。

最初の注文は何とかデッドラインギリギリに配送完了となりました。

品は文句なしでした。

出された客も。
「海の近くて食べたくらい美味しい」

注文した板前さんも
「顔は嘘つけない口に入れたときの表情で解る」

ひとまずは何とか問題無くスタートできたようです


築地魚河岸が大変なことに

オープン直後は閑古鳥でしたが、人で埋め尽くされるほどに賑わっています。
午前5時から午前9時までは業者向け。
しかし午前9時〜午後2時から一般向けに解放していたところ仲卸から質の良い魚が安く買えると人が押し寄せたのです。

山治の前では山崎社長が自ら売り込み。
一般の人でも購入できるように加工場も設置し、築地市場の中の店と差別化。
やった事の無い切り身販売も開始しました。

「客の立場に立ち魚を売る」

商いの原点に立ち返ることで、少し吹っ切れたようでした。

山崎社長
「移転延期は想定外。この先も解らないが得るものもあった」
「市場は何をするべきか。何があるから人・物・金が集まるのか。」
「それを凄く考えさせられた1年」
「良い市場作りたい子供孫にもよ市場残してくれてありがとうって。それとあとプライド!」

と語っていました。


まとめ

移転延期の影響で築地市場では色々な問題が起きて関係者の事情も様々あった。
今回印象に残ったのは、仲卸の「私たちは安心安全な場所で魚を売りたいだけなんです」という言葉
まだまだ先の見えない移転問題。今後の展開も見ていくと纏めていました


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2016年12月13日

『【冬の味覚】に異常あり!カニ・サバ知られざる危機』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 鯖と蟹の危機について
  • 世界中のカニの争奪戦が行われていて3割増しが当たり前に
  • サバは根こそぎ穫る中国のせいで資源が枯渇しつつある


中国で爆裂に消費されるカニ

10/1は中国の建国を祝う国慶節。
大型連休となり家族と一緒に過ごす人が多いです。

上海では魚市場を覗くと、中国人の大好きな上海ガニが沢山。
旬を迎えて一番美味しい時期だそうです。
紐で縛って蒸して食べるのが一般的で、殻を割ると、肉は少ないが蟹味噌が多いようです。

上海ガニを家族で食べるのが風物詩ですがその食文化に異変が起きていました。

魚市場などでタラバガニがびっしりと。
高級レストランでは1匹35000円で取引されるそうです。

そのほかロシア産ズワイガニなど、中国では今まで蟹を輸入して食べる習慣は無かったが、急速に広がっています。
金持ちの客や高級レストランがみんな買っていくそうです。

市内のレストランでは、テーブルの真ん中にはズワイガニ。
上海ガニではありません。

ズワイガニ、タラバガニを頼む客には共通点がありました

「東京や名古屋で食べた、日本で食べたとき、新鮮でとても美味しかった」

多くの中国人が日本でそのおいしさを知ったそうです。
その影響が日本来ていました。


東京都新橋の「かに地獄」

新橋に素晴らしい名前のお店があるようですが、旬の蟹を手頃な値段で提供している店です。
かに地獄では量り売りをしています。
タラバガニ、アブラガニ、ボイルズワイ、本ズワイ、紅ズワイ、イバラガニ、毛ガニ、花咲ガニなどなど。

300gで1700円…とか…半端ない価格です。

ズワイガニはロシア産が9割ですが、蟹の値段は右肩上がり。

「当初390円/100gでしたが580円でもギリギリラインです。」

世界中で蟹が奪い合いになっていました。特にアジア圏内で消費が高まり買い占められています。
その為日本に輸入される蟹が少なくなっていました。

マグロと同じ現象が、蟹でも起きていました


アライアンスシーフーズの仕入れ現場

6月東京中央区。アライアンスシーフーズという海産物の商社。
様々な海産物を扱い、蟹の輸入は日本トップクラスです。
蟹の需要が跳ね上がる年末に向けてどう調達するかの話し合いをしていましたが…

アラスカの漁獲量は?

昨年から4割減

日本を取り巻くカニの環境は悪化していました。、

「年末、最悪の場合日本国内の客へ供給できない恐れがある」

例年の半分しか在庫がなく、主な漁場は、ロシア、アメリカ、カナダですが、
ロシアは日本への輸出を制限。アメリカも漁獲を4割減らしました。
市場に出回るカニが激減して、かつて無い状況に

そこでまずは新たな漁場を探しました

ノルウェーの北。バレンツ海。
北に行けば行くほど蟹が大きいそうです。

バレンツ海からも3年前から少しずつ輸入していたが問題がありました。

届いた蟹をチェックするが、えらの処理が悪いし、味噌も付いていて使い物になりません。
処理が下手くそなのです。

処理が下手だと、商品価値がなくなります。真っ黒に変色することも。
商品確保の切り札はバレンツ海ですが品質に大きな問題があるという現実がありました。


バレンツ海で高品質のカニを!

ノルウェー北部の村ボーツフィヨルド。

アライアンスシーフーズの大谷さんが自ら漁船に乗り込み加工を指導する事になりました。

船長はウルフさん。
3年前からズワイガニ漁をしています。

「新しいビジネスだけど文句はない」

船員は20代前半の若者達。しかし漁師経験が無い上に、蟹を食べたことがありません。
ノルウェーではカニを食べないそうです。

それがまた品質の悪化に繋がります。

3週間の航海は、新しい海域に行ってみようと思うということで、行ったことの無いところへ行きました。
目指すのは北へ1000kmの北極圏です。

「良い蟹が捕れれば嬉しいし、ある意味チャレンジ」

船員達が移動の間スルメイカやニシンを仕込み最初の漁場へ到着。

餌の付いた籠を海へ落とし2日後に籠を引き上げます。

どうやらズワイガニがもりもり取れます。幸先の良いスタートでしたが様子がおかしいです。

脱皮ガニ

脱皮したばかりのカニが大量にいたのです。脱皮ガニは茹でても中身がすかすかで商品価値がありません。

何とか良いカニを見つけて船内の加工場へ回します。

2つに割ってブラシで掃除します。そしてサイズごとに選別して並べ、水に入れて血抜き。
更にマイナス20度の液体につけて冷凍します。

カチカチ凍った蟹が出てきたら箱詰めします。
1箱15kgを船底冷蔵庫へ落として終了。

こういう工程ですが、掃除の工程に大問題。
掃除したばかりの蟹に味噌が付いていたりえらが付いていたり。かなり雑です。

大谷さんが英語で怒鳴りまくります。
良い蟹が獲れても加工が悪ければ商品価値が激減します。

大谷さんの怒鳴り声が聞こえて船長もやってきます。

「しっかりチェックして丁寧に仕事をしろ」と指示します。

どうやらビジネスに品質は必要としっかり解っているようです。

更に獲れるカニに更なる問題が。

年老いたカニ

黒くなったカニがいました。こちらも商品価値がありません。
それれは海に捨てろと指示。

繰り返し根気よく教えて行きました。

怒鳴られる船員はさぞかし切れているんだろうと思ったら

「品質の維持に大谷さんは欠かせない。現場を見てちゃんとコントロールしてくれる」

とにこやかに語っていました。
性格かな…。

出航して1週間…漁に異変が。

脱皮ガニばかりで漁獲量が上がりません。
去年より蟹の脱皮が早まり不漁となったのです。大谷さんも「ここまで酷い経験はない」という程。

2週間建っても、倉庫の1/4しか埋まっていない状態となりました。

未開拓の海も空振りに終わったのです。


獲れないなら輸入するのみ

11月東京。仕入担当も大変な危機に陥りました。
夏以降もカニを確保出来ていませんでした。

営業からも「在庫が少ない。12月カニは年末商材なので供給できないのは辛い」と泣きが入ります。

かつて無い厳しい状況に追い込まれていました。

そこで韓国釜山へ飛びました。

世界中から水産物から集まる東アジアの貿易拠点です。

韓国人の仲買人に聴いて見ますが「韓国にはカニがない」と素っ気なく。
中国の消費量が増えているため日本より高く買う中国に売った後だったのです。

それでも新たな情報を得て違う場所へ。

売れ残っていた小ぶりのズワイガニがありました。見た目には問題はありません。実入り9割以上という品質です。

早速交渉開始。

まずは去年と同じ価格を提示しますが「ガン無視」

一割増しを提示「無理」

相場が完全に変わっていました。

三割増しを提示したところやっと動きがあり売ってくれることになりました。

仕入れ値3割増しとなりました。それだけ高騰しているのです。

それでも年内販売分の目処が付きました。

かに地獄にもそのカニが入荷します。
売値は\580/100gと、取引会社と利益を削って同じ価格に抑えました。

忘年会シーズンは何とか凌いだが、今後調達は更に厳しくなります

「日本に蟹が入りづらくなったり、値段も高騰しているが何とか頑張りたい」

とは仰ってましたが日本でカニが食べられない日が近いかも知れません。

因みに私…子供の頃飽きるほどカニ食べてまして。
今食べたいと思わないんですよねぇ。港町でカニ良く貰ったんです。はい。


サバが食べられなくなる? 中国が根こそぎ

日本では縄文時代から食べられる鯖。
一番獲れているのも、1位サバ、2位マイワシ、3位カツオという感じのようです。

日本近海では太平洋、日本海側どこでも獲れます。
関サバ、金華サバなどブランド化されたサバもあります。

大量に採れるサバは保存食として鯖缶としても消費されます。

時には高級魚としても、庶民の味としてもなじみ深い鯖にも異変が起きていました。

青森県八戸市。
日本有数の水揚げ量の鯖の産地です。

鯖に異変が起きていました。

「今年は少ない」
「去年も悪かったけど、今年の方が悪い」
「細いし、魚が小さい」

という状態です。

サイズも小ぶりで、漁獲量が去年の7割です。
昔では600グラムの鯖は珍しくなかったが今は300グラムを割り込むという事態に。

太平洋側の鯖は日本の沿岸から北太平洋の公海へ移動して餌を食べて秋に戻ってきます。
その公海で大変な事態が起きていた

北太平洋の水産庁の船に同行すると、中国の船が根こそぎ穫ってました。
公海上で小さい鯖だろうが何だろうが全て取りつくしていたのです。

鯖を狙って中国漁船が集結している姿は異様です。
水産庁は違法な漁をしていないか見張りに来ていましたが、そんなのお構いなしに獲っていきます。

高感度カメラが捉えたのは、魚を一網打尽にする光景でした。
日本の沿岸に戻る前に中国が根こそぎ穫っていました。

ホント中国は最悪です。

「多数の漁船が群がり乱獲が進めば親が育つ前に絶えてしまう。資源の枯渇へ繋がる」

今が良ければそれでいいのが中国。後先考えませんから…。


中国で何が起きているか

中国福建省。中国でもトップクラスの漁港で漁から戻ってきた船が荷揚げをしていました。

船いっぱいに詰まれていたのは鯖。それも小ぶりの鯖です。
水揚げされた鯖は、缶詰工場で加工されていました。

野菜や果物の缶詰を作っていたが鯖缶に転身。生産ラインには大量の鯖が流れていました。
1日に9万缶を製造しています

これらの鯖缶は中東やアフリカに輸出されているそうです。

「鯖の缶詰の輸出は毎年8000トンずつ増えている。儲けるチャンス!」

と笑っていました。
今が良ければそれで良いと。

更に中国でも鯖を食べる人が増えているそうです。


「美容にも良いし、肌も綺麗になる。子供が食べれば頭も良くなる」

健康を気遣う中流家庭に鯖人気が広がっていました。

更にはペットブームも消費に拍車を掛けています。
猫用のキャットフードに使われているそうです。

鯖を取り巻く環境が激変する中、日本も守りだけではありません。攻めの一手がありました。


鯖の完全養殖(佐賀県唐津市)

佐賀県唐津市。有数の鯖の水揚げ量でしたが50年前の2割に減少してしまいました。

そんな唐津市水産産業活性化センターでは2年前から、完全養殖鯖を作っていました。
九州大学准教授の長野さんが中心となり開発しているようです。

「美味しい鯖が手に入らなくなったので、地元から要望があった」

今までもマサバの養殖は行われていましたがが、天然の稚魚を捕ってきて大きくするものでした。

「完全養殖だと、天然資源に負荷をかけない」

と、孵化した稚魚を3ヶ月間育てて養殖業者に提供していました。
そして養殖場で1年半育てて出荷します。

養殖をすると400グラム以上に育てる事も可能です。
与える餌は、長野さんが開発した人口餌。

脂ののった完全養殖鯖を出荷できるようになりました。今年は4000匹の実績があります。

マックスバリュ唐津店では、鮮魚売り場に、完全養殖鯖が売られていました。

唐津Qサバというネーミング。九州大学とクオリティのQだそうです。

それも鯖の刺身が売られています。2678円とお高め。

普通サバは生で食べるのを避けます。アニサキスの心配があるからです。

天然の鯖は海で天然の餌を摂取しますがそこからアニサキスに感染します。
完全養殖は、人口餌なのでアニサキスの心配がありません。その為生で食べられます。

更に販路拡大を目指し東京へ。
都内にある板前寿司赤坂店という都内や海外に展開する人気寿司チェーンへ。

完全養殖の鯖を試して貰おうと持ってきました。

早速、生で寿司を作り居合わせた客に試して貰う事になりました。

評価は悪くなかったようです。
「しめさばはあるけど生鯖は初めて」
「生で食べることが普通に出来るようになったら消費者としては嬉しい」

などという声が聞こえてきました。

まだ高価な完全養殖鯖ですが安定供給への一歩を踏みだしました。

「サバの資源が枯渇している中で、完全養殖やることで安定供給に貢献していきたい」と長野准教授が語っていました。


まとめ

美味しい物を少しでも安く食べたいのはどこの国も同じ。その中で鯖や蟹が危機に陥っていた。
このままでは枯渇して安いのが当たり前とは言えなくなる。
ただ日本には水産資源管理の技術経験がある
この先も食べていくために何が出来るか考える必要がある。と締めくくられていました。

結局中国が全ての元凶になっているという…恐ろしさが




人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2016年12月06日

『今こそ、地元の【助っ人】に!〜地域の銀行マン信金マン〜』今日の「ガイアの夜明け」感想

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 地方銀行、信金の新たな取り組みについて
  • 大阪シティ信金は地元の中小零細企業を結びつけて新たな商品を生み出してました
  • 但馬銀行はふるさと投資を活用していました

金網の街で新たな技術を発掘:大阪府松原市

大阪府松原市。全国で有数な金網の街です。

金網工場の看板があちこちに。工場を覗くと機織り機械のような機械で金網が作られていました。
その街をカブで走る大阪シティ信用金庫の職員。

マツバラ金網

創業1934年従業員26人の金網工場です。

訪れた信金マンが真っ先に行くのは先代社長の妻東田氏の元。
会社の金庫番です。79歳のハッピーバースデーだったそうです。

週に3日は訪問して、東田氏に変わって入金の手続きなどを行っていました。

その後社長にもご挨拶。

「今は暇。相変わらず。ちょっとはマシだけど」
「顔を出し続けることが、信金マンの大切な仕事。毎日来ることで会社の動きが見れる」
「うちの会社が潰れないか。逃げないか管理に来ている」

なんてキツイ冗談も。
赴任して半年の信金マンは苦笑い。

社長が工場に入れてくれた、中を見せてくれました。
マツバラ金網は、目の細かい金網が得意の模様。

一番細い金属線は髪の毛の1/5という細さ。
1本1本をプレート穴に通す準備だけで1週間以上。布のように薄い金網を作ります。

使用用途は、産業用フィルター
ガスやオイルを濾過するのに使われる物でした。

更にマツバラ金網はインテリア向けを開発するなど金網の新たな可能性を求めていました。

とっておきは金網のマリリン・モンロー。

「金属で表面滑るから、繊維と同じような織り方ではガラがでない」

と社長が言うくらいかなり凄い技術が必要のようです。

その技術の高さに可能性を感じたので、携帯端末に何かを打ち込む信金マン。

「デザイン金網。新しい展開を考えていきたい。他の技術もあわせてマッチング提案したい」

などと。それは大阪シティ信用金庫本店に送られます。
支店の信金マンから送られた情報が集約されていました。

本店には、中小零細企業中心に2400社のデータベースがあります。
取引先の技術情報。
会社の強み、弱み、社長のプロフや、やる気、趣味まで網羅されています。

地元密着の金融機関の強みを生かしユニーク商品が生まれていました。

「取引先が成長発展しないと我々の明日もない」

信金も必死です。地方の衰退で危機に立たされる地元金融機関。生き残りをかけた新たな挑戦を追ったのが今日のガイアです。


大阪シティ信用金庫の挑戦

大阪市中央区に本店がある大阪シティ信用金庫。
90支店、職員2000人を抱えている大阪府最大の信金。

そこにある企業支援部の日比野氏(57)
この人が営業マンが集めた取引先情報を集約し活躍するシステムを考えました。

欲しい技術を探している取引先があれば、協力企業を紹介します。
いくつかの企業を結びつけて新たな事業を作り融資に繋げようという考えです。

「中に入りコーディネートすることで成長発展できるようなビジネスモデルが組めればベスト」

津川製作所の挑戦

西成区にある津川製作所。
創業1963年従業員30人のモーター製造工場です。

津川製作所はモーターの設計から一貫して生産出来る高い技術力があります。

開発したいと考えている物があると日比野氏を頼りました。

知り合いの農家から「作業者が高齢化して収穫が大変で何とか機械化したい」と依頼があったようです。
農機具の機械化を頼まれた模様。

大阪府河南町に依頼してきた農家があります。

梶井氏(69)
収穫した野菜を一輪車で運びますが、年を取ってその作業がきつくなりました。
今は若い人に任せているそうです。

畑がぬかるむと更に大変。タイヤがめり込み身動きが取れなくなります。
高齢者じゃ絶対動かせません。

どれくらいの価格感なら買いますか?

10万円以下
開発して貰うにしてもある程度安いのでなかったら買えない

そりゃそうですね。

信金本店では、すぐに企業支援部を集め会議が開かれます。

要件

操作を簡単にできて、パワーアシストが出来る。しかも低価格の電動アシスト運搬車。

津川製作所がモーターを制作しますが、スピード制御の技術が必要です。

早速PLUS事業情報条件検索により、DB検索を掛けると13社がヒット。
その中から、短納期、低コストというかなり良い条件が揃っているケーエスラボラトリーという企業を見つけました。
汎用ストックが多くてそれを活用出来るので、短納期低コストが実現出来るそうです。

ケーエスラボラトリー

社長を含め6名の会社で、3年前に設立。産業用ロボ基板を製造しています。
早速話をすると「既存の基板である程度出来る」とのこと。
1から開発しなくてい良いので低コストになりそうです。

ケーエスラボラトリーの社長
「営業活動があまり出来ていないので、客を連れてきて貰えるのはありがたい話」

こういう場所でも信金さんが活躍していました。

大阪府の事業所数減少傾向です。5年で4万件減っているそうです。
大阪シティ信金は営業できる範囲は大阪府と近郊のみですから地元低迷は死活問題です。

こういう地道な積み重ねが大切です。

津川製作所では、電動アシスト式運搬車の開発開始となりました。

モーター設計はお手の物。
手のひらサイズのモーターを制作。
力はそこそこ必要だが、速度は速いと危険なのでモーターは1分間2000回転がMAX
ゆっくりで大きい力に変えるのが歯車(ギア)で力が1000倍になります

計算上では100kgの荷物でも運べる物が出来上がりました。

物を作る傍ら信金さんは得意先の農園を周り販路拡大と情報収集・

「使い勝手の良いもで自分の体に合う物だったら、高くてもそっち選びます?」
「若い人が農業に参入できる物を作れば良いかも」

高齢者だけでなく若い人にも需要がありそう
などなど何気ない会話からもヒントを探します。

農機具にライトが付いていることに気づいて問うてみると。

「早い人は夜中の12時過ぎ越えてすぐ収穫し始めるから必要」

これが実は重要でした。

津川製作所にケーエスラボラトリーがやってきて、電動アシスト一輪車の制御盤を設置します。

試運転開始するも超遅い

なにあれ。使えない(笑

大幅な見直しが必要となり呆然としてました。
こういう失敗から新たな物が生まれるんですけどね。

2ヶ月後やっと完成し大阪府河南町の依頼者の元へ。

電動アシスト一輪車

電源が入り、ダイヤルで変速可能。
最大時速4km/h。
一回の充電で6時間走行可能です。

ぬかるんだところでもしっかり動いてくれて、女性でも動かしやすそうでした。
結構馬力はあるようで、悪くないようです。

ただ10万円以下だったら買っても良いといっていたけど、やっぱりそれでも高いと言い出します

「プラス何かあったら付加価値で買うんだろうけど」

そこで取り出したるは「ライト」
一輪車にライトがつけてありました。

これが夜の作業も多いそうで、大好評となりました。

さらにたたみ掛ける信金

「こういう機器の導入を進める補助金が色々がある」
2/3補助してくれるという購入補助制度を調べ上げていました。

それであれば予算内となりそうです。
一号機を買って貰えそうな目処が立ちました。

まだ改善余地があるが、製品化に向けて手応えを感じていました。

津川製作所の方。
「金融機関がまとめ上げ得てビジネスの流れを作る。こういうことをやって貰えれば大阪の町工場は元気になる」

信金の方。
「金融機関だけが成長するのではなく我々と地域。地域の成長の中から我々の成長があることが一番大切」
と語っていました


地域銀行:但馬銀行の挑戦

兵庫県但馬地方。国道沿いにはシャッター閉めた店が多くありました。
15年で3割の事業者が減ったそうです。

そんな但馬地方の中心の兵庫県豊岡市に但馬銀行本店がありました。
8年前に地元経済再生を目指す地域密着推進課ができました。

そこの課長は中島さん(38)
「生まれ故郷である但馬地域をな何とか活性化させないと行けないという危機感がある」

兵庫県養父市にある谷常製菓。150年の歴史のある和菓子と洋菓子の店です。
地元の人に愛されてきたお店ですがそこに新たな機械が届きます。

瞬間冷凍機 200万円

パティシエが作ったケーキを一気に冷凍することで、できたての味を長期間保存できるようになりました。

作りたての味に近い状態で解凍できるので、「できたて」と行ってもおかしくないくらいと太鼓判。
瞬間冷凍機によって全国へ販路を広げられるようになりました。

購入資金は、但馬銀行の中島さんのアイデアから手に入れたようです。

さて、谷常製菓は、150km離れた高島屋大阪店に期間限定で出店。

「栗きゃらめる」という丹波の栗をふんだんに使った贅沢ケーキを販売していました。
4500円

た、たけぇ…。
ただかなり美味しいそうでマダム達がお買い上げをしていました。

瞬間冷凍機のおかげ
と、丹波地方の小さな企業から新たなヒット商品が生まれた瞬間でした。

これを可能にしたのがふるさと投資という制度でした


【ふるさと投資】とは

京都府宇治田原町にはふるさとたまご村という100%国産の餌で育った鶏から卵をとっている会社があります。

レモン色の黄身が特徴で濃厚な味だそうです。

生産量を拡大するため、ふるさと投資を募ったら、200人以上から資金が集まり事業が拡大。
特典として卵10個と元本+配当金1.4%が支払われたそうです。

米鶴酒造という地元産の酒米を使った純米酒を造っている酒造会社。
ここでも、ふるさと投資が行われ、酒米購入資金を確保

特典として、純米大吟醸の日本酒と元本+配当金7.2%が支払われたそうです。

事業が上手く行かなかったら、元本割れ、配当金が貰えないケースがありますが、特典だけは貰えるとのこと。
皆が事業に投資できて、リスクはあるが成功すれば美味しいという制度のようです。

地方企業を応援している実感があるということで地味にに人気の模様です

ふるさと投資を活用し、地元企業を活気づける挑戦を追っていました


耕作放棄地の再生養蜂に出資を募れ

但馬銀行本店では地域密着推進課では新たな投資話をしていました。

養父市長野地区にある養蜂業者「マイハニー」
生産責任者は安達さん。

事業を拡大しようとしていました。現在スタッフ5人で養蜂を行っています。

元々耕作放棄地だったところを花畑に整備し蜜を取ります。

耕作放棄地は土壌が荒廃して、害虫が発生するなど悪影響を及ぼします。
そこを花畑に整備するのはかなり有効的のようです。

そんな放置された農地に花を植えてミツバチを飼い採蜜をしてその蜂蜜を売るのがマイハニーの業務です

生産責任者の安達さんは養父市出身、農水省勤務しており退職後「マイハニー」を設立しました。

兵庫県養父市で蜂蜜から商品を作っています。

使い切りようの小分け蜂蜜

2人で作業するにはちょっと手狭な空間のため、資金を集めて、生産設備を拡大したいと考えていました。

支援をしている但馬銀行も販路拡大のため動きます。

パティスリー・アッシュ・カトウという洋菓子店に売り込んだり。
地元の道の駅「但馬のまほろば」とも交渉を行います。

しかし
「マイハニーという会社は、供給はきちんとできるところ?」

痛いところを突かれました。

「まだまだ数量としては少ないが、どんどん増やしていこうと取り組みをしている」と応えます。

販路拡大する前に生産安定という現実を突きつけられました。

銀行が直接融資するのではなく、ふるさと投資を使う理由は?

創業間もない事業者が、取り組みを多くの人に知って貰う。
多くの人にPR出来る場として、融資よりふるさと投資を活用した方が良い

ある意味宣伝効果も考えているようでした。頭良いなぁ。
ふるさと投資で、一般から集めた資金を使い新たな事業を起こします。
そこで設備投資や雇用がうまれたら銀行が融資するという仕組みです。

さて「マイハニー」ショックな出来事が起きてました。
鹿に大切な花が食われました。

これがあるから怖いんですよねぇ。

しかし悲観してる暇はなく地区の農家達を集めまして耕作放棄地を借りるお願いをしていました。

「あそこが良くなったという場所にするために一緒になってやれたら」

と、住民の協力がなければ花畑は増えないので必死に説得です。

2日後。耕作放棄地を訪ねると、皆が草刈りしてくれていました、
地元の人々が協力してくれる事になったのでした。

但馬銀行の中島さんはマイハニーのために、ふるさと投資の事業計画書を纏めていました。

重要なのは「売上利益の実績計画」

売り上げやどれだけの配当を出せるかの具体的数値が求められます。
投資するのだから重要な項目です。

「地域の人と実際に協力しながらやっているので計画に織り込もうと考えている」
と、耕作放棄地から未来へ繋がる花畑へという理念を伝えようとしていました。

これらは
ふるさと投資のサイト「セキュリテ」で募集されています
セキュリテ:https://www.securite.jp/

様々な地域の取り組みが並んでいてその中にミツバチの畑再生ファンドもありました。

1口21600円で、460万円募集しています。

特典は瓶詰め蜂蜜3個3600円相当。
3年後に4.7%の配当を計画しています。
元本割れの可能性は勿論あります。

蓋を開けると僅か5日で満額になりました。
143人の投資家がおりまして、460万円到達していました。

マイハニーの安達さん
「初めて銀行の方々と出会い現場のことが解るのかなと。そういう不安はあった。これをみたら、5日で終了としているこの力。良かったなと思っている」

投資された資金で10年前から使っていない小学校の家庭科室を借りて新たな加工場を作る事になりました。
460万円は改修費用に充てられます。

耕作放棄地にはレンゲがまかれ、芽吹いていました。

但馬銀行中島さん
「マイハニーという会社が自立した事業者として、成長しているように寄り添っていく」

地元の人たちが手を組んだふるさと再生。新たな一歩を踏み出しました


まとめ

これまで銀行は、取引先の企業に担保があるかどうか主にその評価で融資をしていた。
今、企業がどんな事業で成長するかに目を向けるそんな取り組みが始まっていた
この取り組みが広がれば地方再生の新たな一歩になるのでは

と、締めくくられていました


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2016年11月29日

『新時代をゆく!「企業城下町」』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

城主が消える企業城下町の今について
三菱の下請けは新しい機械導入で技術力を磨く方向へ
日立の下請けは仲間と徒党を組んで新たな製品を生み出す方向へ


パナソニックの企業城下町:大阪府門真市

大阪門真市。ここに本拠地を構えるのは、家電メーカーのパナソニック。
門真市はパナソニックの企業城下町です。
会社の成長と共に発展を遂げてきましたが、今は昔。
現在の商店街はシャッター街になっていました。
昔は賑わっていた洋品店も閑古鳥。

「昼寝して客に起こされる」と店主。

かつては、エプロンがヒット商品で、1ヶ月に100万円くらい売れたそうです。

「家買ったり、土地買ったり、ハイツを建てたりエプロンで一財産残した」

エプロン特需だったようです。
昭和40年代電機部品を作る内職を手がけていてエプロンが売れたそうな。

そんな門真市のあちこちに「ナショナル」の文字。
パナソニックの前身、松下電器のブランド名です。

ナショナル温泉(銭湯)なんてのもあります。
勿論松下とは関係ないそうです。

「1日に1000人客が入った飯を食ってる暇も無かった」

昔はかなり繁盛したようです。
番台に入浴を待つ人が溢れたそうな。

それで皆真似して「ナショナル温泉」があちこちに出来たそうですが。
今は、2軒になったそうです。

淀川製作所の挑戦

創業1961年 従業員16人の金属加工を得意として、松下試作部品を作ってきました。
2代目社長小倉さん59歳。

先代から大切にしている額がありました。
「道」の書
松下幸之助から送られた物です。

「地域の町工場の人には、松下幸之助のスピリットがついている」
「共存共栄」いう松下スピリットが入っている

昔は協栄会という組織がありました。

松下と取引のある技術力の高い下請けなどのの組織です。
しかし事業の海外移転リストラで町工場との取引が減少して、4年前に解散しました。
泣けますねぇ。こういう大切な組織が切り捨てられるのですから。

「廃業する一歩手前だったけど、そのときにこれを夜中一人で見ていた」と社長。

こういうときこそ逆境を一転して好機に!と頑張ろうとしていました。


日本全国に企業城下町

日本全国に企業城下町はあるそうです。

一番有名なのは豊田市
トヨタの城下町。昔は挙母市(ころもし)だったそうです
1959年に変更しました。

北海道の旭川市は日本製紙の企業城下町。
パルプ町なんて街もあります。

群馬県の太田市は富士重工業

山口県の山陽小野田市は、セメント町、火薬町、硫酸町なんて街がある3社の企業城下町だそうです。


時代と共に変わる企業城下町
支えてきた企業の業績が揺らいだときどういうことが起こるのか


三菱自動車の企業城下町:岡山県倉敷市

倉敷は、三菱自動車の企業城下町。
市役所の職員に案内され駐車場に入ると、公用車がずらっと。
200台ある公用車の8割が三菱製です。

しかし今年4月。燃費不正が発覚

倉敷にある三菱自動車水島製作所。
ここで問題となった軽自動車全てが作られていました。
生産ラインは2ヶ月半ストップ。

販売台数が落ち込む中、日産の傘下に入る立て直し策を発表します。

コストカッターの異名を持つゴーン社長が三菱自動車の会長になりました。

「競争力が無ければ三菱の水島であれ日産の追浜や栃木工場、欧米でさえビジネスを失う。トップレベルの競争をするためには競争力の低い工場はいらない」

ビシッと断言しちゃいます。三菱は新たな上司の元で再生を図ることになりました。

中山鉄工所の場合

三菱の一次下請の町工場。1945年創業従業員25名。自動車部品を作る金型を製作しています。

4月の不正発覚してから、受注が激減します。5月6月はほぼ三菱からの発注無し。
売り上げが2割になりました。2割減じゃなくて2割。

「これまでと同じ事をしていては生き残れない」と感じました。

社員にもその想いを伝えます。

「日産の傘下になることになり存続できるか大事な時期に入っている。やっている三菱の仕事も生産性を上げていくことになる。皆が日々やっている仕事は大事」

中山鉄工所は、三菱の下請けとして技術を磨いてきました。

祖父の代から続く工場を受け継ぎ経理の妻との二人三脚。

「ここで生まれ育ち、工場の機械の音を聴きながら育った。父親もずっと三菱の車。普通の人以上に三菱に対する愛着や思いは強い」

思いが強くても仕事は来ませんからねぇ。

11月にやっと三菱から新たな発注がきます。
内容は、車輪周りの部品を大量生産するための金型。

不正問題が起こる前の同型の金型は1つの型から、6つの部品を取る物でした。

新たな図面は8つに増えます。

「日産から生産性を上げなければならないと命令に近い指示が出ている。急いで欲しいと言われている」

型を使う数が増えた分、型の構造は複雑となりハードルが上がります。
課題をクリアしないと次の仕事の保証もありません。

必死に作らなければ鳴りません。。

そこで、新しい投資を行います。
金属の表面を磨く研磨機(最新型)2000万円を投入しました。

機械の導入で生産性アップに繋げようという考えです。

30年間使い続けてきた愛着のある旧型機械。今はそういうことを言ってられません。

性能テストは油性ペンで殴り書きをした金属を磨く物。
1000分の1mm単位で磨きの厚さを調整出来薄い油性ペンが綺麗に消えてきます。

旧型機より細かい磨きに対応出来るようになりました。

新しい機械導入を決めたのは三菱から発注から止まっていた苦い経験もあったからです。

「仕事のないときに色々とお願いして他の仕事もしていたが、よそからの仕事だと、高い要求の見積もりも頂いた。うちでは対応出来ず無理だった」

そこで借金をしてでも投資を行いました。
「大きな負担だが、必要投資と考えている」

金型を作る競争力をつけていくことが、生き残るためにも継続して仕事をするためにも必要。
先取りじゃないが、新しい技術には貪欲に挑戦していきたい。

と語っていましたが、厳しい戦いです


日立の企業城下町:茨城県ひたちなか市

日立自身は、業績を伸ばしていて日本最大手の電器企業となりました。
しかし日立城下町の日立市では、事業所数がピークの半分以下、人口も1万人減など衰退しています。

茨城県ひたちなか市も日立の企業城下町のひとつです。

そこにあるエムテック 1949年創業従業員30人で産業用機械の精密部品製造をしています。

3代目社長松木氏40歳。

「生まれた地が企業城下町だった。他で仕事をしたことが無い。日立の影響力は大きく、日立がくしゃみすると下請けが潰れる。今までは黙っていても仕事があったがそういう時代じゃない」

30人の従業員や家族を養うために新たな道を模索していました。

日立の生産拠点が海外に移り下請けの仕事は減り続けているからです。

そこで起ち上げたのがGLIT(グリット)という組織でした。

新たな製品を生み出す

茨城県水戸市の介護施設で試験的に使われているベッドの上に取り付けられた開発中の装置。

介護職員の負担を減らすことが出来るものだそうです。

赤外線カメラがベッドの人の動きを感知し、モニターに表示する仕組みで。
ベッドから離れた情報を知ることが出来ます。
誰々がベットに寝ました、起きました、別途を離れましたなどが別室のモニターに通知されます。

アルコ・イーエックスというIT企業が開発しています。

そこがGLITにある改良を持ちかけます。

「次に作ろうと思っているのが居室全体を見るもの。行動解析を行い、人が倒れているとか動かないという情報を親族やセキュリティ会社に連絡するなどの機能を考えている」

今まではベッドの監視でしたが、居室全体に広げたいという物でした。

畑違いの仕事です。

「コストとか普及するに当たっての課題があるが、普段工業製品というのは製品としてみられる機会が少ないのでやりがいがある」

さて、GLITですが、日立の下請けの町工場10社が集まって出来ている共同体です。

この道100年の老舗ねじ工場や、どんな形も作れる金属加工業、世界最小のバネを作る会社などがいます。

GLITとは革新的な技術でリードする団体という意味だそうです。

10社は全員畑違いの仕事をしています。
それがあつまり、営業も行い顧客開拓。
仕事が入ると得意分野に合わせて分業します。

チームを組んで1社では対応出来ない仕事も出来るようになりました。

そんなグリットに舞い込んだのが
病床見守りシステム
部屋のどこにいても感知できる装置でした。

「完成品を世に出すのは中小企業ではないから、それぞれの会社のモチベーションも上がる」

カバーの樹脂部分、内部の基板配置部分など得意分野に分かれれて開発開始します。

仕様用件は
「部屋全体見渡せるようにする」

その為に今まではベッドに向けて下部に設置されていたカメラを中央部分に配置します。

装置のベースが重要となります。

カメラや電子基板を載せるため複雑な形状が必要です。

カバーを受け持ったのは創和工業
日立の受注が6割で専門はプラスチック、アクリルの樹脂加工です。

カメラ、電子基板を配置するベース部分は大塚製作所

建設機械の工具の製造をしていて金属加工が得意です。
アルミニウムの塊から複雑のベースを削り出します。

かなり難しいそうで工場きっての技術者が担当します。

アルミ削り工具は、120本準備。
工具を削るポイントで使い分けけます。

アルミは削りやすいが、圧力・熱で変形します。
その為工具の回転スピードなどを細かく調整して慎重に削らなければならない職人技が必要です。

完成まで必要なのは10日以上。1箇所でも失敗したら1からやり直しという厳しい作業でした。

それでも3週間後見守り装置が出来上がります。

かなりの完成度。美しい代物でした。

「チームを組んで生き残る」という新たな道が見えてきました。


ドイツに打って出よう:GLITの挑戦

東京台東区河童橋で、食品サンプルを見つけたGLITの松木さん。
焼き鳥の食品サンプルを買っていました。何に使うんだろう…。

所変わってシュツットガルト

自動車発祥の地です。メルセデスベンツ、ポルシェが本拠地を構えます。
そんな自動車産業城下町にグリットがやってきました。

「グリットは製品で動いているのでドイツの企業とタイアップして世界で売れる物を作りたい。日本と独逸の融合が出来たら面白い」

グリットの海外展開を見据えていました。

そこで訪れたのが「ツェルトワンガー社」2003年創業社員60人という企業。

自動車部品の製造に欠かせない検査装置で技術力が評価されています。

こういう隠れたチャンピオン(分野における高シェア企業)の中小企業はドイツに1307社あるそうです。
アメリカは366。日本は220というんですから段違い。

「ツェルトワンガー社」はその中の1社です。

ドイツではGLITのように中小企業同士で集まって仕事をするのは普通だそうです。

そこに同じ取り組みをしていることをアピール。
「Win-Winを目指して」など必死でした。

相手も興味を持ってくれて仲間を紹介してくれることになりました。

ミュンヘンで勝負

ミュンヘンで開かれたエレクトロニカ2016という最新技術の展示会。
世界50ヶ国以上2913社が出展。

ここに出展し世界に向けて技術をアピールすることになりました。

超極細のサンプルや、世界最小クラスのバネなどを展示。

そこに先ほど触れた焼き鳥セットが置かれていました。

サンプルの横には、それぞれの技術で作られた焼き鳥サンプル

プラスチック製の焼き鳥は切削加工技術

アルミ製は2週間かかったそうです。

鋳物の焼き鳥なんかも。

これらを看板にするそうです。

早速興味を持つ技術者も。
「これはガラスで出来ているの?(プラスチックでした)高度な加工技術だね。簡単には作れない」

解る人には解るようです。

焼き鳥加工品を元に製品にも興味を持つ人も。

会社に持って帰りエンジニアに見せたいと、小さなバネかねじを持った男性。
スウェーデンで次世代眼鏡を開発していて、情報端末を兼ねた眼鏡に使いたいそうです。

他にも色々な技術力に釘付けになる人が多数。
評価は上々30社と連絡先を交換していました。

さらに、松木さん意外な行動に出ます。

日立のブースを訪ね日立の社員に声を掛けたのです。

「どうですドイツの業績?」
「全体的には良いんですけど、主に医療系なんです」

なんて会話をしていました。
下請けと親の関係なのに…という感じですが。

日立との関係をどう見ている?

「気まずくはない。今はパートナー。下請けという意識はない。あくまでも供給者と顧客の関係」
「コストで負ければ他に仕事を持って行かれる。魅力あればちゃんと仕事が来る」
「我々から技術提案することもある」

もう下請けという時代ではなくなってしまったようです。


まとめ

企業城下町の町工場は長い間城主である大企業だけを見てきた
競争相手が国内だけではなく国外に移る中、変化を求められている
彼らには大企業に鍛えられた高い技術力がある。これまでと違った形で生かせれば大企業にたよらずにチャンスを掴める
と締めくくられていました



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2016年11月23日

『巨大規制に挑む!【明かされるバター不足の闇】』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。
※ここに書かれていることはガイアの夜明けでやっていた事ですが「それが真実とは限りません」のでご注意を。
(ちょっと刺激的な内容だったので捕捉)

今日のガイアを3行で

バター不足は意図的に起こされている?
指定団体に逆らうと干される仕組みが出来上がっている
立ち向かう民間企業や若い酪農家の挑戦とは


バター不足は深刻

川崎市にある「箱根ベーカリー川崎アゼリア店」
一番人気はクロワッサンです。1つ220円とかなり高め。私には買えません。

焼きたてが次々と売れます。
「バターの香りが凄く美味しくて他の店とは違う」と、バターを沢山使っています

しかしある悩みを抱えていました。

「バターが足りていない」

前年の7割しか入ってきていないそうです。
看板商品のクロワッサンが一番バターを使います。
シートバターを織り込むそうで生地の1/4を占めます。

しかしバターを調達できておらずクロワッサン生産を減らさざるを得ません。

「物量も足りない中で価格も高騰。パン業界も菓子業界も頭を悩ませている」

勿論政府も手を打っています。

東京大井埠頭では、国内のバター不足に対応するために海外から調達(ニュージーランド産)
1万トンを緊急輸入しています。

しかし業務用バターしか輸入しません。家庭用ではありません。

北海道バター、よつ葉バター、雪印バター等々色々ありますが毎年品薄になります。
200gの小売価格は「434円」10年で4割上昇しました。

どうしてバターだけは不足するのか。

消費者の疑問です。


ガイアの半年密着で解ったバターの闇

バター不足の背後に何があるのか。
勿論、農協、そしてホクレンがいます。

ホクレンが宣ったのは。
「山のようにバターが置いてあったら買わない。どんどんなくなると消費者心理とすれば「またバター不足が起こる」と買い増しが起こる」

あえて品薄にしているぐらいの話。

そして出てくるのは「この制度を守らないと日本の酪農家が守れない」

農家の人と思われる男性は。
「農家じゃない組織を守っている。ちゃんとしないと農家がなくなる」と主張してましたが…

農協への不満が高まる中、規制改革が検討され始めます。

「食卓に十分なバターが届くよう抜本的改革を」と安倍首相

そして改革の鍵は、小泉進次郎が握ります。
「酪農基盤を守る。その為には農家を儲かるようにしなきゃならない。制度もチェックして見直して、そこをしっかりやる時期が来ている」

食生活に欠かせない乳製品。その裏で日本の酪農が抱える深い闇に迫ってました。

がんじがらめの現実…
民間企業の戦い。自由な取引を求めて立ちあがった生産者達のお話です。


生産者からバターまでの流れ

食生活に欠かせない牛乳バター

生産者からどうやって届く?

農家が生乳を絞る→指定団体(ホクレンなど)が買い取り

※買い取る量や金額は指定団体が決めています。

生乳→乳業メーカーに出荷して加工します(牛乳、バター、ヨーグルト)

スーパーを通じて手に届くという仕組み。
これは50年前に出来た制度です。

指定団体があることで、牛乳価格と酪農家の収入が安定

これが名目ですが…
指定団体を通さず売ろうとする動きが出ていました。

酪農が抱える大きな規制に挑み、新しい時代を築こうとしている人たちの動きです。


北海道浜中町での動き:鈴久名牧場

6月上旬北海道浜中町。基幹産業は酪農。

ハーゲンダッツの故郷

それだけ高い品質を誇る浜中町の生乳です。

鈴久名牧場

社長は鈴久名翼さん(36) 子牛まで入れて460頭飼育している大規模農家。浜中町でもトップクラスです。

原料を自ら栽培して作る餌が特徴。コーンなども入れていて甘みが出るのが一番の特徴だそうです。
ここの生乳もハーゲンダッツの原料となる生クリームになります。

毎日絞りたてを飲んで味をチェックすると乳脂肪分が多くて濃厚な味わいです。

高級アイスクリームになる生乳は高く売れるのでは?

価格は何も変わらない。
どこに出しても北海道で酪農をやる以上は変わらない。

要するに指定団体が買い取る価格はどんなに高品質でも変わらないのです。

指定団体は全国10箇所。全部農協管轄。

北海道はホクレンです。

ホクレンを通して乳業メーカーへ売られる訳ですが、浜中町みたいに高品質であっても指定団体を通すので他の地域と同じで差が付きません。

「こういうのが現実」と不満。

頑張っても意味が無いですからねぇ。

「指定団体に俺一人でどうのこうの言ってもしょうが無い。自分は自分で売り先を決めた方が確実」

そこに一人の男性がやってきました。


MMJ(ミルクマーケットジャパン)の挑戦

やってきたのはMMJ(ミルクマーケットジャパン)の茂木秀一さん(61)

生乳を買い取る民間の卸売業者です。
指定団体の買い取り価格に不満があったのでここに出荷先を変更することにしたのです。

1週間後MMJのタンクローリーが到着。鈴久名牧場から出荷されていきました。
浜中町からは初めてです。
年間5000トンの出荷を目標としていて買い取り価格は指定団体より10円ぐらい高いそうです。

MMJの生乳買い取り価格は100円/kg。2000万円以上の増収となります。

「買い入れ単価が指定団体より言いそれが内の一番のセールスポイント」
「経営をやっていくのにプラスになる」と茂木氏。

出荷先をMMJに買えるだけで農家の売り上げが大幅にアップすします。

MMJと契約しているのは全国で50件の農家。
MMJからは中小乳業が買い取り、製品にしてくれますが、取扱量は全国の1%です。

指定団体以外では唯一の全国展開している指定団体です。

群馬県伊勢崎市にMMJ本社があります。
一間だけの質素なオフィスに働いているのは従業員と社長の茂木さんの4人。

「初めて来た人は皆驚く。人件費設備などコストを減らすことで、指定団体より高い買い取り価格を実現している。立派な事務所で何十人も職員がいるのが誰のためになっているのか。これでもやっていけるというのを見て貰いたい」

以前は、酪農家から子牛を預かり育てていた摸擬さん
経営難で離農する人たちを見て、2002年にMMJ起ち上げました。

「うちに出荷することで農家の所得が増えるのは間違いない。農家が元気になれば後継者も入る従業員も増えて牛も増えて。そうなればバター不足は解消出来る」

大きな野望を持っていました。

バター不足に悩む箱根ベーカリーにやってきた茂木さん。
MMJを聞きつけた社長が助けを求めたのでした。

「バターをかき集めて何とかやっている状況。弊社も困っている」
「私どもで用意できるバターを使い少しでも足しにして貰えたら」

と、MMJで集めた生乳を集めてバターを作ろうとしていました。


バターを調達せよ

10月中旬北海道で、茂木さんは集めた生乳でバターを作る工場を探していました。

国産バターの9割が北海道で製造されています

道内には、明治、雪印、森永などの工場があちこちにあります。

北海道のとある町の小さなバター工場。
MMJの社長が担当者と話がしたいと面会の約束をしていました。

なので行ってみたは良いですが「門前払い」

酷い物です。話し合うつもりも全く無いようです。

群馬に戻ってからもあちこちの工場に問い合わせますがなしのつぶて。
どのメーカーもあってくれません。

ただの1社もMMJの牛乳は入れられない。指定団体以外の牛乳は入れたくないそうです。その理由が恐ろしいものでした。


山形県天童市富士乳業の悲劇

富士乳業は、東北の乳業メーカーです。
指定団体である東北生乳販連から生乳を仕入れていました。

しかしMMJと取引すると思わぬ自体が訪れます

・支払いを現金にしろ
・保証金を3ヶ月分詰んでくれ
・取引価格を大幅値上げ

次々に不利な契約変更を求め最後には

生乳供給停止

勿論経営が悪化します。

理由を聞いても「我々の都合」の一点張り。
理由を言いません。

ガイアの夜明けも取材を申し込みますが「個別の契約についてだから応じられない」とのこと。
結局流通を独占している指定団体が首根っこ捕まえていてどうにもならないということでした。

完全に脅しです。独禁法が適用されないとこういう事態になるんですねぇ。
独占って怖い。


生乳最強ホクレン農業協同組合連合会

国内の生乳5割。国産バターの9割の流通を握るホクレン。

国産バターの王者です。
9月下旬に開かれた酪農家とホクレンの意見交換会。

ホクレン職員から冒頭にも書きましたがこんな発言が。
「山のようにバターが置いてあったら買わない。無くなると消費者心理からすればバター不足が起こるとなり、買い増しという行為が起こる」

バター不足は意図的に起こされているようです。

会合に出席していた幹部ホクレン酪農部の部長 近藤部長

消費者の買い増しを誘っているかのように聞こえる。バター不足についてどう考えているのか?

消費者の心理としては物が沢山あれば焦っては買わない。
どんどん売れて無くなるぞとなればいるのかいらないのか解らないけど買ってしまう。
そういう消費者心理は解りますよね?

品薄にしたいということ? 品薄ぐらいが丁度良い?

安定供給が大事だと思うのでそういうことではない

ホクレンが目指すのは安定供給とのこと。

ならなぜ毎年のようにバター不足が発生するの?

ここで販売価格の話が出ます。
ホクレンが生乳を売る際、生乳販売価格が加工後の商品によって違います。

牛乳(飲用)は117円
バターは74円
ヨーグルトは87円
チーズは68円

飲用向けに売る方がバター向けより高く売れる

これを指摘すると「その通り」

飲用が優先されているという事実が分かります。

ただ「そのことだけではない。それも理由にあるがバターは輸入で対応が出来る

凄い台詞でましたね。

バターは輸入で対応しろよ。俺らは高く売れる牛乳向けに回す。

そういう動きをすることがバター不足の原因でした。

ただこの50年以上続いていた生乳の流通にメスを入れようとしているのが政府です。
改革案を纏める規制改革推進会議の方は。

国産バター不足はだれのせい?

「システム」

指定団体制度を止めようという事にも繋がる。
ホクレンは自分たちの儲けや、組合員に対する利益を最大化しようと行動する。
バターを増やすと損する
消費者が不足しているからと言って、バター用は増やさない。

臨機応変に市場に対応出来ない仕組みになっている


バター集め失敗

MMJの茂木さんがバターの調達を頼まれたベーカリーを訪れます。

22社に依頼したが全滅しました。

「お力になれず申し訳ない」と約束を守れなかった事を謝罪します。
「作る材料がなくて売れませんというわけにはいかない。問題はうちだけではなく困ってる店が沢山ある」とベーカリーの社長。

「ホクレンのやっている仕事の内容は生産者も消費者も無視したやり方だ」と憤る茂木氏。

ここを何とか突破しなくてはしょうがありません。

1週間後北海道の酪農地帯を訪れる茂木氏。

ここにバター工場を建設するために下見にきたのです。
どこも作ってくれないので自ら工場を建てることにした訳です。

MMJのバター工場は2年後に稼働の予定です。そしてバター不足の解消に乗り出しました。


農協や指定団体を通さないで牛乳を売る人たちの声

全国に38軒しかないそうです。

その牧場にインタビューしました。
北海道の沖田牧場
「牧場経営におけるゆとりのある黒字化をめざしたい」
「牛乳の行き先がはっきりしていて生産現場での士気の向上」というメリットがありますが

デメリットとして農協の牛乳の検査が受けられなくなったそうです。これもまた酷い。

北海道の三津橋牧場

「収支の改善」「全て自分で決定でき自立感」というメリットを感じています。

しかしデメリットとして、「資金調達」「経理作業が増えた」など。

生産者を守る為の指定団体の存在に疑問の声が出るほどです。

そんな中北海道の阿寒町である酪農家が自立へ動き出しましたが行く手に立ちはだかるのは巨大な壁でした。


5年前から酪農を始めた若者の挑戦(福田さん)

北海道釧路市阿寒町に5年前から酪農を始めた若者
福田貴仁さん(32)がいます。

「軽いのりで始めた」との話。

人材派遣会社で営業をしていたころ銀行員の奥さん結婚。
牛舎を買って酪農を開始しました。

スローライフを目指していましたがとんでもない状態に。

「聴くとやるとは大違い」
「外に牛がいて青草食べてノンビリ仕事をしているイメージだった」

えさやり、乳搾り、糞尿の片付け、50頭の牛の世話は大変です。
50頭は平均的な頭数だそうです。

労働時間は1日12時間。土日もありません。

3人の子供に恵まれ、養うため5年必死で働きました。

収入は?

リーマンよりは収入は上がった。ただその分労働時間は増えているのでどっちがいいのか正直分からない

収入はあがるようですがそれ以上に厳しいようです
そしてこんな事が。

酪農を初めて疑問に感じている事

何かを買っても売っても手数料がかかる。往復びんたみたい

農協手数料(月72,339円)ホクレン手数料(月22000円)
集乳費、酪農対策費などの手数料などで毎月支払額176808。
生乳販売手数料だけで年間200万円以上かかるという手数料の嵐でした。

牛乳は牛乳で手数料、餌や何かを買えば手数料、買っても売っても手数料がかかります。

そこにMMJが訪ねてきます。
2年前から酪農家仲間とMMJに出荷しようとしていました。

ただ近くの農家に声を掛けても「農協とは喧嘩したくない」とにべもなく。

「周りの人は僕の動きを見てからと言う感じ」と福田さん。

仲間のためにも自分が先陣を切りたいと考えていました。
MMJに出荷すると決めた頃から、売り上げ増加を目指し牛舎増設も考えていました。

MMJに出荷すれば事業を拡大できると考えていました。
「チャレンジしようと思ったのはMMJの存在。高く買ってくれるところがあれば出来るというのを見せたい」

MMJも応援態勢です。

しかし乗り越えなければいけない壁があります。

農協(JA阿寒)

福田さんはMMJに切り替える相談に行きました

組合長から出て来た言葉。
歓迎は出来ないな。行くのは個人の責任で行くのだからしょうがない。ただリスクは背負って貰うよ。

餌だけ購入の人と100%農協利用の人の差は付くよ

餌の値段を脅しの材料に使います

MMJに行くなら、えさ代値上げするとのこと。

「俺は餌を手数料込みで買っているよね」
「牛乳の出荷先を変えたらどうして餌の単価が変わるの?」

「当然。農協って全部が共同の力で回っている。餌の単価が他の組合員と同じとは行かない」

謎の論理が出て来ます。
餌を作っているのは農協ではなく農家が出資して作った株式会社阿寒TMRセンター。
農協から独立した組織です。

それなのに餌の値段が変わるのはおかしい話です。

MMJが高く買ってくれてもえさ代が上がるようなら意味が無くなります。
経費の半分を占めるのがえさ代。

値上げされると経営が成り立たなくなります

農協を裏切った場合に潰されるんじゃないか。
全てを握られている財布を握られている皆踏み出せない。

農協の支配の恐ろしさです。

しかし11月に事態は急展開します。

突如えさ代の値上げをしないと口頭で伝えてきたのでした。

阿寒農協の組合長に値上げしないことを確認します

「えさ代の変更の要求はない。そこで格差をつける理由はない」
と回答

「書面をで書いて下さい」と福田さん
「言った言わないという話になるから、お互い納得の上で書面で出しましょう」

大事ですね。これが一番大事です。

そしてもう一つ。こんな脅しもしてました。

農協にMMJに行きたいと話をしたら農協から借りている金を全部返せと言われた

組合長「常識的。全額返してから」と宣ったそうです。

凄い脅しですねぇ…

しかし金を全額返してからというのも撤回し、「金融機関の縛りもないと書面で書いて欲しい」という要望をして受け入れられたようです。

自由の取引への第一歩となりました。

テレビで言質取ってますし逃げられませんよ!

他にも脅しの材料は沢山もってそうですけどね。

「書面で出して貰えれば、MMJに出荷する事は僕も周りの農家も出来るんじゃないのかな」

と福田さんがんばりました。


政府の対策

11月7日政府も生乳流通改革へ乗り出します。

「生乳については指定団体に出荷する酪農家のみを補助対象とする仕組みは辞める」
「酪農家が販路を自由に選べ流通コストの削減と所得の向上が図れる公平な事業環境に変える」

農協以外の組織と自由に取引できる方針になりそうです。

福田さんも牧場に新しい牛舎を作る工事に着手。
来年早々に牛舎完成するそうです。
そして仲間と共にMMJへ出荷することになりました。

「農協にしか出荷できなかった。選択がなかった。自由になり生乳の取引が出来るようになれば可能性がもっと広がる
高く買って貰う以上いいものを生産して選ばれるよう努力しなければならない」


まとめ

たびたび起こるバター不足。背景に牛乳バターの生産を巡る規制がある。取材した酪農家達は守って貰いたいわけじゃなく、経営して自信をもって製品を出荷することを望んでいた。そうした人たちを後押しするような制度改革が求められている

と締めくくられていました


いや指定団体のやくざばりの追い込みっぷりに寒気がしました。
自分たちの利権を守るために必死なんですねぇ。

ただ解る部分もあります。

今年みたいに自然災害が大量発生したとき。
農家を助けてくれる仕組みを農協は持っています。
その分の手数料が必要なのは解ります。
「農家を支える」という重要な役目を果たしているのは事実

農協から抜けたらその恩恵が受けられないのは当然なのでリスクは増大します。
そこら辺が怖いですよね。
良い部分は生かしつつもしっかりとした制度改革をして欲しいなと願うばかりです。





人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 00:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2016年11月15日

『知られざる 美味い魚を届ける! 漁業を救う新手法』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

新しい魚の売り方について
サカナバッカの運営会社フーディソンの漁師と消費者を結びつける取り組みについて
くら寿司の、天然魚一隻買いという荒技について


サカナバッカとは?

東京目黒区などにある変わった鮮魚店サカナバッカ

陳列が独特で、変わった魚たちもいます。

どんなところが新しいスタイル?

全国の港から産地直送で仕入れている。
メニュー提案、食べ方、3枚下ろしまで無料。
珍しい魚に興味を持って貰うのが目的。

お薦めされた魚を江口さんが食べてましたが、グルメレポートは下手でした。

新しいスタイルの鮮魚店は、どんな可能性を秘めているか。


サカナバッカの挑戦

サカナバッカは都内に5店舗を展開しています。

外からも見えるようにした厨房は、刺身、煮たり焼いたりなどの加工が見れます。
あとは弁当も売っています。

町の新しい魚屋としてオープンして1年半。昼時には賑わいます。
さらにしっかりとさばいてくれます。

客の声は?
「鮮度が違う。最高」
「スーパーと一緒にしたらかわいそう」
「スーパーなんかじゃ買えない。ここで買ったら」


新潟県村上市岩船港の挑戦

新潟県村上市岩船港にサカナバッカからバイヤーが来ました。

産直事業部のい山田氏(41)取引先を開拓するのが仕事です。

岩船港ではどんな魚が水揚げされる?

ヤナギカレイ等々

夕方に競りが始まりますが、値が上がる競りじゃなくて売れなくて値が下がる競り

アジが800円 500円 300円・・・・

買い手が付かず値段が下がり高級魚のアカムツも買いたたかれています

漁師さんは。
「儲からさせて下さい。船がぼろだから直したり、機械直したりで金が出て行く一方」

漁港の片隅には、競りにも掛けられない魚が積まれていました。

「カナガシラ」

ホウボウの仲間です。これがいっぱい獲れるそうですが、値段が付かない魚です。

味は良いが骨が多くて人気が無いそうです。
売れないから沖で捨てて持ってこないことも。

これを仕入れることにしました。
サカナバッカでは産地で値段が付かない魚を買い付けて売ろうとしています。

「商売になれば漁師も儲かる」

日本漁業は瀕死です。漁師は高齢化、後継者もいません。
かつて1000万トン合った漁獲量は半分以下に。

そんな中新しい魚屋が仕掛ける戦略とは。もっともっと稼げる漁業が実現出来るのではないか

獲っても売れない産地を救う日本の漁業を変える挑戦を追いました。


サカナバッカの運営会社「フーディソン」

東京中央区勝どき。
サカナバッカの運営会社フーディソンがあります。
2013年創業で、新しい魚の流通の仕組みを作ろうとしています。

社員数100人ですが、水産業界未経験者だらけ。

菓子メーカーデザイン出身
カタログ通販のマーケティング出身などなど。

社長の山本氏は38歳。介護業界出身。

何故作ろうと?

秋刀魚漁師から聞いた話から始まった。
秋刀魚1kg10円〜30円で売ると聞いて、単純計算すると漁師の取り分は1尾1円とか。

スーパーだと100円で売っているがなんで?

それがきっかけだったそうです。


馴染みのない魚をどうやって売るか

新潟県村上市岩船港から今まで使われてなかったカナガシラ

まずは社内での会議です。
「家に持って帰ってさばいたけど、頭が堅くて骨が多くて」
「どういう飲食店をターゲットにしている?」
「洋食だと、カルパッチョなど、和食だと煮焼き…」

実はフーディソンは、サカナバッカだけではなく料理店などにも卸しています。

フーディソンが運営している鮮魚仕入れサイト:魚ポチ

ボタン1つで魚が来るという仲買人みたいなサイトです。

全国の港の新鮮な魚を1尾から届けます。首都圏飲食店5000軒が利用しているそうです。

水産業界は、市場仲買、物流などが間に入り手数料がかかる仕組みです。
フーディソンは産地と飲食、消費者を直接結びつけます。

そういうサイトで売る前にまずはサカナバッカで試験販売。
魚屋の従業員がまずは食べてみて味を確認。美味しいようです。

「脂がのっていて甘みがある」

値付けは1尾160円とお試し価格に設定して販売します。

フーディソンにとってどんな魚がうれるか生の反応を確認する場所がサカナバッカです。

置いているだけでは勿論売れない魚ですが、店員がお薦めすると飛ぶように売れます。

「お薦めされるままに。アクアパッツァにする」など客の声も。

見たことない魚でも信頼の魚屋が勧めてくれるからと買ってくれるそうです。

骨が多いというカナガシラも頼めば骨まで丁寧に取ってくれるそうです。

ラスト3尾は可愛い常連さんが買ってくれました。
サカナバッカに通ううちに魚好きになった少年でした。

カナガシラを知っているほどの魚好きになってました。

15時にはどの魚よりも早く売り切れまして早速報告。
好評だったので、魚ポチでも展開することになりました。


苦境の漁協を救う

サカナバッカを運営するフーディソンには漁港バイヤーが4人います。
その中で山田氏はIT企業出身です。

静岡地頭方漁港。朝の競りの時間なのに、人影がありません。
1ヶ月前までは競りをしていたが…隣の港と合併して競り場を閉鎖したそうです。

平成の初めでは2100合った漁協は、漁獲量が減り、漁師も減り962になりました。
1000を切ったのです。

「売り手側であるうちの会社だけが良くなれば良いというわけじゃ無い。そこだけを見ると自分たちの首を絞めている。皆がハッピーになるビジネスをしなければならない」

素晴らしいですね。
こういう会社が増えるといいんですけど。


三重県紀北町を売り込め

昔は「紀伊長島」と呼ばれた紀北町。
マグロや鰹の近海漁業で栄えて賑わっていました。
今では漁業関係者の数は7割減。

そこの漁業復活を目指す町役場から呼ばれました。

「折角質の良い物があるので、きちんと消費者に届けたい」

紀北町の魚を全国に広げるため、サカナバッカ、魚ポチを使いたいという相談でした。
そして「紀北もん」というブランド化を目指すことになりました。

「皆しらないぶん可能性はある地域」と山田氏。

しかし東京で売るには改善しなければならないことがありました。
漁船に乗ってみると、魚の扱いがかなりぞんざいだったのです。

締める事もなく、1匹でも多く釣るのが目的という感じになってしまっています。
売れないにも訳があるということでした。

一手間で鮮度を保てる時間が長くなり、評価にも繋がるのですが。

紀北町の魚をブランド化するには解って貰う必要があるので真摯に説明していました。

さらに紀北もんのラインナップには鮮魚以外も欲しいと街中を駆け巡ります。

仲買人の脇さんに協力を求め、

ウツボ
細かく刻み油で揚げて食べる

サメ
干物のようなもの

ヒロメ(海藻)
この地域だけで食べる。味噌汁に入れたりする綺麗な色をしている海藻

などなど見つけました。

そうして紀北もんの決起集会が開かれると漁業に携わる人が集まってきました。

「漁師が潤わないと町は潤わない」
「漁師が獲ってくれて初めて商売が出来る客に届く」と仲買人さん。

お互い語り合うことで大きな力が生まれることになりました。

サカナバッカ都立大学店

紀北町が乗り込んできました。お揃いのTシャツまでつくっています

「気にいらんのやったらかわんでええ」と強気なTシャツ。

昨日獲れた鮮魚を並べます。しっかりと締めてくれていました。

加工品の紀北もんは福袋にして1500円。

干物、ヒロメなどなどが入っていました。

東京初売りが開催。
売れ行き上々でした。持ってきた紀北もんはほぼ完売。

乗り込んできた紀北町の方は
「魚のまちやでな、やっていかないとな、生き残っていかないと。何とかして」

3ヶ月間取り組んできた山田氏

「都会の人はスーパーの魚しか見ていないので知らない。おいしさをちゃんと伝えるためには作っている人の思いとかを伝えていきたい」

産地と消費者を繋ぐ新しい魚屋の挑戦は始まったばかりです。


漁船一隻買い:くら寿司

福井県越前海岸沖2隻の船が漁場へでます。

午前3時12人の漁師が網を引きます。定置網漁船です。

この漁船1年間の水揚げをある企業が買っていました。くら寿司です。

天然魚1隻丸ごと買いプロジェクト。
リーダーは尾越氏40歳です。

定置網のため魚の種類は様々。巨大な太刀魚なんかもたまに獲れます。

「今日も明日も販売している商品は変わる。何が取れるか解らないから楽しみにして下さいと。やるのは大変だけどね」と尾越氏

午前5時。港に戻ると仕分け
「はまち」「石鯛」なんてのが獲れまして、送られていました。

この漁船は赤字続きで廃業寸前だったがくら寿司が全て買い取りをすることで、生き延びました。

「やっていけるかどうかのぎりぎりだった。経営側としては安心」
「パートナーとしてやっていく事でモチベーションも変わる。」と、漁船の関係者。

獲った魚はチャーター便を用意して、午前8時には福井を出発して3時間半で大阪に届きます。

くら寿司では、西日本を中心に国産天然魚寿司を販売しています。1皿100円です。

愛媛:オオニベ

徳島:タチウオ

福井:イシダイ、ウマヅラハギ

などなど変わったお寿司が。

天然物の寿司の評判は?

「おいしい」
「ボラ食べたことない。めちゃくちゃ美味しい」
「毎回メニューが新しいのはしょっちゅう来る人には楽しみ」

などなど上々です。

回転寿司は基本的に海外産、養殖物に頼っています。

たこはモーリタニア
サーモンはノルウェー
甘エビはグリーンランド

そんな中くら寿司は国産の天然物を増やそうとしていました。
その為に丸ごと1隻買いを始めました。


値段が上がるメジャー魚

マグロ、サーモンは消費量が急増
フランスではサーモンの価格高騰で、クリスマスシーズンに使うスモークサーモンが手に入らないなんて話が。

世界中で消費量が急増している事に起因しています。

2005年には660円/kgだったマグロ。2015年には940円。
サーモンは490円/kgでしたが770円と1.5倍になりました。

国産天然魚は200種類以上が流通していますが、1日5t以上取引されるメジャーな魚は15種類前後。

国産天然魚ごく一部しか流通していません。そこに目をつけたのはくら寿司でした。

注目したのは、シイラ、サワラ、ボラ

数は揃わない、知名度が低い、足が早いなどで、全国の流通には乗りません。
常識を打ち破り国産天然魚を届けようとする新たな取り組みが始まりました


半端な魚も売りさばきたい

福井市鷹巣漁港魚の仕分け作業をしていたが天然魚チームのリーダーは浮かぬ顔。

実はこの日獲れたのは店に送れない物が多かったのです。
サイズや量などの問題です。

アジは形が不揃いや小さすぎて刺身にしても中途半端使い勝手が悪い。
トビウオは羽があって加工しにくいと積み残されていました。

くら寿司が進めている天然魚プロジェクトですが全て商品化するのが課題でした。

そこで大阪貝塚市に総工費27億円かけて魚の加工場を作っていました。

手間のかかる魚も使えるようになり、天然魚市場も併設。
社運をかけた一大プロジェクトとなりました。

くら寿司の社長
「商売で成功しているところ川上から川下まで抑えている。単に末端で売っているだけでは限界がある」
「円安になると競り負けてしまうこともある。国内の魚を一定量捕ることが日本人として大事なことだと思う」

そういう重要な役目も持っていました。

福井市では尾越氏達が使い道のない魚の商品化に向けて試行錯誤です。

「責任を持って美味しく商品化するのが筋。」

捨てられているトビウオの羽をどうにか出来ないかと揚げてみましたが。

糞不味かったようで不採用。
「柔らかいのとぱりぱりとが気持ち悪い」最悪ですね。

商品化にはこういう失敗がつきものですからねぇ。

更には海の上でも困ったことが起きていました。

くら寿司バイヤー新井氏は、住み込んで漁師と一緒に網を引く毎日ですが

潮が速く網が揚げられない日が10日連続で続いていました。

漁師さんも
「ばくちやで。揚げてみて魚が入ってりゃ良いが入ってないこともある」

そこで新たな産地を開拓する必要性もでました。

また1隻買いの交渉というのも難しいようです。

福井県宇久漁港のとある定置網漁船の方に話を聞いて貰う事に。

「全量買い取りにチャレンジしているが…」
「時代が変わっているのは承知だが、地元の仲買人もいるし長年の付き合いだ」
と、昔からの付き合いを辞めてまで取引してくれるところは少ないです。

そんな中10月加工場が貝塚市にオープン。
120人体制で1日10トンの天然魚をさばくそうです。

刺身用の柵を獲った残り部分はすり身にして揚げかまぼこに。

扱いづらいサイズのアジは高温で揚げて。たれに絡めてごまで風味を出します。

加工場の完成から2週間で天然魚市場もオープンします。

回転寿司では使えない1品物、数が揃わない物も売ることが出来るようになりました。

社長も視察に訪れ「半額にしろ」と言い出してました。
ただその後に「利益だけは確保しろよ」と恐ろしい台詞をさらっと。
自分で安くしろといっておきながら…。

オープン初日は1時間以上前から待っていた人もいまして飛ぶように天然魚が売れました。

大物を買ったお客さん
「鮮度が落ちる。尼崎だと。中央市場通るから何日も経つ」と、鮮度の違いを見極めてました。

入店制限を掛けるほどの賑わいとなりました。

敷地内にはいけすもあり池の中の映像も見れます。
迫力ある魚の映像に近所の幼稚園児も大喜びでした。

回転寿司チェーンが仕掛けた天然魚プロジェクトは、九州や関東でも展開する予定です。

天然魚プロジェクトに関わる方は
「10年後にやっても意味が無い。今の段階でどれだけ早く手を打っておけるか。漁業者と繋がっておけるか。今じゃないと意味が無い」
と語っていました。


まとめ

魚を食べる文化が衰退すると日本の文化が衰退する。
その流れを変えようとする人がいる。
買い手である企業が漁師に働きかけをすることで活気づく
その結果消費者もより多く魚のの魅力を知る。お互いを元気にしていく取り組みが求められていく。と締めくくられていました。


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2016年11月08日

『攻める!日本のコメ』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

新しく生み出された最新米についてでした
精米技術で生まれたロウカット玄米という新しい米について
青森県産初特Aの青天の霹靂という新ブランドについて


北海道は「ゆめぴりか」

北海道深川市は、石狩平野最北部にあります。
9月下旬米の収穫が佳境を迎えていた。そこで育てているのは「ゆめぴりか」というブランド米。

食味ランキングで「特A」を6年連続獲得。

「食味ランキングの「特A」が北海道ではなかったが、ゆめぴりかは我々に希望を与えてくれた」

ゆめぴりかは北海道では人気です。
私は食べたことありません。高いから。

10月20日東京で北海道がイベントを仕掛けます。メディアを集めて大々的に新米発表会を開催。

CMにはマツコデラックスを起用しています。はるみちゃん(知事)もいったようです。

北海道が力を入れるのは、ライバルの存在があるから。

「新潟県は一番の米所として、歴史を持っている。付加価値を高める努力をもっとやらなくてはいけない」


米所1位:王者新潟は

都内の百貨店の客で賑わう食品売り場に現れたのは新潟知事泉田さん

新たなブランド米「新之助」で勝負を仕掛けていました。
魚沼産コシヒカリと同じぐらいのブランドにしようとしていました。

新潟が目指すのは国内ではなく「世界」
「国内の競争に目を奪われるのではなく、世界で評価される米」

スケールが違います。王者の風格ですね。


作付け3位の秋田県

新潟北海道についで3位の作付け秋田県。

主力品種はあきたこまちですが異変が起きていました。

昔は1俵2万円を超えていたが、今は1万1000円くらい。一番高い頃に比べると半分以下です。

農業試験場研究員が強い危機感を持っていました。
デビューから32年。あきたこまちに変わる新たなブランドをと。

デビューの目標は2022年で生産しています。


産地同士の競争とは別のところで大きな動きも。独自の技術で商品力を高める仕組みなどが出て来ています。

色々な産地の物を加工技術により付加価値を高める
今までに無かった戦略が出て来ました。

更には、特A米が増える中、味の差別化なども図られています。

「銀河のしずく」という新銘柄は、あっさり系
「さがびより」という新銘柄は、もっちり系など

インパクトのあるコメを開発して以下に生き残るかです。
米を巡る攻防、実りの秋に向けた負けられない戦いに密着したのが今日のガイアです。


東洋ライス:ロウカット玄米

和歌山市にある東洋ライス本社。

1961年精米器メーカーとして創業し、それ以来日本の米業界を技術で支えてきました。
90年代以降は米の加工事業に進出し、無洗米の技術も東洋ライスが発明したそうです。

技術開発をしているのが雜賀社長…和歌山…雜賀…

その社長が画期的な技術を開発していました。

精米器を通って出来たコメ…黄色い米でした。

ロウカット玄米

普通の玄米は糠層、ロウ層に包まれています。ロウ層が硬くて不味い感じを出しているそうです。
2つの層を一度に取り除き白米を作る訳ですが、4/1000mmのロウ層だけを取り除く技術を開発しました。

栄養価の高い糠層を残す玄米が出来るようになりました

白米と遜色無しの玄米です食べやすさに繋がるそうです。

ロウカット玄米は、玄米の栄養価と白米の食べやすさを両立させたいいとこ取りの米です。

それには美味しい米も必要となります。
新しい産地探しが始まります。

そこで目をつけたのは島根県安来市。

「非常に品質が良くてロウカット玄米にしたら面白い」

島根県安来市にはある地域がすぐ隣にあるそうです。

仁多米

「東の魚沼、西の仁多米」と言われているそうです。全く知りませんでした。

寒暖差のある気候と豊かな水資源で稲作が行われてきたそうでして、仁多米は高級米として評価されています。

東洋ライスはその隣にある安来に注目しました。
西谷地区標高300mにある農村地域です。

安来ではそこで稲作が行われています。
稲を育てる水辺には、オオサンショウウオもいるくらい水が綺麗な場所です。

東洋ライス担当者。そこで稲作農家を集めて話をします。

仁多米をどのように評価されている?

「全国的に有名すぎて、隣にいながら呆然としている」

という声が。
そこで新しい商品のロウカットを説明します
「玄米の栄養分を残したコメ、食べやすくて美味しい米」

今までに無い画期的技術であることをアピール。
「他の産地にも負けないくらいの商品というか、これからは健康志向。そこに地域のカラーというか、特性を入れる必要もある。健康という付加価値をつけて、安来のコメをブランドに育てよう」と提案しました。

島根県安来市の農協の買い取り価格表を見せてくれましたが、コシヒカリの1等米30kg6200円だそうです。

「コストを考えたら9000円くらいは…米の生産では農業は成り立たない」と、生産者。

東洋ライスと組むことで現状を変えたいと考えていました。


安来で美味しい米を育てろ

8月上旬。稲に花が咲いていました。
2時間ほどの短い命です。花が閉じると実が大きくなります。

この時期が一番重要だそうで、水温管理、水管理が重要だそうです。

温度の測定をして、どれくらいかを見ます。

水温の温度差が大きいほど美味しい米が出来ます。
昼夜の温度差が大きいほど良いそうで、標高の高い場所ではそれを水でやっているそうです。

最初はほったらかしだったため夕方と朝方の水温差は4.5℃でした。
そこで掛け流しを行ったりと対策を取ることで8.5℃まで水温差をつけました。

「今まではある程度ほったらかしでも美味い米が作れると自信を持っていたけど案外そうでもないんだなって」

こうした努力の積み重ねが、驚きの結果を生み出します。

粒が大きく穂がいっぱい付いていて、綿密な水温管理で丸丸と太った稲穂が出来上がりました。
東洋ライスと進めた取り組みが形になったのです。

10月21日東洋ライス本社(和歌山)

副社長がコメをチェックすると、粒張りも良いそうです。

機械による食味検査を行います。

おいしさを表す味度を点数化する機械です。
これで80点以上とれば誰もが美味しいと感じる米。

農業試験場、研究所で行われる指標検査です。

そこで86.8が出たのです。
誰が食べても美味しいと感じる80点を大幅に上回ったのでした。

85点超えは、東洋ライスで数百検体やっているそうですが、なかなか無いそうです。
今年1,2を争うくらいの数字とのこと。

その米を使いロウカット玄米の生産が始まります。

島根県安来市のスーパーでロウカット玄米が地元売り場に並びました。

試食して貰うと「普通のご飯より香ばしい」などと高評価。
試食した客の多くが買ってました。

東洋ライスが安来農家と手を組んだ取り組みは来年以降も続くそうです。

更に海外展開も。
10月下旬シンガポール

日本から輸入された雑穀米などが売り場に並びます。

「味じゃない 健康に良いから選ぶ」

と、シンガポールでは最近健康志向の米が人気を集めています。

理由は、とある新聞記事
「白米は甘い飲み物より糖尿病に悪い」

糖尿病患者が増える中、玄米などの健康食を推進していたのでした。

新嘉坡の中心にある国際会議場で開かれた「FoodJapan」
東南アジア最大の日本食の見本市1万人のバイヤーが来るそうです。

そこに東洋ライスも出展。
シンガポール、アジアの国々に安来のロウカット玄米を売り込みます。

カフェレストランチェーンの社員
「こんなに柔らかくて食べやすい玄米は初めて」

学校給食の米のバイヤーはサンプルを持ち帰り検討します
「子供達のために使いたい。保護者は健康に気を遣う」

3日間のイベントで21社と交渉することになりました。

東洋ライス担当者は
「独自技術の新しい米の力。海外での大きな可能性も見えてきた。海外の市場は絶対にある。市場を構築していくことは、農家が再生産していく為にに必須。我々の出来る事を農家と一緒になってやっていきたい」と語っていました。


2015年は46銘柄の特Aが

米食味ランキングというのがあります。
調査員が実際に試食して「味」「香り」「堅さ」「粘り」「外観」などで総合評価
特AからB'までを判定します。

北海道では「ふっくりんこ」「ゆめぴりか」「ななつぼし」
新潟では「コシヒカリ」が5産地入っています。

そんな感じで46銘柄。米の品質が上がり、特Aが増えているそうです。

そこに新たに青森県の「青天の霹靂」が加わったそうです。

青森県の初特A 青天の霹靂そのPRをおいました


青森米:青天の霹靂

パッケージもブルーと白でお洒落なお米。
加熱するブランド米市場に割って入ったのが青天の霹靂です。

青森県庁では業務時間にご飯をよそう職員が…食べるのかと思ったら写真を撮り始めます。

青森県庁ごはん部

青天の霹靂を売り出すために作られたチームでした。

10年掛けて作られたブランド米です。

「ふゆげしき」「まっしぐら」「こいむすび」「ひとめぼれ」などの強みを掛け合わせた米で昨年青森で初めての特Aを取りました。
程よい粘り、甘み、スッキリとした感じらしいです。

開発には近隣産地への焦りが。

「青森は北海道東北で唯一特A無かった。これからの米競争に勝ち抜くためブランド米。特Aを取らねば」

日本全国に溢れる特Aのなか後発組です。

他の新しい品種が出て来たときに「青天の霹靂」に注目して貰えるか。
注目して貰える活動をするのが目的の部署です。

ライバルとどう差別化するかに青森の未来がかかっていました。

8月下旬。ごはん部は青天の霹靂栽培の田んぼを訪ねていました。

田んぼの持ち主は工藤さん。青天の霹靂の開発から携わっていました。

「青森の米は一般の米としては最低ランクだった。特Aの米を目指してきた。特Aは夢でした」

その夢が叶い感無量という感じ。

この生産者の想いを受け止め、どう販売に結びつけるかが課題です。

青森県は、青天の霹靂を高める秘策を用意していました。

「人工衛星から写真を撮って、歯の色の具合で刈り取りがいつかを判断します」
という県の指導員が手にしている端末には、色の付いた地図が表示されていました

リモートセンシングという最新技術です。

人工衛星からの画像を分析色の違いで収穫期を予測するそうな。

隣り合っていても成長は違うようでそれにより収穫時期も判断します。
最新技術をライバルに先駆けて導入で、品質に差をつける狙いです。


県庁ごはん部は何をする?

一大消費地東京でイベントを仕掛ける事にしました。

敵を知るにはなんとやらと、色々な産地の特Aと食べ比べて自分たちの米の特徴を洗い出します。
すると「おかずと食べた方が霹靂はパワーを出す」ということに気づきます。

おかずと一緒に食べることで旨味を感じる事に気づいたそうです。
あっさり系の米という特徴からそうなんだろうなとは思いました。

東京のイベントでは、「一番美味しい状態で食べて欲しいのでおにぎりで出す」という方針が決まります。
おかずと合わせたおにぎりだと霹靂のおいしさが伝わると考えたのでした。

迎えた東京青山でのイベント。

ランニングマシンの上を走るとおにぎりを運んでくれるアトラクションなども用意しました。

青天の霹靂に合わせたおかずは、青森の地鶏、ほたて、きのこなどなど。

来場者にも大人気です。
「米が具を引き立たせて美味しい」
「バランスが良い。米が美味しいから海苔も美味しい味が美味く調和されている」

海苔って青森県産なのかな…
と、客の反応も上々

会場の盛り上がりが、人が人を呼ぶことになりアトラクションの行列が15分待ちになりました。

そして食べて気に入りお買い上げする家族連れも。

青天の霹靂完売していました。

大きな一歩を踏み出すことに。

「一歩抜け出るため他とは違うPRのやり方で青天の霹靂の全国的な知名度を上げたい。まだはじまったばかり」

と、ごはん部の担当者が語っていました。


まとめ

今、国内で米の消費が減る中生き残りをかけて各産地で新しい米が出来ていた。
無名米の産地と精米技術がタッグを組んだ新しい米。
未来を見いだすために作られた新銘柄の米。
こうして生み出された新しい米は海外の新たな市場を切り開く力にもなると締めくくられていました


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2016年11月01日

シリーズ働き方が変わる第15弾『女性の【チームワーク】が地方を変える!』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

地方の女性の力により生まれる新しい仕事について
コトリスラボというその道のプロの女性の集団が中小企業などの支援をして成果を上げていました
近藤ファームという女性だけの有機野菜農園が細かい要望にも応え人気となっていました

とある地方の人気店

静岡県沼津市にある流行の居酒屋串屋
焼き鳥が人気でオヤジ達が足繁く通います。しかし店内を見渡すと、女性客や家族連れの姿もあります。

彼女たちのお目当ては? 店のオリジナルスイーツ

ドーナツケーキ714円。アイスが乗っています。
レアチーズケーキ421円。甘酒がかかっています。

2年前からスイーツを充実させると女性客が急増したそうです。

「カフェで出て来そうで美味しい」と人気。

社長は土屋さん。女性です。父親の店を継いだそうです。
元々7割は男性客でしたが、女性客を取り込もうと考えたそうです。

スイーツ導入によりメニューも可愛らしくしたり。昼間にも使って貰おうとパンフレットも。
七五三、誕生日パーティー、法事などの需要を掘り起こしました。

これにより女性客が全体の半数になり売り上げ3割増加したそうです。

この裏には仕掛け人がいます。
静岡県三島市にある事務所コトリスラボ

女性専用のシェアオフィスです。

自分でビジネスをしたいという女性が利用料を払えば自由にオフィスとして使える施設です。

ここにいる、フリーのパティシエの女性が串屋のスイーツを作りました。
更にパンフレット作成はフリーのカメラマンの女性。
メニュー作成はグラフィックデザイナーの女性。
皆。子持ち女性です。

コトリスラボには専門技術を持つ女性が60人登録しています。
地方自治体、飲食店、中小企業などから仕事を請負い、最適なチームを組んで担当します。

コトリスラボを設立したのは寺田氏(33) 自身も子持ちの女性です。
以前はコンサルタント会社に勤務していたそうで色々な会社を見てきたそうです。

「子育て女性が働ける場所を作ろうと設立した。地方にも沢山働きたい女性がいる。」
「一人一人の力は弱くても、集合体としてハードルの厳しい仕事を皆で受注して助け合う組織を作れば成り立つと実感した」

この子育てママチームが地元で引っ張りだこだそうで、仕事の依頼80件。
着実に実績を上げているそうです。

コトリスラボの挑戦

これまで様々な企業から依頼を受けて成果を上げています。
無農薬の有機野菜を作っている企業から販路拡大依頼。

トマトのレアチーズやジャガイモのチーズケーキを作ったら発売すると即完売するほど売れたそうです

静岡県の炭素繊維などの工業繊維を作っている町工場。

一般向け製品を作りたいとビジネスバッグを作りました。
女性向け製品も作りたいとコトリスラボに依頼。
工業用のガラス繊維を使い、軽くて光沢感のある商品が出来ました。

そんなコトリスラボに新たな依頼が来ました。

創業50年の自動車部品下請け工場が一般向けに自社製品を開発したいという依頼でした。

三光ダイカスト工業所の挑戦(スチームパンク)

静岡県三島市にある三光ダイカスト工業所。
従業員120人。創業50年です。アルミでドアミラーを作っていて大手自動車メーカーに供給しています。

社長は3年前父親から受け継いだ三宅氏(女性)
メーカーの海外移転もあり売り上げ低迷し、30億円から15億円に下がった時期に交代となり、はっきりいって厳しいそうです。

「うちの技術を生かして、何か良い物が出来るなら挑戦したい」

と、コトリスラボを頼りました。
新しい事業の可能性を女性目線で探ろうとしました。

第1回会議。まずは顔合わせと言うことで緊張した面持ちで名刺交換。
コトリスラボの面々が工場見学を行います。

溶かしたアルミから部品を作る様子を見た女性。
見学を終えて、皆様の強みとかを引き出しながら、新しい物づくりをしていこうと話し合います

そこで出て来たのはスチームパンク

「今の波に乗れば注目度は高い、海外も日本もダブルも行ける」

スチームパンクとは産業革命の機械をモチーフにしたSFの世界。
ハウルの動く城もそんな感じだそうです。

私は知ってますけど、知らない人も多いですよね。メジャーではありません。

スチームパンクのファッションが一部で人気だそうでして。
歯車などを使ったアクセサリーは「一品物」が多く結構な価格だそうです。

コトリスラボの女性は、工場で作っていた部品を見てアクセサリ作りを提案したそうです。

でもまぁ…絶対アクセサリだと思いました…
うん。女性ってそうだもん。金属見るとそっち方向で考えますよね。

いや、悪いというわけじゃなくて、そこにどれだけの市場があるかと言えば…
経営に影響するほどじゃないでしょう。スチームパンクは「一品物」だからいいんですし。

それはさておき。
今回のスチームパンクの提案に可能性を見ているそうです。
「海外の方がファンが多い。スチームパンクと言えば入り解する人も多い」
「三光ダイカスト工業所を知らなかった人がファンになり応援してくれる」

今回のプロジェクトの要の女性はイラストレーターの小泉氏。
1人の子持ちで出産を控えていました。

イラストを描き、皆さんのコスチュームをデザイン方向性を考えていました。
職人にスチームパンクを掴んで貰うためのイラストです。

三光ダイカスト工業所。第二回会議

そのイメージを提案します。

「アクセサリ作り」が本格的に始まります。

ドリルで穴あを開けた削りくずや使わなくなった部品などを使えば作れると提案。

工場長もイメージが固まったからやりやすくなった。
作りにしても何を作れば良いか解らなかった。

と、アクセサリを作る廃材集めが始まりました。

ただ三光の中は一枚岩じゃなく、反対する人もいます。

今井取締役

「聴いたけど、言葉自体初めてでどういう物かも分からない。作り方自体全然違う。この事業について説明して欲しい」と寺田氏を呼び出しました。

その会議で
「子育てママというフィルターを辞めて、成功させるためにやるのであればマイナス意見は辞めてほしい」
と必死に訴えます。

ただ
「私どもの仕事は、計画を立て目標立ててそこに向かっていくが、その辺の方向性が見えないのが不安」

まさに全くその通り。計画無き実行は失敗だけです。
1時間話し合ったが、説得には至りませんでしたが10月に開催するスチームパンクイベントへの出店は認めて貰いました。

職人達も自分なりにイメージを膨らませつつアクセサリ作成をしていました。

そこで生み出されたのは、廃材で作ったアクセサリ。
ネクタイピンやネックレス、髪留めなど。

元々器用な人は多いです。

そしてコスプレコスチュームも披露します

え、えぇぇ…。あ、はい。

イラストを元に廃材を元に作ったそうです。
まぁ、女性達は「かわいい」とキャッキャやってました。

他にも、コトリスラボの映像ディレクターがPRビデオを作成。
WEBデザイナーがオリジナルのロゴと写真を組み合わせてHPを作ったりと広告宣伝の商材を作ってました。

そして東京新宿区歌舞伎町で開かれるスチームパンクイベントに出展します。
来場者23000人という、最大級のイベントだそうでして意外にも若い女性が多いそうです。

三光ダイカストブースもしっかりと。

タイピンは6000円、ネックレスは5000円などなど。販売していました。

結構なお値段で…

それでもガラクタを小瓶に詰めたネックレス6000円なんかも売れまして、手作りのアクセサリが面白いように売れてました。

「アルミ部品の企業が、奇抜なお洒落な物W作るとは思わなかったので購入した」とお客さん。

外国人も来ていまして、ピアスなどをお買い上げしていました。
「娘のために買いましたとても綺麗だった」

スチームパンクは海外でも人気がある事が解りました。

今井取締役も一応、スチームパンクの人気を見に来たそうでして。
会社の人に見つかってブースに連れ込まれました。
社員のコスプレに苦笑いしてました。

「こういう物が人気だと知らなかったのでそういう部分ではビックリ。下請けの仕事だけだと行き詰まりになるので。違う分野を探すのも良いかなと」

そういうきっかけにはなったようです。
老舗の町工場に変化があったのかも知れません。

といってもどう考えても事業規模には見合わないんだよなぁ…
ガイアを見て久しいですが珍しく個人的には納得できない案件でした。
いや、なんか遊んでいるようにしか見えなかった。

コトリスラボの寺田氏はどう評価したのか。
「私たち自身が子育ても仕事も両方諦めたくない。助け合うことで高いレベルに到達したい。」
「社内だけでは解決しきれなくて悩みを抱える企業。両方の課題を一緒に解決できる。これからも拡大するのでは」

近藤ファームの有機野菜

東京駅前のレストラン「MUSMUS」一番の売りが、旬の野菜のせいろ蒸しです。
「野菜そのものの姿と味で絶品」
3種類のニンジン、赤オクラ、トロンボーンかぼちゃなんてものも。

これらは三重県鈴鹿市の「近藤ファーム」から仕入れているそうです。
女性ばかりの農家です。

女性の目線でいろ味がカラフルで、綺麗な可愛い野菜を作っています。

有機野菜を栽培する女性だけの農園
近藤けいこナチュラルベジタブル
近藤さん(56)女性が経営しています

全国の有名レストランから毎日注文が入るそうです。

植えている野菜は今の季節だけで250種類を栽培
一つの畝にも数種類あったり、細かく分けて栽培するのは珍しいそうです。

農園の面積は2ヘクタールで一般農家と変わりませんが年間で500種類以上の野菜を栽培しているそうです。
かぼちゃだけで8種類とか、なすも色形様々です。

そこに東京のシェフから注文が。

掘り出したのは小さな赤カブ…500円玉と比べています。

「それぞれシェフにより使いたい大きさがある」

と、500円玉サイズが欲しいと言う注文にも応えます。

細かな注文にも対応するのが人気の秘密。

指の爪くらいのサイズのオクラとか。
胡瓜の赤ちゃんとか。

種類色サイズ、様々な要望に応える近藤ファームです。

この常識破りの方法が何故可能なのか

昔から農業をやってた人とかJAとかだt同じ物を大量にと言う規格を求められて作っていた
素人主婦から始めたから潜在的に意識に入っていないのかも知れない

近藤さんは34年前に嫁いできました。
農業を営んでいた義理の両親がリタイア。夫は会社勤めなので近藤さんが農地を引き継ぎます。

そこで近所の主婦と一緒に農業をやりたいと考えたそうです。

「旦那が会社に勤めて奥さんが家で専業主婦とか。子供が小さく家にいる人もいるので、空いた時間を利用して女性でも何か出来ないかと始めた」

午前9時に主婦が出勤してきます。
今は15人の女性が勤務しているそうで最年長は84歳のばーちゃんです。

勿論主婦が働きやすい環境を作りました。

子育て、家庭の都合に合わせてシフト調整。
9時から12時まで月曜〜水曜まで。
週に3日から4日くらいとか。3人目を身ごもる主婦もいます。

収穫のお仕事は、欲しい大きさの物を探さないとなりません。

土の表面を掘って一本一本育て具合を見ていきます。
この丁寧な作業がここの特徴。

小さくて細いニンジンの注文は20本収穫するのに1時間かかりました。
収穫の合間には雑草も取る作業をついでに。
無農薬には欠かせない作業です。

働いている女性は
「畑仕事は楽しい。土を触るのが好き。収穫も楽しいし丁度見つかったときが嬉しい。宝探しみたい」

身ごもっている主婦なので、皆が心配して休んだ方が良いなどと進めてくれます。
子育て先輩主婦が自然に気遣ってくれるそうです。

「子供が熱出すこともあるけど、ここの人は嫌な顔するどころか、心配をしてくれる」

洗い場だけを専門で担当する女性もいます。
丁寧な仕事ぶりが特徴です。

野菜を大切に使う姿勢が信頼を得る理由だそうで86軒のレストランと直接契約しているそうです。

売上高3000万円と創業したときの10倍になりました。

働いている女性
「鈴鹿に来て奥さんになり子供が生まれ親になった。家にいればそれだけ。」
「子供の親で夫の奥さんで、義理の両親の嫁でその存在だけで自分でなくなる」
「青空の下で野菜を見るだけでリフレッシュできるしここの人たちに囲まれているのがエネルギーになる」

ストレス解消の場所でもあるのかも知れません

10月中旬には冬に向けた種まきが開始。
13種類の冬野菜の種がまかれていました。

近藤ファームでは毎年新たな野菜に挑戦し美味しい野菜を見つけるため海外に行くこともあるそうです。

畑の一角には今年の新作のカルドン。

セロリみたいなイタリア原産の野菜です。

しゃきしゃきの野菜です。新しい野菜は、まずスタッフの主婦が家で調理してみるそうです。

生で食べると苦みがある野菜。
色々な調味料で炒めるとごま油より、バターだとまろやかな味になるそうですが…

色々な調理法を試し、グラタンやオムレツにすると食べやすくなるそうです。

「シェフに勧められるかも」となり売り物に。

主婦達が美味しいと思った野菜だけを販売するそうでして納得しないと栽培を辞める事もあるそうです。

そこに主婦の一人がダウンするという事態が発生しました。
すると即座にヘルプに来くる人が。
近藤さんのピンチヒッターに駆けつけた主婦。
安藤さん。普段土曜だけの勤務ですが、ピンチには来てくれるようです。

「ここがやっていけるのは皆のおかげ」

女性達が力を合わせ補い合うことで人気の農園となりました。

近藤さんの夢は広がります
「これからの夢は、農家カフェとか加工品の方にも広げていって、雇用でたくさんの人が集まって貰えるような場所作りを考えている。皆が元気に働いてくれるとパワーとなり私たちも元気になる」

まとめ

女性達がチームを作ることで新たな仕事生み出す。そんな働きが地方で始まっていることが解った
女性同士が助け合いながら働ける仕組みがあれば魅力的。ただ男性側の理解と協力も必要。

そうした動きが広がれば地方が活力を取り戻すことに繋がる

と締めくくられていました。

今日は珍しくなんかピンとこない感じでした。
どちらもビジネスというよりは趣味を拡大した感じに思えたんですよね…。
否定するわけじゃなくて面白いとは思うんですけど、面白い以上は行かない感じでした。

人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2016年10月25日

『医療現場を救う!町工場の【技】』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

最近注目されている医工連携についてが今日のガイア
ビック・ツールは医療用ドリルの開発を行い素晴らしい性能を持つドリルを作りました
入江工研は点滴100年の常識を打ち破る点滴ポンプを開発していました

月光ドリル

大阪府高槻市高槻病院。
高齢化が進む中近年増えている手術が人工関節手術。
ドリルのような医療機器がよく使われるそうです。

年間360件手術をしている医者でも「今のドリルは使いにくい」と語ります。

「切れないとか、入らないとか、ここに入れたいけど滑ったり正確に当てたいと思ってもずれてしまったら間違ったところに入ってしまう」

そこに訪ねてきたドリルメーカー。開発中の新しいドリルを持ってきました。

まずは従来のドリルで模型に穴を開けますが、斜め方向だと骨の表面で滑り入りません。
実際の手術でもよくあることだそうです。
そんなときはまず垂直にドリルを当てて削り始めたところで斜めに倒すそうです

「変に倒しすぎたらドリルが折れる」というリスクもあるそうです。

しかし、開発中ドリルは斜めでもさくっと入っていきました。

「これすごいね」

と、皆が実感する凄さ。新型ドリルに、医師達は興味津々でした。

これを開発したのは鳥取日吉津村「ビックツール」です。
創業36年従業員60人の中小企業。

工業用ドリルを製造販売している企業で「月光ドリル」が主力商品です。

特徴は先端部分の三日月切れ込み。名前の由来です。
従来のドリルにはない形状で特許を取得。
三日月の切れ込みは、小さな溝。先端部分に小さなスコップが付いているような感じらしく、それで掻き起こせるのが特徴。

切れ味が抜群です。

月光ドリルを使い出した町工場では、厚さ6mmのステンレスに穴を開ける作業で使っていました。
従来のドリルと比べると穴を開ける早さが2倍になったそうで作業効率が大幅にアップしました。

従来ドリルだと切り屑がバラバラに飛び散るが、切り屑が繋がって出てくるそうで綺麗に削り取られている証拠。

「何で今まで月光ドリルのことを知らなかったんだろうと結構衝撃を受けた」
と工場の人。

その月光ドリルを歯の治療でも使いたいという依頼が来ました。

町工場で生まれた技術が医療の現場を買える医師と患者を救えるのか

医工連携

千葉県の町工場では、世界最小の針付き縫合糸が作られています。
太さ0.03mmという小ささだそうです。

透明なシリコンで作られた心臓模型「ハートロイド」
心筋梗塞などの手術トレーニングに作られたそうで、自動車部品を作る横浜市「JMC」というメーカーが得意の3Dプリンターを駆使して作成したそうです。

こんな風に「医工連携」という物づくりの現場と医療の連携が現在注目されているそうです。

画期的医療機器を開発しようとする町工場の挑戦を追ったのが今日のガイアです。

歯科医+月光ドリル(ビック・ツール)

大阪市尾崎クリニックという歯医者。
歯のインプラント治療で定評があるそうです。
歯科インプラントはあごの骨に穴を開けて人工歯根を埋め込む手術。
一番大切なのは、正確な位置正確な深さにインプラントを入れる事です。

インプラント手術に使うドリルですが、従来の物は発熱が大きいようです。
発熱が大きいと、骨壊死に繋がるそうでして水を掛けながらドリルを使うそうですが見えにくくなり時間がかかるそうです。
患者に負担を掛けないためにも新たなドリルの開発を望んでいました。

「発熱を抑えることの出来る画期的なドリルが一番欲しい」

3月日吉津村のビック・ツール。
月光ドリルの産みの親開発担当は手嶋さん(42歳)

手嶋さん、整形外科用に続き歯科用の開発に携わることに。
摩擦熱を従来ドリルよりも抑えるという難しい課題です。

更に工業用、整形外科用、歯科用とドリルもだんだん小さくなります。

手嶋さんにとっても大きな挑戦「究極のドリル」の開発です。

過去に試作した取りの設計図、先端角度などを参考に設計していきます。

更には精度の高いデータが求められるため鳥取県産業技術センターに試作品を持ち込み計測をします。

従来ドリル:39.1℃まで上昇
試作ドリル:29.9℃

従来よりも10℃近く低いですが満足しませんでした。

「水を完全に使わなくて良いように抑えたい」

そこで目をつけたのは、ドリルの回転スピードでした。

「回転数を500回転に…」

回転数を下げると摩擦熱は下がりますが骨を削る時間が長くなります。
その為、500回転以下でも削る速度を落とさないという技術が必要となります。

ドリルの形状から見直し、先端を鋭くしてねじれ角を強くするなど。
コンマ単位で角度を変える事で、削りかすをすぐだし熱を早く逃がせるようにしました。

設計半年。2ヶ月で60本以上試作品を作りました。

手嶋さん
「ドリルな好きなわけではない。客、先生に喜んで貰うのがただ嬉しい。何とかしましょう。今の医療用ドリルの問題を解決しましょうとそういう思いでやっている」

こう世間に喜んで貰えるってのは技術者にとって大きな喜びですからねぇ。

早速完成品を持ち尾崎クリニックへ。
尾崎院長に試して貰います。

歯科用ドリルは通常1200回転以上だが、500回転を指定します。

「すごいね。いいですね。吸い込まれるような感じ。切れ味が良いと言うことは、熱を発生させないことに繋がる」
「回している時間押している時間が長いと骨壊死を起こす」

と、大絶賛。
回転数を落としても鋭い切れ味でした。
これで従来のように水で冷やす必要も無くなり使いやすさが増します。

すぐに実用化とは行きませんが急ぐようです。

東京新宿で行われた日本骨折治療学会、4000人以上の整形外科医が参加しているそうです。
そこには医療機器メーカーがブースを出店していましてその多くが海外メーカーです。

その中にビック・ツールの手嶋さんもいました。

月光ドリル(整形外科用)を売り込んでいました。

手にとって試して貰うと皆感動しているようです。

「これが出てくると、差ががハッキリしているから、あっという間に全部これになるのではないか」と太鼓判です。

整形外科用月光ドリルは10月に医療機器として登録されたそうで販売開始されたようです。

今後は、国内だけでなく海外販売も目指すようです。

「我々は決して大きい企業ではない。ただそういう企業でも物づくりの精神と技があれば世界を制するんだと示したい」
と、手嶋さんが熱く語っていました。

点滴の仕組みを変えろ:入江工研の挑戦

川崎市に現在の医療機器に課題を感じる人がいました。
訪問診療を行う医師渡邊さん

とある老婆の診療に訪れましたが、脱水症状があるそうで点滴が必要に。
しかし点滴をつるせそうな場所がありません
応急処置として蛍光灯の紐にぶら下げるという荒技に。
ただ訪問診療ではよくあることだそうです。

吊すのは辞めたいという想いがありました。
「点滴がばあちゃんの元気に繋がっているのか。拘束しているだけかも知れないと違和感を感じる」

病院の中でも点滴は不便です。
身長以上の点滴スタンドを持って歩かなければなりません。転ばないように注意が必要です。
点滴スタンドが倒れて事故が起こる例も少なくありません。

これを変える技術の開発が行われていました。

吊さず持ち歩ける点滴が理想

その思いを受け取り組むのが入江工研でした。

「事業として取り組むが患者のためにも貢献出来る前向きに進めたい」

埼玉川越市にある入江工研。50年の歴史があり190名の従業員がいます。

大型の真空バルブで国内シェア6割という知る人ぞ知る企業。
液晶パネルの製造ラインで使われる特殊技術だそうです。

この真空技術を点滴に生かすアイデアを思いついていました。

注射器は、先端を塞いでひっぱると真空状態になりピストンを話すと元に戻ります。

この仕組みを利用して点滴ポンプを作るそうです。

ポンプの中に真空を作り、点滴バッグをセット空気を送り込むとピストンが動き輸液を送り出すという仕組み。
正確に動かすには絶対空気を漏らさない密封が必要でした。

「手探り状態の中で何か形に出来るのは達成感。実現出来れば」と語る技術者。

アクリルなどプラスチックを加工している町工場に部品作りを依頼します。

工場の人に設計図を見せると
「加工上の問題もあるし、当初予想した性能が得られるか。心配しているのはまっすぐ上がらなかったら止まっちゃうんじゃないか」

と、不安もあるようです。
あくまで試作だが、医師や患者の期待に応えるにも失敗は出来ないと気合い入れて製造開始。

アクリル樹脂の塊を削ります。2時間かけ容器の形ができあがりますが、削り出した部分には目に見えない凹凸があります。
密閉性が重要な点滴ポンプ小さな凹凸でも空気が漏れます。

そこで職人歴55年の職人の出番です。研磨剤を使い丁寧に仕上げると透けて見えるほど凹凸がなくなりました。

「加工させて貰って患者にとって便利になれば私たちも作る甲斐あって誇りに思う」

こうしてあちこちに依頼した部品が入江工研に集まります。

なぜこのような物を作ろうと考えたかと言えば2008年のリーマンショックです。
「通常の売り上げに対して1/3になり厳しい状況に。そこで景気の影響を受けにくい事業をやっていこうと考えた」

組み立てが終わり容器にピストンを装着します。
ポンプに空気を取り込むつまみは、回したら流量調整が出来ます。
取り込む空気の量を調整しピストン動く速度をコントロールします。

試作品が組み上がります。
点滴のバッグを容器に入れてテスト開始。水滴が落ちれば成功ですが…

水が途中で止まります。
ポンプが1ミリも上昇しないという事態に。

どうやらパッキンをつけると抵抗が大きすぎて、押し出せなくなったようです。
パッキンを少し切り取り抵抗を弱めると出るようになりました。

第一段階はクリア

医療用点滴として使う為には、水滴速度の微妙な調整が必要です。

1分間に8ccのチャレンジも上手く行ったようです。
順調に動いてホッと一安心。

そして完成品を店に行きます。

「点滴を吊す概念を変えるのは凄い」とお医者さん。
周囲のスタッフも興味を持ちますが…「重すぎる」という不満が早速出ます。

「もっと軽くなったら患者の自由度が上がるかな」

患者自身が持ち歩くには課題が大きいようでした。
しかし次のアイデアを考えていて…完全に覆うタイプではなくて…とまだ企業秘密。

今より持ち歩きやすくなり重さも半分程度なるそうです。

まだ超えなければならない課題が多いポンプですが、100年の常識を打ち破るため開発を続けて行くそうです。

「製品化を前提とした施策を次のステップでやっていく。改めてここからがスタートという気持ちで進めていきたい」

まとめ

医療機器の開発は今国の成長戦略の大きな柱。
ガイアでは、ドリルと斬新な点滴を開発する現場を取材した。
中小の物づくり企業にとっては大きなチャンス。
医療技術が進化することは私たちにとっても関心事。
医療の現場と物づくりの現場の連携に注目して行きたい。

と、締めくくられていました。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想

人気ブログランキングへ