2017年08月15日

『ふるさと職人の逆襲』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 若者の力と職人の力が融合して新しい物を生み出す挑戦について
  • 播州織を救うために新たなストール開発が行われていました
  • 鯖江の伝統工芸を生かした弁当箱が開発されていました


播州織

兵庫県西脇市に町の至る所に三角屋根の工場。
そこにはロール状の白い糸が運ばれます。

先染織物

糸を染めてから織り上げる生地の工場でした。

100種類の染料を日々組み合わせて新たな色を生み出しています。
15万食以上の糸の色があります

先染め綿織物の日本一の産地が、兵庫県西脇市でした。

播州織と呼ばれ200年以上の歴史を誇ります

しかし
「最悪やね。なすすべが無しって感じ」

播州織は産地存亡の危機にありました。

そこにやってきたバス。お洒落な若者達が乗っていました。
東京でファッションを学ぶ学生でした。播州織りの工場見学にやってきたのです。

「こういう仕事があるというのが分かり面白かった」
「仕事をしながら、自分の夢に頑張れる場所がある」

全国から集結する若者。13人の若者が移住してきたそうです。

衰退する町に何故やってきた?

低迷に喘ぐ地方の伝統産業に飛び込んだ若きよそ者達のお話です。


播州織を救う人材?

ストライプやチェック柄が有名。

播州織は、バーバリーブルックスブラザーズにも使われてきた。
アルマーニ、ダンヒル、ギャップ…などなど。

80年代には生産した8割を輸出していましたが、円高などの影響で生産がアジアの新興国に移り、生産金額はピークの1/4以下。
存亡の危機に。そんな播州織の西脇市ではかつて無い取り組みが行われていた

東京渋谷区にある文化服装学院。
94年の名門の学校です。

そうそうたる人材を輩出してきた
デザイナーの山本耀司、コシノジュンコも排出しています。

そこにやってきた西脇市の市長片山さん
学生の卒業後の移住を促進していました。
市長自らPRです。

切実な思いがありました。
「いままで下請けに特化していた。オリジナルを出さないと、生き残れない」
「若い子達に来て貰い、生地からオリジナリティが発揮できる物づくりがして貰えないか」

兵庫県西脇市、播州織の「播」という会社。
従業員25人の会社に東京から1人の若者が入社しました。

鬼塚さん(25)

文化服装学院の学生で、会社にとっては初めてのデザイナーです。
就職のきっかけは、片山市長との出会いでした、

「どんどん盛り上げていくんだという市長の熱い話を聞いて、これはチャンスかも」

西脇市では、2年前からデザイナーを育成する取り組みを始めました。
播州織りの企業に若者が就職したら1ヶ月最大15万円の支援が行われます(3年)



「有名ブランドの生地を手がけてきたが、その名が商品にのることは無い。播州織のオリジナル商品を開発して貰いブランド力を高めたい」という想いがありました。

若者もチャンスをいち早く掴めるメリットがありました。


播州織:新しい商品開発

「播」の副社長の藤井さん、鬼塚さんを呼び出します。

「播州織りとわかって着けて欲しい。この地区で織っている商品だと広めたい」

と、オリジナルストールのデザインを任せました。

そこで鬼塚さんかねてから考えていたことを提案します。

「100単を使いたい」

100番単糸

かるくて肌触りがいいが、切れやすく扱いにくい糸でした。

「西脇の技術的の限界の所一番難しい。日本で一番軽くて柔らかい先染織物に!」

さらに染色すると切れやすくなるという特徴…播州織で使われることは殆どありません。
それをあえて使う事で、商品の売りにします。

「播州織りは大量生産。いかに作りやすく作るか、簡単に作るかという流れ。それが逆。普通に僕らが浮かばない発想」
副社長も感心していました。

了承を取り付けて、デザインにとりかかります。

播州織は縦糸と横糸を組み合わせて柄を作ります。

縦横それぞれデザインを分けて作ります。

縦糸デザインは「むっちゃ嫌がられるパターン」
糸だけで無く、デザインも型破りでした。


仕事を引き受けてくれた工場に向かう鬼塚さん。

「非常に大変な奴をお願いしてしまって」と職人さんに恐縮しきり。

「やるしかない」と縦糸の職人の平山さん(68)
大ベテランでも今回の仕事を引き受けるのは二の足を踏んだそうです。

「大分頭使う。間違えたらあかん。糸一本でも間違えたら責任」

普通はストライプ、チェックなど同じパターンを繰り返すシンプルパターンが多いいです。
しかし鬼塚さんのデザインは、ピンクから水色へと色が変わるグラデーション
グラデーションは色の付いた感覚を狭めていき作ります。

糸の配列指示書を、整経機にセットしていきます。

縦糸6900本を間違えなくセットしなければなりません。

ここで熟練の技が光ります。縦糸を結びつけていく作業…さっとねじるだけで糸を繋いでいました。
しかし手作業という地道な仕事です。

結び追えたら巻き取りが始まりますが

「ようきれまっせ」

切れて止まる機械。100単でのグラデーションの難しさです。

完成まで気の遠くなる作業が続きました。

そして鬼塚さんは次の工程へ。

織物工場へ。そこのベテラン職人森本さん(57)
機織り職人です。

並べた縦糸に横糸をいれて生地を完成させる作業をします。

そこで切り出したのは

「細い糸を使いたい。森本さんにお願いできないかと」
「何番ぐらい?」
「100単」
「非常に難しい糸」

100単…恐ろしい。

数日後…横糸のデザインを渡すと険しい表情になる森本さん。

「えらいもん作るわ」

縦糸はグラデーション、横糸はストライプというデザインです。

横糸6342本という…

これを何色をどんな順番で並べるかを入力しなければならない訳です。

思わず皮肉がでます。

「ほんま気持ちええわ。やりがいがあるわ」

鬼塚さんも会社に戻り行っていたのは、横糸のデータ入力でした。
森本さんの負担を減らそうとしていました。

大変なデザインをしたという気持ちはある?

どうかな。ここまでやらないと他と戦えない。

そして縦糸が完成。
機織りが開始となります。

手にクリームを塗る森本さん
「ガサガサになると細い糸は引っかかる」

100単は繊細な糸。慎重な作業が求められます。工場の湿度は常に65%。
生きた物だと思っている。

特に細い糸になるほど温度湿度が重要です。
試し折りが始まるが予想外の事態が発生しました。

織り上げたストールの試作品…普通の布に近い感じになっていました、

イメージとは違っていたのです。

副社長に報告すると、別にそれも有りかなと言う感じはするが…という返事

しかしデザイナーは感触と重さが気になります。

「とにかく重たいと思います。このままでは」

生地を軽くするには、横糸を減らすしかありません。しかし減らすと生地が弱くなります。

その作業は機織り職人さんに更なる負担をかける事になります。
ストールの出来に納得できず、悩んでいました。

翌日

森本さんが機械の設定を変えていました。

やり直しの相談を受けて横糸を減らしていたのでした。

引き受けたのは森本さんなりの想いがありました。

「関東から、播州織をしたくて出て来た。その気持ちを絶対無駄にさせたくない。いずれ彼らに、播州織りを引っ張って貰いたい」

外からやってきた熱意に応えたい

新たな試作品を作り上げていました。
横糸の織り方、本数を変えた物を20パターンも!

軽くても耐久性が駄目なら不合格と、色々着け心地を確かめながら確認しました。
そして20枚から理想の1枚を見つけます。

身につけると軽さに違いがありました。
丈夫さも有り、縦横の調和が美しい柄が作り上げています。

100番単糸のストール7560円が完成しました。

6月下旬
兵庫県のデパートの催事で販売してみることに。

36種類用意しNishiwaki Japanのタグを付けました。

さっそくストールを手に取る人が。

首に巻いて最初に出た言葉が「軽い」
拘りが次々に客を惹きつけました。

親子で買った人も。

「肌触りがいい、お安い」

「森本さんにたのんでよかった。泣きそうになってきた」とデザイナー。

最高の職人技と完成が生み出したストール。
1週間で62本売れました。

「1つの布を作るのに色々な工程があって、それぞれプロな職人がいて、積み重ねで播州織りが出来ている」
「それを伝えていくのが僕の仕事のひとつだろうと思う」と語っていました


福井県鯖江市越前漆器

鯖江市といえば、メガネです。
国産メガネのフレームの8割以上を生産しています。

しかし越前漆器も1500年以上の歴史がありました。
お重ひとつに何人もの職人が携わります。

外食産業用器も作っています。合成樹脂、化学塗料に変わったが、伝統の技が使われています。
業務用漆器の8割を製造しているそうです。

繊維産業も盛んでその技術を生かし、ガムテープ、防草シートも作っている

伝統の技を生かしてきた鯖江で新たな商品作りが行われていました。
福井県鯖江市河和田地区に、2016年10月 2000人の人が訪れました。

RENEW

鯖江の伝統工芸を扱う体験型マーケットです。
漆塗り、金箔貼りなど職人技の体験もできます。

これは新山さん31歳が仕掛けました。

ある想いがあります。
「都内の百貨店やセレクトショップを回っていた。ひどかったのはワゴンセールで越前漆器が雑に扱われていた」
「作っている職人は丁寧な物づくりをしていたので凄く悔しかった」

越前漆器

輪島塗などに比べ知名度が低くブランド力が弱いのです。

魅力を伝えるにはどうしたらいいのか…新たな取り組みが求められていた。


デザイン会社TSUGIの挑戦

TSUGI。2015年設立 次の世代へ伝えるために作られました。

イベント企画、パンフレット作りがメイン。
越前漆器の技術を生かしたアクセサリーも手がけています。
50社以上の取引先が出来たそうです。

福井豪雨の復興支援で新山さんが訪れたそうで、それがきっかけとなり物づくりに魅せられ、8年前京都から移住してきたそうです。

いくつもの伝統工芸が残る鯖江。50人以上の若者が移住しているそうです。

新山さんはリーダー的存在。

「河和田の強みは、物づくりをしたい人が日本一集まる町をコンセプトにしようと」

ものづくりで町を盛り上げたいと考える若者。夢は広がります。

そんな中、去年秋、東京のバイヤーから依頼が来ました。

「最初から漆器に入るのは敷居が高いので、ワンクッションおいて作り手側と使い手を繋ぐアイテム」
漆器に興味が無い人に魅力を伝える商品を

「チャレンジすることは面白い」

そこで注目したのは越前漆器の重箱の技術。

「自慢したくなると言うところまで行けば、弁当箱が新しい物になる」

インスタグラムなどでは、弁当の写真が多く投稿されていました。
そこで、写真映えのする弁当箱を作ればアピール出来るのではと考えました。

…インスタ映え!

そこである人物に声をかけます。名古屋のデザイナー森さん。
鯖江への移住を検討していました。

「自分一人では一つ目の仕事は難しいのでありがたい」

自宅に戻り、弁当箱のリサーチをします。
インターネットで見ていたのは、弁当では無く皿の盛り付けでした、

何故なのか

目でも楽しむのは大きな要素

これで驚きのアイデアが生まれようとしていました。

二人はマルタカ工芸の40年以上の木工職人高野さんを訪ねます。

「これが図面です」

作って欲しい弁当箱の図面をもってきていました。
デザイナーの森さんは、自動車部品の設計もしていたそうでその経験を生かし、0.1mm単位で寸法指定しています。

「重箱にしたときにはまるように」

最初は穏やかに聴いていたが…
「やってみて、やってみないと分からんから」と少しイラッとしていました。

伊勢志摩サミットの記念品も手がけた経験と勘には自信がありますが正確な図面が出てくると…なんでしょう。

どのように弁当箱を作り上げるか

2週間後

試作品が完成します。そこで出て来た職人さんの言葉

「いい図面だった素晴らしい」

伝えたくなるお弁当箱

あえて漆は塗らず木の風合いが生きています。仕切りは様々に組み合わせることが出来ます。
1つの弁当箱で多才な盛り合わせができます。

そして仕切りには傾斜。傾斜に森さんの拘りがありました。

「傾斜を作ることですれすれまで入れる人は少なくなる。」
「斜めから見たときに縁の部分が皿の余白みたいに見えるんじゃ無いかと」

傾斜が見えるように盛り付けるようにすると空白が埋まれお皿の縁みたいになり、料理を引き立てるそうです。
料理の盛り付けを研究した成果でした。

収まりの良いお弁当箱

鞄の中におさまりのよい弁当箱です。細長いです。
底に着けたカーブが特徴

普通だとバンドをするとがたつくが、カーブを着けたのでガタガタしないのです。

越前タンス職人が協力していました。

精密図面と職人技の融合。美しくて機能性抜群の弁当箱です。

格好いいなと想いました…が。

妥協せず拘ったら14040円

べ、弁当箱!? 良いけど買えない。

東京で試験販売しますが、客が来ても素通り。
手に取った客も。戻してしまいます。

そこで新山さん直接伝えてみると買ってくれる人もいました。

あの値段で買えるとかすさまじい。

「弁当を作るモチベーション」
「手作りで他にない弁当箱なので」

10個のうち3つ売れました

職人が頑張ってくれたので早く報告したい!

それから暫く経ち、新たな商品開発に取り組んでいました。
森さんは名古屋から移り住みました。

若き才能と職人の伝統技術が新たな市場を切り開こうとしていました。

「仲間がいないと成立しない地域に来たいという人たちが暮らして、働いていける環境作りが出来たら良いなと思う」
と新山さんが語っていました。


まとめ

今、歴史ある地場産業の多くが苦戦している。
そこに飛び込んだ若きよそ者達。彼らと地元のベテラン職人には大きな価値観の違いがある。
しかし力を合わせれば、化学反応を起こし新たな物を生み出す。それが地場産業を復活させる起爆剤になると語られていました。






人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年08月08日

『【快適】技術で町工場が復活』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 日本の町工場の製品が世界へ羽ばたこうとしている様子を追っていました
  • エアーかおるは抗菌タオルを開発していました
  • ベルハンマーはハイスピードタイプを開発していました


睡眠用たわし

東京銀座に大人気の店があります。
ヘッドスパ専門店「悟空のきもち」

「3分から5分くらいで寝ちゃう」
とお客さん。

頭をマッサージする事で脳内ホルモンを分泌させることで眠りへ誘うそうです。

「頭は少し虐めるぐらいが良い睡眠に付けます」
と、マッサージ師。

暑いこの時期睡眠不足に悩む人たちには至福の時だそうです。
その店先に見慣れない物が店に置いてありました。

たわしみたいな物体…

それを手に入れたという人の家へ。
ベッドの上に置かれたたわし

「寝れないときもあったけど、最近はそれが無くなった」
「チクッとするけど痛気持ちいい系の感じ」

頭を刺激し快眠を促す枕です。通気性が高く水洗いも簡単にできます。水も通します。
頭に熱が籠もらないそうです。

サーモグラフィーで見ても、一般的な枕より5度低いようです。

これを作っている会社は和歌山県海南市の田耕造商店

たわしを作る会社でした。一般的なたわしより毛が柔らかいのが特徴。
親子3代でたわし作りをしてきたが、海外の安価たわしに押されて苦しい経営でした。

そこに「悟空のきもち」から枕を共同開発しようと持ちかけられました。

これが大ヒット。3月の発売以来かなり売れまくってます。

1万584円の睡眠用たわし

「当時は売れる想像は無かった。一線違う感じだったので受け入れられるのかと思っていた」

何がヒットするのか分かりませんが、良い物は売れると言うことでしょう


エアーかおる(浅野撚糸)

どん底の町工場が生み出した不思議なタオル。
水分をスーと吸ってくれます。

それが女性の心を掴み500万枚売れたそうです。

ハンズの実演販売で釘付けにしていたのはタオルの吸水実験。

「エアーかおる」

2000円前後の高値だが、実験を見た人が次々と買っていきます。

「これなら楽に拭けるかなと髪の毛とかこれいいかなと」
「触ってみて、ふわふわだし、良い感じ」

これまで500万枚売れているタオルです。

それを作っている浅野撚糸は、岐阜県安八町にあり創業1969年で従業員35人の会社です。

撚糸とは、糸に撚りをかけることです。

社長の浅野さん58歳。

「エアーかおるの凄いところは、糸」
綿と水に溶ける水溶性の糸を合わせて1本にします。それだけだと他の工場でも行っていますが。
合わせた糸を機械にかけてねじり撚っていきます。
そのねじり方に特徴があり、1分間に1万4000回撚りが入っているそうです。
通常の2倍近い数撚られた糸は強烈にねじられた糸は伸縮するようになりまして、その糸でタオルを作るそうです。

水溶性の糸は仕上げの段階で溶かすことで水溶性の糸に縛られていた綿が一気に膨らみます。

それにより肌触りが良く、通常の1.5倍の吸水力を持つタオルが生まれます。

「常識なことをやっていたらヒット商品なんてでない。とにかくオンリーワン」


エアーかおるの生い立ち

安八町をふくむ岐阜県は繊維所で2000軒を超える工場がありましたが2000年代は80軒になってしまいました。
浅野撚糸も苦境に。

「潰れるんだろうなぁという感覚があった。20人辞めて貰った2/3を解雇した」

どん底から這い上がるため、強みである糸で吸水力の高いバスタオルを作ったが売れませんでした。
その苦境を救ったのは妻でした。

「出来上がったタオルがものすごく水分を吸ったのでバスタオルの大きさはいらないと思って小さくしろと。その代わり頭に巻ける長さが欲しいとお願いした」

そして通常サイズのバスタオルの半分のサイズにしたバスタオルが出来ました。

全身を拭けて、ターバンのように巻いたら頭も乾く。そして値段も半分にしました。

使い勝手が良いとなり一気にヒット商品となりました。

「本当にあのときにこのサイズがいいよと言ってくれなかったら、会社は無い。妻に頭上がらないけど、あれ以来もっと上がらなくなった」

V字回復を果たした浅野さん。大きな一歩を踏み出そうとしていました。

中国上海:中国美容博覧会(5/23-25)

3000以上の企業が出店する化粧品や美容雑貨の商品が集まる一大商談会。

浅野さんも乗り込んだ
「上海で売れ通用すると言うことであれば世界で通用する」

中国の繊維で倒産寸前になった浅野さんはリベンジも含めてブース開設しましたが結果はサッパリでした。

タオルですからねぇ…

上海の人の心を掴むにはと足を棒にしてリサーチ開始です。

上海ではタオル部屋干しする人が多かったのです。
そりゃ大気汚染酷いですからねぇ…

部屋で干す理由は?

外の空気が汚い

予想通りですね。
大気汚染が酷くてPM2.5の汚染が気になるから部屋干しでした。。

ただ部屋干しだと生乾きが発生し匂うタオルもあります

そこで「エアーかおる」厚くても乾きます。
赤ちゃんに使って欲しいとプレゼントしました。

こうして大きなヒントは得ました。

岐阜県安八町の浅野撚糸。

「一番感じたのは生乾きが嫌」

と、リサーチの結果を発表

「肌触りが良く、吸水性が高いタオルに付加価値を」と「抗菌作用」を付けることにしました。


抗菌タオル開発

三重県津市のおぼろタオル

浅野撚糸のタオルの製造に協力している会社です。
100年以上の歴史のある老舗メーカーです。

そのおぼろタオルの社長にある相談に来ました。

「久しぶりに新しいタオルをまたご無理言えたらな」

銀糸をタオルに使い、抗菌作用を生み出そうとしていました。

1週間後サンプルが来たので確認しますが…

「見た目は綺麗だが表に出てるのでちょっと怖い」

表面に銀糸が浮き出ていて指で触ると銀糸が肌に触れるそうです。
何か痛そう…

「駄目。肌触りが失われる」と改良することにしました。

そして7/12にセントレアの国際線の免税店に並んでいたのは抗菌タイプのタオルでした。

サンプルからどう改良したのか

「地糸に銀を入れた」

奥の方で純銀が輝く。
失敗作は表面の糸に純銀を入れたが、改良した物は下地に純銀を入れたそうです。

肌触り吸水性を保ち菌を1/2000に押さえる高価が。

海外の人の反応を見てみるという作戦です。

アジア圏の人がやってきて…いきなり購入する人が現れました。

「抗菌効果が気に入った純銀が入っているのは特別感」

台湾の女性は
「台湾で買うより高いけど抗菌効果があるから納得」

新作タオルが売れていきました。抗菌というキーワードが世界挑戦の切り札。

国内販売も開始され3240円だそうです。

「海外の客はエアーかおるを知らない。それでも納得して買って貰えたのでそういう部分では手応え。スタート台に付くぞと言う感覚」と、社長が世界進出を虎視眈々と狙っていました


ベルハンマー(スズキ機工)

ベルハンマーを知っていますか?

高い潤滑性能を誇るスプレーです。

一般的な潤滑剤は、凹凸に付着して滑りをよくするタイプですが、ベルハンマーは凹凸の中に浸透、凹凸が無くなる事でつるつるになるという特徴があります。
水では流されず長時間効果が持続するのが特徴です。

千葉県松戸市にあるスズキ機工。
ベルハンマーという潤滑剤を作っています。

どうして作ろうと?

16人の町工場で食品工場向けに自動機などを設計製作しているが機械のメンテナンスもしている。
汚れが付くとスムーズに動かなくなる機会が多い。
装置メーカーの我々が自分たちが困っている現場のニーズから生み出した。

自分たちで使うという所からスタートしているようです。

「グローバル社会の中でこの商品がどこまで世界に通用するのか。世界に対してこの商品を持って挑みたい」

因みにベルハンマーは、がっちりマンデー!!で2回ほど取り上げられているので有名ですね
私は知ってました。


参考リンク(がっちりマンデー『東京ビッグサイトの展示会で発見!未来の儲かる原石V』):http://r-ryuga.sblo.jp/article/176647713.html

スズキ機工の鈴木社長は、海外進出の為にモータースポーツに特化したベルハンマーを開発したいと考えていました。

アメリカが本場なので自信のある商品を持って挑みたい

6月下旬

レース向けベルハンマーの配合に没頭する社長。
10回以上試作品を作り試験して、思うようなフィーリングが得られなくて手探り状態。

従来のベルハンマーのつるつる皮膜を作るには、金属の摩擦が必要で摩擦に反応して作られるが、時間がかかります。
摩擦への反応速度が速く瞬時に皮膜が作られる改良版を作ろうとしていました。

ハイスピードタイプを商品ラインナップに加えてからアメリカへ!

スズキ機工は1976年製缶機メーカーとして生まれました。
バブル崩壊でお得意様で倒産する企業が多く傾く経営。

「安定して消費して貰える商品やサービスを作らないと将来立ち行かなくなって苦しい状況から脱せない」

5年試行錯誤して生まれたのがベルハンマーでした。

累計販売数20万本

会社の売り上げの半分を占めるほどになりました


ハイスピードタイプの開発

ハイスピードタイプを作る鈴木さんの元に試作品が届きます。

「成分を増やしたり減らしたりするだけでフィーリングや性能が変わる」

試験は、軸に成分をたらして瞬間的に高い圧力を書けて軸が止まらないか否か。

5本中4本で軸が止まってしまいます。

しかし最後の最後で止まらない配合が見つかりました。
これで大きな目処が立ちました。

アメリカの本場の人がどういうリアクションするか見て見たい!

7/13 アメリカロサンゼルス。アメリカへの輸出を目指し市場調査へ。

ベニスビーチの海岸沿いではサイクリングを楽しむ人たちが沢山でした。

「間違いなく海が近いとさびやすいし、海岸沿いだと砂窯って潤滑剤がものすごく必要になる」

レンタルサイクルショップへ

「一番状態の悪い自転車を見せてくれ」

凄い注文ですが店主も廃車寸前を持ってきました。

「さびてるし酷いだろ」

さびだらけのチェーンとギア…。
そこにベルハンマーをぶっかけます。

「いつもの潤滑剤だと砂埃でガタガタだが、凄く名前らかでがたつかない。長いことこの仕事してるから分かる」

店主もにっこりでした。
ベルハンマーを試すとみんなに喜ばれます。

しかしアメリカ市場に打って出るのは簡単ではありませんでした。

アメリカではモンスター級の潤滑剤があります。

WD-40

NASAや航空機メーカーが採用、世界シェア1位の潤滑剤です。

そこで牙城を崩せないかとやってきたのは、大手ホームセンター。
飛び込みで実演販売をやらせてくれと言ったが断られます。

そこで町中のホームセンターを巡り見て貰えないかといったら5軒目で見てもらえる事になりました。

日本から持ち込んだ実演販売用秘密兵器がありました。

回転台

回っている回転台と、その下の金属に潤滑剤をかけて回してみます。
一般的な潤滑剤だと人が乗るとすぐに止まりますが、ベルハンマーだと何人乗っても回りました。

「信じられない」

子供まで乗りたくなるスムーズな回転。

デモンストレーションは大成功

「不安はあったが皆ビックリしてくれたので手応えはある」
試験機以上に大きなリアクションがあったのでやって良かった

しかしこんな地道な宣伝ではだめです。

アメリカ攻略のために考えていたことはレースの世界で驚かそう

モトクロスレース場で試そうとしていました。

レースの世界で名を上げてアメリカ販売に!

そこでバイク用潤滑剤を使っていた人に開発したハイスピードタイプのベルハンマーを試して貰うと、タイムが1秒ぐらい短縮。ベストタイムを叩き出した

「ホイールのノイズが無くなりスムーズで楽。違いは歴然としていた。ビックリした」とライダー。

次々にライダーに声をかけて試して貰います。
走った感想を聞くと、

「走らせてすぐに違うって驚いた。こんなに違うとは思わなかった」

評価は着実に広がっていきます。

鈴木さんもアメリカという大きな市場で夢を描いていました。

「上手くPRすれば需要があると感じている。町工場の作る商品でも製品のクオリティは世界で一番だと証明したい」


まとめ

日本の中小企業が自らの技術を進化させ作った商品で世界を驚かせる。それは厳しい環境でも試行錯誤してきた結果。私たちの生活を気持ち良く快適にする。元気な中小企業からそんな製品が生まれるのを期待したい

と締めくくられていました。

ベルハンマーはいいですよね。エアーかおるも気になりました。




人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年08月01日

『ニッポン転換のとき 第四弾 追跡!【絶望職場】の担い手たち』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 酷い状況で働かされている技能実習生達について
  • とある縫製工場では過酷な労働を強いて対価を払わず倒産させて逃げてました
  • 一方しっかりした会社は育てた実習生を現地に作った工場で雇うという対策を取り人材確保していました


入管の取り締まり

「了解です。すぐ着手します」という声と共に一斉から車から降りる一団。

茨城県のとある町。住宅街に異様な雰囲気が漂っていました。
いることは分かっているのに返事が無い部屋。

東京入管の入国警備官の強制捜査でした。

部屋にはロックがかけられてますのでカッターで切断しようとしたら鍵が開きました
20代の中国人女性がいました。

出勤前を狙った捜索でした。在留カードは2015/9/24まででした。

不法滞在している外国人の摘発。
外では女性達を迎えに来た車から男性が連れだされました。それも中国人
迎えに来た車には2人の中国人女性。。

在留資格は何ですか?

実習生「外国人技能実習生」

日本で働きながら技術を学ぶ制度で来日していて、勤め先から逃げ出し不法滞在していた人たちでした。

年間5000人以上の実習生が失踪しているという事実があります。

実習生制度を巡る闇がありました。

彼らを犠牲になり立つメイドインジャパン


日本で働く外国人の推移

2016年には、108万人を突破し4年連続で過去最高を更新しました。

日本で働く外国人の割合

専門的技術敵分野の在留資格:20万人
(外資系企業のビジネスマン、教育・医療)

身分に基づく在留資格:41万人
(国際結婚をした外国人)

資格外活動:(メモ忘れ)
(留学生:コンビニ、外食チェーン)

技能実習:21万人
(技能実習制度で来日した人)

という割合だそうですが、問題が多いのが技能実習制度でした。
日本で学んで貰い母国の経済発展を担う人材にと始まった制度ですが…。


健全な利用方法

茨城県かすみがうら市の菅谷いちご園

朝5時から収穫する女性の姿。ベトナムから来ましたという女性
22歳のガーさんを始め5人のベトナム人中国人1人が実習生として働いています。

経営者の菅谷さん

「人手がいないから必要。いなくなったらやっていけない」
「日本人もいるが忙しいときに来ないなどがある」

今や外国人実習生が無いと経営が成り立たないようです。

実習生は?

「ベトナムの仕事はお金が安い、日本はお金高い。ベトナムの仕事は1ヶ月に日本円で2万円。今は給料少しいい」

月給は手取り12万円以上です。1ヶ月でベトナム4ヶ月分稼げることになります。

実習制度

実習制度では、日本で人材を必要とするところが仲介組織に相談します。
中間組織が海外で希望者を募ります。

採用された外国人は研修費と渡航費を払い、日本へ。職場は選べない3年間帰国も出来ないという制度です。

菅谷いちご園では快適な住まいを提供するなど、しっかりとした福利厚生がありまして、働いている人たちも日本の生活を満喫していました。

「周りで逃げた実習生もいる。仕事が嫌で逃げた人もいる」と菅谷さん。

こういうしっかりした働き場所も勿論あります


外国人相談センター

岐阜県羽島市にある外国人相談センター。

一時待避所もあるというその場所にいたのはアジアからきた技能実習生達でした。

カンボジアからきたジャンナーさん。

「建設会社で働いていた。班長にやられました」

と、日本人の班長に半田ごてを押しつけられた傷跡を見せてくれました。

「朝から午後までずっと怒る。あなたは仕事遅い。私怖い」

右手に包帯を巻いていた中国の実習生は段ボール工場で機械に挟まれて2本切断してしまいました。
日本で治療を続けたいと願っていましたが。

「会社に中国に帰れ帰れ言われて。とても怖くてどうすればいいか分からない」

日本の働き先でトラブルを抱えた実習生の避難所が外国人相談センターでした。
年間100人が全国から逃げてきています。

責任者は、中国人のケンカイさん。

岐阜一般労働組合という労働組合の方です。
「解雇されていく先が無い、賃金の未払いの問題などで困っている人たちがこちらに来ている」

岐阜県大垣市。
ケンカイさんが向かったのは、古い平屋アパートでした。
部屋に住んでいたのは中国人実習生達5名。
彼女たちから助けて欲しいと言われていました。

縫製工場に15人の実習生と勤務していました。

勤務表を見せて貰うと、労働時間は7時〜24時まで。1年間休み無しで働かされていました。
日曜日以外は毎日15時間半働いていたそうで、7ヶ月で1日しか休みが無かったようです。

しかし会社が書かせた勤務表は8:30〜19時まで。
土日は休んだ事になっていました。労働基準監督署や税務署のための偽の資料を作っていまいた。

「明け方4時に帰ってきて2時間しか寝れない事もあった」

すぐに隠されてしまう給与明細を隠し撮りした物を見ると「残業は197.25時間。時給400円。手取り138900円」

糞みたいな金額で働かされていました。
それでいながら給料や残業代は3ヶ月貰っていないという酷さでした。

未払い賃金の支払いを求めて組合に加入したそうです。

2年半の労働時間の未払い賃金は6,280,889円

社長は払う金が無いと言い、雇った弁護士は会社には支払い能力が無いから倒産するしか無いと言い放ったそうです。

賃金を支払わないまま倒産した

最悪の計画倒産。

倒産した会社の様子を見に行くと何故か働く人の姿が。
倒産したのに。中に入ると社長夫人が飛んで来て出て行けと怒鳴りました。

そこで事務所に行き社長に言うと「弁護士を通せ」の一点張り

とりつく島も無い状態でした。

それから数日経つと、工場からミシンが運び出され、社宅では他の実習生の引越が行われていました。
未払い賃金は支払われないまま、残された実習生住む家もなくなったのです。

弁護士からは離職票が渡されていました。
そしてある制度の手続きをするようにと言われていた

未払い賃金の立て替え払い制度

国が未払いの賃金を建て替えて支払う制度。財源は企業が払っている労災保険です。

しかし直近6ヶ月賃金の8割しか払われません。
未払いのある5名の場合、会社の資料によると140万円の8割です。

会社が支払いたくないので倒産手続きを申請しようという考え

倒産することで国に肩代わりさせる狙い

許せない…これは許せません。というか、発注元をとっちめて欲しいぐらい。

それから2週間。勤めていた会社を訪ねると社長の車がありました。

そこでガイアは直接話を聞いてみることに。

「全部整理とか保証もやってる。弁護士と打ち合わせしてる。」

倒産するくらい赤字だった?

「賃金が払えなかったのでそういう話です」

その後顧問弁護士から文書で回答が

違法賃金だったのは認めるが、刑事罰があるから回答できない

道義的責任を取るために破産

長時間労働はさせていたが、強制させてはいない


ただの計画倒産の言い訳じゃないか。

この弁護士の名前出せよ…。
それで他の会社が払っている労災保険使われるとかたまったもんじゃない。
国の税金使われるとか馬鹿馬鹿しい。

こういうの許すなよ…どうにかしてくれよ…。
こういう問題に対処するためにお上があるんだろうよ。


こうした状況が長年放置された理由

まともな弁護士先生によると。

「制度に欠陥がある」とのこと。

よその会社に移ることが出来ない。
一応違法行為があれば移れるという建前はあるが、違法行為があっても声を上げて移れるケースは希。
移り先を見つけようが無く、誰も見つけない協力しないそうです。

そして研修生は研修費、渡航費など60万〜100万の借金をしています。
職場を選べないので低賃金、長時間労働でも我慢して働き続けるしか無いそうです。

逃れる手段は逃げることだけで、辞める事も出来ず移ることも出来ず逃げるだけとう状態です。
その為違法な状態でよそで働く。それが失踪のケースの多くだということです。

アメリカの2017年人身取引報告書でも、日本の技能実習制度で働くアジアの人々が強制労働状態にあると指摘されています

まずこの現実をしっかりと解消しなければ拡大も糞も無いと思うんですが…


玉田工業は育てた実習生を言質で雇う

熊本県菊池市にある玉田工業。
1950年創業。260名の従業員が全国3箇所の工場にいます。
ガソリンスタンドで使う石油用地下タンクで7割のシェアを持ちます。

現場を支える一人が、実習生のベトナム人のティンさんでした。

日本へのベトナムからの実習生は8万8000人で中国を抜いてトップになっています。

いつも作業を気にしているのは工場長代理の山下さんでした。
素人のティンさんに工具の使い方、図面の見方などタンク溶接を1から教えて今も厳しく指導。

「ベトナムに帰っても何でも出来るようにしてやりたい」という親心でした。

今年5月実習期間が終わり帰国が決まっていたのです。
勤務時間は8時〜17時。自転車で30分かけて通っています。
市内のアパートと同期のヒエウさんと暮らしていました。

残業は無いため手取りは10万前後だが、家賃、水道光熱費を会社が負担。個室がある2LDKの住まいです。

ティンさんは2児の父親で、下の子は7ヶ月。学費を稼ぐために来日したそうです。
月5万を仕送りするため自炊して生活していました。

この日本での暮らしに耐えられたのはある人たちのおかげです。

「唯一の楽しみは会社に行くこと。皆笑顔で接してくれる。本当に凄く感激している」と涙。

余程良い職場のようです。

3月10日。上司から呼び出された。あって欲しい人がいる。

玉田の採用担当がいました。ベトナム人でした。

「是非考えて欲しい。ベトナムに帰っても玉田で働いて欲しいと思っている。」

ティンさんも
「将来の夢は玉田で働き続ける事。日本の同僚達と会いたい」と前向きな返事。

玉田工業はベトナムに工場を作っていました

社長の玉田さんは日本の実習生を無駄にしたくないと動き出したのでした。

「仕込んで仕事が出来るようになったのに3年経って全く違う会社に行ってしまったら勿体ない」

ベトナムはバイク大国。自動車市場も急成長しています。玉田にとっても有望な国でした。

5月末の菊池市。日本での仕事納め。

「3年間でここで仕事した」

思い出が詰まった工場でしんみり。
3年間お疲れ様でしたという送別会が開かれました。

そして帰国したティンさんは久々の家族との出会いが待っていました。

我が家でくつろぐティンさん。

「無事に元気な姿で帰ってきてくれて幸せ」と奥さん。

ベトナム玉田で働くことを考えていたが、迷い始めていました。

「私の望みは玉田で働くことだけどそれ以上に家族の側にいたい」
「働くのは子供の暮らしのため、。玉田で働くと子供の成長を見られなくなる」

玉田の工場までは車で2時間という距離のため毎日通える距離じゃ無かったのです。

しかし社長も粘ります。
ティンさんを工場に招きます。

「工場を見たら分かるけど九州工場をモデルにしている」

など自ら口説くつもりでした。
既に働いている実習生出身の先輩社員もいました。

ティンさんは相談
「妻と子供のためにどんな生活が一番いいか考えている」

「ここくらい給料がいいところは今どこを探しても見つからない。他の工場だと2万から3万しか貰えない」

提示された月給は4万円でした。

社長からは
「毎年10%給料を上げている。玉田で3年実習生で働いた人だけはアパートに入れるようにしている。アパート代は出す」

会社の近くにアパートまで借りてくれるとのこと。

この口説き文句に、単身赴任で働いて週末家に帰ることにしたティンさんがいました。

玉田社長
「会社は人が一番大事。3年間頑張った実習生が継続して仕事をしてくれることが成功モデルとして続く事が重要」

こういうしっかりした会社もあります。
体力がないとできませんけどね。


北海道にも実習生の被害者が

6月下旬北海道。ケンカイさんがいました。

北海道にも来てたのか

婦人服を作る縫製工場。17人のベトナム人実習生が助けを求めていました。

8:30〜0:00。週休1日という労働時間で働かされていて未払いが起きていました。

未払い賃金2500万円…しかしこの会社はしっかり支払いました。
現金で2500万キッチリです。

交渉の末、非を認め未払い賃金を支払うことにしたそうです。
その現金は実習生に配られました。
取り戻した2割を組合の活動費にしているそうです。

結構な額ですね500万か。

実習生を違法な低賃金で働かせてた理由

景気悪くなって加工賃が1200円に。それでもやることころがあるから…
2000円くらいで貰わないと

苦しい闘いが続いているアパレル
商品価値を高める切り札が、メイドインジャパンですが、それは下請け工場の実習生の犠牲で成り立っていました。

未払い賃金を取り戻そうという5人が見ていたのはあるアパレルのHP。

作った服の8割はこのブランド!

品質には厳しかった。納期が短い5日で500枚以上作った

と、品質の高さをアピールするブランドのHPを見ながら。

「メードインジャパンを作っているから日本の基準で給料を払って欲しい」

ケンカイさんはこの事実をブランドに知ってもらおうとしていました。

今年11月から技能実習制度3年から5年に拡張。雇用枠2倍になるそうです。
こういう問題があるのに拡大とか頭が悪いお国です。

「色々な人権侵害のケースが増えてくる。技能実習生達の権利を守るため頑張ろうと思う」

本来は国がやるべき何ですけどね。


まとめ

人手不足が叫ばれる日本で欠かすことが出来ない外国人。
劣悪な環境が改善しなければ働き手がいなくなる。
外国人が安心して働き技術を学んで貰う。
私たちが考えていかなければならない課題と締めくくられていました。

まさに全くその通りです。というか、逃げ得を許すな!

発注元のアパレルも晒せばいいのに…不買するから。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年07月25日

『密着!会社と闘う者達 第2弾』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で


しゃぶしゃぶ温野菜のブラックバイト

去年6月厚生労働省で記者会見が開かれました。

しゃぶしゃぶ温野菜の元アルバイト上杉さん。

「向こうの態度は、「所詮バイト」「所詮大学生」許せない当気持ちが強かった。」

労働環境が劣悪だったと声を上げた上杉さん。4ヶ月連続で1日も休み泣く働かされていたりしました。
店長からは脅迫や包丁で刺されるなど暴行も受けていました。

「会社が人を物としてみている。何とかそこの改善をして欲しい」

しゃぶしゃぶ温野菜は全国に400店舗展開する人気チェーン。

その有名店で問題が起きた理由とは?


上杉さん(仮名)の悲劇

3年前千葉県にある大学に入学した上杉さんは長野からの上京組。
求人情報誌で見つけたのが「温野菜」でした

「有名だし、生活費の足しにするために働こうと思った」

2014年5月から温野菜でアルバイト勤務開始。
ホール担当時給850円でした。

面接では週4日。5〜6時間の勤務でした。

労働時間はどのくらい?

「朝10時から夜中の遅くて5,6時」

それは夜中じゃなくて朝です。

「休み無い時は、4ヶ月休みが無かった」

1日12時間以上の勤務が常態化していて仕込みまで任されるようになってさらに悪化。
月300時間以上の長時間労働が平然と行われました。

ところが会社から振り込まれた給料は、157,000円
時給は450円換算。
労働基準法違反過ぎるという凄まじさ。

「皿を割ったりとかミスをしたと言うことで何時間分の給料は無し」とかがあったそうです。

店長からパワハラは凄惨な物。

「ころされてぇんだろ!生意気な面してる!殺してやる!」

本当に怖い人だった。
殺すとか平然と使う時点でヤバいですね。

おかしいなとおもわなかった? 逃げられなかった?

「辞めたら懲戒解雇すると言われて、就職にも響くと言われて、逃げられない状況になった」

結局1年3ヶ月働いて退職しました。大学に通えず単位を落とすという悲劇。
泣き寝入りは嫌だと駆け込んだのがブラックバイトユニオンでした。

高校生大学生などの学生バイトの相談を受け付ける労働組合です。

「飲食チェーンの相談が一番多い」と語るのは事務局長の坂倉氏

「人手が足りないことが現象として現れている。人がいなくて、学生にもかかわらず長時間労働、過重な仕事を任せる。学業にも支障が出るケースが非常に多い」

組合は、実態調査に乗り出し店舗を訪れました。

当時の店長にも会うことが出来ました。
罵声を浴びせていた人物です。

暴力には触れず長時間労働の実態を聞き出す

「4月11日から8月11日まで連続勤務で休みなく働いていたのは間違いない?」
「間違いないと思います。ただ私が働けと言ったわけじゃ無い。けど来ていたのは事実。」
「店長としてどうしてそうなった」
「来なくて良いと言ってました。休んで貰って構わない。帰って貰って構わない邪魔になるので」

これもまた酷い話。邪魔だから帰れって…。

「自発的に働き帰れと行っても帰らなかった」と宣いました。

「普通の人が2時間で終わらせる仕事を寝ながらやったり休みながらやったりとかで能力の問題で長くなった」

これを本人に確かめてみると

「能力と言ってましたけど、睡眠時間もなく毎日休み無く働いていたんで…」

疲労の蓄積でどうしても遅くなるというのはあったんでしょうね。

店長は自発的に来ていたと行っているが?

「店長が勝手ににシフトを決めていてそこに休みが1日もなかった」

運営しているDWE JAPANにも交渉するが、回答書は「事実に反している」

全面否定でした。

一応会社の社長はインタビューに応じました

過酷すぎる長時間労働はあった?

「記録が残っていないのでハッキリ分からない」

出勤記録が消えていたのでした


学生バイトが不当な待遇を受けたと訴えるケース

ケース1:サンクス

コンビニサンクスの男子高校生のケース。

20分前に出勤し、5分で着替えや準備を命じられます。これは業務には含まれません。

そして14分前にタイムカードを押させます。
給与計算は15分単位なので14分を業務時間に含まないようにします。

セコく20分間ただ働きさせていました。

その為男子高校生は労組に訴えました。未払い賃金500万円を支払いとなりました。

「ちゃんとしてない社会に出て行くのはいらだちがあった」と高校生。

しっかりした子です。若干何か引っかかりますけど。

ケース2:明光義塾

アルバイト講師が生徒に個別指導。1コマ1時間半です。
しかし準備、報告などの仕事手当が賃金として支払われていませんでした。

組合と共に改善要求を行いアルバイト講師達に対し、総額4億5000万円支払うことになりました。

どちらも弱い立場の学生バイトに対して起きた問題です。


温野菜との闘い

去年春、温野菜のバイト上杉さんが向かったのは、法律事務所。
働いていたFC加盟企業を訴えることにしたのでした。
相談してから3ヶ月後に店舗が閉店して店長も姿を消すという状態になっていました。

上杉さんの訴え

・1日12時間以上の長時間労働
・4ヶ月の連続勤務
・暴力や脅迫行為

「絶対許せないという気持ちがある。諦めたくない」

牛角や、温野菜のトップの会社はレインズインターナショナル

牛角、温野菜、土間土間なども展開している企業です。

そこがFC契約の加盟企業と契約。
加盟企業が1000店舗以上のチェーンを展開しています。
レインズインターナショナルはロイヤリティを取る名義貸しみたいな感じ。

レインズインターナショナルにインタビューを申し込むと

「FC加盟店舗において今回のような問題が生じたのは大変遺憾」
「他方でFC契約関係においてはFC加盟企業が雇用する従業員の労務管理労働環境に対する責任を負うべき立場」
「加盟企業のDWEの責任であり、本部に責任はない」

労働法の専門家は?

「残業代支払い義務はDWEにある。FC本部の責任は問えない」

しかしFCには問題もある

「儲けを出す仕組みの中で人件費がメスを入れやすいと思われている。FC加盟店の店長、バイトにしわ寄せが行く」
「構造的な問題は我々は見逃してはいけない」

DWEジャパンにも取材申し込むと応じました

川井社長は温野菜の他に牛角を3店舗運営していました。

暴力暴言を背景に長時間労働させていた?

「私の気持ちとしてはそのようなことは無かったと思っている」
「現状今ある資料、組合や本人から提出された音声を聞くと、自分の中でもそう考えざるを得ない」

休み無く働いていたとか長時間労働はあったのか?

「本当なのかという部分は実際あるが、それが無かったことの証明も出来ない」
「現状はその部分は認める方向で考えている…」と答えていたときに、会社の弁護士が割って入ります
「どこまで認めるかは悩ましい」

言質取られたらマズイですからねぇ。

店から送られてきた勤務記録には、連続勤務の時期は8日休んでいたことになっていて、トータルで105時間しか働いていないことになっていました。

300時間以上働いていたのに

大きく食い違います。

「店長の発言だけを信用すると、バイトが打ち忘れてしまうから店長が確認して入力していた」

勤務記録は店長が付けていたとのこと。あり得ない…。

去年5月。訴えた元バイトは弁護団と緊急会議。
会社側が持っている勤務記録との食い違いをどう立証するかが課題でした。

「出退勤の記録を出してくださいと裁判所を通じて依頼する」

会社に残っているデータなどを押さえることにしました。
未払い賃金の支払いなどを求め千葉地方裁判所に提訴。

船橋東警察署にも暴行脅迫で告訴状を提出しました。

「対応しなかった会社側にも責任がある。裁判や刑事告訴の形で受け止めて貰えれば」

弁護団の事務所では証拠の調べが行われていました。

思いも寄らぬ物からいたことが証明されます。
「防災防犯チェックシート」

出勤時、退勤時、鍵の施錠ガスの元栓を確認する物で担当者サインがありました。

そこに元バイトの人のサインが。
会社が「休んでいた」としていた日に記載されていました。

否定しようがない事実としてそこにいた証拠です。

さらには警備会社のカードキーの記録。
これを見れば開け閉めした人物と時間が分かるそうです。

上杉さんの鍵のナンバーを見ると24時間労働もある事が判明しました。

122日間の連続勤務月438時間の長時間労働が見えてきて裁判の中で必要な最低限の証拠は確保出来ました。

そして、刑事告訴も受理。

店長の暴行脅迫で20万円の略式命令が出ました。


これに対しDWEの社長は。

「あった事実がハッキリしたのっで管理者として未熟であったと反省しています」


長時間労働、連続勤務は?

「鍵は持ち回りで使っていた話もあり、確信を持っていない」
「4ヶ月続いた話も、その頃のバイトに確認する限り分からない」

裁判で審理中であり、判決は来年となります


アリさんマークの引越社の反乱のその後

会社に従業員がしっかり働ける環境を作って貰いたい。

去年2月のガイアで放送され私も勿論見てました。
労働実態の改善、未払い賃金の交渉をしていました。

日本一有名なシュレッダー係の小栗さん(仮名)

法律で認められた抗議活動をしていたら副社長がすっ飛んできて足を踏まれたとかでヤクザ張りの恫喝していたのも記憶に新しいところです。

この放送は反響を呼び、視聴者から感想が送られてきたそうです・

「精神的圧迫が蔓延し、泣き寝入りが殆ど。不当労働の問題を取り上げてください」

など憤りのコメントが多かったそうですが。

「義務を果たさず仕事が出来ないのに利益だけを得ようとしている」なんて意見もあったそうです。

色々考えさせられますね。


1年経った小栗さん

放送から1年アリさんマークの引越社を訪ねると小栗さんはシュレッダー係を続けていました。

1年経ってもシュレッダー係から変化無し。給料は営業時代の半分に減ったままでした。

屈辱的な日々のはずだが何故辞めないで残っている?

「これで私が折れたら、折れる選択もあるが、残った人たちが私と同じ運命をたどる人が出てくる変わって欲しいとみんな思っているそこを経営陣に分からせたい」

会社の改善を願う他の従業員の思いも背負って戦っているそうです。

こうなった経緯は省きますが、営業職になってから最高月342.8時間 147時間残業。過労死ラインを遙かに超えている仕事をしながら手取りは27万円という酷さ。

普通なら倍以上になりますよ

必死に働き、営業を任され関東1位の成績となりましたが車両事故を起こすと弁償金をおわされた48万円。
保険のことなどは教えて貰えず、借金が膨らみ辞められない状態になる蟻地獄となりました。

そこでプレカリアートユニオンという運送業界の労働組合に駆け込みます。

アリさんマークの引越社の元従業員40人以上が組合がに加入していて、同じような訴えをしていました。
そこに現役社員が加わり戦うことになった

すると遅刻を2回したからとシュレッダー係に配置転換。

そのご懲戒解雇を言い渡されます「罪状」なんてビラを作られました。

裁判所に取り消しを訴えると懲戒解雇は取り消しもシュレッダー係は継続でした。

ここまでが前回。

シュレッダー係への異動の取り消し裁判

裁判資料を基にやりとりを再現していました。


裁判官「それでは私から伺いますシュレッダー係は1ヶ月の遅刻2回を重く見た?」
「例えばあなたが明日からシュレッダー係へ行きなさいといわれたらどう思います?」
「制裁に見えるんだけど」

副社長「いやそういうつもりではやっておりません」

裁判官「1年半経ってますよね。いつまでつづけるのですか? 弁解する余地は無いと思いますが」

裁判官はアリさんマークの引越社を痛烈に批判しました

法廷から出て来た副社長は取材を断固拒否。逆に訴えるぞと脅してきました。

小栗さんは
「会社に対してあれだけ強い言葉で駄目だぞと言ってもらえるのは心強かった。誠意を会社が見せるかどうか」

すると2週間後和解案を提示してきました

しかしとんでもない内容でした。

平成29年3月1日営業専任職として勤務する

これは問題なし。

勤務時間中の異動は公共交通機関および自転車



引越社の営業は、引っ越しする人の家に伺って見積もりをしたり段ボールなどの資材を配布します

電車とか自転車で段ボール配るのか?

そんな馬鹿げた話があるわけがありません。

「価値観が違うくらいの失望感がある。それだったら白黒ハッキリ。裁判所に公正な判断をして貰った方が納得できる」

シュレッダー係1年半…和解案を拒否戦い抜くことを決意しました。

そしてしばらくして一部和解が成立

和解書

「配置転換したことについて社会的相当性を欠く物であったと認め謝罪」
復職させ車の使用も認める

これは勝利となりました。

1週間後小栗さんは2年ぶりに営業の仕事に就くことになりました。

同僚とも再会しましたが、残業未払いや弁償金についての裁判は続きます。

「まだ闘いは終わってない。全部終わってから雄叫びを上げたい」


まとめ

自分を雇っている会社に対し労働環境を変える。その交渉は本人にも会社にも相当な負担がかかる。
今回取り上げたケースは裁判や交渉によっては、働く人を守ることになる。
働く人も企業もどうしたら良い環境が作れるかを追っていきたい。と締めくくられていました。

会社やブランドに取っては大きなイメージダウンとなる訳です。

今回は大きなブランドだから取り上げて貰えるだけで。
末端ではこんなことは当たり前に起きています。

取り上げて貰えるだけマシですよね。はい。

とはいえ、私の勤めている会社は随分とマシになりました。
こういう話が取り上げられるようになってきて少しずつ改善はしています。

ただIT土方の下部な下請け下請けなので、お客様都合で地獄を見ることは多々。

その部分はどうやっても解消はされないのです。誰かが犠牲になるのです。


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年07月18日

『【食の革命者】達〜先人の知恵で絶品を作る!〜』今日の「ガイアの夜明け」感想

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 自然が生み出す厄介者で食品を美味しくする技について
  • 雪室を使い熟成させることで食材が美味しくなるそうです
  • 火山灰を利用した灰干しで売れない魚が美味しい魚に変身していました


雪室で熟成

東京新宿の百貨店。
食品売り場で飛ぶように売れていたのは大きな栗でした。

「今回限定で持ってきているだけ」

高知県四万十産雪室栗

1個1620円…と凄い高いですけど売れてます。

「日本古来の保存方法で天然の良さを引き出すところが魅力」
と、お客さん。

雪室で甘さが引き立てられている栗です。
しかし四万十では雪は降らないはず…。
栗の生産地から700kmの新潟県小千谷市。栗を甘くする雪室の秘密がここにありました。

籾殻の山。その山を掘ると雪が出て来ました。
10月という雪が降る前なのに雪があるという。
前年(おととし)の雪だそうです。

外の気温は18℃。地下道を通ると温度が下がっていき奥には雪がびっしりでした。

それが雪室です。

建物をすっぽり雪で覆っています。3000トンの雪があります。
籾殻で断熱して1年中溶けないようにしていました。

雪室で保存するだけで栗が甘くなるそうで、1年前に貯蔵した栗は糖度を測ってみると…25.1度。
メロンでも20度くらい。甘いメロンでもそれくらいなのにです。

元々の栗の糖度は15度ですから1年保存するだけで1.5倍以上甘くなるようです。

雪室の仕組み

雪室の環境は室温が1℃、湿度99%で1年中変わりません。1℃〜0℃で安定しています。
温度変化が少ないのです。

冷蔵庫は意外にも上下2℃くらいあるそうですが、雪室は変化がないそうです。
作物は凍るか凍らないかギリギリの環境になると糖分を蓄えます。それが強い甘みとなります。

効果は他にもあります

雪室熟成牛はまろやかになるそうです。
雪室で保存した珈琲は角が取れて苦みが少なくなるそうです。スッキリした味になります。

「雪は厄介な物だが逆転の発想で利用していく」

新潟県は99億円の除雪費用(2016年実績)をかけています。

その悩みの種の雪を利用する手立てが出来たのでした


先人の知恵:雪室

昔から雪室というのはありました。

地面に穴を開けて雪を押し固めて入れて、山盛りになるまで雪を積み上げたらわらを積み重ねる。
その上に骨組みを作り茅で覆う。二重構造が断熱効果を生み出します。
茅葺き屋根の民家みたいな物が出来た

すると夏を超えても雪が残るという仕組みで、その雪は6月から売りに出されて鮮魚、精肉店、料亭が高値で買っていたそうです。
昭和30年代になり、冷蔵庫が出来て雪の需要がなくなりましたが、自然の雪が新たな価値を生み出そうとしていました。


越後雪室屋の雪室留学

去年11月ビッグサイト。
全国の名産品が集まる食の展示会が開かれていました。会場には各地の定番商品がずらり。

越後雪室屋がそこに出ていました。
「雪室」冠の商品が沢山あります。
新潟県内の食品企業など25社で作ったグループが越後雪室屋です。

雪室ブランドは60種類あります。設立2012年です。

関本さん(44歳)が営業担当です。新たな雪室に入れる食材を探していました。

博多名物明太子に目を付けて営業。

「日本の食材を雪室に入れて販売しようという試み」

雪室留学計画

全国の食材を雪室で預かり熟成美味しくして地元に戻すというプロジェクトでした。

「温度変化がなくて、肉とかは細胞壁が破壊されないのとでドリップが出にくい。明太子などどうだろうとおもったんですが」

と営業するもピンと来ていませんでした。

「滋賀で雪室を作れるかな? 動かすと輸送コストがかかるから」なんていわれてしまう始末。

しかし佐賀県の農家の男性が興味を持ちました。作っているのは蓮根です。

収穫がピークを迎えていた蓮根。佐賀県は全国3位(2015年)の生産量を誇ります。
9割が佐賀県白石町で作られています。

ほくほく感があり鉄板焼きだと絶品という蓮根。
それを生産している黒木さん(60歳)が雪室に興味を持った人です。
ある理由から雪室留学を検討していました。

蓮根は乾燥に弱くて足が早い野菜

白石町では畑の泥を塗り直して乾燥を防いでいました。それでも持って10日ほど。

長期保存できれば稼げる
「供給期間が延びるということだったら、無い時期に蓮根が欲しいと言う問い合わせがあるので対応出来る」

蓮根の出荷時期は4月から7月ですがそれ以外の時期に出荷可能になるとメリットが大きいです。
更に糖度が上がる⇒高値で販売できると更なる付加価値も。

佐賀の蓮根を全国に売り出すチャンスとなるか!?


雪室作りと雪室留学の蓮根

12月新潟県。冬支度が始まります。雪吊りが完成したら冬を迎えます。
12/6に初雪。雪国にとって厄介な季節到来しました。

アドハウスパブリックというデザイン会社。そこの社長が越後雪室屋の営業でした。

本職はデザイナーです。

越後雪室屋では統一デザイン担当。雪室PRの他、営業も担当していました。

「雪室に出会ったときに本当に新潟にぴったりと思った。雪と食の新潟を体現している魅力がある」

そこに小包が届きました。泥付き蓮根です。

2月から雪室留学を展開するため新たな雪室作りが始まります。

伊藤さん45歳が指揮を執っていました。雪のコンテナ1個1.2トンで壁を作り、外側から300トンの雪でコンテナを覆い尽くすという方法で雪室を作ります。

日射量などを計算し、溶ける量を計算。雪や籾殻の量を決めていました。

雪室作りを担う伊藤さんの肩書きは、スノーマン。
雪の研究20年の専門家でした。

北海道の大学で雪氷熱工学を研究

昨今雪の冷気を利用した施設が増えています。伊藤さんの元にはその依頼が殺到。
電気代が少なく済むため様々な場所で役に立っているそうです。

例えば北海道の新千歳空港では、ターミナルの冷房用に積もった雪を夏までとっておいて利用します。
サントリー天然水の工場での冷却施設や、北海道美唄市ではホワイトデータセンターといって、データセンターを冷やすのに雪を使っています。

「雪の降る場所に人間が住んだ。後から人間が住んで雪が邪魔だと言われると、雪の立場からいえば後から人間がきたのにという感じがある。雪の降るところに住まわせて貰っているので雪に寄り添った考えをすれば色々な事が見える」
と、伊藤さん。雪を利用する手立てを色々と考えていました。

2月下旬。越後雪室屋の会議。雪室留学の試食会が行われます。

1ヶ月半貯蔵した佐賀の蓮根が出て来ました。効果はあったのか?

雪室入れて無い蓮根と食べ比べてみると予想外の反応が。

「えぐみ凄く強い」

雪室に入れたら野菜本来の味が失われてえぐみが出た

原因は?

仮説「土が付いていたからエグい」

泥が付いてないと乾いてしまうからと付けて居ましたが、泥が付いていると菌を持っている訳で、傷むところが出るそうです。

それがえぐみとなった可能性がありました。
そこで泥を洗うことにしました。

「雪室でなければ変わらないような味の変わり方があり、それがもしかしたらこの地でしか出来ない」

試行錯誤が続きます。

6月。バージョンアップした雪室蓮根を取り出しました。

切ってみると悪くない色です。天ぷらにして食べてみるとえぐみがなくなっていました。
そして凄く甘いそうです。

糖度を測ってみる
雪室に入れる前は7.8度だった糖度が9.2度に上昇。新記録です。

泥を落とした蓮根は糖度が上がっていたのでした。

この蓮根をどうやって売り込むか

知り合いを通じて銀座の一流シェフとの面会を取り付けていた関本さん。

6/6東京銀座のギンザシックスに関本さんの姿がありました。

その中にあるザ・グラン銀座

フレンチレストランで、雪室蓮根を試して貰う事になりました。

野菜選びには妥協しない石井シェフ。
自ら探して選び抜いた食材を使います。そのお眼鏡に適うのか。

試しにローストにしてみます。

「包丁を入れると全然違う色も違ってくるし粘り。断面の粘りが凄い出てくる。糖度があるからなんでしょうけど」
とシェフも納得。

待つこと30分

蓮根がお洒落な料理に。
蓮根のチップと蓮根ソースをあしらった蓮根ステーキが出来ました。

「野菜だけでも十分楽しめる一皿蓮根のポテンシャルがある」とシェフ

味は…

「うちの娘がお洒落になりました。そういう感じ」

と、よく分からない感想でしたが、美味しいようです。

「食べ心地、糖分を考えると魚よりは肉。イノシシ、鹿などの味の濃い肉とよく合うでしょう。手をかけたらかけただけ美味しくなる印象」とシェフも太鼓判でした。

熟成テストを重ねて、来年売りたいと考えているそうです。

「雪国ならではの知恵だったり技術だったりするので、新潟からでも全国に発信できる、世界に発信する事も出来ると思っているので丁寧に育てていきたい」
と、関本さんが語っていました


火山灰の町

鹿児島・桜島。この島で農業を営む村山さんは日課がありました。

「北北西の風だから南だったらまともにここに来る」

桜島の風向き予報でした。火山灰の方向で農作物の出来が左右されます。

畑を見せて貰うとかぼちゃの葉っぱが火山灰で焼けてました。
こうした被害は珍しくないそうです。

「それがなければいいんだけど宿命だと思っている」

主婦にとっても火山灰は厄介で、物干し竿は灰だらけ。
天気の良い日に軒下で干す日もしばしばです。

鹿児島市では、道路や宅地の火山灰の処理費用年間5億円

厄介者の火山灰で食の革命をと考えている人がいました。

火山灰から生まれる絶品料理とは。


JR鹿児島中央駅:灰干し弁当

不動の人気を誇る駅弁があります。

桜島灰干し弁当750円

売り上げは55ヶ月連続1位です。
鹿児島の味として人気となり漫画にも登場。

製造しているのは、食品加工会社樹楽

2008年創業で従業員は5人。社長は梛木さん(47歳)
「桜島の火山灰。これでご飯を食べさせて貰っている。これが無いと灰干しが作れない」

灰干しとは?

灰干しに利用しているのは桜島の火山灰でした。
水で洗った後オーブンで焼いて殺菌。
それを箱に敷き詰めサラシと水分を通すフィルムをかぶせて魚や肉を置いていきます。
更に灰をかぶせます。

灰が食材の水分とアンモニアを吸収して臭みが抜けるそうです。

灰干し中の食材は空気に触れないため酸化しにくく、旨味が損なわれにくいそうです。

20種類の灰干し商品を開発してきた梛木さん。

鹿児島県日置市を訪ねます。
昔ながらの味を守る女性のサークルがありました。

昔の人たちの知恵という揚げ豆腐は70年以上前から同じ作り方をしています。

そこで利用されていたのが杉の灰。
杉の灰に豆腐の水分を吸わせていました。灰干しです。

昔から灰の利用というのはされていたようです。


梛木さんとは

18歳の時、大阪の調理師専門学校へ
料亭で修行して28歳でホテルの総料理長にまでなりました。

そのキャリアを捨てて、33歳で鹿児島に戻ったそうです。

火山灰を使った取り組みにはふるさとへの思いがありました。

「板前の仕事は1次産業がいないと出来ない。国産の鹿児島の一次産業を支える人が減っているのは危機。そこをどう潤わせていくかが課題」

魚を仕入れている片浦漁港へ。

冬場に比べ味が落ちる鰤は漁師さんも食べないものでした。それを利用したのが鰤の灰干し弁当です。
旬じゃなくても美味しく出来る事を知って欲しいと持ち込んで漁師さんにも食べて貰います。

美味しい美味しいと食べていました。魚を知り尽くした漁師さんでも上手いと言わせる程の技術でした。

そして競りが始まり、次の灰干しに使う魚を探します。

旬の魚が売れていく中買い手が付かない魚がありました、「コショウダイ」「コロダイ」

「メジャーなのは灰干しにしない売れるから普通に」と梛木さん。

コショウダイとコロダイはイサキの仲間です。
一般的に知られていないので買い手が付かず漁師の収入になりません。

鹿児島では漁師の数が最盛期の半数以下。高齢化も進んでいます。

そこで少しでも支援しようと樹楽の梛木さんは挑戦し続けていました。

「世の中の人が美味しいと言い出したら売れる魚が変わる。それを作っていければ漁師も大忙しに」

売れない魚は生まれ変わるのか。

買い手の付かないコロダイとコショウダイの灰干しが作られていました。


灰干しコロダイ、コショウダイ

6/19東京。割烹料理店で仕出しの準備が進められていました。

目にも鮮やかな和風弁当です。

メインのおかずは、梛木さんのコロダイ、コショウダイの灰干しでした。

仕入れた店の主人
「火山灰を使うとはイメージが沸かない。意外や意外美味しかった」

ライバル店と差別化を図るため目玉食材を探していましたが、灰干しの評判を聞いてコロダイコショウダイを仕入れたそうです。
注文を受けた会社に届けられた弁当。

「灰干し弁当」というネーミングに戸惑うお客様。

灰干しという名前から「干物???」と皆きょとんとした感じ。

しかし食べてみると

「干物とは思えない。甘鯛の干物をスーパーで買うとはそれとは違う美味しさ」

と、評価は上々。買い手の付かない魚なんですけどね。
東京でももしかしたら売れるかも知れません。


灰干しは世界へ?

鹿児島市の食品商社本坊商店

灰干しに思いも寄らぬ展開が待ち受けていました。

香港のそごう百貨店に出店しているさつま揚げ専門店があるそうで、今話題だそうです。和食ブームで。
新規参入だが今のところ売り上げ1位とのこと。
その百貨店に展開しようという話が持ち上がりました。

全館で客が1日に8万人来るそうです。土日20万にも。

コロダイコショウダイの灰干しは、半年常温で大丈夫という商品になっていました。

「常温で半年は勝負出来る」

香港、台湾、ハワイ、アメリカ、中国、新嘉坡などで売れるかもしれないと販路拡大が検討されていました。

「世界中で桜島の灰を使った灰干しが広がっていく。鹿児島産に拘っていきたい。」
と、梛木さんも新しい展開に燃えていました


纏め

雪も火山灰も地元の人に取っては厄介な存在。
先人達は排除するだけじゃなくて活用することにも知恵を絞ってきた。
その姿は土地によって異なる。先人の知恵は地域の特色を生み出すヒントが埋まっているかも知れないと締めくくられていました。

雪の利用は前から知っていましたが、火山灰にも利用方法があるのは驚きました






人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年07月11日

『どこへ行く? ふるさと納税』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 10年目を迎えるふるさと納税について
  • 総務省が過度な返礼品は禁止の通達を出して大混乱
  • 寄付額トップ、2位の自治体が対応に苦慮していました


石川県七尾市は刺身

石川県七尾市の沖合の早朝4:30。
定置網漁の一大漁場です。
暖流と寒流がぶつかる海域は魚が豊富です。
アジやトビウオ、鰤や鯛、数百種類の魚が捕れる。2時間後には競りにかけられます。

中でも大量に仕入れた人がいた。
中島ストアーの中島さん。

店まで付いていくと調理場のスタッフ総出で魚を下ろし始める。
刺身の盛り合わせを作ります。
店に並べるための物ではなくて、ふるさと納税の返礼品。

「宅配便で配送して明日届いて食べて貰う」

1万円の返礼品として。
能登の朝どれお刺身詰め合わせ

魚一本贈るところが多い中、手軽に新鮮な刺身が食べられるようにと考えた。
一手間かけた返礼品を始めたら、1年足らずで2億円の寄付金が集まったそうです。

自分が住む自治体じゃなくて、A町に寄付できます。
10万円寄付すると、原則2000円を除いた9万8000円が翌年の税金から控除されます。
(地方税など)

寄付に対しお礼が貰えるため、特産品が2000円で貰える仕組みです。
その為、返礼品目当ての人が増えました。

自治体の中には、最新のPC、オーダーメイド家具
高価な結婚式が挙げられる物や、マグロの解体ショーまで用意して過熱する競争が繰り広げられました。

しかし2017/3/31に総務省が、「過度の返礼品に対して改善し制度の健全な発展が図られるように」
一部の返礼品に待ったをかけました。

金銭に近い商品券、電機製品、など資産性の高い物はダメ。
還元率を3割以下にすることと指定しました。

反対の声を上げたのは、三重県志摩市。

返礼品にあこや真珠のアクセサリーを入れ知恵マス。

10万円以上の寄付だといピアス
50万円だとネックレスイヤリング。

ただこの辺は、資産性が高いとして取りやめ対象になりました。

ただ真珠の養殖は地場産業。そりゃ志摩市といえば真珠ですからねぇ。誰でも知ってます。

事業者からは不満の声です。

「大きな間違いだと思う」
「自然を利用してここでしか出来ない物を作っている。なくなるのはあり得ない」

志摩市は総務省の見直し拒否をしました。

市長は
「黙ってその通りにしない。私たちの町だとこう思うということを議論しなければならない。本来あるべき自治の姿を追い求めて行きたい」

志摩市は真珠があって問題無いと思うんですけどねぇ。

と、10年目のふるさと納税曲がり角を迎えているようです。


家電を返礼品にしている長野県伊那市

長野県伊那市は総務省通知に揺れていました。

困惑を浮かべるのは白鳥市長
「来るべき時が来たなと。資産性の部分をどういう解釈をするのかというのが第一印象」

伊那市のふるさと納税特設サイトには、家電製品が並んでいました。
10万円寄付に、テレビ、オーディオ、スチームオーブンレンジ、掃除機まで

家電をふるさと納税の返礼品に採用したら寄付額72億円となり全国2位となりました。

そこに総務省の通知が来ました。

資産性の高い電機製品はダメとなりました。

「地域への経済効果等にかかわらず送付してはいけないという下り。地域の経済が元気になることが趣旨だったので、これは削除して欲しい」

伊那市は電機製品関連の工場が点在しており、大手から中小まで20の企業があります。

生産量日本一である部品もありました。

50人の会社が作っているのは抵抗器。
基盤ひとつに数個から数百個使われる物です。

しかし安い海外製に押されていました。
昔は20ラインがフルに稼働して2交代だったが今ではラインを減らしても余裕で作れるぐらいに。
電機製品を扱う企業の数が1/3まで減りました。

そこで地元の製品が使われている電機製品を返礼品に採用したのでした。

さらに廃業している小さな電気店を救うのも目的でした。
町の電機店組合を通じて、商品を買い上げることで下支えしようとしていました。

電機商業組は、全国への発送準備に追われていました。

小さな町の家電屋さんも返礼品特需で始めて黒字に転じたそうです。

「電器屋を継ぐと決めたが、どこに希望を見いだせば良いか分からなかった大分先が明るくなった」

と喜んでいましたが大きな不安も。

「市が総務省通知にどう対応するか。死活問題。曲げずにやるといってくれたら嬉しいけど」

総務省通知から10日後。各部署責任者を集めた会議が開かれます。
強制力は無いが従うかどうかを協議することになりました。

「例えば資産としてみるか見ないか」

税務処理では、10万円未満なら消耗品となります。

10万円未満の家電は資産性の高い物に当たらないとなりましていったんは継続となりました。

「10万円未満は今まで通り取り扱いをする」とされ電器屋さんも喜んでいましたが…。

2017/4/21

総務大臣
「伊那市の考えについては報道などで承知している。総務省としては、ふるさとの納税の趣旨に反する返礼品として電機製品をあげている。地域への経済効果の如何に関わらず送付しないようにと。伊那市の対応については通知の趣旨にそぐわない」

独自基準は認められないとしました。
総務大臣で名指しで批判されたので緊急会議が開かれます。

「国に喧嘩は売れない」

2017/5/9

伊那市は記者会見を開きました。

「伊那市の判断そのものが全国の自治体への影響が大きい。家電製品島については、総務省の意図を組んで資産性に有無を問わず返礼品から外す」

返礼品から家電製品は外されました。


市長に質問:悔しさは?

「複雑です。答えを出したので頭の中ではすぐに切り替えて、次の段階返礼品の形を職員全員に出して貰って製品作りをしていく」

地方は結構したたかですよ


市の決定は町の家電屋さんにも伝えられました。

「難しいんでしょうね。我々も元の生活に戻り頑張ってやるしかない」

返礼品の見直しに対して国はどう考えているか

地場産業であるかかどうかというには非常に難しい。
そこで生産している物もあれば更に加工している物もある。

家電製品にしても一部の部品を製造しているケースもある。
地場産業という括りの中でそれは良いという風にしたらそれはまた止めどもない返礼品の競争になりかねない。
地場産業振興、伝統産業の振興は大事だが、集めた納税をそういった物に使って頂いて、伝統産業の振興に取り組んで貰いたい

全部地場で作ってる物じゃないとダメという明確なルールが出来たようです。


宮崎県都城市:豪華返礼品で全国トップ

総務省の通知が出た後、電話回線が駆け込み需要でパンク寸前になってました。

それもそのはず、1万円でお米15kgやら、焼酎5本やら、豚肉20パックやら…
豪華な返礼品が贈られてくるのですから。

それでふるさと納税額全国1位です。

都城市は人口16万人中規模自治体ながら、寄付額1位。
2015年は42億円で全国1位
2016年は73億円で全国1位です。

返礼品にかける費用は?

42億円寄付金のうち33億円が返礼品につかわれた

予算上は8割。寄付額の8割。
全国で突出したお得感でした。

この方針を打ち出したのは池田市長。

「そもそも論から行くと全部返せといった、頂いた寄付10割分。肉と焼酎のふるさとと言うことを知ってもらいたい。その為にふるさと納税を活用している。寄付を頂いて市の収入を上げることが目的ではない」

その為返礼比率が高いとは思わないそうです。

「33億円は地元の企業に落ちている。地域経済には33億が乗っている。企業の売り上げが上がり、雇用が増えて投資をしてくれる」

しかし総務省から返戻率を3割以下にとなった

都城市は通知に従うと発表しました。

3割に削減するということで事業者には不安が走りました。

ミートクリエイトの場合

返礼品として地元のブランド豚を取り扱っていました。
月に6500件の人気の品です。

返礼品の売り上げを当てにして去年出来たばかりの会社でした。
そんなギャンブル的な…。

社長の竹松さんは従業員の生活もあり大きな不安を抱えていました。

売り上げダウンしないか件数が落ちないか凄く心配している。
今の肉の量が減るのは100%。

そこで地元向けのスーパーをオープンしました。返礼品だけに頼っては先がないと。
しかし売り上げは伸びません。

「ふるさと納税の売り上げが2/3。直売所は1/3。ふるさと納税ありきの会社」

2017/4/14 市の公民館

返礼品事業者が集まりました。

「2017/6/1に返礼品をリニューアルする。我々として1万円のラインナップは重要」

1万円の寄付の豪華返礼品に人気殺到していました。1万円台2万円未満83.9%だったそうです。

「お得度下がるイメージの1万円の寄付を補完できるように考えて貰いたい」

新たに参入を考える事業者も集まっていました。

そこには東郷織物の谷口さんという方が。

東郷織物は大島紬や薩摩絣の技術を使っている織物の会社。
熟練職人が糸を編み込み生地を仕上げていました。
1反織るのに2ヶ月。

仕上がった生地は繊細な柄が特徴です。
和服離れにより需要が激減し最盛期には年間3億の売り上げが1/5以下になったそうです。

少しでも売り上げに繋がればと工夫を続けてきました。
あまった生地を活用したぬいぐるみや雑貨を作り、通信販売催事などにも出向いてアピールしたが知名度がなくて売れないそうです。

「やめたいけど借金が山ほど有り辞められない」と3代目。
「でもこの仕事することは好き。自分のアイデアがおり上がったらどんな風に出来上がるか興味がある。こういうもの都城にあることを知ってもらいたい」

4月下旬返礼品開発に向けて動き出しました。
かけられるコストは3000円。

高級品主力の東郷織物なので、機械織りの安い生地を使う事に。
糸などは同じでもコストを抑えた物でした。

落ち着いた色が大島紬だが、明るい色があるのが東郷織物の特徴。

それを利用してネクタイを作る事にしました。

2017/6/1 3割に引き下げるリニューアルの日。

1万円の返礼品は、2万円寄付用に引き上げました。
160品目を1万円寄付の返礼品に追加。

焼酎は本数を減らして限定品を組み込んだり。杉を使った弁当箱など工夫を凝らした返礼品に。
東郷織物のネクタイもあります。

そして18:00スタート。

滑り出しは順調でした。ネクタイにも申し込みがありました。

東郷織物に発注依頼が3件程。

「ゼロじゃないから良かった」
「事業が縮小しているとか嘆いてばかりもダメ。客がちょっとでも欲しいと思う商品を開発しなければならない」

と頑張ろうとしていましたが…

1ヶ月後予期せぬ事態が。

市の担当者が険しい顔をしていた
寄付金が伸び悩んでいたのです。
リニューアル前の5月に比べると1/10。

「これが現実かなって気はする。厳しい現実」
「制度が安定するのであれば通知を守ることは大事。ルールの範囲内で自分たちが出来る最大限のことをすれば寄付してくれる人にも伝わるし負けない宝があるからそこで勝負が出来る」

とはいえ、かなり厳しい状態にはなっているようです


北海道十勝。上士幌町の場合

4900人の町ですが、ふるさと納税では常に上位。

特産の和牛を武器に2016年には21億円の寄付額がありました。

この町は納税の使い道を明らかにすることで意外な成果が出ていました。
使い道は全て子育て支援
0歳から保育料無料。
外国人講師を雇い英語教育に力を入れたり。
子供達が遊ぶ公園もふるさと納税の寄付金で出来ました。

その結果大きな変化が現れた

右肩下がりに人口が減ってきて14年度には4800人台になったが16年度に人口が増加に転じたのです。

移住者が296人の内、北海道内から201人。北海道外から84人。
しかも十勝管内から130人という。周りの町から人を吸い上げてしまったのです。

音更という上士幌からちょっと南に住んでいた女性。

「保育園が無料なので子供育てるには良い環境」

知らず知らずのうちに近隣の町から人口を奪っていたのでした。

焦りを感じるのは隣町本別町
半年間で上士幌町に4人が転出しました。

ふるさと納税担当方も必死です。

本別町の人口は最盛期12500でしたが2017年には7300人に。
跡継ぎがいないと廃業する店も後を絶ちません。

「このままどんどん人口が0にはならないが何も出来ない町になら無いようにしたい」

本別町は去年からふるさと納税の返礼品をつくり始めたが、明らかに出遅れました。

それも地元特産が黒豆…。
地元特産の黒豆を生かして豆の町としてアピールという地味っぷり。

味噌ドレッシング、アイス…など。
少しずつ寄付金は集まりましたが3700万でした。

地味にな部分が否めません。

「本別の物だとPRしていきたいものの結果には直結していない。ラインナップをどうするか試行錯誤続ける」

上士幌町の町長に聴く:近隣の町に与える影響をどう考えているか

「小さいところ地方で奪い合うというのは、寄付の移動額から見るとごく僅か。知恵と工夫で自治体をどうしていくかはいつの時代にも必要。結果的には十勝が底上げされている」

十勝という中では底上げされているとはいいますが…ですね。
10年の中で生まれた地方間の格差でした。


まとめ:新たなルールはふるさと納税をどう変えるか

ふるさと納税が誕生して10年。
制度の良い面だけではなくて問題点も指摘されてきた。
そもそもふるさと納税とは地方とそれを応援したい人を結びつけるために生まれた。
混乱を乗り切り定着させることが出来るかが問われていると纏められていました。

私は利用はしませんでしたが…本来あるべき姿に戻ったんじゃないかなと思います。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年07月04日

『本場に挑む! 『木工の匠』たち』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 日本の木工技術で世界に打って出る話
  • マルナオでは黒檀を使ったデザートスプーンを開発
  • ミネルバでは高い技術力でデザイナーの形を製品にしていました


新潟県三条市マルナオ

1939年創業の従業員18人の小さな町工場
ここには観光客が遠回りしてもやってきます。

中を覗くと盛況でした。外国人観光客の姿もありました。

客の目当てはお箸。色々な種類があります。

安い物でも1膳3000円の高級品ばかり。

「箸なんてどうでもいいやと思っていたが、こういう良い物を見ると欲しくなる」

掴みやすいと評判の「極上十六角箸」

黒檀という固くて耐久性に優れている木材を使っています。

黒檀箸を削るには、10年近い経験が必要だそうです。
それを作るのは、社長兼職人の福田さんです。

指先の感覚が頼り。先端は1.5mmという細さ。
固い黒檀だからこそここまで細くできるそうです。
削られた先端は八角形になっていました。

様々な食材を思うように掴め、食事が楽しくなる箸。
更に黒檀は水分を吸収しにくいとのこと。

「水を中に吸ってしまうことは、例えば味噌汁だと、味噌汁の臭いが入り込んでしまい臭いが分かってしまう。」

それが防げるとのこと。修理サービスも有り一生使えるそうです。

1膳1万5120円とかなり高価ですが…。

マルナオでは、年間2万膳の箸を生産しています。昔は木工の大工道具を作っていました。
箸を作り始めたのは3代目の福田さんになってから。

一番売れている「極上十六角箸」1万5120円。安くはありませんが、一生物にと買っていく人が多いそうです。

箸を作ってから売り上げが4000万円⇒1億4000万円と3倍以上になりました。

そこで大きな夢に挑戦しようとしていました。

「食の道具を作るに当たり、本場フランスで勝負してみたい」


黒檀の箸でフランスに挑戦

1/20 フランス・パリ
メゾン・エ・オブジェという世界最大級のインテリアデザインの見本市。
何度も出てくるので覚えましたの。この見本市。
140の國と地域から3000社が参加。世界中のバイヤーが集まる巨大な商談の場です。

そこにマルナオもブースを出しました。目立つ場所に展示したのは、黒檀の箸
欧州市場を意識して新作として持ち手に黒檀を使ったナイフとフォークも持ち込みました。

「楽しみ、気合いは十分入っている」

日本食ブームの追い風もあって次々に手に取ってみる人が現れます。
しかし美しさは評価してくれるが、箸自体の商談はありませんでした。

ナイフとフォークは?

手には取ってくれるが、反応は今ひとつ

ショックを隠しきれませんでした。ナイフとフォークは出品数が多くライバルがひしめき合っていました。

「ヨーロッパはセンスが良い」と、全然さっぱりでした。

本場で味わった挫折。世界の壁は厚いようでした。

リベンジを期して向かったのはインドネシア…意外な商品に勝負をかけることになりました。

フランス人がこの形をどう思うか疑問だが、日本の技であっと言わせたい。


デザートスプーンを木製で

新たな商品開発を開始した福田さん。
パリであるヒントを掴んでいました。
デザイナーの堅田さんと相談します。

「レストランのシェフはデザートスプーンを探している人が多い」

そこにチャンスがあると確信していました。
デザートスプーンは銀など金属製が一般的。
それを得意の木で作ろうとしていました。

「金属のガリッとしたイメージではなく、デザートはやわらかいものなので、柔らかい物で口の中へ入れてあげた方が絶対良い」
「柔らかい物を固い物で取って口の中に入れると柔らかい物が死んでしまう」

木製スプーンなら自分たちの力が発揮できライバルとの差別化もはかれます。

まずはインドネシアに福田さんが飛びました。

新作に使う最高品質の材料を求めてやってきました。
インドネシアのスラウェシ島は、世界最大の黒檀の産地です。

黒檀の原木は、年々本数が減っていて貴重な物です。

製材所巡りをして材料を探しますがなかなか見つける事が出来ません。
それでも何とか見事な縞黒檀を見つけました。

6月上旬インドネシアから戻り、デザートスプーンの試作に取りかかりました。

デザインスケッチした紙を貼ってカット
職人歴20年の福田さんでもデザートスプーン作りは始めてでした。

迷いが生じたらデザイナーの堅田さんに相談しつつ作り上げていきます。

初版は、厚みがありぼってりしているもの。使い心地は…デザートが崩れました。
直線的な方が良いのでは…

目指すは世界で戦える製品です。どんな仕上がりになるのか。

それから3週間後、東京神楽坂にあるフレンチの名店
メゾン・ド・ラ・ブルゴーニュ

フランスの地で食べて欲しいと願ったスプーンが完成して試して貰いにやってきました。
黒檀の縞模様も鮮やかなデザートスプーンです。

スプーンの先端は0.5mmでシャープ。
ナイフフォークとしても使えるよう直線的になっています。

フランス人達に使って貰います。

「スプーンを口に入れる感じがしない。デザートの食感が良く分かる」

フルーツも切れる切れ味でした

「救いやすい沢山乗るし。食いしん坊には良いわね」

と、概ね好評で自信を得ていました。

「素材の良さを客まで繋げたい。いつになっても100%にならないかも知れないけど、挑戦して良かった」

手応えを感じ、次のパリの見本市に向けて改良を続けて行くそうです。

あのスプーン良いなぁと思いながら見ていました。
箸で1万5120円もするのだから大変なお値段になりそうですけど。


ミネルバの挑戦

東京にも伝統木工で世界に挑む職人がいました。
東京都品川区の匠の技を持つ西洋家具メーカーミネルバ

腕の良い木工職人が多数在籍。
木のクッションなんてのもありました。

「組手、継手の技術を若手に伝えたいが、伝えるのは難しい」
と、語るのは創業者の会長。

「欧州で学んだ技術。ソファー関連が中心だがそれを海外へ。機械化されてしまい技術が育ちにくいが、世界に向かわないといけない。日本の持ち味を生かして提案できると良いと思っている」

西洋からの家具が日本の技で本場に挑みます。


ミネルバとは

1966年創業。15人の職人が働きます。
創業者で会長は宮本さん79歳。1953年東京港区で家具職人となりました。

昭和初期の港区芝周辺には、木工所が軒を連ねてそこで働くことは一流職人の証でした。
「芝の職人と言えばどこに行っても太陽と三食の飯はついて回る」とも言われたそうです。

ミネルバでも全ての家具を職人が手作りしています。TSURUという折り鶴をモチーフにした椅子は32万円。
オーダーを受けてから4週間かけて作るソファーTOKIOは100万円〜。

かなりの高級品です。会長の背中を見て長男44歳が継ぐことになりました。
3年前から妻と共に会社の経営を任されたが、先の仕事が見えないと厳しい状態。

2007年10億円だった売り上げは2016年は3億5000万円になりました。かなりの苦境です。

そんなミネルバの宮本夫妻が1月下旬京都にいました。

細尾という西陣織の老舗に招かれたのです。

宮本さんを招いたのは12代目の細尾さん。
着物の需要が激減する中、新しい価値を作り出そうと、海外のデザイナーとのコラボを実施して、ファッションショーに出品するなど注目の若手経営者

海外のラグジュアリーをターゲットにした物づくりとして、ミネルバの技術と細尾の生地を合わせた家具のラインアップが出来ないかなと声をかけてくれました。

HOSSO

家具ブランドを起ち上げる計画でパートナーにという提案です。

まずはデンマークのデザイナーが設計した椅子が提示されます。

作るとなると結構繊細な部分がある変わった形です。
高い技術が求められます。
しかし技術をアピール出来るチャンスでもありました。

宮本さん
「将来を考えても物を作る職人にスポットが当たって欲しい。必ず物になると思い挑戦するつもり」

細尾さん
「世界のマーケットには可能性があるし、世界最高の家具が何かを一緒に追求していきたい」


細尾とのコラボ椅子開発

依頼された椅子の生産が開始となります。
木工担当 職人歴20年横山さんがつくります

図面を見つめているが、デザイナーが提示してきた直径25mmの木材だと強度的に無理なのがわかりました。

「デザインとして作った段階ではデザイナーが強度までは考えられない。どこで辻褄を合わせて完成度を高めるのか」

事務所に戻り設計を見直します。
デザインを生かしながら、座り心地良く壊れにくい椅子にするか。

まずはギリギリの30mmに。それでも木製の椅子としては細い
安定感と耐久性から足の角度も微調整。
より美しく壊れにくいパーツの継ぎ方を考えます。

木目の向きに注意しながら作業開始となります。

曲線の多い繊細なデザインで、削りながら細く丸いフレームにします。
椅子のフレームに釘は使いません。
継ぎ目に緩みがあると壊れる原因になるので慎重に組み立てます。

一週間でフレームが完成し、背板などを取り付けて表面を仕上げます。
専用鉋などを使い丁寧に整えます。
そして椅子の土台が出来るとクッションと表面の布に西陣織を使用し作り上げていきます。

布地は見る角度灯りの具合で表情が変わるように光沢のある糸が使われていますが、銀糸が入っているので伸びないかも知れないという状態。
布地の特性をいかに引き出すか、手作業で張り具合を調整していきます。

制作開始から3週間。椅子の試作品が完成。京都の細尾に持って行きます。

デンマークから来日したトーマス・リッケという椅子を設計したデザイナーに見て貰います。

仕上がりをチェック
「美しい作り出すばらしい。簡単な仕事ではない」

しかし座った途端前足が割れました。

「ここが危ういのが分かっていたかが、簡単に割れるとは思っていなかった」

高い評価から一転大ピンチとなります。

このままじゃマズイので改善しなければなりません。
椅子の前足は縦横のパーツが組み合わさっています。前足に体重が集中して木目に沿って裂けてしまいました。

そこで継ぎ目を大胆に変更。新たな継ぎ目を設計しました。
継ぎ目を変える事で強度が増します。
強度が増したので、できる限りデザイナーの希望にそうように、フレームを細くしました。

「椅子のフレームとしてこの辺が限界」

クッションのサイズも修正しスタイリッシュに仕上がりました。

「直した分は結果となった。完成度は上がった」

そして椅子を持って乗り込んだのは、アメリカのニューヨークでした。

ICFFという北米最大級のインテリア家具の見本市が開かれていて世界中のバイヤーが集まっています。
その会場近くでテストマーケティングを行う事になり巻いた。

招待したお客さんに見て貰い意見を貰ったのです。

アメリカで家具会社を営む男性
「これはいいですね 気に入りました。カーブの感じと丸みを帯びたデザインも好き」

ブルックリンのアートディレクター

「生地の色合いとフレームの感じが合っている。とても心地良い」
「あなた方のブランドの価値はどこにあると考えている?」

宮本さん
「1つ1つハンドメードでデザイナーの我が儘に答えたいという所」

「素晴らしいと思う」

と、高評価を得ていました。

「こちらにも良い職人がいるだろうし、そういう中で日本の職人の技術というかそういう物に価値を見て貰える可能性があるのは良かった」

西陣織とのコラボ椅子のテストマーケティングは成功となりました。


帰国直前に更にチャンス

2日後帰国間近突然の連絡が来ます。

椅子を見に来たアートディレクターに呼ばれたのです。
アートディレクターは、カート・ビゲンホ

アート作品を制作してイベントをプロデュース。企業広告のデザインも手がける人です。
そのカートさんから、申し出が

「実用的なアートをテーマにした展示会を考えている。椅子と実績を知って一緒に仕事がしたいと思った。企画に興味はありませんか?」

椅子をテーマにしたプロジェクトISU ismというのを企画していました。

世界中のアーティストからデザインを募り、それを元に職人が椅子を作るというプロジェクト。

「アーティストがより自由に発想出来るようあなた方の高い技術が必要」

技術力を高く評価されたようです。

「具体的に話が聞けるなんて思ってなかった」と宮本さん。

完成作品は、世界中で販売も視野に入れているようです。
老舗家具メーカーの逆襲が始まりました

「挑戦することでしか物を作る技術とか自分自身も成長していかない。本当にこれからだと思う」


まとめ

細やかな日本の木工技術。それを生かす場は日本人の生活スタイルの変化により減っている。
しかし木材は世界中で使われる材料。活躍の場を探せば生き残る道がある。それを見つければ、時代を超えて匠の技を引き継ぐ原動力となる。と締めくくられていました


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年06月27日

『若者が磨く!新【特産品】』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 若者の力により地方の産物を売り出すという取り組みを追っていました
  • 岡山県倉敷児島のデニムを売り出すため新たな製品を生み出すエブリデニムの挑戦
  • ハピキラファクトリーという女性2人の会社がデザインで地方の産物を売り出そうとしていました


エブリデニム

東京のカフェの一角でジーンズが売られていました。
直接身につけて貰いその性能を確かめて貰いながらの販売です。

これはエブリデニムという会社がやっています。

通常の5倍も伸びるジーンズとか凄いジーンズもありました。

色々と特徴あるデニムがあるようでして。
2年かけてベンガラをジーンズに固着する技術を開発するなどを活用していました。

エブリデニムは児島の隠れた技術を使い高品質ジーンズを作ろうとしていました。

ジーンズを作ってる工場は日本全国探しても岡山児島エリアを中心に広がっています。
苦境に喘ぐ国産ジーンズの聖地を救うべく動いているようです。


ジーンズの聖地の危機

岡山県倉敷市児島。
ジーンズ産業が盛んな街で繊維から縫製まで工場が集まっています。

ニッセンファクトリーに、ジーンズを履いた大勢の若者がやってきました。
ジーンズ工場の見学会が開かれていました。
東京、大阪からわざわざやってくる若者。

ジーンズの加工工場の見学です。

小さな石と共に洗濯機からジーンズが出てくる様子…ストーンウォッシュという加工だそうです。
石と擦れることで古着のような風合いになるそうな。

手作業でジーンズを磨く作業は、色落ちを再現するあたり加工
職人の手で自然な色落ちを作り出しています。

ツアーを主催しているのはエブリデニムの兄弟経営者。

「自分が身につけている物がどんな人が作っているか知ることで、自分の身に付けている物に愛着が沸いたり長く大事にしたいと思ってくれる」

そういう思いからツアーを企画したようです。


児島の歴史

児島は塩田が広がる塩の街でしが、塩分の多い土地では稲作が出来ません。
そこで目を付けたのは、綿花(塩分を吸収する)

収穫した綿花は学生服に加工されて一気に産業化。そしてその学生服の縫製技術をジーンズに応用して、児島は国産ジーンズの聖地となった

しかし、中国製などにおされ、1983年には546軒あった関連工場も、2014年には186軒に。
かつての元気を取り戻せないでいました。

「昔は賑やかだった。土曜市とか祭りと回ったら、商店街は人が通れないくらい」
「今は猫の子一匹いない。古い店は全部無くなった。昔ながらの店はない。」


ジーンズ兄弟

岡山大学にエブリデニムの兄弟経営者の弟がいます。

環境学を学ぶ現役大学生でした。
「デニムの染色や洗い加工をしている工場から出る排水をどうやったら効率的に綺麗な水にして河川に放出できるかというテーマで研究している」

研究をしながら休日をエブリデニムの活動に当てています。

兵庫県加古川市に生まれた兄弟。ジーンズが好きな兄弟でした。
大学進学を機に弟は岡山に、児島を訪れジーンズ産業の衰退を目の当たりにしました。

「児島の持つ技術を多くの人に知って欲しい」

そういう気持ちから、2015年エブリデニムを起ち上げました。


新たな商品作り

新たな商品作りが始まりました。児島にある生地メーカーショーワ

ジーンズの街ならではの豊富な生地があります。
ショーワの社長高杉さんが、エブリデニムに使って欲しいとっておきの生地を見せてくれました。

横シルクのデニム:シルク混

シルクと綿が混じっている生地です。

一般的なデニム生地と比べると目が細かく光沢感と柔らかい手触りが特徴。
デニムというと荒い感じのイメージがあるが、それと比べ凄く綺麗です。

「良い意味でデニムっぽくない」

生地メーカーの社長も
「これから売り出そうとかした場合、若い人の方が自分たちで作ろうという意気込みがある。そういう意味ではうちの素材を上手く使いこなしてくれるのは若い力じゃないかと」

シルク混の製造現場

生地を織る機械が動いています。
シルク混は縦糸に綿、横糸シルクが使われています。
他の生地より高度な技術が必要となります。

織るスピードは1時間に4メートルと普通の倍の時間をかけてゆっくりと織る形となります。
繊細なシルク混は縫製も難しい生地でした。

エブリデニムはどんなジーンズを?

新作ジーンズのデザインに取りかかる弟。
目指すのはシルク混の高級感を生かしたデザインです。

「ジーンズはカジュアルすぎるので履いていけるところが限られる。キレイめなスタイルのパンツにしようと思っている」
「はいていく場所を選ばないジーンズに出来たらと思う」

東京八王子にある兄の部屋へ。兄も現役大学生です。
茨城県の筑波大学まで通っているそうです。

今までに無いジーンズのデザインを見せます。
股上を深めに取り、ポケットは斜めにカット。通常のジーンズとは異なるデザインです。

岡山県倉敷市

足を運んだのはエブリデニムでも付き合いがある橋本被服

サンプルを縫製するための打ち合わせでした。

社長の高畠さん。
「普段あまり縫うことのない特殊な生地」

早速サンプル縫製が始まります。

太い糸は使えないため、細い糸を。
糸を変えるだけでなく縫うスピードにも気をつけます。
本来のデニム生地は一気に縫うが、早く縫える素材ではありません。

シルク混はデニムと比べ薄く柔らかいので通常のスピードで縫うと縫い皺が出来るそうです。
それを防ぐためゆっくり動かし、通常の倍のスピードで縫製します。

デザインも使う生地も縫製も違うジーンズ…どんな風になるのか。


新しいジーンズの完成

1ヶ月後。軽やかなデニムスーツが出来ました。

しかし大問題が発生。「擦れて色落ち」
シャツにジーンズの色が移ったのです。
裏面に同じシルク混の生地を裏側に使ったのが原因でした。

5月下旬。色移り解決策を考えます。

細長い布…ポケットの裏地と同じ生地を裏側のシルク混の上に使い色移りしないようにしました。
そして耐久性なども損なわないようにしました。

生地選びから8ヶ月。新作ジーンズが完成します。
「あまりタイトに作りたくなくて、ゆったりとしシルエットに」

東京西東京市で、キャンピングカーによる移動販売が開始されました。
店舗を持たない彼らの得意の販売方法です。

テントを設置して試着室として使います。

早速客がやってきて試着。
一番新しいシルクを使ったスラックス型のデニムパンツを着用します。

「いいです。履き心地も良い光沢もあってドレッシー」

この新作ジーンズ10月から本格販売するそうで2万円前後とのこと。


「児島の工場の技術を発信していく。今までより客に現場に来て貰ったりそういう活動を通してもう一度児島という産地が元気になれば良いと考えている。僕たちがその力になればと思って活動している」


長野県小布施の栗鹿の子を売り出す?

長野県小布施町人口11000人の街です。

そこに2人の女性がやってきます。ハピキラFACTORYの社長と副社長。

小布施堂という90年以上の歴史のある栗を使った菓子のお店に行きました。
栗鹿の子が名物で栗のみを栗の餡で包んだ自慢の一品です。

ここと一度提携して商品を売り出したそうです。

4年前の大学生の時小布施町を訪問して、小布施堂と出会ったそうです。

伝統の和菓子栗鹿の子を知って貰いたいとある提案をします。

パッケージのリニューアル

赤いハート型にしてバレンタインデー向けに発売することに。
売り場は若者の街渋谷。

10日間で2000個が完売するという偉業を達成しました。

小布施堂の営業責任者も

売れると思っていた?

思っていなかった。
商品も彼女たちの年代に合わせた物にリニューアル。売り方も彼女たちが係わって大きく変わった。
結果的に大きく動いた


ハピキラFACTORY

東京品川区に地方の商品を大ヒット商品に変えるハピキラFACTORYがあります。

女性2人の会社で、普段は会社員をしているとのこと。
休日平日の夜にカフェやご飯を食べながら楽しく経営しているそうな。

今まで売り出した地方の産物として。

10年使えるmy包丁

岐阜県関市の包丁です。
どうしたら女の子に使って貰えるかとプロデュース。

包丁というと黒くて重厚感が多いが、女の子がかって嬉しくなるようにパステルカラーにして今までと違う雰囲気のパッケージにしました。

Sake de Pumpkin

常陸太田市の「里川かぼちゃ」
食べたら普通のかぼちゃと似たような味をしていたそうです。

特別なときに送り会えるような商品にならないかと考えたそうです。

かぼちゃ焼酎にしました。

女の子が焼酎を飲む機会はないので、瓶を細くしたりデザインもお洒落に見えるようにしました。

誰かに贈るようなプレゼント系なラッピングにする事で特別感を演出するのがポイントのようです。

「作る・広める・売るをやってきてるが、売るを考えるとお中元、お歳暮の用に「もらう」「あげる」という方が販路が取りやすい」

しっかりとその辺は考えているようです。

そして。
「限定で売り切ることから初めて実績を出して、信頼して貰えるようにする。これが地方の皆さんとの信頼関係の作り方」

まずは小さな規模で初めて信頼を得てから拡大していくという手法を採っているようです


長野県小布施町の果物を売り込め

会社勤めをしながら小布施に通いつづけてある取り組みを行っていました。

30代の若手農家が集まりハピキラファクトリーと共同で小布施町全体の活性化に取り組むようです。

「狭い町だから纏まりあるかと思うじゃん。グループが有りまとまりがあまりない」

小さな町あるある。まとまってそうでまとまってないんですよね。
地方って変にグループ意識ありますから。

農業は主力産業である小布施。
農家の力を結集して売り込みたいが道半ばのようです。

会合には町長も参加。参加していた町長は期待していました。

「街に刺激や情報やあるいはショックを与えて欲しい」

ハピキラファクトリーの女性2人は果樹園へ…ヒールとお洒落な格好で視察です。
なんかそれを見ていて、何だろう。不思議な違和感。
ゴツゴツした石とか転がっているところヒールで歩くとか自殺行為だよなぁとか思います。

若い感性と言えば聞こえが良いのですけど、あれじゃ効率悪くてしょうが無いというか遊び感覚なのか。
ヒールで果樹園巡って「わーすごーい」とかやってるの見てなんだかなぁと。
チャラチャラしてる感じが…テレビ用なのかな? いや私もオッサンですねぇ。

格好なんてどうでも良いんですけど…いや。あれは無いなぁと。
一応私も農業を少しかじってるので分かるんですけど単純に危ないんですよ。
肌を露出する格好でってのはね。はい。

というのはさておき。

小布施では1年を通して様々な果物を作られているが悩みの種がありました。

種類が多いので特産がなく、品質に比べて知名度が低い


その知名度を上げる手伝いをハピキラファクトリーがやろうとしていました。

課題は山積みです。

ミーティングを重ねた結果出た結論

共通の箱とデザイン

果物を1つ1つ売るのでは無く、小布施の果物全体のブランド化をする事にしました。
その為の共通パッケージを考えていました。

ただ果物を詰め込むオリジナルデザインの段ボールを作ると1箱210円かかります。
農家で使用しているのは120円と大きな負担となります。

段ボールはシンプルでも、シールを貼って

ということでオリジナルステッカーを作る事にしました。
普通の段ボールに貼ります。

それで本当にブランドイメージを作れるのか?


オリジナルステッカー

スマホを使ったテレビ会議をデザイナーの人と相談します。
金沢美術大学の東郷さんという堅。

今までの仕事を通して若者同士のネットワークを持つ2人の人脈から選ばれました。

「良い意味でのギャップが生まれたら良いな」
「段ボールだし中はりんご。だけどそのりんごが特別な物であるという風に思って貰えるような」

見た目だけでは分からない品質を伝えたいという難しい注文でした。

第一案はシンプルなデザインでした。

しかい駄目出しが入ります。
「全体的に可愛いアンドシンプル系。もうちょっと大人っぽい方が良いな」

本当に美味しい物が引き立つようなデザインにしなくてはと悩みます。
小布施の果物の魅力を伝えるデザインとは…

最終案は、果物が大きくリアルに描かれ、生い茂る葉っぱもあしらい瑞々しさや、高級感などもだしました


農家さんも「こういうのをしている農家はいない。地味な段ボールがお洒落になる」と高評価。

早速それを利用したネット販売サイトが立ちあがります。

My農家ボックス

小布施の果物をアピールしていて売り方にも工夫を懲らしていました。

年3回3kgの果物が送られてくるというプラン。1万円。
季節ごとに贈られてきて、何が入っているかは手にして始めて分かる物。

旬な果物を中心に送るため発送日も未定ですが、5日で10件の注文が入ります。

1000個来たら1000万円だ!と、色めきだちます。
年内1000件を目標としています。

地方と東京女子のコラボ。新たな感性が地方を変えようとしていました。

「私たちが通訳になって、地方の本当に良い物を伝えることが出来ると良いなと思っている」
「年を重ねていくと、ライフステージにあった地方の見方も出来るようになる。おばあちゃんになっても出来るかなと」

なんて語っていました。


まとめ

国産ジーンズの聖地でこれまでに無いジーンズを作る大学生兄弟。全国各地の地方の産物の魅力を新たに伝える20代女性。
地方活性化のために若者達が動き出していることを伝えた。地方の技術や商品が若者のフィルターで違った魅力でアピールする。
そういった取り組みが今後も出てくることを楽しみにしていると、締めくくられていました



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年06月20日

『ニッポン式【健康】を世界へ!』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 今日のガイアは日本式の健康促進策が輸出されている事について
  • 北原国際病院ではカンボジアに病院を作りました
  • 味の素はベトナムで給食改革に乗り出していました


北原国際病院の挑戦

東京都八王子市にある北原国際病院。

「本当にホテルみたいで落ち着く」という地域に根ざした病院です。

脳外科系を得意とする病院で、1日に救急患者が何人も運ばれてきます。
救急患者を断らない病院でした。

「我々が患者を断ったら次に行くところが無いと思っている」

住民第一で地域の医療を支えてきましたが、2年前の5月にある大きなプロジェクトが動き出した。

カンボジアからやってきた医師や看護師、24人が研修を受けています。

日本で学ぶのは、最新の脳外科技術。カンボジアの選りすぐりの人材ばかりです。

理事長の北原さんにはカンボジア人を受け入れるわけがありました。

「カンボジアで何が起こったかというと、内戦で医療者を全員殺した。カンボジアの医療を復活させたい」

ポルポトの共産革命で、富裕層、知識層を虐殺したのは有名です。
そこには多くの医療関係者も含まれていました。

戦火が収まったときには医師の数は50人に満たなかったそうです。

その為他の国に比べて医師の数が少ないのです。1万人に1.7人しかいません。

そこで日本式の病院を輸出しようとしていました。医師不足の解消に役立てたいと。

「訓練を積んでカンボジアに病院が出来たらもっと良い治療が出来る。世界一信頼される病院へ」


カンボジアの現実

カンボジアの首都プノンペン。
オートバイが市民の足ですが、ヘルメットをかぶらない人も多いようです。
その上交差点に信号が無いため、オートバイと車が交錯して危険です。

救急車の後を追うと、事故現場へ…

オートバイに乗っていて車に追突されたそうで倒れていました。

交通死亡事故は日本の4倍以上(人口当たり)
殆どがオートバイによる物です。

国立コサマック病院

病室はとてもまともとは言えず床に寝ている人も。その病院に交通事故患者が1日20人以上運ばれるそうです。

更に健康保険制度が無く、全額自己負担。前払い制

カンボジアは金が無い人が多いため、前払いじゃ無いと治療が受けられないそうです。

娘がオートバイで事故を起こし駆けつけてきた女性

「お金が無いのでこれ以上何も出来ない。祈り続けるしか無い」

そんなカンボジアに、2016年9月ある病院が出来て記念式典が開かれた。

サンライズジャパンホスピタル

北原国際病院、日揮・産業革新機構のグループが建設した病院です。

日本製の医療機器が並びます。日本に負けない設備の病院の誕生です。

マスコミも多く駆けつけ注目度が高いものとなりました。

北原国際病院の理事長
「高度な医療を手ごろな価格で提供し、貢献したいと思います」

開業イベントの日本式試み

身体測定が行われていました。

血圧の測定なども行われています。
こういう簡単な健康診断すら初めての人が多いようでした。

院長の林さんは36歳
「早く治療すると病気になる前に防げる。意識改革から始める」

更に日本式を持ち込もうとしていた

年会費120ドル払えば診療費が10%割引になりますよ

病院専用の会員カード

患者は年会費を払い、病院がそれを貯めます。
病院は、その資金を元に会員の医療費を安くするというもの

病院独自の保険制度を導入したのでした。

2016年12月。
待合室には多くの患者が診察を待っています。

院長の林さんも患者を診ています。
通訳にはカンボジア人の勉強中の医師でした。

赴任してきた林さん
東大医学部を卒業、脳外科医として勤務していましたが、途上国などで医療活動を続けていました。

こんな思いを語ります。
「カンボジアは医療者がいない。まだ若手の僕でもやれる事は凄く沢山ある。ありがたがってくれるので、やりがいがある」

サンライズジャパンホスピタル

日本人スタッフ24人、カンボジア人111人が所属しています。

救命センターもしっかりあります。そこへ連絡が。

「昨日様態が悪化」という報告で急行することに。

救急車は病院から出動しますが、カンボジアでは救急車に道を譲る習慣がありません。
20分掛けて目的地近くに着いて患者の元へ。

しかしそこでは僧侶が集まりお経を上げていました。
親族達も祈っています。

横たわる男性の姿…間に合わなかったのか…と思いきや。

病院に行く前にお祈りをするこの辺りの習慣でした。

これで病気を治すという風習ですが、患者の症状が心配です。
手遅れになる前に早く搬送したいが…

運び出せたのは30分後。お経が終わってからでした。
病院到着は通報から1時間以上という時間がかかってしまい、容体は更に悪化。反応がありません。

恐れていたことが起こってしまったようで脳の状態を確認すると。
出血で脳が圧迫され危険な状態でした。

「意識が悪くなっているから今日手術した方が良いと思う」

と、カンボジア医師を手術助手にして緊急オペ。
頭部に穴を開けて内出血した血を抜いていきます。教えながらの手術。

「手元を揺らさず性格にこの部分を止血して…ピンセット型の電気メスで止血。」

と、2時間ほどで終了。危険な状態は脱しました。

カンボジア人医師
「患者のために少しは手助けが出来たと思います」
「林先生からたくさんのことを学び、良い医師として独り立ちしたい」

今回の手術費用は1300ドル。年会費を払い会員になれば割安だそうです。

「病院が存続しなければならないので金を貰って診察するという部分はしっかりと患者を集めないといけないが、貧しい国なのでそこで出来る事は何か。貧しい人も助けられるように取り組んでいかないといけない」


カンボジア生活

院長の住まいは病院のすぐ近くです。妻と子供2人を呼び寄せていました。

「日本からカンボジアに来て大丈夫かなと思ったが、順応した。子供は早い」

奥さん
「日本に比べて衛生面とか少し心配なところはあるので」

という奥さんも形成外科医として非常勤で勤務していました。


カンボジアの地方医療の現状

忙しい合間を縫ってある場所へ。
カンダールストゥーングン病院という地方病院の視察でした。

頭に傷を負った男性がやってきます。5日前車に追突されたそうです。
別の病院で傷口を縫って貰ったが、傷口を確認すると、化膿しているようでした。
早速治療開始。

膿を出すため縫合された糸を切っていき、大量の膿をを押し出すと、飲料水で傷を洗浄。

「毎日ガーゼをとって水で洗い綺麗にした方が良い」

現地の医師もじっと見ていました。

「怪我の処置がされていない。我々に出来るのは正しい医療を少しずつ広げていくこと」

サンライズジャパンホスピタルでは、育成したカンボジア人医師を地方病院に派遣しようと考えていました。

5月中旬。サンライズジャパンホスピタルに1人の患者がやってきた。

12月にお祈りされていた男性でした。手術後月に1度検査に通っていました。

診察室では研修を終えたカンボジア人医師が、外来診療を任されていました。
すっかり一人前に。

助けて貰った患者さんは
「この病院が無かったら今頃死んでいた。本当にありがとう」と、手を合わせてお礼を述べていました。
向こうの人はホント敬虔な仏教徒だなぁと改めて思いました。

カンボジア人医師は7人(6月現在)だそうです。

林院長
「日本と同じような質で出来る人を少数精鋭で育てていかないといけない。。そうした人たちが将来他の病院で働いた入り開業したりしてくれて、育てていくという形で広がっていけば良い」

日本式病院が根付こうとしていました。


ベトナムの給食改革

ベトナムのホーチミン。人口は840万人で経済成長が続いている町。

町を見渡すと外国資本のファストフードが沢山。
店内を見るとデブのガキがずらっと。
ハンバーガーを食う子供達がたくさんいました。

経済成長で食生活が大きく変化し、子供達の身体に変化が現れていました。

国立中央小児科病院。6歳の女の子が診察を受けていましたが身長110cm体重33kgというデブ。

都市部では小学生以下の肥満が問題に。

小学生の肥満率は30%を超えるそうです。(主要都市部の小学生)

原因のひとつが学校でした。

ベトナムの一般的な学校給食は、ご飯におかずとスープをかけて食べるもの。
猫まんま的な。

しかし育ち盛りのガキに、栄養もボリュームも足りていないようでして。
それを補うように敷地内には学校公認の屋台があります。

パスタやチャーハン、子供達の好きなお菓子がずらり。
炭酸飲料も小分けで売っています。

給食で満たされないお腹を買い食いで満たすという状態に。

学校給食は健康にするどころか足を引っ張っていました。


日本の学校給食:学校給食歴史館

埼玉県北本市に学校給食歴史館があります。

懐かしの給食の歴史が学べます。

鯨の竜田揚げが出ていた頃は、主食はコッペパン。脱脂粉乳が出ていました。
昭和40年頃にソフト麺が出てきます。
昭和51年からご飯給食が正式に導入。
昭和60年頃には、ビビンバとかが出てくるように。
平成元年になるとバイキング方式が始まったりします。

子供達に栄養指導を行い料理の中から選ぶという食育と言うことで指導しているそうです。

給食は主食、主菜、副菜、デザート、汁物と栄養士が献立の中に取り入れています。

学校給食では日本以外では?

外国でも給食はあるが、日本の学校給食は殆どの学校に栄養士がいるが、外国ではあまり無い
世界に誇れるひとつの文化


日本の子供達の健康を支えてきた学校給食を新興国に広げる試みが行われようとしていました。


ベトナム味の素の給食改革

ベトナム味の素。
ベトナム進出26年。

ベトナム人の味覚に合わせて様々な商品を開発。
マヨネーズ、醤油、アジゴンという調味料(豚のだし)など13種類の商品を製造販売しています。

社内キッチンで学校に提案する献立を考えていました。
ベトナム味の素を束ねているのは本橋さん

メニュー開発に当たり「調理時間、栄養バランス、見た目1食当たりのコストが重要」と色々考えています。

日本式給食「主菜、副菜、汁物、デザート」というのを普及させようとしていました。

中国との国境の町ランソンの小学校。
この町の小学校の給食を改善するために視察へ訪れました。

児童数1200人のホアンヴァントゥー小学校。

給食の下準備は屋外で行われていました。

野菜の仕込み

人海戦術で仕込みが行われていました。

「校舎の中で作りたいけど調理師の数が多くて無理」とのこと。

そして恐ろしく作業性が悪い状態でした。
切れなさそうな包丁とかで危なっかしく下準備。
効率最悪です。

調理が始まるとベトナムメーカーの調味料を目分量でぶっ込むという始末。
調味料を味の素に変えて貰うというのも重要な試みでした。

献立

おかずは豚の挽肉炒めで、ご飯の上に載せてスープをかけるものでした。
味は濃いめで少しのおかずでもご飯が進むようですが、カルシウム、鉄、亜鉛とか微量栄養素が取れる食事ではありません。

そこで先生達に集まって貰います。

見て貰ったのは献立作成ソフトウェア
管理栄養士がいないため味の素が開発したものです。

主菜、副菜、スープ、デザートと、組み合わせればバランス良くボリュームの増えた献立が出来るというもの。
一つ一つの献立には詳しいレシピも有り細かく分量も表示されています。

日本の管理栄養士を担ってくれるソフトでした。
真剣に見入る先生達。

「レシピ家で使ったら夫も喜ぶ」などと気に入ってくれたようです。

しかし視察を終えた本橋さんに心配事がありました。

「スープの他に主菜、副菜。後1品副菜を作れと言ったら大混乱が起きる」


改善案の検討

ベトナムハノイの事務所。早速対策会議が開かれます。

限られた調理時間でどのようにメニューを増やすかアイデアを募ります。

「便利な調理器具が沢山ある。どこなら安い値段で買えるか紹介してはいかがか」というアイデアは採用。

作業効率を上げるための調理器具を紹介する事にしました。

社長は
「献立ソフトを使い食育を進めたい」

栄養の大切さを知ってもらうための食育を始めようとしていました。

ベトナム政府の国家プロジェクトとして認定「学校給食の改革」

学校給食を改善するため、経験豊富な日本企業の支援に期待していると、ベトナム政府関係者。

主要都市では既に開始されている給食改革プロジェクト。
それを地方に広げて全国3800校に広めるそうです。

1ヶ月後ランソン小学校を訪れるとそこには驚きの光景がありました。

調理師達が使っていたのは調理器具。紹介した器具が使われていました。

「安全にしかもスムーズに作業できるからありがたい」

それぞれがやりやすいように工夫して作業効率がアップ。
同じ時間で2倍の食材が準備できるようになっていました。

味付けには豚肉で出汁を取った味の素調味料が使われて塩分が控えめに。

この日の給食主催は、牛肉と豆を煮たもの、副菜は豚の挽肉にインゲンとニンジンの炒め物
スープに、デザートにスイカがありました。

献立ソフトから合わせたそうです。

「とても便利。量もグラム単位で書いてあるので使いやすい」と好評。

実際に食べてみるとしっかりと忠実に作られていたようです。

給食の時間の前には、食育のためのポスターで勉強が行われていました。
食材に含まれる栄養成分、効果が説明されているのです。
子供達にしっかり食育が行われていました。

食材の栄養を学んで貰おうと提案したのが採用されました。

おかずも2品になりボリュームが増加。
食べ方は今まで通りのベトナムスタイル(スープをかける方式)ですが、ボリュームは増えました。

味はどう?

おかずの種類が多くて栄養もある

と、味も量も好評でした。

社長
「プロジェクトをきっかけに給食がもっと良くなる。おいしくなるし、食材を使いこなし、栄養バランスが良い給食が作れることを確信している。手応えを感じている」

味の素が始めた給食改革。ベトナムの子供をどう変えるのか


まとめ

アジアの新興国では経済成長が進むに連れ健康への関心が高まっている。
しかし医療の技術や健康管理の仕組みは不十分。そんな新興国の要望を捉え、日本式の良さを広げられるか。
医療関係、健康関係は、今がチャンスの時ですと締めくくられていました


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年06月13日

『【再び巨大規制に挑む】〜バター不足 更なる闇〜(シリーズニッポン転換の時第3弾)』今日の「ガイアの夜明け」感想

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 乳製品を巡る規制についてでした
  • 農協の露骨なMMJと組合員潰しに戦慄しました
  • 自由な取引を目指すには海外の力でという動きが出始めました


バターは本当に足りないの?

兵庫県尼崎市にある評判の洋菓子店「ケーキハウスショウタニ」

大勢の客で賑わう店内ではシュークリームが人気のようです。
一番人気。1個130円です。
サクサクの皮とカスタードクリームがたっぷり。

「安いのに美味しい」
「早く来ないと。売り切れる」

ケーキも沢山あります。定番のショートケーキは335円など殆どが300円台と手頃な値段。

地元の人に愛されるお店の社長は、庄谷さん。
「北海道の牛乳、北海道のバター、北海道の生クリームに拘っている」

原材料は国産に拘ってきました。
しかし深刻な問題が起きていました。

「2年前の夏から足りないと言われて良いバターが使えないと言うことが一番の悩みの種」

国産バターが調達できなくなっていました。
それを補うのが、フランス産のバター。
国産の代わりに輸入バターを使う状態のようです。

しかしこれにも問題が。

「良い輸入バターが高い。手が出ない価格」

地元(フランス)じゃ1kg600円の業務用バターも、日本に輸入されると2000円以上になるそうです。

何故そこまで高くなる?

東京都港区にある農畜産業振興機構(エーリック)

農水省が所管する団体です。

海外のバターを独占的に取り扱う事が認められている唯一の団体

これを聞いただけで嫌な事しか思いつきませんね。

エーリックの仕組み

入札で輸入業者から最も安く海外バターを買い取ります。
それを再び入札にかけて一番高く値をつけた販売業者に売り渡します。

これは安いバターの価格を引き上げることで、国産バターの値崩れを防ぐのが目的です。

しかし入札する購入業者から意外な話が

「国は焦らせて何回も入札やっているが、国内にはむちゃくちゃ物がある」

輸入バターは売れ残って余っているそうです。

「実情と比べていらないのに輸入している。エーリックは実情を知っている。」

神戸市灘区の保管倉庫にはたくさんのバター。

エーリックは17000トンのバターを輸入しましたがそれが末端まで出回っているのかが不明です。

エーリックが定期的に開くバターなどの情報交換会。
去年かな?の入札による利益が82億円だったそうです。

エーリックを所管するのは。農林水産省。
10人の役員の殆どが農水省のOBや出向者。見事な天下り先でした。

番組ではカメラの取材を申し込みますが、正確を期すためカメラインタビューはNGと。

農水相にバターの現状について聴いて見ると。
「バターの価格や量の今後の不安について解消されている」

価格も量も問題無いとする国側の意見。

しかし庶民の生活には異変が起きています。

この春も、家庭用バターは値上がり。
200g430円と10年間で4割近く上昇していました。

バターはあるのに末端には届かない。
何とも不思議な状態のようです。


生乳の流通の仕組みのおさらい

酪農家の生乳⇒指定団体⇒乳業メーカー⇒製品にする

指定団体は、全国に10個あり運営するのは農協系組織。
そして生乳を全量団体に出荷した人だけが補助金を受けられる仕組み。
生乳は農協系が独占している構図です。

そこで自由に生乳が販売できるように仕様としたのがMMJ(ミルクマーケットジャパン)
MMJは指定団体よりも高く買い取り、安く乳業メーカーに卸すという取り組みを始めました。

以前ガイアでも伝えたMMJの取り組み。
国と農協に挑戦していたが、更なる壁が立ちはだかりました。

酪農家から生乳を買い取る民間卸業者のMMJ。契約農家全国に60軒あります。
群馬県伊勢崎市にMMJの本社があります。

従業員4人で人件費、設備コスト圧縮することで生乳を高く買い取り、安く売ることが出来ます。

茂木さんは酪農家から子牛を預かって育てる仕事をしていたが、仲間が次々廃業していくのを見てMMJを設立。
バター工場作ってくれそうな工場を探していました。

片っ端から工場に電話を掛けますが。
「正直非常にありがたいけど、指定団体との取引があるから。MMJと取引があるならうちから供給しなくて良いよねとなる」
「逆手に取られると立場がなくなる」

指定団体からの露骨な脅し

指定団体が生乳の流通を独占している為、MMJとの取引に及び腰でどこも受けてくれません。

群馬県前橋市にあるタカハシ乳業。
関東の指定団体から生乳を仕入れている中堅乳業メーカー。

タカハシ乳業拘りの乳製品は、農薬、化学肥料を使わない餌で育った牛の生乳で作っています。

こちらのバターは120g488円と、普通の2倍の価格。高級スーパーで売れているそうです。

さぞかし利益が上がっているだろうと思ったら。

社長「バターはハッキリ言って赤字」

利益が大きい高級バターが赤字だといいます。

用途別乳価

指定団体から生乳を買うとき、使う用途により買い取り価格が違います

生乳は117円/kg
バターは75円/kgで買えるはずです。

用途別乳価は、安定供給のためのシステムとして国が定めています。

しかし。
「バター価格で原料を貰っていない。飲料用として買っているからバターを作っても採算が合わない」

指定団体が生乳をバター価格で売ってくれないから採算が合わない

他のメーカーにも聴いて見ると。

「加工向けを認めません、指定団体が言うんだよな」
「指定団体が決めた値段で買うしか無い」
「メーカーは強く言えない。そこなんだよね 本当に」

要するに指定団体が高値で売りつけていたのです。
バターが安くなるはずがありません。

関東のメーカーが仕入れているのは関東生乳販売農業協同組合連合会(関東生乳販連)
取扱高1300億円というとんでもない団体です。

事実関係を聴く為会長に話を聞くと

用途別乳価で原料を売らない事実がある?

「ゼロとは言い切れない」

国産バターが足りないときに指定団体が認めればバターを作れるが?

「飲料用の方が高く売れるのだから有利な方を選ぶのは売る側としては当然」

独占商売しておいて高値で売るという最悪の仕組みが出来上がっていました。

独禁法というのがどれだけ重要かというのがよく分かりますね。
独占されるとこういう殿様商売になりますから。

用途別乳価のシステムは機能していないのです

指定団体がバター向け乳価を認めない。
認めないというと言うことは作らせないと言うこと。
安いバターを供給することは実際出来ない。

これがバター作りの闇


農協による組合員潰し

釧路市阿寒町に巨大な規制と戦う酪農家がいます。
福田さん(32歳)

酪農を始めたのは6年前。
脱サラして築40年の牛舎を買い取り、奥さんと二人でやってきた
経営規模拡大のために指定団体からMMJに変えたいと考えました。

「高く買ってくれるところがあれば出来るんだという所を見せたい」

北海道の指定団体はホクレン
国内の生乳流通の半分以上を握る農協系組織です。

去年7月に出荷先をMMJに変えたいと阿寒農協に相談に行き、必死に交渉して何とか認めさせたのは以前取り上げました。

今年2月。3ヶ月ぶりにガイアのカメラが訪ねていきました。

すると巨大牛舎が出来ていました! 全長100mの牛舎が出来た。
総工費は牛の導入費用を入れて5億5000万。
全額銀行融資です。

MMJに出荷して高い収益になるという事業計画が評価されました。
自動餌やり装置も備えている最新設備です。

「MMJに出荷する事で収益が出ればもっと大きく出来る。」

しかしホクレンも馬鹿じゃありません。対抗策を打ってきます。

ホクレン:2円60銭買い取り価格を上げる

今までホクレンは88円/kgで買い取ってきました。
MMJは92.5円/kgと、4.5円高く買い取っていました。

しかしホクレンが2円60銭上げると差が縮まります。
組合員に対して離脱を防ぐために策を講じてきたのです。

生乳の自由取引を目指す茂木さんの正念場となりました。

更に露骨に酷いのが地元阿寒町農協

阿寒農協の総会で決まった「賦課金」

険しい表情の福田さんが公民館にやってきます。
阿寒農協の総会が開かれることになっていました。

福田さんは2日後にMMJに切り替えると知らせていました。

この総会のまさかの事態がおこります。

ガイアのカメラだけ追い出される

他の農家さんも「おかしい!」「報道の自由があるだろ!」「トランプかよ!」と怒っていましたが。
閉め出されました。
ガイアの夜明け嫌われてますねぇ。TVHだけダメという。

賦課金:1kg/50銭徴収

要するに牛乳出荷すると1kgに対して50銭徴収しますよ。農協に出荷するしない関わらず

それが嫌なら農協から抜けなさい

露骨に福田さんへ仕返しです。
組合員巻き込んで福田さんを苦しめるという仕組みを作り出したのです。

他の組合員はとばっちりだと福田さんを恨むだろうし。
福田さんは農協に出荷しないのに金が取られる。

他の農家からも反対が出て、半数以上が反対したのにもかかわらず可決されました。

福田さんは計算すると月々10万円支払うことになる。
年間120万以上を農協に出荷しないにもかかわらず徴収されるというあまりにも理不尽な状態

それについて組合長にインタビューをしようとしてものらりくらり逃げるという始末。
クズだなぁ。これが農協という組織のやり方です。余りに排他的です。日本の農業はだからダメなんだと言いたくなります。

しかし、福田さんは負けません。MMJに出荷を開始しました。
指定団体からMMJに切り替えると年間2000トンだと600万アップします。

これが新しい農業の始まり。

他の農家さんも。
「今すぐは難しいけど、送ってみたいという気持ちは十分」
「風穴変えてくれた福ちゃん」

福田さんの牛乳は岐阜県の乳業メーカーに買い取られて中部関西で発売されるそうです。

福田さん
「改革を止めてはいけないので、僕は牛乳を出荷する。賛同してくれる農家もいるので阿寒農協という地元の農協から変えていけたらなと思う」


牛乳を海外で売る

日本の食品が海外で高値で売られているという事実は幾度となくガイアでも取り上げてきました。
日本の数倍の価格が付いているブランド食材もあります。

巨大な規制を飛び越えて酪農の分野でも海外展開をと動きだしました。

群馬県のスーパー「ベイシア西部モール店」

売れに売れている牛乳がありました。

北海道別海の美味しい牛乳

値段の割に一番美味しいと話題。

大手メーカーの牛乳250円(税込)にも関わらず。
別海の美味しい牛乳178円(税込)

美味しいのに安いと話題です。

何でこんなに安いの?

メーカーがMMJから生乳を安く仕入れて安価で販売できるのです。

2月北海道別海町。この町で酪農を営む、島崎さんと中山さん
別海の美味しい牛乳の産みの親です。


美味しさの秘密は餌、国産牧草、トウモロコシなど10種類以上の原料で作った餌です。

「餌を毎年改良して組み合わせも変えて味を良くする農家は無い」
長年頑張って餌を改良してきた農家さんです。

殆どの農家は農協から餌を買っていますが、この方達はアメリカの飼料会社と直接取引でコスト削減していました。

独自な取り組みがもう一つ。
茶色い牛…ジャージーとホルスタインの交雑種を混ぜていました。

全体の1割だけ交雑種の生乳を混ぜているそうでして、牛乳の味がまろやかで甘くて良い味が出るとのこと。

「ホルスタインとブレンドすることで格別な味が出る」

25年掛けてひたすら牛乳の味を追求してきたが、長らく報われませんでした。

指定団体に出荷する場合、各農家の生乳は混ぜられて乳業メーカーに売られるからです

牛乳の味は均一になってしまいます。そこで2年前出荷先をMMJに変更しました。

「自分たちの牛乳を『別海の美味しい牛乳』とすることができた。本当に涙が出て来て嬉しかった」
「自分が搾った牛乳を飲んで欲しい。それにはどうしても指定団体を抜けるしか無いということだった」

2月中旬、別海の美味しい牛乳の生産者の元に外国人の姿がありました。

酪農大国オーストラリアから来たコンサルタントでした。
MMJ茂木さんの姿も。
壮大なプロジェクトが開始されたのです。

オーストラリアのコンサルタント
「日本の酪農を学んで何か支援できないかと思って」

そして後ろにはオーストラリア領事の姿も。

「オーストラリアの会社は色々技術を持っている。協力関係により良い事業が日本で出来ればと言う期待はある」

乳製品に強いオーストラリアの影がじわりじわりと迫ってきていたのです。

名目は「質の高い日本の牛乳をビジネスに出来ないか」

本場の人たちも
「実にユニーク。甘くてしつこくないし美味しい。アジアで飲まれている牛乳より美味しい。これを飲んだら驚く」

と絶賛していました。

そして「別海の美味しい牛乳」の海外展開を独自に進めていた

まずは台湾進出

生産者の方
「指定団体がやってくれれば良いよ。やってくれないでしょう?指定団体の頃は輸出なんて考えたことも無かった」
「1本の道しか無かった。ホクレンに出すだけ」
「自由な道を選んだら無限大の道。どこの道に行っても言い。僕らの牛乳は世界で勝負出来る」

それだけ品質に自信があるからこそですけどね!

台湾
別海の美味しい牛乳がテスト販売されるスーパー。

そこには世界各国のライバルがひしめいていました。アメリカ、豪州、勿論地元メーカー。
しかし日本の牛乳の凄さが証明されることになりました。

別海の美味しい牛乳は720円と一番高い値段。台湾牛乳の2倍です。

試飲して貰うと…
「濃いのにサッパリ」
「台湾のはこんなに濃厚で香り高くない」

と、早速お買い上げ。
その後も別海の美味しい牛乳が次々に売れました。

「北海道の牛乳と言えば新鮮なイメージがある台湾では見かけないので買ってみようと思った」

30本は完売。1ヶ月のテスト販売の結果450店舗での販売が決まりました。

「規制に守られていることは今までは大事なことだった」
「これからは我々も変わっていかなくてはいけない。マーケットは国内だけでは無く海外にもある」
「実現して次の人たちに未来と希望を与えていきたい」


バター作成プロジェクト

6月上旬札幌市。
酪農家から集めた生乳でバターを作る計画の茂木さん。

オーストラリア領事館を訪れていました。
領事が出迎えてくれます。

オーストラリアと結んでテレビ会議が開かれます。

乳業コンサルタントと話していたのは。

「工場の能力を知りたい。1kgの生乳をバターと脱脂分優にして出荷するまでのコストが知りたい」
「工場をどこまで自動化するかで製造コストも変わってくる」

茂木さんは、酪農大国オーストラリアの技術を使いバター工場を作ろうとしていました。

オーストラリアにも思惑が。

「入りにくい日本の市場は違う戦略を持たないと参入できない。茂木さんの動きは市場を変えるきっかけになる」

安くて質の高い国産バターを作る新たな取り組みが始まりました。

「使いやすい値段リーズナブルな値段で届けたい。欲しい品質の物を必ず届ける流通を作れれば」


纏め

今回見てきたような規制が必ずしも悪いわけでは無い。
規制は製品や価格の安定をもたらす。
しかしその一方で農産品が守られているせいでより高い値段で商品を買うことになっている。
この試みは農業を変える転換点となる可能性を秘めている。
こうした機会をきっかけに農業が強くなると消費者のメリットにもなると締めくくられていました。

重要なのは規制が悪いわけでは無いという事。

守る為には重要な部分もありますが、それが消費者の不利益になる側面もあるなら是正も必要。
余りに締め付けると余計な反発を産みそこにつけ込まれて海外から横やりが入るという結果を生みます。

その動きがチラッと見えたので少し怖いなと思った今日のガイアでした。

規制が結果的に日本の農業を潰しかねない。
独占は、ごく一部の利益にしかならず、大多数は得をしない…


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年06月06日

『【東京】を攻める! 新たな挑戦者』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 地方から東京へ進出した企業のお話
  • 自販機のミリオンは格安商品を東京に広めようと努力していました
  • ゴリップは1日肉で楽しめる店をオープンさせました


沖縄の自販機「ミリオン」

沖縄県那覇市

最高気温30℃近くになったこの日冷たい飲み物を求めて自販機を利用する人たち。

国道沿いの弁当屋の前にある3台の自販機。
コカコーラとダイドーの間に黄色いミリオンの自販機がありました。

弁当を買った後に使われるのは、ミリオンの自販機ばかりでした。

「値段が安い」「弁当のおつりで自販機で飲み物を買える」

と、この自販機は安さが売り。
500mlのペットボトルが100円。缶コーヒーも100円。どのメーカーでも100円。
80円の物もありました。

人気の秘密はそれだけではありません。

「ゴクビタン」

聴いたことも無い飲み物。この自販機のオリジナル商品です。

さんぴん茶、ゴクビタン…更にはサイダー50円など。

黄色い自販機は安さで勢力拡大しています。沖縄県内に3000台設置されているそうです。

ミリオンの本拠地

沖縄県うるま市。幹線道路から脇道の山道の先に、黄色い自販機が大量に並んでいます。
次々に出荷されていく自販機がありました。

指揮を執るのはミリオンの平川専務。

株式会社ミリオンのナンバーワンの売り上げを誇る自販機データを見ると月に6040本販売。
月商は592,950円。全国平均の8倍以上です。

しかし沖縄では飽和状態。
党錮とで東京進出を目指していました。

「今力を入れているのが東京のど真ん中山手線の中で増やしたい」


自販機の歴史

街の至る所にある自販機、日本にはコカコーラが最初で1962年。
瓶を引き抜くタイプで栓抜きが付いています。

1976年。自販機革命が起こりました。
温かい飲み物、冷たい飲み物が同時に売れるようになります。

今年の3月にはタッチパネル自販機。
現金利用できない自販機で、ネットで注文してQRコードで受け取ることが出来るという面倒くさいかんじ。

そんな身近な自販機。
東京を舞台に新たな戦いが起きていました。


格安自販機のミリオンの東京進出

ミリオンの強み

巨大な倉庫に段ボールが山積みになっています。

ポッカの缶コーヒーやアサヒのワンダ。ドトール。様々な飲料メーカーの製品があります。

「メーカーが売り損じたとか、作りすぎたとか少しでも安く仕入れて消費者に還元し販売をしている」

独自ルートで格安で仕入れていました。
特徴は商品の賞味期限にあります。

例えば2017/07/06まで。撮影日時点であと2ヶ月とかです。
賞味期限迫った商品を大量に仕入れて格安で売るのです。

更にトラックで大量に運ばれてきたのは、沖縄県民に人気のお茶。
ミリオンオリジナルです。
さんぴんちゃ(ジャスミン茶)
ルートビアというアメリカ発祥の飲料。アメリカに縁の深い沖縄ならでは。
オリジナル商品は17種類あり、沖縄県民の好みに合わせてあります。

「自社の自販機なので何の商品を入れようがいくらで売ろうが規制は無い」

沖縄の商品を満載した黄色い自販機です。

契約にも工夫

契約形態は2つ

歩合制

商品の売り上げの25%のをオーナーに払うもの。売れれば売れるほど儲かります。


固定料金制

売れても売れなくても一定金額を支払う。確実に収入が見込めるというもの。

これで1年で1000台と設置台数を増やしました。
沖縄県内は飽和状態なので東京進出を決めました。


ミリオンの東京進出

東京は日本で一番人口が多く1台当たりの売り上げも日本一高いです。
自販機の最激戦区です。

営業にきた専務。気になる所が見つかればメジャーを取り出して設置できるか確かめます。

置きたい場所を見つけたら即交渉。

年季の入ったとんかつ屋さん。
長年続いている店は長期契約が見込めると考えました。

「無理ですねー」とにべもなく断られました。

良さげなビルを見つけましたがオーナー不在。

「東京は難しい。沖縄だとすぐ決まる。東京はうちのことを知らない人が多いので」と専務。

専務は昔、不動産業を学ぶため上京しました。
交通事故で右足を負傷して地元沖縄へ戻り、大手飲料メーカーに勤務後1992年にミリオンを創業しました。

「東京へのリベンジを果たしたい」という気持ちもありつつ営業を続けました。

そして改めて実感したことがありました。
特保飲料などの多さ。

「沖縄には殆ど無い。東京は健康を考えた商品が多くなってきて関心が高いんだと思う」

そこで東京進出に辺り手を打ちます。

マレーシアの提携工場。
ミリオンのオリジナル果汁飲料の多くが作られています。

東京攻略の新商品開発が行われていました。

ライチ果汁入りのジュース

ただのライチジュースではなく黒い粒が入っています。何か気持ち悪いです。

しかし美肌に良い「バジルシード」のドリンクだそうです。
バジルシードは栄養価が高いとされるスーパーフードのひとつ。

バジルシード水に浸して暫く待つと、種の周りが寒天で覆われたようになる。
それは食物繊維だそうです。

その最終チェックが行われていました。

東京で戦うための武器になる…のか? 何か気持ち悪いんだけどと、素人の私は思いましたが。
後ほど書きますが、売れてました。女性に。

「絶対に売れると思っている。自信が無いと東京には出て行けない」

流石専務です。

沖縄ミリオン本社。マレーシアで作られた最終サンプルが届いていました。

ターゲットは女性
「コンビニの商品は高い。ダイエットのために買ってたら破産する」などという意見を受けます。

スーパーフード飲料は増えていますが割高です。
値段の試行錯誤も続いていました。


提携先の獲得

港区のオフィスビルにあるエイブルコーポレートサービス。

以前から営業をかけていました。

「固定料金制」というのもあるというのが決め手となり提携して貰えるようになったようです・
東京で多くの物件を扱うこの会社と契約できれば一気に設置台数が増やせます。

「安くて美味しい物が飲めるのは嬉しい話なので間違いなく一緒に仕事が出来る」と、社長からも太鼓判。

そして東京渋谷区にミリオンの本格進出となる自販機が設置されました。
黄色い自販機安さアピールしています。

半数がオリジナル商品で、バジルシード飲料もテスト販売。

150円(350ml)とちょっとお高めでした。

早速利用者がちらほら

「こんな自販機見たことない。50円って間違えてるのかと」

バジルシードも売れていました

「サッパリしてて美味しい」

本格的東京進出始まったばかりだけど次を見据えていた。

「50台100台200台とスピードを持って進めていきたい常にチャレンジ精神で今までに無いものを仕掛けていきたい」


ゴリップの新しい業態

東京六本木。新しいビルの中に、関西で人気のチェーンが入っていました。

京都勝牛

牛カツの店じゃないか。知ってます。なんかの番組で見た気がします。

関西ではメジャーな食べ物のビフカツ。
トンカツは非常に揚げるのに長い時間だが牛カツはさっと揚げれば終了。
醤油わさびで食べるものです。

関西で走られている店が東京に進出していました。

何故東京に?

2014年に京都に1号店をオープン
牛カツ文化を広げたくて東京は全国に展開するためには必要な場所

試行錯誤した?

関西と比べると店を出すのに、家賃が高い工事費が高い、コストが上がるが、難しいが、牛カツ専門店は調理が早く回転率が良い
1380円〜1480円 日常使いとしては料金が高いが高単価、高回転で収益を。

牛肉に拘った外食チェーンなので、肉を使って朝から夜まで楽しんで貰おうと
今までに無い新しい業態を考えている

と、運営会社ゴリップの勝山社長が語っていました。


NICK STOCK

京都市下京区にある「NICK STOCK」

肉そのものが売りの店です。
手頃な値段で一日中様々な肉料理が食べられるカフェです。

9:00

利用客は仕事前の会社員。厨房はハンバーガーを調理中でした。

アメリカ産牛肉を熟成させて赤身のうまさを際立たせた自信作のモーニングは480円。

「肉を食べているハンバーグという感じ」

ランチ

スタッフが朝の店頭メニューをかたづけて食べ応えのあるランチメニューに変更。

熟成牛ハンバーグにアボカドチーズが乗ったランチは1380円。

ディナーメニュー

厚切りベーコン、ソーセージ、ステーキなどが1kg入ったニックビレッジ4980円。
3,4人の家族ならこの1皿で十分です。

こうやって朝、昼、カフェタイム、夜と1日4回メニューが変わります。

肉料理:4毛作戦略

こうやって客を1日中肉の虜にしていました。

4月上旬の渋谷にゴリップ社長勝山さんの姿。

道玄坂に面したガラス張りのビルに4毛作戦略の店舗を起ち上げることになりました。

1F、2F44席。
「渋谷では営業時間にずっと客が入っている状況を作らないと高い家賃を払ってやる意味が無い」

と意気込んでいますが、頭の痛いことがありました。

店の近くには、競合ハンバーガーの大手チェーンが勢揃い。更にはいきなりステーキもありました。

「しっかりメニュー差別化する。同じ戦い方をするつもりは無い」

アメリカイリノイ州で目玉の安くて美味しい肉を探します。

「来店頻度を増やして貰い、もっと日常的な使い方をして貰いたい」という想いもありました。
「1000円を切って満足する肉料理。特に牛肉が食べられれば。」

イリノイ州で育てられているブラックアンガス

和牛に似た油ののりが特徴。コーンを食べるから肉が甘くなるそうです。

イリノイはトウモロコシの収穫量が多くコーンベルトと呼ばれる地域。
厳しい冬に備えてそれを食べて太るから肉質が良くなるそうです。

ぼてっとして足が短いのが美味しい牛とのこと。

牧場から30分の食肉加工業者。アメリカでは中堅規模の食肉業者で1日に450頭を解体しています。
中堅ながらイリノイ産など質の良いブラックアンガスを使う会社です。

「上位の2つの等級しか使わない」そうです。

そんな肉でも手頃な部位があり「肩ロース」という部位でうs。

勿論安いからには問題がある訳です。

身体を支える肩の付け根なので肉質が固くスジが多いのです。
ブロック肉の1/3がステーキにするには向かないものでした。

固いという部分を焼いて食べますがやはり歯ごたえありすぎる模様。
肉を生かす方法を、総料理長の牧村さんに調理を託しました。

ナイフでは切れないレベルのスジがありました。

「全てが使えたら価格も抑えられる」

と、スジまで食べられる料理を考える事になります。

そこでまずは細かく切り挽肉に。
それを押し寿司の型に詰めます。

成型肉みたいな感じになりまして、それを焼いていました。

ハンバーグみたいだが、つなぎ添加物は一切使っていない牛肉100%の肉が出来ました。

ミンチ感は無いようです。
油が溶けやすくてジューシーになったとのこと。

「1000円以内で食べられたらステーキより美味しいかも」

ということで980円のランチセットができました。
ブラックアンガスを使ったメニューです。

肩ロースステーキもかなりのボリュームで1000円提供されるようです。

更に鹿児島県南九州市でオープンギリギリまで食材を探していました。

岡山フードサービス 知覧農場で作られているブランド鳥は…デカイチキンでした。

鹿児島薩摩極鶏 大摩桜(だいまおう)

名前凄い。胸が凄いパンパンでした。鳩胸みたい。

低カロリーの餌で120日以上飼育し引き締まった肉質が特徴です。
これもメニューに加えました。

5/29オープン

店舗のレイアウトにも拘ったお店は8:00オープン

モーニングはライバルが多いハンバーガーは辞めてホットドックにしました。

その分価格は抑えめ。

モーニング特別メニューはドリンク付き450円。ゆで卵食べ放題。

テイクアウト専用コーナーも作りオフィスで仕事をしながら食べる人を取り込みます。

ランチタイムは行列となり、近くのビジネスマンが来て大盛況。女性が多かったようです。

ブラックアンガス挽肉固めたメニューが一番人気です。

味の評価は?

「ソースが合う。凄く美味しい」
「ハンバーグとステーキの間みたい美味しい。固すぎずやわらかすぎず」

カフェタイムはパンケーキの女性で賑わってました。

19:30のディナータイム

店は酒を楽しむ人でパブの雰囲気となり、大摩桜の陶板焼きなどが人気だったようです。

「歯ごたえが違うので噛んでいて味が出てくる感じ」

狙い通り終日満席となりました。

最期に社長の言葉。
「この業態を東京で広めたい。地方には東京に無いものも沢山ある。それらを東京のスタイルに合わせながら戦えば東京は魅力的な市場だと思う」


纏め

低価格とオリジナルの飲料で自販機に旋風を巻き起こす沖縄のミリオン。
肉に拘るメニュー開発で新たな文化を生み出す京都勝牛(ゴリップ)

東京というマーケットで戦う地方の企業には他には無い戦略と強い想いがありました。
新しい楽しみ便利なサービスを提供してくれる力が東京では求められている。

と、締めくくられていました。


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年05月23日

【残業】やめられますか?【15周年企画 ニッポン転換のとき第二弾】〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • ノー残業。残業を減らせと言うことについて
  • はるやまでは、繁忙期にノー残業を開始して社員の不満を高めつつも結果を出しました
  • フレスタでは残業削減と共に生活給についても見直していました

プレミアムフライデーは失敗に

2月に発表されたプレミアムフライデー。
月末の金曜日に早く帰ろうという取り組みです。月末なんて糞忙しいのに絶対無謀なんですけど。

日本テクノの場合

プレミアムフライデーを導入することにしていました。社員は1000人。
1回目のプレミアムフライデー。
13:00過ぎ。帰る人がゾクゾクと。

「子供とキャッチボールします」
「昼食べて夜スノボ」

全社員の3/4が制度を利用しました。

2ヶ月後。3回目のプレミアムフライデー。

皆、普通に仕事してました。
帰り支度の姿は殆どありませんでした。

「帰ろうと思えば帰れるが結局仕事が後ろ倒しになる」

2月に750人だったプレミアムフライデー取得者は4月は80人

広報担当
「ここまで少ないとは思わなかったどう定着させるかが問題」

そもそもプレミアムフライデーなんて無理なんです。
上が主導する作戦というのは必ず失敗しますから。


働き方改革

電通の長時間労働常態化。
ネット通販の裏で宅配業者の過重労働が表面化。

働き方は転換点にさしかかっています。

池袋にも働き方の見直しに取り組む現場があります。

パーフェクトスーツファクトリー池袋本店

はるやまHDが全国展開する紳士服ブランドです。

池袋店を含む10店舗を管理するブロック長は内山さん40歳。

閉店後も商品補充などに忙しいスタッフ。
これまでも残業の削減に取り組んできましたが成果は上がっていませんでした。

「前年度は1人当たり平均36時間出ている」

池袋店の1ヶ月の残業は36時間。
60時間近いスタッフもいました。

「削減という意識が弱い」

3月はるやまは改革に乗り出しました。


ノー残業手当

はるやま東京支社。

全国のブロック長が集められました

「プレミアムフライデーだったり国が中心となった取り組みがなされている。その流れに乗っていく」
「ノー残業手当を導入。残業せずに済んだ人や店を評価する」

突如会社から発表されました。

ノー残業手当

残業0の社員に手当を支払うもの。
残業をしなかった社員に月額15000円支払われます。

残業をしても、残業代が15000円以内だったらその差額を支給するものです。

内山さんのブロックは大きな店舗を抱えていて到底無理。

「人員増やすと言っても難しいですよね」と泣きそうな内山さん

トップ
「人は揃えられない。人員が足りない問題は解決できない」

内山さん
「難しい…」

解決策に頭を悩ませることになります。


ノー残業の押しつけ

業務の無駄を秒単位で削る残業を減らす上司。
難題を突きつけられ反発する部下。

「何でノー残業。一番忙しいときに」

残業を減らせと言っても思うようには行かない。どうすれば良いのか。

残業削減の理想と現実。戸惑う現場のお話でした


はるやまHDのノー残業手当

残業削減を行うパーフェクトスーツファクトリーの内山ブロック長。

3/15:ノー残業手当導入前日

「3/16からノー残業手当制度がスタートします」
「これを機会に自分たちの仕事の仕方を見返して貰いたい。皆さんの気持ちが変わらないと成功しない。ノー残業手当を成功させたい」

と思いを語りました。
会社を挙げて始める新制度にスタッフは

「率直に嬉しい」
「残業しないで金が貰える」
「残業はマイナスイメージがある。プライベートが充実できるのは良いこと」と歓迎する社員の一方。

入社3年目の百合草さんは否定的。

「残業を普段からしていない人が得をする。残業普段してない人に手当が出る」

そう語る彼は、系列店個人売り上げ1位。はるやま期待の販売員でした。

営業トークも軽快で素晴らしい接客。時間を掛けて客の好みを掴むやり方で売り上げてきました。
スーツだけでは無く、靴やネクタイも纏めて提案してまとめ買いで客単価を上げるのが売り上げNo1の秘訣です。

かなり接客に時間を掛けるのでどうしても残業が発生していました。

残業削減策1

ブロック長は、マス目を塗ることで残業時間が分かるグラフを作ります。
数字に出ると逃げれないとのこと。

残業削減策2

朝から、スタッフの袋詰めスピードを計測。
秒単位で袋詰め速度を上げるようにと、秒単位の時間削減を始めました。

移動も接客の時以外は早歩き。

靴の保管場所から売り場までの歩数を数えて、靴の在庫を売り場へ移動します。

「良く出る商品は売り場に出ていれば何秒か短縮できる」
「1日、1週間、1ヶ月とみれば時間短縮になる」

残業削減策3

百合草さんの接客スタイルにメスを入れてました。

「客が何を求めているのか。もやっとしているならこちらから何か引き出してあげないと延々と続く」

百合草さんは接客には拘りを持っているのでちょっとむっとします。

「接客のスピードは客によって強弱があるので、早くと言われても限度がある」

百合草さんは、両親と3人で暮らしていますが。

保険会社の営業マンの父。
「働いた方が良いんじゃないかという気がする。昭和の男は」

ノー残業よりも働けるときに働くというのが染みついているようでした。
それも分かるんですよね。


ノー残業で売り上げノルマも達成

残業削減意外に達成しなければならない物がある。

売り上げのノルマ

3月から4月は紳士服業界はかき入れ時です。年間の売り上げの半分以上を占める訳です。

忙しい時期に会社はあえてノー残業を求めた


「今が繁忙期のピーク。この時期に出来ないとおそらく続かないと思う」
「絶対にやって欲しくないという時期にあえてスタートを切った」

会社の強いメッセージでした。酷いですけどね。

忙しい時期だけに客足が閉店間際も途絶えません。接客に追われ残業に追われる社員が相次ぎます。

追い込まれる現場…残業削減に拘るブロック長。

客と接している時間の作業や商品を取りに行く時間を早めるしか無いと、これまで閉店後にやっていた商品補充なども接客の合間に行うようになりました。

それにいらつく社員達。
残業を削るため日中にやれる事が増えて接客に集中できない状態になっていました。

売り上げトップの百合草さんもノルマ未達成になってきます。

そしてついに百合草さんの不満が爆発します。

4/9閉店後
「マネージャーお話良いですか外で」

「残業しないで売り上げ取れないんだったら、残業しても売り上げ取りたい」

ノー残業への不満をぶちまけました。

「何で今なんですかね? 一番忙しいときに」

と言われ、ブロック長も。
「最初だから違和感がある。会社として制度としてやっていこうという・・・強引に押しつけるのは良くないかなと言う想いもある」
「ぼくはぼくで立場もあるし」

会社と自分の考えを伝えるブロック長がいました。

4月中旬。はるやま東京支社。

役員と話し込む内山さんがいました。
「百合草さんは負担を…負担と言うよりストレスに」

役員
「それは本末転倒。会社は望んでいない」

ブロック長は「え?」だったでしょうねぇ。

「いきなり100点じゃなくても良いと思う。一歩踏み出したことに大きな価値がある」

要するにある程度加減はしろという事のようでした。


ノー残業を目指すことで生まれた課題と結果

これにどのような答えを出すのか。

閉店間際に大勢の客が残る店内。
ブロック長は「閉店時間を延ばすことを決断」しました。

百合草さんも
「いた方が目標に行くならしたい」

残業削減より売り上げを選びました。

そこら辺のバランスを取るようにしたみたいです。

制度開始から1ヶ月

残業削減に取り組んだ成果。

「同時期が店平均で36時間。今月は3.1時間。1/10になった」
「売り上げも前年比110%」
「よく頑張ったと思うので自信を持ってくれ」

しっかり効果が出ました。

ブロック長
「15、16年くらいやってきたが価値観が変わった。社会が変わっていく中で私たちも働き方を変えなきゃいけない」

ノー残業手当制度は新たな働き方を考える転機になりました。

百合草さんも前年52時間から4時間に残業減りました。

何をもたらしたのか?

「俺の仕事量は残業無しじゃ出来る訳がないと思っていた。でもできた。」
「残業が当たり前だったときに比べると貯金しづらいところはある」

残業を減らす事の意義はあるが、手取りは減る。

日本には生活残業がありますからね。

そもそも給料が安いですから!!!!

日本の問題は基本給が安いこと。
給料を増やさないでノー残業しても消費が落ち込むだけなんですけどねぇ。


20〜50代の会社員200人にアンケート

残業削減企業の社員が対象です。

収入が減った3割となりました。

残業代を当てにしていた社員にとって暮らしへの影響はどうなっているのか



とあるシステム開発社員のお話

パソコンに向かうのは田中さん38歳(仮名)

本業はシステム開発の社員ですがブログの記事のライターの仕事を副業としてやっているそうです。
副業は月2〜3万円。

昔の給与明細では、残業55時間。手当が193000とか付いていました。

今年4月の明細をみると、残業17.5時間手当は35070円。

月収は46万から13万も減りました。

「家族で過ごす時間は増えたが、残業代込みで生活をしていた。家のローンとかあるので生活は厳しい」

残業を減らすことで人々の暮らしに影響が出始めていました


スーパーマーケット:フレスタの挑戦

広島市にある広島や岡山など58店舗を展開するスーパーマーケットのフレスタがあります。

本部では営業、管理部門130人が勤務しています。

定時は9:00〜18:00終業時刻直前になると突如一斉に慌ただしくなります。

18:00を5分過ぎると、突如部屋の灯りが落ちてPCが消えていくという状態になります。

会社が考えた苦肉の策でした。

PC強制シャットダウンはシステム屋でやったら殺されますが。
定時での退社を促す仕組みだそうです。

指揮を執るのは人事総務部長 渡邊さん43歳。

「終わったという意思表示は電気を消したりPCをシャットダウンした方が分かりやすい」
「仕組みで意識を変える方が現実的」

2月から残業削減策を実施しています。かなりの荒療治です。


定時で帰る社員の一人佐東さん38歳。

「18:00は残るのが当たり前だったが、残るのが悪い事みたいな雰囲気には確実になっている」

とその効果を離していました。

3人の子供、産休中の妻の5人家族です。

一家揃っての夕食は和気藹々と楽しそうです。
定時退社を歓迎しているが、残業代が減るのは…

奥さん
「急な出費が来るとちょっと厳しいかな」

家計では不安があるようです。

佐東さんは食品バイヤーをしています。2万店の商品を担当している大事な仕事。

16:00から重要な仕事が始まる

取引先との商談

残業を減らすため商談時間も見直しました。1社は15分までと商談時間は半分にしました。

が、商談相手は簡単に了承してくれません。
次々に売り込み商品が出て来ては時間が延びます。

どれを仕入れるのかで売り上げが変わるので外せません。

2件目は、うどん…3件目はお茶…と。
45分のはずが1時間30分かかりました。

その日は勿論残業です。

事前申請が必要で、それがあれば落とされないそうです。
ただ、残業します札を上げなければならないようでして。

「定時で上がれない見せしめですかね?」と。

人事の人は、チラシのチェックを始めた佐東さんに
「早く帰ってね」と。
「無理です」と即答されまてましたが。

簡単には0にできない現実がありました。


残業が無くて生活が厳しい

人事の渡邊さんにメールが届きます。

「残業代が減り手取りが下がり困っている」「ダブルワークを認めて欲しい」

給与が下がって困っているという悲痛な叫びでした。

現場も一生懸命残業を減らしている現状で、生活給として残業していた物がなくなりました。

「インセンティブの設計をやってあげないと」

会社は対策へと動き出していました。

残業を減らした分収入が減ります。
その浮いた残業手当を社員に還元。

賞与時に1人最大20万円支給する事にしました。

残業をしなければ半年に1度20万円が貰える制度…羨ましい。

「働く人たちが残業せず最大20万もらえる事にメリットを見いだしたら働き方を変えくれないかなと」

制度にはもう一つ狙いがありました。

フレスタでは新卒採用説明会が開かれていた

「入社をするだろう来年以降は今よりも働きやすい会社を目指して取り組む」

残業減で賞与上乗せ

「残業はあまりしたくないと思っていた企業が率先してやってくれるのであれば」
「ダラダラ仕事するより減らして効率良く仕事が出来るのは良い」

と、説明会に来ていた学生からは好評

新たな働き方をアピールすることで学生から選んで貰える企業にしようとしていた

これは大きいですよね。人材確保も最重要課題ですから。

人事の方
「従業員の働き方を見ながら、この組織にいて良かったと思って貰える組織に近づけるようにこれからも施策を打っていきたい」

と語っていました。


まとめ

今やどこでも働き方改革。本来の目的は社員家族が充実した生活を送る事で残業削減は手段に過ぎない。
それを忘れると削減そのものが目的となる。働く人の改革が、会社のための改革になってしまう。

企業も社員もこの転換点で新しい働き方を考える必要がある。

今回のまとめは至極今回のことを言い表していて、思わず頷いていました。

働く人の改革が、会社のための改革

要するに残業代の削減だけに目が行ってしまい余計に社員を苦しめる事になるという恐ろしさを秘めているという事だなと思いました。

どうでもいいので、プレミアムフライデーは辞めた方が良いと思います。
ブルーマンデーをどうにかして下さい。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年05月16日

どう働く?【人生100年】時代【15周年企画 ニッポン転換のとき】〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 人生100年時代の働き方。副業についてでした
  • 専業禁止の会社や複業採用する企業がありました
  • pookという自分の特技を仕事にするサービスが6/1に始まるようです


ガイアは15周年

2002年から15年760回以上放送されています。
私も追い続けてきました。

経済の現場を追い続けてきたガイア。
当たり前だと思っていた考え方が色褪せ、正反対の考え方が脚光を浴びています。

Amazonなどのネット通販による宅配パンクから、便利さを追求をするのに疑問を呈するようになったり。
残業当たり前から、残業の意識を改めようという働き方改革
大企業の安定を棄ててやりがいを持てて起業や転職をする若い世代など。

どのような生き方を選択していくのか。

「15周年企画ニッポン転換のとき」として探っていくようです。


人生100年時代

東京多摩市。
閑静な住宅街のマンションに暮らす長野さん夫妻
共働きのもうすぐ定年の夫婦。

二人の資産の運用状況を見ていました。
妻が今年から始めたそうです。

「主人が定年になったとき、再雇用にはなるけど給料が下がるとなったときに計算してもっと頑張らなきゃ行けないと。」

定年退職まで6年。老後に不安を感じていました。

東京都新宿では、ホテルの大広間で資産運用セミナーが開かれていました。
真剣に聞き入る奥さんの姿。

フィナンシャルプランナーの方。
「平均寿命が延びて、今は80を超えている。これからは100まで生きる人生100年の時代と言われている」

既に100歳以上が6万5692人となりました。

「60歳で定年迎えても40年ある。第二の人生がスタート。金が必要」

確かにそうですよね。

去年発売されて売れ続けている本があります・

LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略

自分の今後のライフプランを考える上で今までの概念が覆されています。
自分の人生を考える会がブームになっているそうです。

「2007年生まれの子供半分以上は多くの先進国で100歳まで生きる。日本は107歳まで生きると予測されている」

可哀想に…。

「親の介護とか看取りを年を取った後で迎えてくるような感じになる」
「蓄えが無いと行けない」
「これが私の能力であるというのをいくつか作らないと70年働けない」

どの世代も将来への不安は尽きません。

4/13。政治も本格的な議論が始まりました。
「人生100年時代の制度設計特命委員会」

社会保障の見直しなどが行われます。
とりまとめは、小泉進次郎。

「国民一人の一生を1世紀単位で考える時代に入った世界で初めての国。1人1人多様な働き方、価値観にマッチする制度設計を考える必要がある」

働き方を模索する人たちの新たな一歩。
定年まで勤めるのではなく副業をする新しい生き方。

人生100年時代の働き方を考える時代となりました


エンファクトリーの専業禁止

東京代官山にある2011年創業のエンファクトリー。
創業6年のITベンチャー企業です。社長は加藤さん50歳

年度初日。
社員が一堂に集まるオフィスに入ってきたのは新入社員でした。

「【専業禁止】は、成長機会を提供している」

この会社は社員に副業を推奨しています。
「会社がいつの間にか倒産したとか、そんなことが平気で起こる世の中。個人が自立しなきゃ行けない。」

新入社員の中村さん。
「就職活動始めたときは大手を見ていたが、会社に染まらなきゃいけないかなとおもっていたら専業禁止が面白いと思った」

早速中村さんは副業を開始。
入社から1ヶ月。副業を始めていました。

オフィスビルにやってきました。
そのオフィスビルの一室には、小屋が沢山ある場所が。
間伐材を使ったシェアオフィスやブースになっていまいた。

ビルの中に小屋があるという不思議空間。

コワーキングスペース

起業家などが仕事をする共同オフィスです。

中村さん。
大学院でコワーキングスペースについて研究していたそうでその研究を副業にしました。

「もう少し調査して本を執筆するのでその研究。研究をビジネスにするつもり。」

エンファクトリーの社員OBが集まる副業発表会

副業近況発表会が、副業をする社員OBが年2回報告しているそうです。

犬の服やグッズの販売をする会社を起ち上げた人。

「売り上げは月に30万から35万で安定している」

売り上げや利益を公開するのがルールだそうです。

中には半年だけで1000万の利益を出す人もいました。
成果や目標を公開することで参考にするのが目的です。

中村さんも刺激を受けていました。
「今は目の前のことで精一杯なので、キャリアプランは考えられないが、色々な人にふれあい働き方について考えていきたい」


サイボウズで複業を

長野市に新たな働き方を模索する人がいました。
竹内さん46歳。

職場作りやコミュニケーションのトレーナーをしています。

「7人の職人を抱えて仕事をしているが年上。色々悩むことがあったり…」
「実は聴くって凄く大事。これが出来るようになるだけで相手との関係性は変わる」

など次々にアドバイスを送る竹内さん。
セミナーの他、企業から講演も依頼されています。

彼が住んでいるのは新潟県妙高市。人口3万3000人の町です。
家族と暮らす一軒家の一室が仕事場でした。

竹内さんは元日産のエンジニアでした。そこから地元に戻りIT企業に転職。
そこで管理職時代にコミュニケーション法を学び独立しました。

今では公演活動、インターネットの記事を書いたり本も出版しています。

更には地元妙高の自然を生かした活動として、農業プログラムみたいな物を出来たら良いなと開墾もしていました。

耕作放棄地で手がけているのは蕎麦の栽培です。

農業を体験してストレスを解消するプログラムだそうです。

「今の時代は何があるか分からない。変化への対応力が必要。やれること知識、技術、人脈を広げたい」

会社員人生から一転、独立して10年仕事の幅を広げるべく奮闘してきました。

その彼が訪れたのはサイボウズ

サイボウズと言えばスケジュール管理のソフトで国内トップのIT企業です。
社員数370名。

働き方改革に力を入れている企業でもあります。

そこに今年の4月竹内さんは入社しました。
コーポレートブランディング部に配属です。

複業採用

本業が有りながら、サイボウズで社員になるというものです。

「専門知識をサイボウズでも生かしてみませんかというメッセージだったので。持っている知識を生かせるんじゃ無いかと。」

竹内さんの公演活動などの力を見込んでの採用のようです。

ブランディング部の活動コンセプトはサイボウズを知らない人に知ってもらうものだそうです。
このチームが力を入れているのは、企業や学生向けセミナーでした。

早速セミナーを見ます。

サイボウズが新たに始めた「目標を掲げることで解決法を導き出すセミナー」でした。

竹内さんへの課題は「このセミナーの改善点を発表して教えて頂ければ」というもの。

始めたばかりのセミナーのためまだあまり習熟していないようです。

サイボウズ本社から新幹線などを使い2.5時間。自宅まで戻ります。
サイボウズでの副業は週2日。東京新潟を往復します。

仕事に慣れれば、在宅勤務も選択できるそうです。


なぜ複業を?

「生活基盤という安心感みたいな厚みがある。やりたいことに対する人脈やネットワークも広がる。基礎となる部分の厚みが増す」

自宅では、妻と2人の娘。両親。家族6人がいます。

親父さん
「過疎化とが全国的に言われている。私も誰か跡を取ってくれなく困る。次男坊の彼が家に入ってくれたのは感謝している」

3人兄弟の次男が実家を継ぐ道を選びました。

「この辺の人も近くで働いている人はそんなにいない。ここで働けるような人が増えれば、地域の問題が解決するかも知れない」

それを見据えてのサイボウズでの勤務でした。

セミナー改善策は、これまで培ってきた力が試される舞台となりました。

早速発表会。
サイボウズの担当者が集まります。

「人のやる気をどう引き出すか」を発表しました。

提案したのは、好きなことを分析し図に表すやり方。

「何がやりたいのかを見つけて、やる気へと繋げると言う方法」
「好きなことからやりたいことに紐付けられたら頭で一生懸命やりたいことをひねり出さなくても良い」

かなり確りした提案。あれは凄いなと思いました。

サイボウズの方々も納得。

「早く竹内さんの講義を見て見たい」なんて超えも。

「今までの僕らには無かった視点。フィードバックを頂いてありがとうございます」

新たな一歩を踏み出しました。

「副業で他の会社に入ると新しい価値観が入りスキルも磨かれる。一生懸命やることで未来の基礎力をつけていきたい」
と、竹内さんが語っていました。


Lancers(ランサーズ)のPOOK

東京渋谷に急成長するベンチャー企業があります。

日本最大級のクラウドソーシング

と、題して、企業を個人と仕事をマッチングするという仕事仲介サイトを運営しています。

企業が個人へネットを通じて仕事を依頼し、個人は仕事をすることで報酬を得るという仕組みです。

例えば
「ホームページの作成は2万〜5万円」
「学習塾のチラシ作成5000円」など。

依頼件数:150万、依頼金額:1200億円の仕事を生み出してきました

依頼を受けた半分は副業だそうです。

この会社を率いるのは秋好社長36歳。
サラリーマン時代にランサーズを構想して始めたそうです。

「1人の人が同じ企業に勤めるのは企業の寿命も厳しいし難しい。パラレル(複数同時)で働くのが普通になる。副業が当たり前になる社会を作りたい」

しかしそのランサーズも問題を抱えていました。

仕事のレベルが高すぎる
もう少し簡単な仕事も欲しい

仕事をしたい人たちから寄せられた声でした。

簡単な仕事、スキルの無い人にも仕事が多くなると嬉しいと言う声が多かったのです。

「マッチングしたいのに出来ないのが歯がゆい」

という事で考え出されたのが

ネットで仕事をしたい個人と発注企業をマッチングするサービスでした。

POOK

「敷居が低いサービスにして多くの人に使って貰いたい」

個人の特技を仕事に出来るサービスとなる予定です。
6月から開始とのこと。

本棚の組み立てやら、引越の手伝いやら庭の芝刈り、掃除など。

少しの知識経験で出来るのも多いです。

「きっとあなたも誰かに比べて得意なことがある。普通の方、一般の方に使って欲しい」

pookサービス説明会

関係者を集めて使い勝手のテストが行われて居ました。
ユーザーテストに参加していた男性。

人材紹介会社の営業マンでした。

「今の会社に勤めていくにしても他のことをやるのは大事かなと副業に興味があった」
「気軽に自分も依頼が出来たり提案ができたりすると思った」

この男性は台東区で子育て真っ最中。
1歳の子供がいます。
妻も職場復帰したばかりです。

その為育児や家事も分担していました。

「家事のスキルは上がっている」

子育てを初めて分かったこと、家事が上手で苦にならないことでした。
奥さんも鼻高々。
「育児に対して抵抗なく出来ているのが凄い」

育児の合間に真剣な顔でスマホを見ていました。
出来る仕事をpookに登録していたのです。

皿洗い、風呂掃除、トイレ掃除などを提案します。

いくらだったらやって貰いたい?

サービスの値段も自分で決めなければなりません。

そうやって掃除代行を登録しました。2時間3000円です。

PR用の写真は、子供と一緒に。

「子供が生まれて家事をするのが多くなったので、それが他の人の役に立てるなら」

1週間後の週末。早速子育て中の家を訪ねてました。
掃除代行のお仕事です。

依頼されたのは風呂場掃除。水垢などで汚れてしまったお風呂を掃除していました。
依頼者も納得の仕上がりに!
汗を掻きながらしっかり掃除していました。

風呂掃除の後に待っていたのは離乳食の相談でした。

子育てパパとしての経験も買われたようです。

依頼者の方
「母にも相談するが、母の時代と今は違う。現在子育てをしている人の意見を参考にしたい」

なるほどなぁと。
pookはテストを重ねてサービス開始をする予定だそうです。

新たな働き方が生まれるかも知れません。

「自分が出来る事をどんどん増やしたい」
「人生100年をどう楽しく過ごすかの中にどう働くかがある。親が正解を持っているわけでも無い。正解を見つけてシェアするような生き方が出来れば良い」

と、掃除代行をした男性が語っていました

ただpookというサービスは、どうやって信頼、安全、安心を確保し悪用を防ぐのかと言う部分がきになります。
おそらく評価方式となるとは思うんですが。
そこが少し怖いなぁと思うんですが・・・まぁ、きっと解決策があるんでしょう。


まとめ

頑張って働き、消費して豊かになる。多くの日本人はそう信じて経済発展を遂げてきた。
このような働き方が変わろうとしている。変化にどう対応していくのか。様々な変化に直面するニッポンを追い続けると締めくくられていました。


来週は「目指せ残業ゼロ」だそうです。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年05月09日

『人生、最期まで【我が家】で。家族で向き合う「在宅医療」』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 在宅医療について取り上げていたのが今日のガイアでした
  • 織田病院ではITを活用した遠隔医療システムを構築していました
  • いしが在宅ケアクリニックでは自宅での看取りの手助けをしていました


終活を考える


東京都葛飾区にある200坪の家庭菜園。
農作業に励むのは78歳の井上さん。
スナップエンドウ、キャベツなどを育成しています。
年間50種類の野菜を育てているそうです。

朝食の支度をするのは妻76歳。

冷蔵庫から取り出したのは、自家製のお味噌。国産の丸大豆と赤穂の塩と米麹100%で作りました。

自家製味噌と自家製野菜と溶き卵を入れて健康的な味噌汁が出来ました。
取れたてレタスのサラダに、ロールキャベツに筍ご飯の豪勢な朝ご飯。

奥さんは葛飾区ラジオ体操連盟の会長。365日毎朝欠かしません

スポーツ吹き矢が大好きな旦那さん。腹式呼吸が身体に良いそうです。

健康に人一番気を遣い元気な2人だが、人生の最後を意識し始めたそうです。

そこである集まりに向かいます
受付名簿には、ライフネット東京@終活セミナー

終活とは

最期を見据えて準備する活動


参加者は親の心配をする40代から60代まで様々。自宅で死にたい人が多いようです。
家族に迷惑を掛けたくないという人は、病院や施設を選ぶようです。

人生の最後をどう迎えますか?

2025年には団塊世代が75歳以上になります。そのとき健康でいられるのか。

家族などはどのような選択ができるのか。
患者に寄り添う新たな医療の現場

それらを模索する医療現場などを追っていたのが今日のガイアでした。


織田病院の在宅医療

佐賀県鹿島市。人口3万人
100年以上にわたり地域医療を支えてきたのは織田病院。

救急車が到着し救急患者を運びます。高齢者でした。
ベッド数は110ですが年間3200人の新規入院患者を受け入れていました。
1/4が85歳以上です。

高齢者の入院が増え続けるなか、医療費抑制を進める国。
全国の病院に入院期間を短くすることを促していました。

それに織田理事長は危機感を抱いていました

「平均在院日数が12日。高齢者の救急や新規入院も増えている。そういう中でどうやって家に帰すか」

入院期間の短縮は簡単ではありません。

理事長の長男。織田医師の元に糖尿病の患者さん。
入院を終えて自宅に戻ったが病状思わしくないそうです。

返しても家で病状が悪化し、再入院するケースが後を絶たないそうです。

「病気の治療だけでは無く、退院後の生活まで考えないと、病院側は退院して貰うのが難しい」

そこで新たな取り組みを始める織田医師。

MBC(メディカルベースキャンプ)

MBCという在宅医療前線基地を作りました。
訪問看護師、ヘルパー、医学療法士など、在宅医療に関わるスタッフを集約します。
通常は別々の事業所にいるが一箇所に集約しました。

ここを拠点にして退院後2週間、医師やスタッフが患者を訪問して見守ることにしました。

MBCの巨大モニターにはどのチームがどの患者の家に向かっているか表示されるという最新システム。
緊急の呼び出しがあれば、近くの医師を向かわせる事も出来ます。

織田医師はITを駆使して在宅医療を充実させようとしていました。
「救急治療をして家に帰すとなると高齢者はスムーズに自宅に復帰するのは難しい。自宅を病院に近い状態にしたい」

深村さんの退院に密着

4/7。1人の患者が退院することになりました。
深村さん92歳。大腸感染症で1ヶ月入院していました。
肺にも持病が有り、酸素吸入が欠かせない状態です。

家族ぐるみで農業しているので父親が1人切りにするには心配と家族の方。
「昼は家にいないので調子の悪いときはどうしているかとか思っている」

そこで織田先生が取り出したのは切り札のタブレット。

病院と自宅をタブレットで繋いで遠隔で見守ろうという物でした。

さらにナースコール付きのスマートウォッチも。
心拍数を自動で病院に送ることも出来るそうです。

しかし最新機器の説明に首をかしげる家族。

「何が何だかさっぱり解らん」

92歳のじいちゃんはさらにちんぷんかんぷんでした、。

深村さんは我が家に1ヶ月ぶりに戻りました。
自分の部屋でホッと一息。

家族としては
「病院にいれば見てくれているので安心感があるが・・・」

不安がある?

付き添っていられないのでそこが一番不安

早速タブレットを試しますが・・・耳が遠いおじちゃんには使いづらい物でした。

順調に回復して自力で歩けるようにはなりましたが、タブレットには不満がありました。

画面が小さくて見づらい

「看護師さんとか見たことあるが誰か分からん」

かなり小さいタブレットのためじいちゃんには使いづらいようです。
さらにヘッドホンを付けてテレビを見ているおじいちゃん。
その為タブレットの呼び出し音に気がつかないこともありました。

そこでシステムの運営会社と共に改善点を探します

深村さんの不満を解消する手立てが見つかりました。
深村さんがいつも見ているテレビを交換し、色々な機械を繋ぎます。
テレビ画面の上に設置したのはカメラ。

病院からコールすると自動でテレビが切り替わる仕組みにしました。

大きくなった画面で、顔なじみの看護師を見つけておじいちゃんも満足。

病院側も大画面にした事とでヘルパーさん看護師など、同時に会話できるようになった
テレビで見守る在宅医療のスタート

設備投資はかかりそうですが・・・。

「気持ち的には家が良い+αでこうして体重や食事の管理がきちんと見れれば病院にいるよりは本人の満足度が高い。

進化する在宅医療の模索が続きます


どこで死にたいですか?

三重県四日市市の陣田さん
去年8月末期の膵臓癌と宣告された方です。

「15kgも痩せて全然食べられないのに抗がん剤投与されるのは辛い」

陣田さんは奥さんにある物を託してました

安楽死の宣言書

延命措置は一切お断りと記載されていました。
どのような医療を受けた以下の意思表示です。

人生の最後は住み慣れた我が家で迎えたい旦那さん
看取りたい奥さんの姿がありました。

治る見込みの無い病気になったときにどこで最後を?

この内閣府のアンケート調査の結果は。
自宅:55%
病院:28%
老人ホーム(福祉施設)5%
ケア付き住宅:4%
子供の家:1%

という結果でした。半数以上は自宅です。
しかし実際に亡くなった場所は。

自宅は13%
病院は75%
老人ホーム6%

患者とのずれは大きいです。溝を埋める為の試みが始まっていた。


いしが在宅ケアクリニックの取り組み

石賀さんという、在宅医療の専門医師がおります。
石賀医師が院長となっているのが、いしが在宅ケアクリニックです。

2009年開業で、四日市市では初となる在宅医療特化の診療所。
医師9人看護師11人が24時間対応しています。

率いているのが、石賀院長。年間300人を在宅で看取り全国トップクラスだそうです。

何故多くの患者が石賀さんを頼るのか?

最初の訪問では特に気をつけていることがあるそうです。

「不安いっぱいな方が多いので、初回は笑顔に出来るくらいリラックスして貰い、信頼関係が出来るまで時間を掛ける」

初めての診療を行う現場に密着していました。
初対面の患者は、竹腰さん。
末期の前立腺癌です。
介護しているのは妻と、娘。

コミュニケーションを取ろうとしますが、返事がありません。
もともと口数は少ないそうですが、脳出血で麻痺が残っているからしゃべりにくくなっているそうです。
寝たきりになってから家族との会話も減っていました。

話の糸口を探すため、壁にある写真に目をとめそこから会話の糸口を掴みます。
そうやって寄り添っていくことで、少しずつ打ち解けて行っていました。
最期には手を振ってくれるぐらいまで信頼関係を気づきました


在宅医療に取り組む原点

高校生の頃祖母を自宅で看取った経験だそうです。
10年間自宅療養していた祖母は穏やかに亡くなったそうです。

「家で死ぬことは楽な死に方だと思ったのが原点」

医学部に入り実習が始まると
「何でこんなに医師や設備も揃っているのにしんどい死に方しか出来ないのかと怒りを覚えた」

そういったことから在宅でのみ取りに力を入れるようになったそうです。

在宅での看取り実施は、全国の病院診療所の5%だそうでして。
これを改善するため、石賀さんはある取り組みを進めました。

いしが在宅ケアクリニックは末期癌などの患者を受け入れる

一番手がかかる末期癌などの患者を一手に引き受けるのがいしが在宅ケアクリニックです。
老衰、認知症は開業医に受け入れて貰うという仕組みにしました。

開業医も在宅医療に参入しやすくなると考えたのです。

そしてこれに答える医師も増えました。山中医師もその一人。
呼びかけに答えて3年前から週2回在宅医療に取り込むようにしました。

「癌末期の患者は医師に負担がかかる。石賀先生が来て心理的な負担やハードルが下がっている」

四日市では石賀医師が在宅医療を始めてから20施設が在宅医療を実施するようになったそうです。

3月石賀さんを頼る人が現れます。

稲垣さん68歳
去年末期の大腸癌で手術を去年8月に受けまして3月から在宅医療になりました。

癌が進行して腹水がたまり痛みが出ていました。
痛みを取るのが先決ということで、お腹の水を抜く処置をしていました。
緩和ケアがメインみたいですね。

心配そうに見守る、夫と息子

「最期まで自宅で過ごせたら理想」と、稲垣さん。
夫は「今できる事を叶えたい気持ちはある」と頑張って介護をしていました。

3日後。身体が日に日に弱っていました。

そこで石賀さんの提案。
「目標を決めないと桜を見に行くとか」

目標があれば生きる力がわくと考えました。

稲垣さんも「土日行くかな。花見」と前向きになりました。

4/8。望みを叶えるため花見に向かいます。

この地域きっての桜の名所へ、普段は離れて暮らす3人の子供や孫も集まりました。

自転車に乗れるようになったのを祖母に見て欲しかったようです。
孫の姿をその目に焼き付けます

「満開の桜の元で家族で過ごしたこの日はかけがえの無いものとなった」

このナレーションで先の話が見えてましたね。これが死亡フラグというものですね。

花見から2日後。
容態は目に見えて悪化していました。

在宅医療で支えてきた石賀医師が、旦那さんを別室に呼びます。
そしてゆっくり説明していた

「最期の時を迎える準備」

今後死にゆくに辺りどのような事が起こるかを事細かに説明していました。
眠る時間が多くなりうわごとを言うようになるそうでして…という事を切々と説明していました。
心の準備も出来ますよね…。

そして今週が山です

取材をしている途中に、切迫した状態となりました。

いや。ホント。良くここまで撮影して、それを放送しても良いと言ってくれたなぁと。
この家族の方々はホント良い人たちです。
そして辛いなぁ。いや。今日のガイアちょっと泣きました。

本当の人の死の瞬間を映していたのですから…。

生きていた頃の映像。
死んでしまった映像…。

リアルな死を見せられて結構衝撃的でした。こういうのが本当に重要だと思います。

それにしても、リアルな死亡宣告の瞬間。見ることないからなぁ。
やばいな。あの瞬間。
徐々に脈が弱くなり…という。

「2:55。死亡を確認させて頂きました」

最期まで自宅で過ごすことを望んだおばあちゃん。穏やかに亡くなりました。

旅立ってから2週間

自宅で最期を看取った家族には何が残ったのか

「なかなか元気なときには出来ない事も助けてあげないととなると、より親密に濃密な時間を過ごせた」と息子さん
「本人も多分も喜んでくれてると思っている。下手な介護は無いよと怒られるかもしれないが。私としては良かった」と旦那さん

自宅での看取りは、家族にとっても大きな意味がある
石賀さんはそう確信していました。

「在宅で関わった家族は誰でも別れは辛いけど、達成感ややりきった感を皆さん持たれる」
「自宅で望んだときに利用できるシステムを整えるのは我々の責任」


まとめ

住み慣れた我が家で最期を迎えたい。自宅でも安心して診療して貰いたい。そうした願いを叶えるためには家族にも大きな負担を掛ける可能性がある。
それは患者本人も望むことでは無い。
人生最後まで納得できるように過ごすためどんな仕組みが必要なのか。本日取り上げたのはその課題を乗り換える一歩かも知れないと締めくくられていました。

今日のガイアは本当に凄く考えさせられました。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年05月02日

『進化を続ける「道の駅」』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 今日のガイアは道の駅について
  • 発酵の里こうざきでは、新メニューや新しい発酵食品で集客しています
  • たけゆらの里おおたきでは、新たなツアーが生まれようとしていました


おばあちゃん市・山岡

岐阜県山岡町。4300人が暮らす山間の街。
県道を走っていると突如現れたのは直径24mの木造水車がある人気の道の駅。

道の駅 おばあちゃん市・山岡

ここには名物料理がありました。お袋の味定食750円。

「ヘルシーで種類が多くて安い」

地元の山菜の天ぷら、煮物、懐かしさを感じる料理ばかり。
作っているのは地元のおばあちゃん達でした。

74歳のおばあちゃん。朝来て全部作る全部手作りのお袋の味でした。
多いときには1日で300食の注文が入るそうです。お米を持ってきたじいちゃんも92歳。

高齢者が作った物を、高齢者が調理したり、高齢者が販売する道の駅。
だからおばあちゃん市・山岡

人気のもちがありました。1袋500円〜。

素朴な味で美味しいそうです。
「噛めば噛むほど豆の甘みが出てこれは本当に凄い」
と、お客さんが語る豆餅

それを作っているのは、西尾さんご夫妻。
77歳のおじいちゃん73歳のおばあちゃんでした。

朝4時から作業が始まり、1つ1つ杵でついて作っていました。
農家だった西尾さんですが、今ではもち造りで生計を立てていました。
自ら栽培した餅米で作る無添加のもち。

年収は1000万円を超えるそうです。

「自分たちで作りたい物を作り、道の駅に持って行けば売って貰えるのでありがたい」

この町では、60歳を超えてから起業する人が増えているそうです。

5人のばあちゃんの共同経営とかもあります。
作っているのは米粉を蒸して、つくる「からすみ」1本300円です。

これは年間売り上げ730万円とのこと

「ぼけ防止兼金儲け」とおばあちゃんが笑っていました。

道の駅全国1117箇所もあり競争は激しさを増し、客を呼ぶ仕掛けは多様化してます。

進化し続ける道の駅の舞台裏を追ったのが今日のガイアでした。


道の駅・発酵の里こうざき

千葉県神崎町人口6000人の小さな街です。
そこへ年に1度5万人が訪れます

酒蔵祭り

3/12に開催されました。
江戸時代から続く酒蔵が2軒あるからのお祭りで、日本酒のためし放題が酒蔵祭りの名物です。

無料で美味しい酒を沢山飲めるそうです。
日本酒だけでは無く、「塩麹焼き鳥」「味噌玉」などが販売されています。

神崎町には、発酵文化が根付いているそうです。

その発酵文化を発信するのが、道の駅・発酵の里こうざきです。

人気の秘密は、ずらりと並ぶ発酵食品。全国から集めています

山形県産の塩納豆や石川県産のふぐの子は、「ふぐの卵巣をぬか漬けして発酵させることで毒を抜く珍味」
そんな感じで発酵食品は600種類

地元の商品に拘らない異色の戦略でした。

見たことのない発酵食品に手が伸びるお客さんがたくさん居ました。

この常識破りで、年間65万人で売り上げ6億2800万円稼いでいます。

仕入れをするのは店長の東川さん32歳。
大手企業を脱サラして発酵の魅力にとりつかれました。
全国の知られざる逸品を探し回る日々。

「道の駅の数が増えて行く目的が薄れている」
「全国の商品を扱って、地場の物もある。発酵食品を中心とした売り場展開が一番の売り」

東川さんが、レストランで調理担当者と話し合い、GWに向けて魚の発酵メニューを出そうとしていました。
発酵で魚が美味しくなることをアピールしたいとのこと。

神崎は海まで車で1時間かかる場所にありレストランには魚料理で目玉がありませんでした。

GWは1年で売り上げが一番上がる時期。
「神崎に行く理由のの1つに魚メニューが加わるのは大きい」

担当するノア鮮魚チーフ森山さん。試作のために、銚子の白身魚を仕入れます。
それを地元の醤油に漬け込む6種類の白身魚を使った漬け丼を作りました。

醤油の色が映えると白身だかなを使いましたが、漬けてしまうとどの魚だと分からず味も似通ってしまうという状態に。

1から練り直しとなりました

「プレッシャーがある。成功させないとGWに発酵の里の名物が出せなくなる」

道の駅の目玉の新メニュー造りはGWまで1月まで迫っていました。

新たな発酵食品を「ねむらせ豆腐」

宮崎県の山の中。
「かなり山奥まで来ているので切り札になる商品を見つけたい」

到着したのは宮崎県椎葉村でした。珍しい発酵食品があるそうです。

ねむらせ豆腐

村の人以外は知らない椎葉の伝統食です。

ねむらせ豆腐は手作りです。

水分を剥いた木綿豆腐を昆布で包み、更にそれをガーゼで固く包みます。
それを自家製の麦味噌でつけ込み、冷蔵庫で1年間寝かせます。

そうするとウニみたいな食べ物になるそうです。
発酵した味と複雑な旨味がある模様です。

「一生懸命作っているから、これだけはなくさないようにしないと」と作っているおばあちゃんがしみじみ語っていました。

1年漬け込むことで味噌と昆布の旨味が豆腐に染み渡りとろとろになっていました。
山深い村で生まれた幻の発酵食品です。

道の駅で扱いたいと仕入れを打診します。
販路を探していたという中瀬さんにも大きなチャンスとなりました

「よくぞと思った。うちの商品をどうやって知ったのか。多くの客に知って貰えるのはありがたい」

一方名物料理作りは

平甚酒店

という酒蔵?がが神崎町にあります。店主の平野さんが作るのは、米麹。

麹菌を使って昔ながらの方法で作っています。

米と麹菌を使い1日おくと米麹が出来ます。
その米麹を使って貴重な発酵食品を作っていました。

米麹と大豆、塩だけで作る生味噌

普通の味噌は、発酵が進んで色が変わる事などを防ぐため、酒精を加えて麹菌を止めてから出荷しますがそれをしていません。
麹菌を生かしたまま販売する拘りの味噌です。

「塩が枯れて味がまろやかになる」そうです。

更にこの米麹を使い加熱しない甘酒も作れます。
普通は加熱しないと酸っぱくなるので加熱してしまうんですがそれをしない甘酒はかなり甘いそうです。

ただ地元でしか使えません。

「この甘さがあれば色々な料理に使える」と名物料理で悩んでいた担当者。
早速試作に取りかかりました。

麹が生きている味噌と甘酒をどう生かすか・・・

味噌に甘酒を加え、地元のねぎも加えてねぎ味噌を造ります。
用意したマグロをぶつ切りにして、ねぎ味噌で食べる料理としました。

更に小骨が多い鰯。
これを甘酒味噌で漬け込みます。そして3日待つと骨まで柔らかくなり生でそのまま食べられるようになりました。
こうじは栄養素を分解し、食材を柔らかくする成分がありますが、骨にも有効だそうです。
生でも骨が当たらないという斬新な料理が生まれました。

「他の店では出来ない、蔵元があるおかげで出来る」

4/20に新メニューのテスト販売が限定20で行われました。

銚子漁膳980円

魚に合わせて麹の使い方を合わせた6品がありました。

「こうじの特徴がそれぞれあってこの値段で食べられるのは幸せ」と、平日なのに12:30完売しました。

眠らせ豆腐も販売開始となりました。

「椎葉村では当たり前の物でもわれわれはあたらしい。日常的に使って食卓にも置いて貰いたい」と1瓶850円で販売します。
試食で進めると食べた人がどんどん買っていきました。
その日のうちに追加発注されました

道の駅なのに地元産に拘らない売り場

まだまだ進化しそうです。

「「安近短」とよく言われるが、安くて近いでは無く、わざわざ行きたいと思ってくれる道の駅造りがモットーなので貫きたい」
と、店長が語っていました


道の駅・うつのみや「ろまんちっく村」

栃木県宇都宮市に道の駅・ろまんちっく村があります。

1000台以上止められる駐車場は満車。
東京ドーム10個分の広さ年間142万人が訪れる大人気の観光スポットです。
敷地には温水プール、天然温泉、宿泊施設も完備。
自社農園が有り、野菜の収穫体験、苺狩りも出来ます。

「ただのパーキングよりも何かあるところの方が止まりに来れる」
「道の駅の中で1日楽しめる」と、大人気です。

ここを運営しているのはファーマーズ・フォレスト

社長は松本さん50歳。
日産社員だったが30歳を前に施設運営会社に転職。
旅館再生、六本木ヒルズ起ち上げに関わってきたそうです。

「道の駅の固定観念を崩す。ここに来ることで新しい発見、他に無いことをやれる感動や、何世代も楽しめる世界観を作りたかった」

1996年農林公園として誕生しましたが、集客に苦戦し経営悪化。
2008年ファーマーズフォレストが運営を引き継ぎ人気の道の駅に再生しました。

そこにやってきたのは千葉県大多喜町の北山さん。
大多喜町の活性化を考えるメンバーでした。

その方が連れられていったのはツアーでした。
ろまんちっく村では道の駅を発着点とした近隣ツアーを企画しています。

今は使われていない採石場跡地を巡るツアーなど26種類のツアーがあるそうで、採石場跡地のツアーが一番人気だそうです。
もともと負のイメージだったところをツアーにしているようです。

目玉が、雨水のうえを進む地底湖体験ツアー
大谷アンダーグラウンドツアーは、3時間7560円ですが大人気だそうです。
ツアーを終えたら、ろまんちっく村に戻り買い物へ。

道の駅をツアーの発着点にして街全体を活性化し道の駅も潤っているそうです。


道の駅・たけゆらの里おおたき

千葉県南部の大多喜町1つだけある道の駅。
大多喜町は道の駅を柱にした「観光活性化事業」を計画中でした。

そこに、ファーマーズフォレストの松本さんが呼ばれました。
ろまんちっく村での実績を買われてアドバイスを求められていたそうです。

役場職員、地元職員とのミーティングです。
新たなこの道の駅を起点とした観光プランを作るためでした。

観光スポットを紹介して貰いますが、ガイドブックに載っていそうな場所ばかり。

「色々な資源があることは分かったが、キラーコンテンツが必要で、客がグッとくるものを」

と、苦言を呈します。
旅のプランを作るにしてもインパクトが無いとだめです。
道の駅を柱としたツアー造りは暗礁に乗り上げます。

2日後、地元の方々が見て欲しい場所があると呼び出しました。

そこには想像を超える物があり、それを使ったツアーの最終調整が行われました。

そしてモニターツアーが数日後に開かれることになりました。

参加者17名。
HPで募集したところ1週間で予定人数が埋まったそうです。

ツアースポットの中には日本でも希な場所がありました。

入り口が2階建てのトンネル

昔使われていた上の穴を残したトンネルです。

そしてメインスポットへ行きます。
ライフジャケット必須でした。

大きな岩のトンネルがあちこちにあるそうです。
「自然に出来た物では無く人が鶴嘴で開けた洞窟」と説明が。

大多喜町には岩山をくりぬいた大小様々なトンネルがあります。

川廻し

川廻しと呼ばれる物で、蛇行した川の流れをまっすぐにして干上がった土地を農地にしていたそうです。
江戸時代からこの地域に伝わる先人の知恵。

その川廻し通路を探検するツアーでした。
小さな洞窟の出口は大きなトンネルに繋がっています。

「ありきたりのツアーじゃ無い」

歴史と文化、冒険心も満たすツアーになりまして大成功
夏の実施を目指すそうです。

たけゆらの里おおたきに戻った一行は、土産を買っていました。

筍、イノシシの肉、肉まんが大人気でした。
想像以上の売れ行きに駅長も満足げ。

道の駅を中心に活性化する新たな可能性は全国に広がりそうです。

「それぞれの特長を生かした魅力的な仕掛けがあればそこをまた巡りたいと良い理由付けになる」


まとめ

道の駅が誕生して24年。今全国で毎年20もの施設がオープンしている。
その為にこれまでのように名産品スタイルでは集客は難しい
地元の特色を生かしつつ個性を打ち出す。道の駅は新たなステージを迎え新たな楽しみを与えてくれるでしょう
と、締めくくられていました






人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年04月25日

『ふるさと復活に賭ける!』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 熊本地震から1年。復興の様子を伝えていました
  • 阿部牧場や豆の木もまだまだ元の状態には戻ってませんがしっかりと前を向いていました
  • スーパーウーマンプロジェクトという会社が働く女性に新たな職場を作ろうと奔走していました


熊本県阿蘇市の復活

阿蘇は火山の噴火で出来たカルデラの中に5万人が暮らしています
九州屈指の観光地ですが去年4月の地震により観光客が2015年度78万人から2016年度は41万人になりました。
地元の温泉も冷え込んでました。

温泉街の中で立て直しを図っている宿がありました、蘇山郷

歌人の与謝野鉄幹も来たことがあるという宿です。
大きな被害はなかったようで、料理も美味いと評判の宿です。
地元の山菜など旬の食材で彩られた懐石料理が自慢です。

去年7月から営業再開。温泉も掘り直したそうです
宿泊客も8割まで回復しています。

宿の3代目の永田さんは、積極的な改革を進めていました。

「元に戻るだけでは駄目」

客室を見ると畳敷きの上にベッドマットを置いていました。
外国人観光客向けに改装して客単価を上げたそうです。

最上階には、洒落たバーまで作りました。

「カルデラの真ん中で星を見ながら酒を飲んで貰おうと」
「外国の客がSNSで発信してくれると良い」

天気が良ければ外輪山の夕日を楽しみながら酒を飲めるそうです。

4月にはスイスからの団体客が到着して、宴会場にはテーブルとイスが並びます。
そして「九州に伝わるひょっとこ踊り」も披露されました。

良い思い出をと仕掛けました。

一緒に踊り出すスイスの人たち。誰が踊っても様になるのがひょっとこ踊り。
演者さんは阿蘇の人たちでした。

一緒に踊って早速その画像を家族や友達に送る人も。

「素晴らしいの一言」
「震災の後ここまで復興したのはスタッフの力」

三代目も。
「先に進む。進んだ人間が足元を照らす。宿ごとに事情が違う」


阿蘇プラザホテルの厳しい状況

阿蘇プラザホテルは復活途中でした。
温泉は去年の4月から使ってない状況です。

地盤がずれて温泉が組み上げられなくなりました。
今地下650mまで掘り直していて5月上旬に入れるようになるそうです。

温泉採掘や修繕費用に2億円がかかるそうで、3/4は補助でまかなえるが残りは借金だそうです。

宿泊客も350人が宿泊出来るが、30人くらいと寂しい状況。
元々修学旅行などの団体客が中心だったホテルです。阿蘇でも一番広い会場を持っていますがガラガラでした。

4/9。社長は大きな決断を従業員に伝えるため、長年勤めていた人たちを集めました。

「1年が地震から経って肌で感じているとおり厳しい1年間だった。会社の経営も厳しかった」

倒産でもするんじゃないかという感じですが。

「この部屋を変えようと思って」

と、模型を出してきました。

「和室じゃ無くてベッドが良いという人が多い」

地震の被害を受けていない客室も大改装するそうです。

長期滞在を狙うそうです。

「キッチンを作り、料理長がここに来て食事を出したりとか。どう?これ」

と、アイデアを語りかけます。

ピンチをチャンスに!という形で復活を目指します。

30室ある和室の大改装をして住みたくなる客室に。

従業員もやる気が出てきたようです。
「部屋に負けないくらいグレードアップしないと」

「新しく温泉も出る。やっと1からのスタートになる。厳しいけど、変わっていかないと」

地震から2年ふるさと復活を賭けて動き出した人たちがいました。


参考リンク(熊本に生きる!』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜):http://r-ryuga.sblo.jp/article/175607778.html

去年の放送からの進展

去年4月、震災直後から阿部牧場に行っていたガイアのカメラ。
地震の影響で立てなくなった牛などを映し出していました。
阿部牧場の牛乳は国際コンクールで三つ星を取るほどの牛乳でしたが、観光客が激減し売れ残りが出てしまい浄化槽廃棄していました。

しかし地震から1週間後に子牛が生まれまして。希望の星となっていました。

1年後訪ねてみると、生まれた子牛はすっかり成長していました。
あと1年で搾乳できる程度になるそうです。

「良いお母さんに育って欲しい」と牧場の方。

被害を逃れた工場では三つ星ブランドの牛乳を生産していました。
熊本県外にも販売ルートを広げる事で売り上げ回復。
銀行から5000万円融資を受けて設備投資もしました。

作業効率を上げるため、牛乳絞りを最新システムにしたのです。

更なる販路拡大を目指していました。

順調に見える阿部牧場ですが、大きな問題がありました。

牧草地だったところに大きな地割れ。崩壊していました。
質の良い牧草を確保する為草原の復活が課題でした。

「阿蘇を応援しようという人たちがたくさん居る。引き続き頑張らなきゃいけないという気持ち」

と阿部さんも気を引き締めていました


パン工房豆の木は

地震直後に出会ったもう一人。
泊さんというパン屋さん。

家が倒壊するのを心配してテントで寝泊まりしていました。

阿蘇で人気のパン屋さんであるパン工房豆の木

手伝うのは妻、店一番のお薦めは、フランスパンでした。
ガーリック味とかもあります

毎日30種類のパンを作っています。

そして道の駅に配達し販売しますが、観光客は地震により3割以上減っています。

売り上げの大半は道の駅頼みな豆の木では、冬は売り上げ半分になったそうです。

「少なく作っていても余るときがあって。夜ご飯になることも多々ある」と奥さんも寂しい表情。

道の駅の不振は国道57号の寸断によるもの。
熊本と阿蘇を結ぶ道は今も通行止めです。
迂回路を通れば30分も違わないが客足は遠のいたままです。

鉄道も大きな影響が残っていて熊本から阿蘇を抜けて大分に行くのはストップしています。
大分から阿蘇は行けるが熊本から阿蘇は行けないという状態になっています。

その鉄道の寸断が、家族の生活にも大きな影響を与えています。

中学3年の息子さんは今年の春に高校生になりますが、鉄道寸断により通えなくなり全寮制の私立高校に行かなければいけなくなりました。
良く店のお手伝いをしてくれていた息子さんです。

売り上げが減り、働き手も減り、出費が増える状態に。

そこでどうしても販売回復のアイデアが必要でした。

「日持ちがして作りダメが出来て、流通が賭けられる商材を持っていないと戦えない」

3月下旬熊本県産業技術センターにやってきた泊さん。
県外へ売ることの出来る試作品にチャレンジするためでした。

ベースは、阿蘇の小麦のパン生地。
命運を賭けた新商品開発が始まりました。

パン生地を特殊機械に入れて、5分間高熱プレスすると煎餅ができました。

パン生地煎餅なるものを作るようです。

水分を飛ばすので、パンより日持ちするそうでして、材料の配合や味を変えながら試作していました。

ただそう簡単には美味しい物はできないようでして。
失敗がいくつも出ました。

「目指しているのは赤ちゃんからお年寄りまで食べられる食感」だそうですが…

なんとか「豆乳おから入り」「フランスパンの味と香りが楽しめる物」が合格点。
それをもち道の駅にいるマネージャーに食べて貰うことに。

プロとしての意見を聞く為です。

フランスパン味が高評価。
「よりパンに近くて、小麦の味もしっかりしている」

売れるためには阿蘇山の形をしているとかが重要。
そうすれば土産として買ってくれるかも知れない。
高菜を入れるとかそっちの方が綺麗になる。

などアドバイスをしてくれました。
それを元に商品化を急ぐ事になりました。

4/7。長男出発日。熊本市内の高校で寮生活が始まります。

家族揃って記念撮影をして、しばしの別れとなりました。

「寂しくなる」と切なげな親父さん。

「必ずいつかは道が出来て、阿蘇完全復活が来る。そのときにガッカリさせないように来た客が満足できるような阿蘇にする。頑張ってもっともっと良くします」と、力強く語っていました。

家族のためにも阿蘇のためにも踏ん張って仕事を続けるつもりのようです


熊本で働く女性も辛い状況に

羽田空港にやってきた熊本の女性。宮田さん44歳。

熊本の女性が作ったある物を売り込むためです。
都内の企業を回り開発商品を見て貰うそうです。

竹炭を圧縮して作った、インテリアライト。暗いところでは光が七色に変わるそうです。
竹炭に液体を含ませると消臭効果もあるという代物です。

熊本では、震災の影響で働く女性も苦しい立場となりました。

娘を育てるシングルマザーなカフェ店長

店は一部損壊でしたが、一時期避難所として提供したりしたそうです。
震災から2週間後再開したが、売り上げは激減したそうで、更には震災でショックを受けた子供達を迎えに行くなどの苦しい時期もあったそうです。

フィットネスインストラクターだった女性

体育館などでダンスやヨガを指導していたが。施設が破損し収入ゼロに。
再開したが、震災前の半分程度に。

仕事と子育て、生活の再建と抱える女性が大勢いました。
それらの女性手を組んで新たな試みを始めていました。


スーパーウーマンプロジェクト

地震の影響で仕事を失った女性が集う会社が熊本市内の貸事務所にありました。
半数がシングルマザーだそうでして、子供達との生活を守るため、自分たちで仕事を作ろうと活動し始めました。

2度の震災で収入ストップ。
「手持ちの金が少ないのに、子供を育てなきゃ来月の生活費どうしようという所から始まっている」
と語るのは先ほど紹介した宮田さん。

活動の中心は、熊本の素材を作った商品開発と販売です。

阿蘇の土を配合した陶器のアクセサリー

阿蘇のカルデラに堆積した、リモナイトという土を使い作ったアクセサリーです。
臭いを吸着するため消臭効果があるそうでして。
その特長を生かして開発したのは、ペット用アロマチャーム 3000円

阿蘇の欠片 AsoCakelaというブランドのようです。

その中でも一押しなのがKAGUYA 1万2960円。

熊本の祭りかな?で使われた竹灯籠を炭焼きにしたもので。
その竹炭を使いインテリアライトを作っていました。

そこにバチルス菌という液体をたらすと臭いを分解してくれるそうです。
アンモニアへの消臭効果があるそうです。
2時間で悪臭が無くなるという試験結果も。

これらのオリジナル商品が売れることで、商品作り販売に携わった女性に金が入る仕組みです。

スーパーウーマンプロジェクトの女性達は40人以上います。

それぞれの生活がかかっていました。

宮田さんは元々フリーのWEBデザイナーしてましたが、震災後請求書を出したのに貰えない状況に。
仕事が完了していたのに、代金を貰えなかったそうです。

「店で商品が駄目になって、引き上げるしかないとか苦しい話を聞いた後にうちの請求書って言えなくて」

そりゃ…そうですよね。
その後地元企業からの発注が8割減だそうです。

地震から1年。
スーパーウーマンプロジェクトに大きな問題が起きました。

事務所には在庫の山です。

当初は復興支援で売れたが、地震から日が経つにつれ売れなくなったそうでして。
プロジェクトの運営資金は借金で賄っている状態でした。

そこで売り込むために、東京にやってきました。
後がありません。

商品をつめたキャリーバッグを引きずり訪れるのは、カレイドジャパンというオフィス。

コンサルタントを訪ねます。
海外の化粧品メーカーが進出する際にも相談を受ける人だそうです。
自分たちの商品が売れない理由を聞きに来た。

色々と説明を行います。

「モデル住宅と、ホテルのスイートに置いて頂きたいと当たったが話も聞いて貰えず…」

込めた思いも聴いて貰います。

「気持ちが沈んだ状態で、口紅を引いたら気持ちが前向きになり頑張ろうと思った。そこで心に潤いを当てる満たす物を作ろうと」

耳を傾けていたコンサルタントが語り出します。

「ブランドストーリーが後ろに隠れていようと、商品を先に作ると出口が無い」
「石けんを作るとなれば、ターゲットに合わせた石けんを作らなければならない。出口をどこまで見据えているのかというのがビジネスモデルでは大切」

想いだけで商品を作っても、リスクを抱える

プロとして当然のアドバイスをされました。
全否定は厳しいですが、これが現実ですから…見込みが甘いですよね。

それ以降も企業周りを続けたが成果は出せなかった

自分たちの商品を信じて次の会社を探し東京滞在5日。企業訪問は10件を超えていました。

女性向けシェアハウスを都内で8000室管理運営しているスマートライフという会社にプレゼンをしていました。

社長の大地さん。
いまいち乗り気で無く…でしたが。

「在庫としてはあるんですか?」

急展開。
バチルス菌を入れると、臭いを分解するという効果。
これが効いたようです。

検査機関の試験結果も見て貰います。

「オーナーの資産を守るという意味で、臭いを除去しなければならない義務はある」
「そういう意味では商品力としては問題無い」

商談成立して10件置いてもらえる事になりました。
かざるのは玄関を入ってすぐの所シューズボックスの空間など。
消臭機能を売りにしたインテリアライトの可能性が広がりました。

4月上旬には事務所で組み立て作業が始まっていました。
飲食チェーンなど受注見込めるようになり生産が動き出したそうです。

地震で仕事を無くした女性達にも広げていきたいと考えています。

「これが成功すると他の県で同じようなことが起きても、同じような事をすれば復興が早まることを伝えられる。絶対成功させないといけない」と宮田さん。

自分たちが成功例となり他にも広げていきたいと考えているようです


まとめ

熊本地震から1年。復興はまだ道半ば。以前の状態に戻っているとは言えない。そんな中、前を向き動き出した熊本の人たち。地震の前に戻すのでは無くその先を目指すという力強い思いを感じた。その挑戦を見続けていきたいと締めくくられていました。



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年04月18日

『激突!【トランプ】vs日本企業』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • トランプショックについて
  • 事業革新パートナーズはレンタル工場がピンチになっていました
  • 意外にも益子焼にも大ピンチが訪れていました


メキシコの今

来日したペンス副大統領。本日安倍総理大臣と会談し、新たな日米経済の開始となりました。

今から2ヶ月前成田空港では、ANAのメキシコシティへの定期直行便の就航セレモニーが開かれていました。
ビジネス客をターゲットにしています。
メキシコに日本企業1000社以上が進出していてビジネス需要があると見込みました。

この新規路線は特徴があります。機内の半分以上がビジネスクラスを占めています。
14時間でメキシコシティと結ばれます

メキシコ・バヒオ地区の今

工業団地の中に、フォルクスワーゲン、GM、世界有数の自動車産業の集積地でした。
デンソー、日野なども進出しています。

そこでレンタル工場を運営している日本企業がありました。

事業革新パートナーズ

おととしの10月に工場は立ち上がり1年経ちました。
レンタル工場は日本の中小企業を誘致するために建てられました。

しかし半分くらいが埋まっていませんでした。

「毎月30件くらい問い合わせあったけど、去年の秋くらいから減っている。計画では、去年の秋には全て埋まっている状態を目標にしていた。計画から外れている」
と、語るのが代表の茄子川さん。

年間売り上げが想定の半分となってしまい、事業が立ちゆかなくなる状態に。

この状態に追い込んだのがトランプ大統領でした。

「アメリカファースト」
「メキシコに国境の壁を作る。メキシコはアメリカを利用している」

と、メキシコがアメリカ人の雇用を奪っているとビジネスをストップさせようとしています。
税金や人件費が安いのでメキシコは人気がありました。

フォードは、新工場の建設をストップ。
するとトランプは
「メキシコの新工場を注してくれたからアメリカの700の仕事が生み出された」と大喜びでした。

フォードの建設現場で働いていた従業員は。
「撤退が決まった翌日に工事現場に行ったら閉鎖されて入れなくなった。もういいと突然クビさ」
「あいつは人間の感情なんて全く持ち合わせていない」

と、反発が強まるメキシコです。

その影響は現地の日本企業にも及んでいました。

「トランプになるとは誰も思ってなかった。プロジェクトが去年に比べて半分」と清水建設
「どうやって事業計画を立てたら良いか分からない」とUFJ関連

ユニクロも社長が。
「おまえのところはここで工場作れ。はいそうですかという問題じゃ無い。そうなればアメリカから撤退する」と息巻いてました。

トランプ政権とどう向き合うのか!


想像以上の厳しい現実 事業革新パートナーズ

東京中央区、社員20人のメキシコレンタル工場の会社がありました
事業革新パートナーズ

商社でタンカー売買などをしていた茄子川さんが、中小企業の海外展開を支援する企業を起ち上げた会社です。

「アジアはある程度完了してきている。メキシコや別の地域に行った方が良い」と、メキシコ進出への手助けを使用としていました。

2014年メキシコ進出。
自力では工場を建てられない中小企業のためのレンタル工場を作ったのが2015年。

その頃の大統領選はクリントンがリードしていました。
レンタル工場に入る企業も多かったが、トランプになってしまいました。

レンタル工場は一転窮地に。半分埋まらなくなりました。閉鎖の可能性もあります。

何とか企業誘致しようと現場情報を集める茄子川さん。

車の内装部品の会社

アメリカでの販売が売り上げの半分という企業です。

トランプ大統領が就任した影響は?

最大のマーケットはアメリカ。その動向がハッキリするまで皆さん様子見のようだ
と、投資の拡大に慎重でした。

ホンダの子会社

プラスチック部品を作っている会社です。

「部品点数も多いので外注を考えていきたい」と、意外にも生産の一部を任せる企業を探していました。

「日本企業がメキシコに出て来たら魅力がある?」
「出て来て貰うとありがたい」
「発注頂けると言うことになるか?」
「可能性は十分ある」

トランプになっても計画通りに生産を続ける企業もあります。
受注チャンスは十分にあるようです。

カナダの金型工場は

メキシコに作られたカナダの金型工場。
年間400件あまりの受注を想定して第二工場を作っていました。

平均的な日本の金型工場の10倍以上の受注規模でした。

「何十億という仕事があることを知ったときにどう反応するか」

トランプ大統領を恐れずに出て行けばチャンスはあるようです


茄子川さんの挑戦

神奈川県厚木市の中堅金型メーカー。
社員200名の企業です。
家電から自動車部品まで精密金型に定評があります。

現地でのヒアリング情報を纏めた資料を見せてプレゼンを行います。

「メキシコ非常な特異な状態。金型を現地では3%しか作れない。金型は輸入している」

その為ビジネスに繋がる説きますが…

「ちょっとやそっとの設備ではダメ相当投資しないと」

説明を受けた企業も巨額投資には慎重でした。理由はトランプが分からないから

そこで切り札の数字を提示します。

「カナダの金型メーカーの話。金型工場とは思えな規模で年間400件の注文が見込める」

ライバルは既に桁違いの規模を目指していたとのことで、興味を引きました。

「攻めの戦略で行くのか、様子を見ながら進出する方が良いのか戦略を立てる上で色々な選択肢となる」

と、相手企業の担当者…それでも進出は難しいでしょうねぇ。

茄子川さん
「トランプの影響でどれくらいのニーズが無くなるのか知りたい客が増えている」
「そういった客向けに現地の市場調査をして情報を提供する」

と、情報収集を必死に行っていました。


益子焼にもトランプの影響

トランプが歴史ある物づくりの街を襲いました。

アメリカはTPPを離脱しました。

日本から工業製品を輸出する場合、ビデオカメラ2.1%、カラーテレビ5%、自転車は11%、乗用車は2.5%、毛織物は最大25%の関税が掛けられています。

これらの関税をTPPで撤廃してアジア太平洋地域の経済活性化を狙いましたが
1月にトランプはTPP離脱の大統領令に署名。
これによって無くなる関税がこれまで通りになりました。

この事態にアメリカ進出を考えていた意外な産業が翻弄されていた。

それが栃木県益子町の益子焼でした。

益子焼は江戸時代から続く伝統工芸で、ゴツゴツとした土の風合いを生かした素朴さが特徴。
作家による独創的デザインもでてきて新しい客層を掴み日々変化を遂げています。

しかし海外産の安い食器に押されて売り上げは20年で1/3になりました。

それを打開するために益子町の施設に陶芸家、街の職員が集まっていました。
町を挙げての挑戦が大きな壁にぶち当たったのです。

和食ブームに目を付けてアメリカへの輸出に活路を求めたのが益子焼です。

今年2月では商談会が開かれ、TPPが追い風になる予定でした。
しかしトランプがTPP離脱。
関税という障壁が出来てしまいました。

益子町で益子焼の輸出の窓口は、オフィス ましこのねの栗谷さん。

「益子焼として海外に向けて発送する意識を高めつつ実績を積み重ねることが重要」

輸出に意欲を見せるが…

「キャンセルする場合もあるの? 作ったのに」
と、窯元の男性。

「絶対無いとは言えない。リスクをもっての取り組みになる」

リスクが際立ってしまいます。トランプが伝統工芸に暗い影を落としていました。


オフィス ましこのね

去年の5月に栗谷さんが中心となり作った会社で、輸出の窓口となります。
その為に販売サイトも立ち上げ5つの言語に対応しています。

JETRO日本貿易振興機構から関税の情報が送られてきます。

0.7%〜28%

益子焼にかかる関税は最大28%という事になりました。
ましこのねでは益子焼をとりまとめて輸出しています。

TPPが無くなり手数料、送料、関税がかかるようになり、関税28%の場合、日本の2.5倍の価格になります。

「何でなのか。売るなと言っているのか」と憤っていました。

ある益子焼の窯元へ向かう栗谷さん。

岩下製陶という150年歴史あるの老舗です。

6代目の岩下さんはろくろを使い1つ1つ丁寧に作っていました。

アメリカ向けに開発した、コーヒーカップは1セット5000円。

関税にどのように対応するか話しに来ましたが…

良い解決策は出て来ませんでした。造るしかないという方向へ。

ただ作家製の高い物は価格高くても売れる事がありますがそうはいかない商品もあります。

益子町最大の販売店。
窯元共販センター

100社から仕入れた益子焼が10万点並んでいます。

この店の社長が、鍛冶浦さん
「飲食店に使って欲しい。大量に。作家は一点物で気に入った物だけ買うが、うちは継続的に使って貰いたい」


ここで取り扱う商品は大量生産の益子焼

飲食店の食器や日常使いを想定した手ごろな価格が魅力の商品です。

比較的安い1230円の皿も、アメリカで売ると3000円近くになるそうです。
関税がかかると日用品が手を出しづらい高級品になってしまいます。

早速JETRO日本貿易振興機構に関税について確認します。

0.7-28%の幅は何故発生するのか

税金はMAX28%。
そして関税率は税関次第、先が読めない

向こうの税関が税率を決めるのでどこになるかが読めないようです。
それはJETRO日本貿易振興機構でも同じようで読めないそうです。


共販センターの苦悩

共販センターは1966年23の窯元が共同で設立しました。
益子焼の発展を担ってきたが売り上げは激減してしまいます。
厳しい経営状況の中、鍛冶浦さんが社長に就任します。
リストラを含めたコスト削減を行いなんとか維持をしているのが現状でした。

「若い人が焼き物をやりたくなくなるのは困る。将来の益子を考えると、海外輸出も必要」

鍛冶浦製陶所

親兄弟で切り盛りする家族経営の窯元です。
年間5万個の益子焼を作り、共販センターに収めているそうです。

製造に使う型があり、中に土を入れるとあっという間に器の形になります。
こうやって手間を限界まで省いて大量の益子焼を安く作れるようにしました。

その鍛冶浦さんが試作しているのは米向け製品でした。
コストを下げて現地価格を抑えたいと考えましたが…

アメリカに輸出する物は日本の物と違い頑丈に作らなければ行けません。
向こうでは強力な食洗機を使う為。日本で使う薄いタイプでは耐久性に劣るそうです。
その為厚くしますが、手間がかかるようになりコストが増加しました。

日本向けは1980円ですがアメリカ向けはコストがかさみ…さらに高くなります。

「うちではこれ以上安くできないよな」

窯元で卸価格を下げることは出来ません。

どうしようか苦悩している間にも更に悪いニュース。

アメリカ軍のシリア空爆

「予告無し、前触れも無い。その辺はビックリする。私たちもそれに合わせて輸出を考えなければならない」

政治も経済もトランプの決断ひとつで揺れるという状況になりました。

しかし共販センターはアメリカ販売価格を安くするため覚悟を決めました。


益子町の飲食店に、益子焼関係者達が集まり作戦会議が開かれていました。
輸出窓口の栗谷さんの姿も

「どうやったら安く出来るかと言われ続けている。海外との取引を続ける中、価格がネック」

鍛冶浦さん腹をくくっていた

「原料が上がっている時代に値段を安くするのは難しい。販売店が掛け率を落として利幅を少ないけど数を出す」

自分たちの利益を削ることにしたそうです。

「数を出すことが大事」

と薄利多売で何とかしようという作戦です。
一番やってはいけない地獄に足を踏み入れてしまいましたね…。

自らの利益を減らして販売価格を落とすという手段。

「その分栗谷君でいっぱい注文とれるシステムを…」と懇願していました。

「抑えるところ抑えて出せば買ってくれるところも増える。小さな取引先をいっぱい見つけて日常的に輸出を撮れれば良い」

期待かなり薄いなと思いました。
これ共倒れしそうで凄く怖いなと思いました。

トランプのTPP離脱に翻弄される焼き物の街。

「毎日のニュースを見ると何が起きるか分からない。流されてそれに合わせて商売やらなきゃならんかなと」

一丸となって戦い続けると纏められていました


メキシコ進出したエムエス製作所の苦悩

愛知県清須市にあるエムエス製作所。
1971年創業従業員50人の自動車部品の中堅メーカーです。

金型の一部など金属の精密加工を得意としています。
金型を組み合わせゴムを固めると、複雑な形状の部品が出来ます。
自動車のドアのパッキンでした。

そういう複雑な金型を作れる企業です。

この会社を率いる迫田氏は、2016年メキシコ工場開設しました。

「日産、ホンダ、マツダ、トヨタが出来た。一気に日本の自動車産業が凝縮した。なので部品屋も出て行った。仕事のあるところへ行く」

メキシコバヒオ地区の先に紹介した事業革新パートナーズのレンタル工場がありますが、そこにエムエス製作所メキシコ工場がありました。
去年8月に開設し従業員5人。2人がメキシコ人です。

ここの責任者が新井さん。この道30年のベテランです。

新井さんのようなベテラン職人と1億円の機械設備が導入されましたが。

トランプの関係で追加投資を凍結入るはずの機械が入ってきませんでした。

そこに事業革新パートナーズの茄子川さんが訪ねてきます。

エムエス製作所メキシコ工場は数少ない入居者ですが追い込まれていました・

「引き下がるわけには行かない。背水の陣 やるしか無い」と腹をくくっていましたが…

大変なことに直面していました。1月の入金ゼロ。
5ヶ月間収入ゼロという状態だったのです。大赤字もここまで来ると…です。

この状態が続くと撤退しなければならない状態へ。

数日後、工場の前でスマホをかざす新井さん。
工場内の設備を写真に収め、デスクに戻ると、設備の写真を載せたパンフレットを作りました。

今ある機械で出来る仕事をアピールする

設備一覧を作り、これだけの設備がありますよとアピール。更に現地スタッフにスペイン語版を作るように頼みました。

するとスペイン語版に問い合わせが入りました。

新規の問い合わせは、金型メンテナンスの仕事でした。
早速会社に向かいます

3時間車を走らせると、アメリカの大手部品メーカーのメキシコ工場が現れました。

担当者が出迎えてくれます。

日本企業を探して問い合わせてきたそうです。。

「日本の企業は良いですね。高い技術を持っていて、品質が安定しているのが素晴らしい。日系企業と仕事がしたかった。一緒に出来る日本の会社を探していた」

と、日本企業を探している企業も居たようです。
本格的な商談が始まりました。

新井さんの挑戦が実を結ぶ可能性が出て来ました。

「トランプ云々より現地で実際にやっている企業のニーズを掴み顧客の期待に添う。それが僕らの生きる道」
と、エムエス製作所の新井さんが語っていました


まとめ

日本経済が日本アメリカに依存している。トランプショックはそれを突きつけた。グローバル化が進んだ今は海外の動き1つで暮らしに影響する時代。日本の企業はそのときどう動くか。その挑戦をこれからも伝えていきたいと、締めくくられていました

今回は全体的に暗い話題でした



人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年04月11日

『業界の【巨人】に挑む!』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 業界の巨人に挑む企業を追ったのが今日のガイアです
  • アダストリアはユニクロや無印良品と戦っていまい多
  • 一人家電メーカーが成長して新たな商品を開発してました


アダストリアをご存じですか?

ららぽーとTOKYO-BAY。
460のテナントが有り週末は多くの買い物客で賑わいます。

激戦を繰り広げているのはユニクロをはじめとする衣料品。
国内のブランドがしのぎを削っています。

地元の買い物民。春物を買い物に来ました。

「LOWRYSFARM」で花柄のブラウスなどをお買い上げ
「BAYFLOW」でバッグ。
「GLOBALWORK」で子供服など

3つのブランドでお買い上げしましたが、全てのタグにアダストリアの名前。

全部アダストリアという同じ会社が扱うブランドでした。
アダストリアはこのモールに11ブランドで出店しています。

「客のニーズや世の中の変化にいち早く対応して、モール向けの業態を色々と開発して貰っている。非常にありがたい」と、モールの担当者

海外の有名ブランドが撤退したスペース。4月下旬に新店舗をオープンなどかなり元気がある会社です。


アダストリアとは?

創業1953年。売り上げは15年で20倍の2000億円という企業。
最初は小さなお店だったそうです。

率いるのは会長の福田さん。

「最初はユニクロの隣に店を作った。違いは何なのかを見て貰うため。ユニクロよりファッション製の高い物を提供していきたい」

東京丸の内に急成長するアパレルメーカー、アダストリアの本部があります。
全部で21ブランドあります。

ライフスタイル型のアパレルショップとして先駆けとなったニコアンド
ターゲットは25〜35歳男女。素材から拘って作っているそうな。

ヘザー ターゲット20代女性。元気な女子大生をイメージ

ジーナシス ヘザーの対局。ターゲット20代女性。男に媚びない洋服。共感されてファンが多い

レイジブルー ターゲット18〜25歳男性。アメリカンカジュアルがベーシックになった物。デニムが評判良い。

見きれないくらい数がありました。

ここまで多くのブランド展開する理由

「増やす事が目的では無い。時代が要請する物がある。世の中は集中と言うが、うちは逆を行く」

これほど多ブランドを展開しているところは無いが?

「ラーメンもカレーも多種多様。選べる。アパレルも対応していくのが豊かさ」


アダストリアの工場

中国上海。中心部から車で1時間の郊外に、アダストリアの工場がありました。

多くのブランドを手頃価格で提供できる理由がここにありました。

大量の段ボールの糸がポイント。糸のロールを次々に編み機にセットしていました。
色々な設定を駆使して、様々な生地を糸から生み出していました。

編み込む糸を少なくすると薄いTシャツの生地に。
糸を多くすればニットのように。
折り目を緩くすれば伸縮性が優れた生地に。
糸を違う色に染めて交互に織ると、ボーダー柄の生地も作れる。

1つの糸から様々な特徴の生地を作るのでコストを抑えられます。
そこから20ブランドに提供してターゲットに合わせた服を作っていました。

独自戦略で急成長するアダストリアは次なる一手を考えていました。


アダストリアの次のブランド

アダストリアの21番目のブランドはLAKOLEというブランドでした。

フルターゲットという幅広い客層を目指し生活雑貨中心のブランドです。

責任者は北村さん41歳。
3つのブランドの起ち上げに関わってきた強者。

「世界に出るつもりでやっている。期待に添えるように頑張るしか無いかなと」と語っていました。

3月イオンモール境北花田。その一角で新ブランドの店作りが行われていました。
LAKOLEの出店場所は無印良品の目と鼻の先
真っ正面でライバルと戦うことになります。

「凄いブランド。世界でも勝っているブランドだと思う。チャレンジャーとして挑んで行きたい」
鼻息も荒いという感じでした。

LAKOLEの商品

ホーローのように見える商品だけど、樹脂で出来て落としても割れないマグカップ。

強くて長持ちし、お客様に安全に使って頂ける商品とのこと。

ホーローは金属表面にガラスの膜を張ったもので、電子レンジでは注意が必要だけど樹脂製なのでその心配もないという商品。
子供やお年寄りでも扱えます。

熱湯が入っていても熱くならない持てるグラス。
ガラスの二重構造で、中を真空にして温度を伝えにくくしています。

これって結構危ないんですけどね。
中の熱さが分からないから
お年寄りとかに使わせると危ないです。

というのはさておき、こういう機能性を持つ生活雑貨で、年齢性別を超えた客層にアピールする戦略です。

スタッフ達は手応えを感じていました。

しかし北村さんは浮かない表情。
実は北村さん雑貨だけでは無くこの店で売る洋服にも独自の機能性を持たせたいと考えていましたがその開発が遅れていたのでした。

「20ブランドのノウハウをいかに活用して+αの商品を作るのが今回の新しいブランドの肝だと思う」

洋服にどんな機能を持たせるか?


新たな機能性洋服

3月中旬 中国江蘇省常州。ブランドの中でも肝になる素材の開発が行われていました。
実際に見てどこまでやれるか自分たちの目で見にいきます。

生地の特殊加工をしている工場に向かいます。
その腕を見込んで画期的な機能を持つ生地の開発を依頼していたのでした。

表面な特殊な液体を染みこませて、水を拭きかけても、反対側にしみ出さない機能を持った生地の開発をしていました。

試作品はまだまだだったので現地スタッフに改良を指示していました。

「何とか3月に間に合わせたい」

この生地でどんな服を?

試作品はギリギリ間に合いました。特殊加工の生地を使った洋服です。

グレーのTシャツの裏から水を染みこませてみました。
裏面は水を吸い込んでいるが表にはしみ出してこない。
パンツも同様にテストしていました。

要するに汗掻いても分からないという洋服です。

ズボンなんてしょんべんもらしても大丈夫に違いない!

汗を吸収しても汗染みを作らないことが目的
通気性も問題なしとのこと。

「春先から夏にかけて穿くパンツなのでできる限り生地は薄く」
「薄くなるとお尻に汗掻いたり膝裏に汗掻いたときに汗が表に出やすい」
「軽減加工できないかと」

オープンギリギリまで粘った特殊加工の商品が間に合いました。


LAKOLEオープン

3月24日 イオンモール境北花田にLAKOLEがオープンしました。
広々店内には、機能性を売りとした生活雑貨など1000点。

汗染みを押さえる服は特別なブースで販売しています。

客入りもそこそこ。客層も幅広いようでほぼ想定通りとなりました。

汗染み抑える服にも客が。実演販売が行われていました。
やはり汗が目立たないというのは大きな強みになっていました。
早速興味を持った客が買っていきます。

「こういう高機能なTシャツが凄いなと思ったので。2枚買いました」
と女性客

「夏外出するときはシャツをもう1枚出ていた。夏には1枚で外出できそう」
と男性客。

この様子を見てホッとしていました。

「機能によって自分たちの日常が楽しくなるのが浸透すれば絶対的に武器になるのを改めて感じた」

アダストリアは今後も独自の商品作りをしていくそうです。

色々な可能性がある。それを我々はきちっとトライする。提案することが我々の仕事
と福田会長が語っていました。


ビーサイズの挑戦

京都市ワコールの建物の一角に不思議な物がありました。
机に細長いパイプが突き出しています。
その細長いパイプはLEDライトでした。
継ぎ目が無い曲げられたシンプルなデザインでスタイリッシュ。
パイプの端をタッチするとLEDライトが点灯します。

LEDライトを導入したわけは?

「優しい光で目も疲れない。長時間居ても疲れないというのが大きな選定理由」

発売は2011年で3万8000円という高価格ですが売れ続けているそうです。

これを作ったのが横浜市港北区のビーサイズでした。
この会社どこかで見たことあるんだよなぁ。
一度ガイアか、がっちりマンデー!!で紹介していたような気がします。

あぁこれじゃないか。2012年の記事です。
『家電ベンチャーからの挑戦状〜異端児が仕掛ける独創のものづくり〜』:http://r-ryuga.sblo.jp/article/59469226.html
あの会社が生き残っていて、成長していたのか。
私も良く覚えてたな。

6人で製品開発している家電メーカー。そこが開発した最初の製品がLEDライトでした。

1人で創業して1人で開発した製品と語るのが、代表の八木さん。

形もシンプル邪魔にならないライトです。

2つめの製品は、スマホを置くと充電出来る機械でした。

小さな家電メーカーという部分を生かした開発をしていました。

普通だと色々な人が携わり実験をして会議をして出てくるようなイメージですが最初にまず試作を行うそうです。


充電器の場合、3Dプリンタで外枠を作り。
電子基板を作る機械で基板も準備。
試作に試作を重ね正しく機能するか検証し、使ってみた上でもっといいものをと改善。
ユーザー目線で企画を変えていくそうです。

大企業には出来ない小回りでより面白いアイデアを形にしていくそうです。

そして今新しく開発している家電が今回のターゲットでした


人工知能搭載のロボット開発

大手メーカーも取り組んでいない、社会をリード出来るような商品にと開発されている商品がありました。

プラスチック成形の三光ライト工業というところに部品作りを依頼したりとしつつ社員総出で試作品を開発したのが、小さな箱でした。

八木さんがカバンにいれてどっかに行きます。
地下鉄で移動しスマホで確認。確認を終えると電車を乗り継ぎ都心へ。
東京渋谷駅の地下の通路でスマホと試作品をチェック。
夕方会社に戻りました

「実験データ見れますか?」

とパソコンの画面を見ると映し出されたのは移動ルート

GPS信号や無線技術を使用し、地下でも正確な位置情報を3分ごとに送信するシステムでした

この端末で、新たなサービスを考えていました。

「ランドセルにぽんと入れると保護者の代わりにこのロボットが付きそう」
「小学生が無事学校に通学しているか危険な行動を取っていないかロボットが見守ってくれる」

要するに位置情報による見守りシステムでした。

3月10日八木さんは知人宅へ。
小さな子供が居るお宅です。モニターテストを依頼するようでした。

お母さんのスマホを使いどんな物か説明します。

スマホアプリ側では、端末から送られる情報を確認出来ます。
行動履歴が追いかけられるようにもなっています。

お母さんは
「凄く便利」と目を輝かせていました。

丁度塾にいくガキに持たせていました。
大通りを通り、バスに乗り塾に行きます。

「何も見えない状態だと心配だけどこういうものがあると良いと思う」

3分に1回子供の位置を知らせてくれます。更新頻度がここまで多いのは無いそうです。
そりゃ通信費もかかるし更新頻度多いとなるとサーバーが耐えられるのかというのも問題ですし。
大勢使ったらレスポンス大丈夫かとか気になります。

更に八木さん 最大の特徴を伝えました。

「どこに行ったか、寄り道しているみたいだよとか普段行かない所にいってしまい危ないよと教えてくれるロボットです」

位置情報を受け取り人工知能を使い移動パターンを認識します。
いつもと違う場所に行くとスマホに異変を知らせてくれるそうです。


八木さんの履歴

八木さんは富士フイルムで医療機器の開発に携わりましたが、自分でも何か作りたいと考え退社して6年前1人で家電メーカーを創業。

今の息抜きはもうすぐ2歳のガキと遊ぶことだそうです。

長男の誕生が新たな家電を発想するきっかけとなりました。

「目が行き届ききれない不安を抱えている方もいる」
「そういう方をサポートできるツールがあれば良いなと言うところから着想」

自身にも子供が居るというところもあり思いついたようです。

モニター開始から1週間。すると想定していない指摘がありました。

「バスに乗っているのは分かるんだけど迎えに行くにもタイミングが難しい。待たせてしまう」
「時間間隔が3分なので…迎えに行けるというのが大切なのでそこがもうちょっと機能してくれないと」

その問題点を解決するべくソフトウェア開発会社ゴーガへ。

「1分間隔にして頻度が高まることでユーザーの安心感が高まるのか1回見て見たい」

と、これまでより位置情報を知らせる間隔を短くすることにしました。

1週間後。モニターのお宅へいきアップデート。改良した物を使ってもらいました。

1分間隔になり動きがスムーズなりました。動きと頻度とアプリの表示上も修正したそうです。
3分に1回だったが位置情報がきめ細かくなりました。
それを見ながらお迎えに。停留所について30秒でバスが来たという精度になりました。
迎えのタイミングは合格点です。

「前は分からなかったので10分大丈夫だと思ったら待たせてしまった。」
「四六時中付いている訳にはいかない。何かしら見守る物があれば安心感がある」

と上々の評判でした。

新商品の発売目前大きなビジネスの話が舞い込んだ。

ビジネスの相手は東京ガス。

どんなビジネス?

東京ガスは、ガスの使用状況をメールで知らせる見守りサービスを実施していましたが、そのサービスに使いたいとの商談でした。

「自社のIoT技術だけだとサービスの幅も広がらない。色々な可能性を2者間で協議できたらと思う」

新たな家電に大きな可能性が見えてきました。
既に東京八王子市の多摩エレクトロニクスで量産化が行われていました。

端末本体は5800円
通信料を含めて月々480円でサービス開始したそうです。

「自分たちがポリシーとしているデザインとテクノロジーで社会に貢献する」
「しっかり拘りを持ち妥協せず物づくりをしていきたい」と八木さんが語っていました。


纏め

時代に合わせて多くのブランドを展開するアパレル。
少数精鋭で開発している家電ベンチャー。
独自のやり方で巨人に立ち向かう姿が印象的だった
アパレルも家電も変化が激しく消費者の支持を失うと人気ブランドでも落ちてしまう。
こういう時代だから中小のメーカーの出番では無いかと締めくくられていました。

中小にもチャンスがあるよという事なのかも知れませんね。




人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年04月04日

『【金の卵】を確保する「熱い就職戦線2017」』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 就職戦線2017について
  • 日本ガイシの採用活動はなかなかの必死さが伝わってきました
  • 都立六郷工科高校のデュアルシステム科は面白い取り組みをしていました


知るカフェ

東大本郷キャンパス前にある、知るカフェ東京大学前店
学生限定の店。

客は最初に学生証の提示を求められます。
メニューを見ると、ドリンクは無料。2杯目からも100円という激安。

豆に拘った入れ立ての珈琲が自慢
目の前の東大本郷キャンパスの7割が登録し利用しているそうです。

「居心地が良い」
「WiFiも電源も完備飲み物も無料」
「平日の放課後になると席が埋まっている。あきらめて図書館へ行く」という程人気。

この店の中には様々な大手企業の名前を映し出すモニターがあります。
ここに秘密がありました。

慶應義塾大学の前にも知るカフェ慶應義塾大学前があります。

そこに学生証を求められるでも無く顔パスで入る人が居ました。
日本ガイシの採用を担当している小川さん。

モニターに企業の名前が流れるのは、知るカフェのスポンサー企業でした。
100社以上が協賛していて、年間協賛金300万円。

それで企業は学生との交流会をカフェで開くことが出来るそうです。
優秀な学生といち早く接点を持ち密な関係を築くらしいです。


知るカフェはきっかけ

「就活は選んで頂く活動だけど、学生自身が何を見て選ぶのか勉強になり楽しみ。」と小川さん。

知るカフェ側で交流会があると告知して貰ったたり口コミなどで広がるため、企業が来るからと来る日とも多いそうです。
知るカフェはそういう効果もあるためかなり重要な存在のようです。
企業だけの力では限界があるからです。

知るカフェは、九州大学、京大、大阪、東大、名古屋大など11店舗にある。
北大にはまだ無いみたいですが、今後広げていくので出来るかも知れません。


最大の合同説明会 3/12:ビッグサイト

東京ビッグサイトで企業319社 学生1万人が集まる合同説明会が開かれました。

人材獲得こそ企業の生命線。売り手市場が加速していました。

「こちらが欲しい学生は皆企業からオファーを貰っている」
「学生優位いかに会社を選んで頂くかポイント」

と、採用担当者も大変そう。

人材の争奪戦は大学生だけでは無く高校生にも及んでいました。

就職戦線に異常あり。そのまっただ中の舞台裏をガイアが追いました


新卒採用スケジュール

経団連の指針です。

3月1日:会社説明会開始
6月1日:面接などの選考開始
10月1日:内定

このスケジュールに沿って動きます。
売り手市場の今年は、その前から争奪戦が繰り広げられていました。


日本ガイシの採用活動

日本ガイシは、名古屋市瑞穂区にある創業100年の老舗企業。
創業1919年 社員3700人。名古屋では超有名企業です。

人事部は小川さん。採用グループマネージャー39歳です。

昼食はお粥…ダイエットをしているそうです。身だしなみも重要だからとのこと。

日本ガイシは、セラミックス製品の会社で、開発商品を消費者では無く企業に売るBtoBメーカー
自動車排ガス浄化用セラミックスは世界シェア50%。

しかし認知度が低いのが悩みの種です。

新卒採用の担当者は2人。入社1年目の和泉さん。
採用予定人数は文系15人、理系60人採用予定です。

小川さん
「景気が良いときは一般的に認知の無いBtoBメーカーはエントリーが減る」
「一方で大手はどんどん増える。我々としては2月以前に地道にやっていかないと勝負にならない」

知名度が低いと何とか早くから知ってもらわなければならないようです。

3週間に一度通う場所は行きつけのヘアサロン。
採用担当として見た目には人一倍気を遣うそうです。先に紹介したダイエットもそれの一種。

「清潔感というか、身だしなみは最低限整えないと行けない。くたびれたおっさんは嫌じゃ無いですか」

学生と向き合う採用担当者は会社の顔そのものなので大変ですねぇ。


イベントの抜け穴?

2/13の大阪。

経団連の指針によると学生勧誘は3/1まで控えることになっています。

しかし企業の社員が学生に経験を語るというイベントなどは開けるそうでして。
この辺が抜け穴のようです。

そういうイベントを大手企業も開いています。

トヨタ自動車、村田製作所など。村田製作所はセラミックスで日本ガイシのガチライバルです。

2017年度卒のマイナビ大学生就職企業人気ランキング(理系)

1位:味の素
2位:JR東日本
3位:資生堂
4位:トヨタ自動車

トヨタもランキングが落ちているようです。

村田製作所57位。

日本ガイシは上位100社に入ったことが無いそうです。

有名企業と一緒にイベントを行えば多くの学生と接点が持てるが埋もれるリスクもある。
それでも日本ガイシの小川さんは積極的に参加していました。

「熱いオッサンは恥ずかしいなって昔思っていた。熱いオッサンだからこそ人生た楽しい。それで日本ガイシって会社見て見ようかなってつながれば熱いキャラで行こうかなと思っている」

などと熱く語っていました。

イベントを終えると採用担当交流会。会社の垣根を越えての付き合いですが採用としてはライバル

村田製作所の担当者
「うちにこないなら日本ガイシへ」
「本当に優秀な人材は欲しい色々なところ見てからうちと言って欲しい」

なんて本音なのか建前なのか…

鍔迫り合いが繰り広げられていました。

さらに、小川さんは大阪で理系学生に接触するチャンスが巡ってきました。

知るカフェ大阪大学前店

東京から乗り込んできた採用担当者LIXIL、三菱ケミカルと一緒に交流会を開けることに。

阪大の学生もやってきます。
どうやら日本ガイシでは無く他の会社狙い。
ただ1人。大学院生の方だけが、日本ガイシを狙っていました。

小川さん
「売り上げの七割が海外。海外に関わる仕事が多い」

などと、ライバル達が見つめるなか海外で仕事が出来るというアピールしました。

その後のフリータイムでは、前のめりで説明する学生がいました。
それが狙っている人材です。

「やりたいことを出来る環境です」

…そんな職場ありませんけどね。うん。

と言うのはおいといて、大阪大学大学院基礎工学研究科の女性でした。

どうやら行きたい企業を1社決めないとならないそうです。
大学では推薦応募というのがあって、それが貰えると、早くから就職活動に動けるそうです。

村田製作所と日本ガイシで凄く悩んでいるそうです。

成績優秀熱意もあるこの女性はどうしても欲しい人材。
ただ小川さんは弱気。

「関西出身で関西の良いメーカーを見ている。」

弱気になる理由は、新卒採用6年の中の苦い思い出。
「他の企業に行かれたことはある。絶対うちに来てくれると思っていた子が別の企業行きますと翌日」

などというのもあるのでかなり弱気でした。

大学院生さんは、大阪で生まれ育った人で、名古屋に行くとなると気になることがありました。

「将来的には親の面倒見たいので出来れば親に近いところが良い。京都だと電車でも行きやすい。大阪駅からだと30分くらい」

こりゃ村田だなと思っていました。

2/27。メーカー合同理系相談セミナー。来場した学生の中にあの阪大院生さんが。
気づいた日本ガイシの女性担当がアピールしていました。

大阪出張から帰ってきた和泉さん
「凄く良い報告があって。阪大院生さんが当社を推薦で考えてくれている」
「嬉しい誤算!」

小川さんも喜んでいました。

何故日本ガイシ?

これからは日本だけで無く海外にも出てやってみたい。
やりたいこととマッチするかなと思って日本ガイシを選んだ。
決心が付いたので第一希望行けなくてもやることはやったので悔いは無いかなと。

あくまで推薦応募であって就職先が日本ガイシになるかは就活終えるまで分かりませんが。
第一関門突破…どちらにとってかは置いといて。


高校生を確保せよ:都立六郷工科高校

都立六郷工科高校。2004年創立で生徒590人の工業高校。

全国唯一のクラスがあります。それがデュアルシステム科
学校と企業の2つの場で物づくりを学ぶそうです。

学校では機械の使い方の基本を習得。その後企業に出向いて就業訓練をします。
学生生活3年間で4ヶ月以上 最大6社を経験できるそうです。

そして自分の将来の職業として選択できたりもするそうです。


1ヶ月間の就業訓練に密着

2016年11月 7:30にデュアルシステム科2年の媚山君が自宅から自転車で15分の町工場にやってきました。

1ヶ月間の就業訓練です。

極東精機製作所
1948年創業従業員12人の自動車や鉄道関連の部品を手がける会社。
20台以上の大型工作機械を揃えて金属の精密加工を得意としています。

その大型工作機械を目当てにこの会社を選んだそうです。

「物づくりは違った種類の製品が沢山あるので凄く面白い」と媚山君。
訓練中は8:00〜17:00まで働きます。指導に当たるのはこの町工場の3代目鈴木さん27歳。

まず媚山君に任せたのは製品のバリ取り。
いきなり商品を任せます。1000個以上。

高校生といえど、正確な仕事が求められます。

就業訓練のあいだに町工場と高校生はお互い知ることが出来ます。
6割以上が訓練先に就職するそうです。


工場の主鈴木さん。
「工場を支えるのは高齢職人。将来を担う職人を探していた。このままでいったらまずいんじゃないかなと」
「ベテランの人は年を取り、技術継承とか出来なくなっていくという想いがあって」

と、町工場も期待していますが今時の高校生に伝わるのか。

夕方。工場を覗くと、媚山君はバリ取りを続けていましたが作業が早くなっていました。
しかし軍手が破けてボロボロ。かなり危ないです。

「指先は軍手に穴が軍手破れたら取り替えて。怪我しちゃうから」

どうやら夢中になって気がついてなかったそうです。

17:00過ぎ引き受けた高校生から作業報告書を受け取り作業終了。
この会社でやっていける稼働か1ヶ月間で見極めるのも仕事です。


物づくりのまち大田区。

大田区は物づくりの街。3500の工場があります。

その1つに向かうデュアルシステム科の先生達。

新たに生徒を受け入れてくれる会社を探していました。提携先260社だそうです。

その多くが新入社員に定着して貰えず悩んでいました。早い人だと1ヶ月で辞めていくそうです。

高卒離職率は4割

デュアルシステム科は離職率を下げる狙いもありました。

終業訓練17日目

鈴木さんが媚山君に大型機械の使い方を教えていました。

「次ボタンを押したら何が起きるか分かってないと加工が出来ない」

その大型機械が扱えなければやっていけないぐらい重要な金属に穴を開けたり削ったりする機械でした。

コマンド入力を行いその通り作業をするという代物。

M6と入力するとドリルを交換する
M3は正回転

などというコードが600種類あるそうです。

加工の手順をプログラムして機械を動かすそうでして、この作業を媚山君も希望していました。

「でかいものとか加工するのが好き」
「でかいもの加工したほうがすごいやってんなとなるのでうれしい」

このへんはまだまだ子供ですね。

鈴木さんは自分の仕事を手伝わせてその作業を通じてプログラムを勉強するように伝えました。

5日後…覚えたかどうか聴いて見るとメモは取っていたのに何も覚えてませんでした。
メモを見るとコードを書き写しただけで意味まで書いていなかったという。

内容を覚えたつもりが思い出せないのも当然。

鈴木さん
「やばいっすね。予想以上に忘れちゃっていて。まずいかなと」

媚山君
「しんどい。難しい。1つ理解するだけでもやっとです」
と、思うように行かずにお手上げ状態

若い人材に入って欲しい鈴木さん
「根性とかやる気はあるので何とかそれを良い方向に持って行きたい僕も諦めたくない」

そこで思いついたのが、実際に作らせようというもの。

「今回の課題だから」と、機械を使った課題を出しました。

用意したのはアルミ材円周上に8個穴を開けるプログラミングをしろとの課題。

刃物をは何を使うのか、どれだけ芯出しするのか、プログラム組んでスタートするまで一連の作業をやらせます。
課題を通しての成長を期待していました。

3日後がテストとなりました。

媚山君を気に掛けているのは小宮さん。52歳この道うん十年のベテラン。

「こっちからみながら大丈夫かなってうーんとか思いながら。自分で覚えてやらないと行けないから」

と優しそうなおっちゃんでした。
休憩時間食堂でしっかり相談にのっていました。

課題を与えられてからは居残って勉強するようになった媚山君。
鈴木さんの課題通りに部品が作れるか!?

就業訓練25日目

1ヶ月の集大成と言うことでアルミ材に円周上に8個の穴を開ける試験。

これまで準備してきたメモが頼りで、これまでとは違いコードの意味もしっかりと書いてありました。
穴を開ける位置や深さなどを30種類のコードを入力してスイッチオン

完成したのは…結果は?

穴が四角形に並んでいました。

…円周上なのに。
かなり悔しそうな表情。

「惜しかったんだよ」と鈴木さん。
鈴木さん間違いに気づいていましたがあえて教えなかったそうです。
失敗から学んで欲しいと思ったから。

ミスは穴の位置を設定出来なかったこと。
座標面倒ですよねぇ。

再度挑戦したところ今度は完璧に作り上げました。

「最終的にここまでで来たのは嬉しい」と、嬉しそうでした。

町工場と高校生お互いが知る1ヶ月。

鈴木さん
「ダイヤの原石は間違いない磨けば光る」と入って欲しそうな雰囲気。

ただ媚山君まだ2年生なので来年も就業訓練を続けて就職先を見つけるようです。


デュアルシステム科の成績

3/9卒業式

就職する24人のうち 11人が訓練先に入社するそうです。

「4/1から始まる新たな世界に飛び込んでいく不安はある。でも人生はその繰り返し。辛いことがあて辞めたいと思うときが必ず来る。そのときに必ず学校に来い」

私毎日辞めたいと思ってますが…

デュアルシステム科は離職率3割にまで減らしたそうです。

物づくりを支える人材が羽ばたいていきます


まとめ

企業にとって大切なのは学生に知ってもらい選択肢に入れて貰うこと
それ以上に大切なのは本当の姿を知ってもらうこと
それが出来なければ定着しない
学生と企業両方にとってベストな出会い。それを模索する試行錯誤がこれからも続くと纏められていました




人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想
2017年03月28日

『日本初の【宝の食材】を生み出す』〜今日の「ガイアの夜明け」感想〜

※この記事はガイアの夜明けを見ながら自分のメモ書き的な感じで書いている記事です。

今日のガイアを3行で

  • 水産物の養殖についての特集でした
  • RBCコンサルタントではアワビを山の中で養殖していました
  • 宮崎キャビアはそのクオリティで世界に打って出ていました


バクチャーにより水質改善

岡山県津山市に田んぼの中に立てられた白いビニールハウス。
そこに奈良県の視察団がやってきました。
ハウスの中の水槽がお目当てでした。

「臭いが無い。もっと魚の臭いがするのに」

視察団が感心しています。
綺麗な水の中にいるのはウナギでした。

ウナギの姿がハッキリ見える透明度で、ヌルヌルしないウナギだそうです。

ウナギ養殖の水槽は餌や排泄物で茶色く濁るそうですが、養殖場の水は無色透明だそうです。
一年間入れ替えていないそうです。

この水槽はRBCコンサルタントという会社が運営しています。

担当の杉山さん(33)

黒い粉を水に溶いて、水槽に捲き始めます。

「きれいな水の中で育つウナギなので魚臭さが無い」

黒い粉は、明治神宮外苑の水や、須磨寺公円の池など全国各地の水を綺麗にしてきたそうです。

この粉はバクチャーという粉で、水質改善の粉だそうです。

汚れの激しい水場に散布すると、1年間は水を綺麗に保てるそうで水質を維持できるそうです。

綺麗な水の養殖ウナギを扱う店が言うには味も違うそうです。
「身というか皮も青い。天然に近いと思う」

つやま青うなぎというブランドで売られて人気高いそうです。

白焼きがお薦めとのこと

そんなRBCコンサルタントはウナギに続いて新たな水産物の養殖を始めようとしていました。


日本初の方法で宝の食材を生み出す最前線


バクチャー水で山でアワビを育てる

大分県佐伯市にRBCコンサルタントの方が来ていました。

大分県佐伯市ではアワビを養殖しているそうで、その養殖場にやってきたのはアワビの稚貝を買うためでした。
アワビは魚介類の中でも水質の変化に敏感で養殖が難しいそうです。

そのアワビの養殖に挑戦するため杉山さんは稚貝の購入にやってきた。

今後の参考にと養殖場を案内して貰います。

掃除の大変さ

週に一回は水を全部抜いて小さな虫が付いているのを洗い流さなければなりません。
週1回やる大変な作業です。

海水掛け流し

水を綺麗に保つため24時間大型ポンプで海水をくみ上げて掛け流ししています。
電気代だけで月に120万円くらい

コストが単価にも反映するそうです。

アワビには海面養殖もありますが赤潮が発生すると全滅するリスクがあります。

どのやり方でも問題点を抱えるアワビの養殖です。

何故挑戦する?

高級食材と言われているが、低コストで良い物が出来れば食卓にアワビが毎日並ぶことも出来るかも知れない


岡山県西粟倉村でアワビを

2016年11月。岡山県西粟倉村。

杉林の中を清流が流れる自然豊かな地域です。
その川沿いの倉庫に杉山さん達が水槽を運び込みました。
山の中でアワビの養殖を行うそうです。

杉山さん
「良い水で育つ魚は美味しい。アワビも一緒」

村の協力を得て、綺麗な川の水を養殖に利用するそうです。

取り出したのは水を透明に保つバクチャーです。

バクチャーの正体

原料の主成分は、火山礫。それに植物のミネラルを配合したものです。

バクチャー水槽と入れない水槽の2つを用意して実験。
同時に金魚の飼育を始めると、2ヶ月後バクチャーなしは水が濁るが、バクチャー有りは水が透明でした。
水が汚れる原因は、魚の糞や餌の残りカスの有機物。

バクチャーを入れると水の中の微生物が活性化して汚れの原因の物質を分解して水を綺麗に保てるそうです。

そのバクチャーをアワビ水槽に入れて、今回は川の水を使うので人工海水用の塩も入れます。
そして水を循環させるだけで良いのです。大型のポンプなどいりません。

簡素な養殖施設が出来上がり1週間後、水質安定したのでアワビの稚貝を水槽へいれました。

3cmの稚貝は2年
6cm稚貝は半年で出荷できるそうです。

順調に滑り出したかと思ったら杉山さんの顔が曇ります。

アワビが粘液をだしたのです。
水面に浮かんでくるアワビの粘液…ストレスを感じたときに粘液を出すそうです。

アワビ養殖のためにスタッフに加わったのは大野さん。
近畿大学でマグロ養殖に携わり、国内外の養殖場に勤務経験ありの養殖のプロ。

大事な初日は一晩養殖場に残り様子を見守り朝まで寝ずの番。粘液を丁寧に取り除いてました。

そして水の状態を検査すると最も汚れの少ない状態でした。

やっと安定期に入りました。

アワビ飼育用の餌は、海藻の粉などを固めたペレット。
そんなもん食べるんですねぇ。アワビって。

この餌で8cmに育てて出荷するそうです。

スタッフが集まり方針会議…

「アワビが安く手に入るようになったら一番良いと思うが。どっちみちそれには量産をしていかないと」

と言うことで、アワビの住処を変えるプロジェクトが開始されました。


アワビの住処を変えて多く育てる

アワビの住処を変えることで1.5倍は行けるという算段が。

アワビの平均卸売価格は1kg7200円
養殖物も生産数が少ないため、値段が高い。

アワビ住処の改良に取りかかる大野さん
コストを安くするためには狭い場所で多く飼うこと。

アワビは背中にある穴で息をしているため塞がれると死んだり身が細ったりするそうです。
それを防ぐためには重ならないようにしなければなりません。

色々なパターンの住処を試して、小部屋方式などが採用され改良されていました。
これで飼育数を増やせることが分かりました。

2倍は超えられる!

そして、育てられたアワビをもって地元の古民家改装の宿へ。
早速調理して貰い試食が行われましたが…思わぬ反応。

宿の主人
「若干磯臭さが無いが、反対に言えばあっさりしている。食べやすいけど、パンチが無い」

味に問題がある

柔らかさが養殖が凄く良いが…味が悪いという。

そこで次は味の改良が行われる事に。

窓際に透明水槽を置いて、味噌汁の具に使われるあおさの育成が行われます。
さらに様々な海藻も取り寄せたアワビに食べさせます。

海藻持って行くとアワビが喜んで食べてる姿が印象的でした。
本当に海藻食べるんだなぁ…もぐもぐ食っていてアワビの活発ぶりに驚きました。

そして3月15日。アワビの養殖場で地元の人への試食会。

地元の観光施設や自治体関係者、村の新たな名産になるかも知れないアワビの試食にやってきます。
青木村長の姿もありました。

皆美味しいと言っています。

以前試食した宿の主人も
「味がしっかりしている。詰まった感じがする」と太鼓判。
「濃い味がする味が濃くなった。全然違うちょっとビックリ」

餌を変えることでかなり味が変わったようです。

「皆に喜んで貰って、おいしいって言ってもらえて自分の中で自信に繋がった」と杉山さん。

全体の9割のアワビが生存という生産コストも含め常識を覆す好成績。
夏の本格出荷を目指そうです。す

杉山さん
「味も更に良く養殖の数も増やして沢山供給できるよう、創意工夫して更に良い物を出せるようにやっていきたい」
と語っていました。


日本のキャビア

東京都恵比寿。フランス料理レストラン モナリザ

オーナーシェフは河野さんです。
ここで使われているのが「宮崎キャビア1983」

キャビアはしょっぱいそうですが、宮崎キャビアはそこまで塩辛くないそうです。

海外産しか無かったが日本産も最近では広がってきているそうです。

「アメリカ産」濃厚な感じ。粒が大きい
「フィンランド産」粒が小さめ。塩分強め。
「宮崎キャビア1983」塩分控えめ

この店では宮崎キャビアが出てからは宮崎オンリーだそうです。

拘る理由

「国内でキャビアを作っていることが客が半信半疑で興味をそそる。おいしいと驚いて頂くのが喜び」

フレンチにはキャビアががないと前菜の1/3の味が表現出来ないそうでして。
キャビアは料理を美味しくしてくれる素材だそうです。


宮崎キャビア1983

宮崎県日南市の山間部にある施設。

チョウザメ養殖場です。

チョウザメから捕れる卵を塩漬けした物がキャビアです。
宮崎県は日本一の生産地です。

県内にあるチョウザメ養殖場は15箇所。最大規模を経営するのは濱中さん73歳でした。

チョウザメの腹にエコーを当てて卵があるかを検査したり。
専用器具で取り出して卵のサイズを測ったりとかなり大事に育てています。
それもそのはず

チョウザメは卵を持つまで6〜10年程かかる

エコー検査していたチョウザメは11年くらいだそうです。
5000匹以上育てているそうですが、年間1000万円の維持費がかかるという恐ろしく手間がかかる仕事でした。

そんなチョウザメを一手に集めてキャビアを作り宮崎キャビアを販売するのは、ジャパンキャビアの坂元さん。

「10年とか長い年月にかけて生産者が手塩に掛けて育てているから大切に。」

チョウザメ育てている濱中さん
「台風大雨が大変。一晩中管理している」

それだけ大変とのことです。


キャビア造り

坂元社長が自ら作業するという拘りようです。

「自分でやらないと満足できない」そうです。

キャビアの製造は…チョウザメの卵を取り出します。
卵を潰さないように金網で漉して分離させます。
そこで潰れている物や不純物をピンセットで除去するという気の遠くなる作業。

卵で個体差があって味が違うそうで。
もうちょっと塩を利かせないと美味しくならないなとか、卵の大きさにより岩塩の具合熟成期間を変えて旨味を引き出すそうです。

製造方法は海外視察に行っても教えてくれないので試行錯誤を繰り返し独自方法を編み出したそうです。

最後に5ヶ月ぐらい熟成させて瓶詰めして完成。
瓶詰め作業でもピンセットで潰れたのを取り出したりと見た目も美しく仕上げます。

宮崎キャビアは12グラム7020円〜

恐ろしい…なんて食い物だ。一生食べないと思います。


宮崎キャビアの海外挑戦

宮崎キャビアは大胆な挑戦を考えていました。

日本を代表するキャビアメーカーにしようと来年に向けて海外輸出を行うそうです。

宮崎キャビアで世界に打って出る!

11月宮崎市には新たな加工場を建設されました。

採卵の様子をモニタリングしてデジタル管理が出来るシステムがあります。
キャビアの加工場の冷蔵庫、冷凍庫の温度管理までリアルタイムで把握。

更にチョウザメの魚体識別番号を採卵した時点で1匹ごと番号付与するそうです。
最後に瓶の底に情報を含んだQRコードを貼り付けます。

チョウザメ1匹にQRコードを付けて受け入れから製品が出来るまでの流れがトレースできるシステム。
しっかりとトレーサビリティが完備された訳です。

これが国際ルールとのことで、それに沿った加工場はここが日本で初めてだそうです。
これにより海外輸出を認められるそうです。


坂元さんの挑戦

坂元さんは建設会社に勤めていました。
8年前転職。

「日本でキャビアが作れるなんてきいたことが無かった」
「調べると宮崎の水産試験場しか稚魚を作る技術を持っていない」
「うまくやると日本一の産業を興すことが出来る可能性を感じた」

とのことで、この会社を始めたそうです。

新しい工場にやってきたのはチョウザメ育成の濱中さん。
立派なチョウザメを持ってきました。
それを元に世界に打って出るために、これまでに無い旨味の強いキャビアを作るそうです。

今まで1種類の岩塩のみで熟成させているが、1から見直し新しい味を作り出そうとしていました。

世界を相手に戦うためにはインパクトが高くて余韻が長いものを

試作キャビアを持って「くろぎ」という人気和食店へ。予約獲るのも難しい店だそうです。
店主の黒木さんは宮崎県出身ということで宮崎キャビアの味造りに協力をしてくれているそうです。

持参した試作品を食べて貰いますが、全ていまいち。
海塩使うと、にがりとかの味が出てしまい不味くなったり。
完成への道のりは遠いものでした。

塩の配分を変えてやり直し…黒木さんにも宮崎工場に来て貰いキャビア作りが延々続きました。

3月。
勝負をかけて乗り込んだのは、世界中から美味しい物が集まる美食の街香港でした。
言わずと知れた食の都で世界各国の料理が集まります。

そこで宮崎キャビアを試します。

「海外で日本のキャビアがどれだけ評価されるか分からないので怖い」と語る坂元さん。

向かったのは、長い歴史と格式のあるザ・ペニンシュラ香港。
フレンチの副総料理長が対応してくれます。

拘りの製造工程を説明し、雑味を獲るために全ての不純物をピンセットで取り除くなども説明。

海外向けの宮崎キャビアを試食して貰います。
3種類の岩塩をブレンドして熟成させたそうです。

シェフ
「色が濃い」「照りもある」
「とてもきれい驚いた」
「うちで使っているのより塩分濃度が低い。卵も弾力がありプチプチ。口の中でクリーミーな味が広がるそれでいて口の中で長い間旨味を感じられる」
「素晴らしいです。誇りに思って下さい」

と、作ったキャビアは高評価。

フォーシーズンズホテル香港では、宮崎キャビアが採用されていました。
お披露目とばかり招待客に振る舞われるキャビアのフルコースが作られていました。

全ての料理に添えられたキャビアを待ち受けていたのは海外の食通。

「強烈な印象が残った。売っていたら絶対に買う」
「これまで食べたキャビアは塩気が強い物が多いが、これはとても優しい味で他の物とは全く違う」

と、かなりの評価でした。

34年前に始まった日本のキャビア。夢が現実の物になりました。

坂元さん
「ここで止まっちゃダメ。更にもっとみんなを感動させるキャビアを作らないと」
「原点に返り、もういちどキャビアのクオリティを見直し更に良いキャビアを作りたい」

と、まだまだ先を見ていました。


まとめ

養殖や加工が難しいアワビやキャビア。
試行錯誤繰り返しながら商品化に結びつけている姿が印象的。
水産資源の確保が難しくなりそうな中養殖は重要になる。
培ってきた養殖技術や新しく生み出される技法は日本の強みになるのでは無いか。
と、締めくくられていました


人気ブログランキングへ
posted by Fuchs at 23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | ガイアの夜明け 感想

人気ブログランキングへ